私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 28

2008-05-13 14:50:32 | Weblog
 平蔵は、お竈殿の鳴る音について、あの時、お園さんから聞いた、毬を追いかけて行った少女の叫び声だという、この地方の、又の、言い伝えの話を思い出しました。
 鬼か少女の人魂の声かは分らないのですが、鳴る釜の音によって吉兆を占うなんて、その時は、ただ、なんとなくいい加減に、自分とは無関係な遠い世界のお伽話のように聞いたのです。
 でも、今、大旦那様言われた、お園さんと夫婦になるかならないかを決めるこの賭けに、大いにあきれるやら驚いているやらしています。そして、自分も、この賭けに自分の身を、自分の生涯を、是非、賭けなくてはならないと言う思いが、平蔵の胸深くに入り込んできました。
 今は、唯、真っ黒の深い深い漆黒に変わってしまっている「おにぎり山」の奥底深くに入り込んで行ったと聞いた少女は、お園さん自身であったのかもしれないという思いもしてきます。何か幻みたいなものに、理由は分らないのですが、自分も引きずり込まてしまったようにも思えます。もしかして、始めて、吉備津神社にお園さんに案内してもらった時から、何か目に見えない糸のようなものでお互いがつながれていたのではという思いさへしてきます。
 「この落ち込んだ深い穴ぼこの中から、早く早く引き出してください」
 と、お園さんと同体のようになった少女の誘い声がそこらじゅうを駆け巡っているようでもあります。今までに経験のない幻みたいな不思議な気が平蔵の身体を覆い包みこんでいるようでもあります。
 「こりゃ、何をそう、うすぼんやりいている。平どん、どや。それでええやろ。
明日、お竈殿で占おうてもらいいまひょ。話はそれで済んだ。立見屋さんもそれでええじゃろう。こりゃ気持ちがええ。神さんだけが知っておいでやす。話はそれからじゃ。もう一杯頂こうかな、おかみはん」
 どうしたわけだか分りませんが、大旦那様は大いに満足そうです。立見屋の主人夫婦も何にも言われませんが、満更ではないようです。あれだけ固唾に拒んでいたお園さんが、神の占いによって決めてもらうことを承知したのですから。
 明日、お釜の鳴る音がお竈殿に大いに響けば、平蔵とお園さんとの自分の戦術が大旦那様には、思いの外、順調に進んで行ったことに対する自己満足みたいなものがあったのかもしれません。「じいさん」と異名を頂いている大旦那様の面子が立つことにもなるのです。これからの自慢話の一つにもなること間違いなしと思われたのかもしれません。
 大旦那様は、最後に
 「心配せんでええ、お釜は鳴る。第一、お酒がこんなにおいしいのやさかい」
 と言われ、
 「うまい、こくがええ酒じゃ、うまい。・・・・宮内はええとこや。美人も仰山おいでだし。なあ、お上はん」 と、久しぶりに、わいわいがやがやと、お酒をお楽しみになられていたようでした。それから何回か、お園さんやおかみさんが、お酒を取替えに、部屋を出たり入ったりしている姿が見られました。