Aruiのスペース

自分の身の回りで起こったことの記録であったり、横浜での生活日記であったり・・・です。

SARSの時を思い出す

2009-05-05 10:13:45 | Weblog
SARSの時を思い出す           2009-05-05

昨今、新聞TVは新型インフルエンザの話題で持ちきり
です。日本の場合は、一つ大ニュースが報じられると、
どのTV放送会社も、新聞各社も似たり寄ったりのニュ
ースを流しますので、日本中どこへ行ってもその話題
が日常会話の中心になります。

今、シカゴに住んでいる娘に聞くと、アメリカでは、そんな
大ニュースにはなっていないとのことです。これを聞いて
私は、6年前に同じように話題になったSARSのことを
思い出しました。

あれは中国が発生源でした。香港とか、広東省と言う
中国の最南部から発生し、北京で猛威をふるいました。
その頃、私は北京の隣(海側へ120kmの)天津に住んで
仕事をしていました。

中国政府は当初SARSの発生を公表しない政策を採っ
ていたために(これが中国の通常の姿なんですが)世界
中の不興を買い、発表そのものへの不信感があるところ
へ持ってきて、WHOの査察が有って以降、罹患者と死
者の数が、連日急上昇し、パニックに陥りました。

私は、中国人と中国が好きですので(中国共産党と政府
を好きではありません)、どうしても中国人の味方をして
しまうんですが、北京で240人ほどがSARSで死んだと
言うことが、あれほど世界にパニックを引き起こしたこと
が、中国人に取っても初めてのことで驚きであったことは
事実なのです。

結核で、10万人以上が死ぬ国なんですよ。交通事故で
も、多くの人が死ぬ国なんです。(この点、日本も同じ
ですがね) 当時、私が日本の友人に、「14億人も居る
んだから、240人位、何かの理由で死ぬだろう」って言い
ましたら、誰も理解してくれませんでした。

あの時、総人口1000万人の天津で一人SARSで死に
ました。それこそ1000万人もいれば一人くらいSARSで
死ぬだろうです。天津もその頃には非常事態になって
いて、会社は、お互いに他社を訪問しない。出張は禁止
になりました。私も移動禁止で、天津に閉じ籠もっていま
した。一度だけ、どうしても大事な理由で広東省に出張
しましたが、なにやら気持ち悪かったです。

日本では、火事と交通事故と殺人事件で連日人は死ん
でいますが、今日現在、新型インフルエンザには一人も
なっていません。これから、罹患者が現れるのでしょうか。
死者数は、交通事故の死者を上回るのでしょうか。