立見屋のご主人が
「今、大坂の大旦那様からお園の話をお聞きして、私も正直なところ驚いているのです。平蔵さんもご存知のように、前が前ですから」
とそこでお茶をぐいと一飲みなさいます。しばらくじっと手にされた茶碗を手の中で弄ばれていましたが、また
「あれも、それでええと思うて、漸く近頃、何か可やと、ようやくうちの事を手伝ってくれるようになったのです。よく考えてみたら、あれもかわいそうな女子でしてね。・・・随分とお断りしたのですが。舟木屋さんに、当ってみろ、親がそげえに引っ込んでおったら、できるものも出来んようになってしまう、そげんことじゃあ、いけないと随分叱られましてなあ」
「今、急にお園さんとのお話を伺いまして、私自身、どうすればいいのかとっさのことで困っています。・・・・・まあ、春過ぎに、この前にです。麦の穂が出揃った時分だったと思いますが、旅の報告やらないやらを舟木屋まで送ってほっとしている時、始めてお園さんに案内してもらって吉備津神社にお参りしました。その時のお園さんの話を聞きながら、優しい人だなあと、いうぐらいに思っていました。こんな人をお嫁さんに出来たらいいなというぐらいの事は思いましたが、特別、お園さんに惚れたはれたというのではありません。嫁にもらおうなんてことは思ってもみませんでした」
一気に、ここまで、平蔵にしてはよく言えたものだと、自分でもあきれています。
にこにこ顔の大旦那様は、
「あの日、急に嫁はんの事を持ち出したさかい、それでお園さんの名前をもちだしたのじゃな。まあなんでもええ。とにかく平どんではない、平蔵はん、お園さんを是非もらいなはれ。第一別嬪さんがええ、笑顔もええ、それに、やさしい所がええ、お園さんに会って、平どんがお園さんの名前を持ち出したのがわかるわい」
と、持ち前の大きな声でなんぼうでもまくし立てます。
「ここの主人や女将はんは、お園はんの出戻りのことをえろう気にしていやはるようじゃが、そんなことはどうでもええ。夫婦になる二人がそれを許せるのじゃったらそれで十分なんじゃ。惚れあっとりゃそれでええのや。それが問題となって喧嘩になるなんてわけがねえ。ワイがええ証拠や」
と言われる。
いつかそんな噂話を平蔵は聞いた事があります。御寮ンさんが前の亭主と別れて
その後に大旦那さんが、舟木屋の婿としてお入りになったとの事ですが、その御寮ンさんとは、今でも、みんなうらやむほどの仲のよいご夫婦であることも事実なのです。
「先ほど、お園さんに尋ねてみたのじゃが、何かまだ出戻りの事にえろう気ィ使っていらはるようで、金輪際、お嫁にはいきませんなんて、痩せ我慢の強がりを言っているようだがな。何時までもここにいらへんでぇなあ。ありゃあええ女じゃ。誰かに取られん間に、なあ、平蔵さんよ。この際だ。決めてしまえ。それが、今の、おまはんの一番大事なことなんだ。そうしなせえ、色々お前はんのためを思って考えた甲斐があったというもんだ。金毘羅参りにお前を連れてきた甲斐があったというもんだ」
大旦那さんは、早決まったみたいにはしゃぎます。
特に、お店を若旦那ンさんにお譲りになってから、世話のじいさんとあだ名されて、それこそ大坂中を駈けずり廻っているようです。なお、じいさんとは、大旦那様のお名前が茲三郎ということから付けられたあだ名だそうです。
そんななところへ、女将さんと当のお園さんが夕飯の膳を持って入ってこられます。
「おまちどうさんでした」と女将さん。早速、三つの膳を据えに懸かりますす。
「今、大坂の大旦那様からお園の話をお聞きして、私も正直なところ驚いているのです。平蔵さんもご存知のように、前が前ですから」
とそこでお茶をぐいと一飲みなさいます。しばらくじっと手にされた茶碗を手の中で弄ばれていましたが、また
「あれも、それでええと思うて、漸く近頃、何か可やと、ようやくうちの事を手伝ってくれるようになったのです。よく考えてみたら、あれもかわいそうな女子でしてね。・・・随分とお断りしたのですが。舟木屋さんに、当ってみろ、親がそげえに引っ込んでおったら、できるものも出来んようになってしまう、そげんことじゃあ、いけないと随分叱られましてなあ」
「今、急にお園さんとのお話を伺いまして、私自身、どうすればいいのかとっさのことで困っています。・・・・・まあ、春過ぎに、この前にです。麦の穂が出揃った時分だったと思いますが、旅の報告やらないやらを舟木屋まで送ってほっとしている時、始めてお園さんに案内してもらって吉備津神社にお参りしました。その時のお園さんの話を聞きながら、優しい人だなあと、いうぐらいに思っていました。こんな人をお嫁さんに出来たらいいなというぐらいの事は思いましたが、特別、お園さんに惚れたはれたというのではありません。嫁にもらおうなんてことは思ってもみませんでした」
一気に、ここまで、平蔵にしてはよく言えたものだと、自分でもあきれています。
にこにこ顔の大旦那様は、
「あの日、急に嫁はんの事を持ち出したさかい、それでお園さんの名前をもちだしたのじゃな。まあなんでもええ。とにかく平どんではない、平蔵はん、お園さんを是非もらいなはれ。第一別嬪さんがええ、笑顔もええ、それに、やさしい所がええ、お園さんに会って、平どんがお園さんの名前を持ち出したのがわかるわい」
と、持ち前の大きな声でなんぼうでもまくし立てます。
「ここの主人や女将はんは、お園はんの出戻りのことをえろう気にしていやはるようじゃが、そんなことはどうでもええ。夫婦になる二人がそれを許せるのじゃったらそれで十分なんじゃ。惚れあっとりゃそれでええのや。それが問題となって喧嘩になるなんてわけがねえ。ワイがええ証拠や」
と言われる。
いつかそんな噂話を平蔵は聞いた事があります。御寮ンさんが前の亭主と別れて
その後に大旦那さんが、舟木屋の婿としてお入りになったとの事ですが、その御寮ンさんとは、今でも、みんなうらやむほどの仲のよいご夫婦であることも事実なのです。
「先ほど、お園さんに尋ねてみたのじゃが、何かまだ出戻りの事にえろう気ィ使っていらはるようで、金輪際、お嫁にはいきませんなんて、痩せ我慢の強がりを言っているようだがな。何時までもここにいらへんでぇなあ。ありゃあええ女じゃ。誰かに取られん間に、なあ、平蔵さんよ。この際だ。決めてしまえ。それが、今の、おまはんの一番大事なことなんだ。そうしなせえ、色々お前はんのためを思って考えた甲斐があったというもんだ。金毘羅参りにお前を連れてきた甲斐があったというもんだ」
大旦那さんは、早決まったみたいにはしゃぎます。
特に、お店を若旦那ンさんにお譲りになってから、世話のじいさんとあだ名されて、それこそ大坂中を駈けずり廻っているようです。なお、じいさんとは、大旦那様のお名前が茲三郎ということから付けられたあだ名だそうです。
そんななところへ、女将さんと当のお園さんが夕飯の膳を持って入ってこられます。
「おまちどうさんでした」と女将さん。早速、三つの膳を据えに懸かりますす。