私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 100  長寿の水

2008-08-18 10:17:36 | Weblog
 「おにぎり山へ登ってみとうおす」と言うおせんですが、このおにぎり山は人が上ってはいけない神聖なお山なのです。
 「ここから手を合わせるだけにしてくださいな。この真上がおにぎり山の、正式には飯山と呼ばれています。てっぺんです。神様が天から降りてこられる神様しか入ってはいけない、人は決して入ってはならない尊い場所なのだそうです。もちろん、道もありません。木を切ってさへもいけません。不思議な事ですが獣も一匹も住んではいないのだそうです。また、この神聖なお山から流れる谷川の水に浸かると長生きできるとも信じられています。だから、ここを通る里人はよくその岩間から滲みだす白糸の水を手に掬って口を漱ぎます。山陽道を道行く旅人さえも、この長生きの噂を聞きつけてわざわざ寄り道をしてまでもこの水に足を浸けて口を漱いで行かれるのだそうです。なにせ、吉備津様はこのお水を飲まれて250までも長生きされたと言い伝えられています。とっても御利益がある水だといわれています」
 そう言うと、お園は清らに白糸を幾本も流れ落としている岩間の上なる松の古木の方に向かってゆっくりと手を合わせます。
 「古い古いお国ですよって、仰山なお話が残っておますのやね。神さんが降りられるお山というと大和の三輪山もそうだと聞いたことがおます。・・・それにしても、後鳥羽院の吉備の山風うちとけてといい、お園さんの博学には、いや、はや、恐れ入谷の鬼子母神でおます」
 おせんも大旦那様も頭を垂れ、手を合わせます。
 「お園さんはなんでもよう知ってはります。感心しますねん。あても250も生きられるのでしょうか。おほほほ」
 おせんは旅立ちの時から、それまでのように塞ぎ込むこともなく、なんだか陽気な何時ものおせんに戻ったようです。今のように声を出して笑われることも多くなりました。そんなおせんの仕草を見られ「よかったかもしれへんな」と大旦那様は思われているようにお園には思われます。
 それからぶらりぶっりと街を通ります。夜の喧騒を控えて街は、まだ、静まりかえっています。普賢院の大屋根が真上にある秋のお日さまをいっぱいに浴びて一際大きく輝いて見えます。参詣者か誰かが撞いたのでしょう、時ならぬお寺の真昼の鐘が、その屋根越しに聞こえてきます。崩れかけたついひぢの上で猫が胡散臭そうに通りすがる3人を見つめてます。気だるいような宮内の秋の昼間です。