お竈殿の釜が大きく辺りに鳴り響いて、ようやくお園の決心も固まり、宮内から大坂の平蔵のところへ嫁入りしてきたのは、もう年も暮れようとした師走の寒い日でした。
大旦那様のご手配もあって、何もかもうまく事は運び新しい所帯を持った二人の生活もようやく一段落したのは、もう如月になってからでした。
「どや、嫁はんをもろうて。慣れん土地や。気ィ付こうて可愛がってやてんな」
と、事あるごとに大旦那様は声をかけてくれます。
去年は、ゆっくりと、遅桜を宮内に楽しんだお園の春でしたが、今年は足元から鳥が飛び立つように、そんな桜があるのかということすらも忘れてしまったかのように、何処かへいんでしまいました。何をしたのかといわれると答えられはしないのですが、本当に、ここへ越してきて新しい生活を平蔵としてみると、毎日があっという間に、自分の身の回りから遠のいていくような気がします。
そんな小忙しい生活にもやっと慣れてきた弥生もぼつぼと終わろうかとする時です。ひょっこりと、大旦那様がお園を尋ねてまいられます。
「元気だと平どんからは聞いてる。慣れんで困っとるのやないかと思っとったが・・・・ちょっとばかり、お園さんと話がしとうなってな」
と、上がり框に腰をお下ろしになられて、お茶でもというお園を制してお話になられます。
昨秋のお園たちのための鳴る釜の神事の後、金毘羅様にお参りになり、その足で、今までは取引のなかった伊予や讃岐の綿の買い付けについて、大旦那様がわざわざ足を延ばされた新規開拓されました。その新規の讃岐と伊予に、本年度からの買取のため、舟木屋は、平蔵を遣わすことにしたのだと言われれます。
「まあ、初めての土地でもあるさかい、なにやかやぎょうさんややこしいこともあると思うさかい。備中の国でもやってもろうておった平どんに頼まなあかんのや。新婚のお園さんには淋しい思いをさせるのじゃが」
と、さも気の毒そうにお話になられます。
「まあ、その間と言ってはなんじゃが。お園さんに、今度は、わいから是非とも頼みがおますねん」
大旦那さまが申されるには、舟木屋には「おせん」と言う可愛らしいお孫さんがおられるのだそうです。お歳が18歳でお嫁入り前のいとはんであるという。このいとはん、近頃、臥せりがちで、家の中に籠りっきりが多く、あれほど快活であったのに、口数も少なく、顔色も随分と悪く皆で心配しているのだのだそうです。何を聞いても
「なにもあらしまへん」
と、ただそれだけ答えるだけす。廻りの者がみんなして「心配していますねん」と淋しげな笑いをして言われます。
「そこでだ。・・・・いつも、お園さんと話していると、なんだか、こっちまで気安うなってしもうてから、つい安心して、何でも話ができます。誰からも直ぐに好かれるようなやさしい心を持ったお人です。だから、始めて逢った時から、このお人を平どんの嫁はんにどうしてもしたらにゃあかんと思ったのや。人様に取られたらいけんと思うたさかい、神さんにお頼みしたのじゃ。ええぐわいに神さんにもええやろとおっしゃてもろうてな。あははは・・・・」
大旦那様のご手配もあって、何もかもうまく事は運び新しい所帯を持った二人の生活もようやく一段落したのは、もう如月になってからでした。
「どや、嫁はんをもろうて。慣れん土地や。気ィ付こうて可愛がってやてんな」
と、事あるごとに大旦那様は声をかけてくれます。
去年は、ゆっくりと、遅桜を宮内に楽しんだお園の春でしたが、今年は足元から鳥が飛び立つように、そんな桜があるのかということすらも忘れてしまったかのように、何処かへいんでしまいました。何をしたのかといわれると答えられはしないのですが、本当に、ここへ越してきて新しい生活を平蔵としてみると、毎日があっという間に、自分の身の回りから遠のいていくような気がします。
そんな小忙しい生活にもやっと慣れてきた弥生もぼつぼと終わろうかとする時です。ひょっこりと、大旦那様がお園を尋ねてまいられます。
「元気だと平どんからは聞いてる。慣れんで困っとるのやないかと思っとったが・・・・ちょっとばかり、お園さんと話がしとうなってな」
と、上がり框に腰をお下ろしになられて、お茶でもというお園を制してお話になられます。
昨秋のお園たちのための鳴る釜の神事の後、金毘羅様にお参りになり、その足で、今までは取引のなかった伊予や讃岐の綿の買い付けについて、大旦那様がわざわざ足を延ばされた新規開拓されました。その新規の讃岐と伊予に、本年度からの買取のため、舟木屋は、平蔵を遣わすことにしたのだと言われれます。
「まあ、初めての土地でもあるさかい、なにやかやぎょうさんややこしいこともあると思うさかい。備中の国でもやってもろうておった平どんに頼まなあかんのや。新婚のお園さんには淋しい思いをさせるのじゃが」
と、さも気の毒そうにお話になられます。
「まあ、その間と言ってはなんじゃが。お園さんに、今度は、わいから是非とも頼みがおますねん」
大旦那さまが申されるには、舟木屋には「おせん」と言う可愛らしいお孫さんがおられるのだそうです。お歳が18歳でお嫁入り前のいとはんであるという。このいとはん、近頃、臥せりがちで、家の中に籠りっきりが多く、あれほど快活であったのに、口数も少なく、顔色も随分と悪く皆で心配しているのだのだそうです。何を聞いても
「なにもあらしまへん」
と、ただそれだけ答えるだけす。廻りの者がみんなして「心配していますねん」と淋しげな笑いをして言われます。
「そこでだ。・・・・いつも、お園さんと話していると、なんだか、こっちまで気安うなってしもうてから、つい安心して、何でも話ができます。誰からも直ぐに好かれるようなやさしい心を持ったお人です。だから、始めて逢った時から、このお人を平どんの嫁はんにどうしてもしたらにゃあかんと思ったのや。人様に取られたらいけんと思うたさかい、神さんにお頼みしたのじゃ。ええぐわいに神さんにもええやろとおっしゃてもろうてな。あははは・・・・」