私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 35

2008-05-25 23:21:51 | Weblog
 おせんに柔らかな表情を見出したお園でしたが、この柔らかさがどれだけ本物であるかは自分の経験からしても疑わしく思い、慎重に慎重にと自分の心に言い聞かせながら、次はどうすべきか考えていました。
 自分の家に帰るということがこれほどまでに重く、しかも、自分の今までの存在を総べて否定すということになるということなどは、今まで生きた23年の中にはなかった、ついぞ考えたこともないことなのでした。
 幸福などと言う言葉がこの世の中にあるということは、周りの、特に、吉備津宮司の藤井先生のお言葉の中から、また、おばあさまの言葉の中から知っていたつもりだったのですが、自分とは遠くかけ離れた所にあるもののように漠然と考えていました。自分の身にそんなものがあるなどということは気にも懸けないような、この23年間だったように思われます。 福井へお嫁に行った後は、子供を抱いて、自分の生まれた家の門に立つの、それはそれは夢見ていました。それが女として生まれた自分の定め、おばあさまのよく言われた宿世だと信じ込んでいました。それだけが漠然とした自分の幸福かのように思われました。自分とは随分に遠く離れた所にある余り関係のない物のように思われていました。ただ、漠然と世間の人が話の種に言っているに過ぎないもののように思っていました。でも、この大坂に来て、平蔵と一緒になって暮らしてみて、今までの暮らしと随分違って、世間で言っている幸福というものは、結局、自分が自らの手で作っていかなくてはえられないのではないかと思うようになりました。
 今、きっと、おせんさんも、一生懸命に自分の心の中に秘めている事と戦いながら一人で何かと戦いながら、その幸福とやらを一身に追い求めているのではなかろうかと思っても見ました。そのために、自分の殻の中にしっかりと自分を入れ込んで戦っているのではないかとも思えます。自分ではどうしようもない戦いと懸命に戦っているのではないかとも思いました。