私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

吉備津神社の御膳据えー春の大祭

2008-05-11 08:41:05 | Weblog
 昨日からの雨も上がり、どんよりとした曇り空ですが、お山の緑が一段と目に映えるます。
 今日は吉備津神社の春の大祭です。藤井駿先生の「吉備津神社」によると、江戸時代までは、この七十五膳据という神事は、陰暦の9月の中の申の日に行われていた大饗会(だいきょうえ)という神事が明治以降春秋の2回行われるようになったということです。
 この大饗会は、要するに秋に行われていた新嘗祭であり、備中の各郷から新穀、果物、魚藻などを吉備津神社に奉納して、五穀豊穣を感謝したのが始まりだそうです。七十五という数字も何かそこらあたりと関係があるのかもしれません。
 回廊の端のほうにある御供殿と言うところに宮内・総爪などの周りの地域の人たちが集まって七十五膳のお供え物を造ります。その中心は、なんと言っても、円筒形の型に嵌め込んで作った「御盛相」(ごもっそう)です。

 回廊の端にある御供殿という建物の中で、昨日から、この七十五膳が用意されます。御盛相に使われるお米は、春は白米です。これを作った人の話によりますと、
 「ただ型に、はめりゃあ、ええだけじゃん、ありゃせんのじゃ。なげえ、ええだの感がなけりゃあ、ちゃんとした形のええもんはこさえられりやあせんのじゃ。でえでもじゃあ、作くれりゃあ、へんのじゃでえ」
(「、」は読みやすくするために勝手に私がつけました。本当は、一息に言われました)
 と、吉備津言葉で説明してくださいました。
 この御供殿に用意されたから数々の、御盛相などの、お供え物を回廊を行列して神殿まで運ぶ行事が「七十五膳据の神事」なのです。
 猿田彦と獅子が先頭に立って、この七十五膳を運びます。
 
 その後に神主などの神官や氏子代表などが続き、弓矢、鉾、太刀等の武具、御盛相、お酒、鏡餅などの膳の行列が回廊を神殿に向かいます。拝殿で待ち受けていた氏子の代表がそれを受け取り神殿にいる神職に手渡します。それを神職によって神殿内部の内殿に奉られます。その間、神殿外部の廊下では、笙や篳篥など楽士による雅楽が厳かに奏でられています 
   (青色の網の蓋の付いた漆塗りのお膳の中のが御盛相)
 11時から約二時間の神事です。余り宣伝をしていないために多くの人の目に留る事はないのですが、先の本で藤井先生は「まことに優雅にして荘重な神事である」とお書きになっておられます。
 本当に珍しい神事です。