私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 25

2008-05-08 09:06:26 | Weblog
 すっかり暮れていったおにぎり山を平蔵は見ていました。「たいしたもんだ」と、言われたまま大旦那様も、依然と冷め切ったお酒の盃を手にしたまま、しばらく黙っておられます。
 「あのお山は不思議ですね」
 それまでは、うつむいて、ただ、黙って聞いていた平蔵が突然に口を挟みます。
 大旦那様は、勿論、お園さんも、立見屋のご主人夫妻も、平蔵の方に怪訝そうに顔を向けます。
 「私は、大旦那様やお園さんが言われるように辱のことはよく分りまへん・・・。こんな人と、いやお園さんとです。一緒になりたいと思ったことも確かです。あの吉備津様に連れて行ってもらって時のことです・・・・長い回廊で、さも自分のことのように生き生きと話してくれはりました。地の底に吸い込まれるように、突然、消えた毬と女の子の話をしてくれた時でした。この人も、ひょっと、お話の女の子のように、この長い回廊の向こうに、今、吸い込まれて行ってしまうのではないかと感じられます。手をとって持っていてあげないといけんのかなという気持ちになったのですが、恥ずかしくてそんな手を握るなんて事は出来ません。その時、こんな人と一緒になれたらいいなとも、なんとなく勝手に思いました」 
 そこで、ちらっと、お園さんの方をみて、又、話しだします。
 「お園さんに、無断でこんな事を思ったらいけなんだったかもしれんが、うまいことはいえんのんじゃが、それから、お園さんの顔が、時々、ぽーと、頭の中に出てくるんです。この春、ここから大阪へ帰る時も、見送りがお日奈さんだけじゃっけえ、ちょっぴりがっかりしてしもうた。もういっぺん、お園さんに合って帰りたかったんじゃが・・・・。でも、女が駄目になると言われたお園さんの気持ちも分るような気がして、なんかお園さんが、あの回廊で思ったように、今、真っ黒になったあのおにぎり山の中にすーっと吸い込まれてしもうたような気になっています。不思議なお山です。本当に不思議です」
 今までにあった自分の心を全部吐き出してしまってすっきりするはずなのですが、残ったものは悲しい侘しい気持ちだけで、なんだかやるせない気分になる平蔵でした。
 「だろうと思った。どうじゃな。平蔵のためにもお願いする。お園さん。もういっぺん。考えてくれれはらへんか」
 「平蔵さんがそんな事をお考えになっていらっしゃたとは少しも知りませんでした。そんなお話をお聞きして、こんな私のためにそんな思いをしてくださっていたなんて、ありがたいことだと思います。・・・・・。でも、・・・女の痩せ我慢だといわれるかも知りませんが、私の考えは変わりません。出戻り女と、小さいお子までにも、陰口されている事も分っております。でも、もういっぺんお嫁に行くなんてできっこない事です。それが、女の辱である事には違いないと、大旦那さまがどう言われようとも、今でも思っています。女の意地でもなんでもないのですが。そうするのが女に生まれた定めのように思えるのです。あばあさんは、いつも、宿世だとか、なんか言っていたようですが」
 「ほほう、宿世だと。本当だ、宿世なのだよ」
 大旦那様は、急ににこにこ顔になられて、早口に言われました。