今朝も初夏の暑さをいっぱいに引き連れて明けました。昨夜は、一人寝というこもあったのでしょうか、床に就いてからも平蔵のことやあれやこれやと思いが飛び交い、朝方になってやっと一睡出来たように思うのでした。それでも、明け六つの鐘の前には目が覚めます。
おせんさんの事も気にかかり、家を早めに出るお園です。
舟木屋の勝手口から、御寮ンさんに挨拶をと思い、台所を覗いてみたのですが「御寮ンさん、今、表どす」というお千代さんの声が奥のほうから聞こえます。「今日も暑くなるぞ」と、空にある明るい初夏の大坂の太陽が燦々と目に飛び込んできました。
「おはようございます」と型どうりの挨拶を済ませ、おせんの部屋に入ります。部屋は昨日と全く同じです。ただ、障子に映る池の面からの光でしょうか、きらきらと細波のように踊っています。
おせんは相変わらず焦点の定まらないうつろの目をしながら部屋の真ん中に昨日と同じように座っておられます。ただ黙って。お園も控えの間にゆっくりと座りながら、「今日も女の痩せ我慢比べをしましょうね。おせんさん」と、心の中で言います。
梅の暑さが一段と厳しく、額に汗がうっすらと浮び出てきます。
お昼を少し過ぎた頃です。
「今日もまた暑くなります。居眠りをしないようにしなければ」
と、気持ちを引き締めます。
その時です。突然にです。「ふふふ」と、おせんの口から小さな小さな笑い声が漏れます。
「お園さん。居眠りしったてかまへんでぇ。・・・うふふふ」
何を言っているのかとっさのことで分りません。「何ですか」と、今すぐに聞き返すのがいいのか悪いのか分りません。暑苦しい部屋の中は、再び、しばらくの沈黙です。
「平どんでしょう。うふふふ、かかさんに聞きましたえ」
それまで一度もお園の方を見て話したことなどなかったのですが、今日は違います。
「夢の中に恋しいお人が出てきてくれはって、ようおますな。お園さん」
ちょっぴりからかい加減にいいます。
「え・・・何でしょう。夢だなんて、とんでもありません。そんなことありません」
と、やや顔を赤くして答えます。おせんが何を言っているのか少しも分りません。
「どうして」
と、今まで何か、このおせんさんに尋ねてみることが、いいことなのか、悪いことなのか分らず黙っていたのですが、今は、どうしてだか知らないうちに自然に口をついて、つい言葉が、自分の意識からかけ離れて、一人で飛び出して声になっていきました。「あ、しまった」と思ったのですが、どうしようもありません。
「うそでしゃろ。昨日、お園さんは寝言で言ってはりました。平蔵さんと・・・」
昨日、おせんさんが「ふふふ」と、一瞬笑顔を見せたように思えたのですが、あれは自分の言った寝言を聞いたからだったのかと思うと、途端に自分の顔が、前にも増して真っ赤になっていくのが分るように思い、ますます赤くするお園でした。
「まあ、そんなにお顔が真っ赤どす。おもしろいお園さん。ふふふ」
この「ふふふ」と言う笑い声は、何か、それまでのごつごつとしたおせんの体中の表情を一変させ、やわらかんな雰囲気さえもいっぱいに漂わせているように、お園には感じられました。
おせんさんの事も気にかかり、家を早めに出るお園です。
舟木屋の勝手口から、御寮ンさんに挨拶をと思い、台所を覗いてみたのですが「御寮ンさん、今、表どす」というお千代さんの声が奥のほうから聞こえます。「今日も暑くなるぞ」と、空にある明るい初夏の大坂の太陽が燦々と目に飛び込んできました。
「おはようございます」と型どうりの挨拶を済ませ、おせんの部屋に入ります。部屋は昨日と全く同じです。ただ、障子に映る池の面からの光でしょうか、きらきらと細波のように踊っています。
おせんは相変わらず焦点の定まらないうつろの目をしながら部屋の真ん中に昨日と同じように座っておられます。ただ黙って。お園も控えの間にゆっくりと座りながら、「今日も女の痩せ我慢比べをしましょうね。おせんさん」と、心の中で言います。
梅の暑さが一段と厳しく、額に汗がうっすらと浮び出てきます。
お昼を少し過ぎた頃です。
「今日もまた暑くなります。居眠りをしないようにしなければ」
と、気持ちを引き締めます。
その時です。突然にです。「ふふふ」と、おせんの口から小さな小さな笑い声が漏れます。
「お園さん。居眠りしったてかまへんでぇ。・・・うふふふ」
何を言っているのかとっさのことで分りません。「何ですか」と、今すぐに聞き返すのがいいのか悪いのか分りません。暑苦しい部屋の中は、再び、しばらくの沈黙です。
「平どんでしょう。うふふふ、かかさんに聞きましたえ」
それまで一度もお園の方を見て話したことなどなかったのですが、今日は違います。
「夢の中に恋しいお人が出てきてくれはって、ようおますな。お園さん」
ちょっぴりからかい加減にいいます。
「え・・・何でしょう。夢だなんて、とんでもありません。そんなことありません」
と、やや顔を赤くして答えます。おせんが何を言っているのか少しも分りません。
「どうして」
と、今まで何か、このおせんさんに尋ねてみることが、いいことなのか、悪いことなのか分らず黙っていたのですが、今は、どうしてだか知らないうちに自然に口をついて、つい言葉が、自分の意識からかけ離れて、一人で飛び出して声になっていきました。「あ、しまった」と思ったのですが、どうしようもありません。
「うそでしゃろ。昨日、お園さんは寝言で言ってはりました。平蔵さんと・・・」
昨日、おせんさんが「ふふふ」と、一瞬笑顔を見せたように思えたのですが、あれは自分の言った寝言を聞いたからだったのかと思うと、途端に自分の顔が、前にも増して真っ赤になっていくのが分るように思い、ますます赤くするお園でした。
「まあ、そんなにお顔が真っ赤どす。おもしろいお園さん。ふふふ」
この「ふふふ」と言う笑い声は、何か、それまでのごつごつとしたおせんの体中の表情を一変させ、やわらかんな雰囲気さえもいっぱいに漂わせているように、お園には感じられました。