雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、、そんな思いで書き記してます。

外宮徒然

2016-01-24 18:45:46 | 面白い...パワスポ寺社
「uzmetさーん!
毎年恒例なんですが、、、
伊勢の質問していいですかー??(´・ω・`)

外宮の横の道ってどこですか??今年はそこ見てみたくて!」


......ということで、
何かと質問を頂ける今日この頃。
なんだかとてもありがたいことでやんす。

そんな毎年恒例!?の伊勢大好き!というMaaさん(♀)からの質問ということで、
今回もこの時同様、彼女が行ってみたいと言っている伊勢、
外宮のマニアック・ポイントのお話をココにチロリと記しておこうかと思います(^^)
今月末に行くということですので今日あたりのお返事ということで良いでしょうかね。
ええ。ええ。

で、今回彼女が行ってみたいと言っている伊勢、外宮の「横の道」というのは、
外宮の本殿の裏の方に伸びていく「トアル一本の道」のことで、
その道沿いには実は、外宮屈指の「圧倒的な」楠の大木が立ち並び、
二つばかりの摂社、末社がひっそりと佇んでもいます。
その道は神宮の公式マップにも載っていなくて、Maaさんのようによっぽど
「行こう!」
という明確な気持ちがないと決して訪れるようなことはない場所になります。
普通はマズ知らないハズですが......そんな外宮の公式境内マップさんがこちら。。



まずわ、
豊受大神宮というのが外宮の正式名称。トヨウケと読みます。
そして、外宮。「げぐう」と読んでいたりする人も多いようですが正式には「げくう」。
「くう」でございます。
神様は穢れ(けがれ)......「濁り」を嫌います。
「濁点」はできれば避けたい......という感じでしょうか(^^)
内宮も正式には「ないくう」。そういう感じ。

例の道は、
上の地図上では巫女さんが描かれているお守りやお札売り場にもなっている中央の
「神楽殿=かぐらでん」のところから上の方に行った「北御門鳥居=きたみかどとりい」と
「御厩=みうまや」の側にヒッソリと、細く小さな口を開けています。
北御門口の駐車場近くの鳥居から入ると右手にすぐ見えてくる道です。
この小道には簡単には入らないようにね......と、
そういう声が聞こえて来るかのような入り口付近の佇まい。。



この道やここの摂社、末社が外宮の地図にちゃんと記載されていないのには
キット「幾つかの訳」があると思いますが......少なくとも、
僕が歩いた感覚ではこのゾーンに関しては陰陽入り乱れるかなりカオスなエネルギー
包まれる場所で、人によっては重々しく感じたり、キツく感じたり
ハマりすぎて異様な力を感じてしまったり......と、
ナカナカ一般的とは言えないゾーンでもあることも一つの理由になっているとは思います。

他には、現在の神宮ができる以前から伊勢の地を守り、神を祀ってきた氏族、
度会氏(わたらいし)の祖霊を祀る社(やしろ)があるという部分や、
あまりに強力なパワーを発する大木達に利己的で勝手な置物やら何やら......を置く様な人が
後を絶たないのであまり入れたくないという部分。
さらには、この道の突き当たりにはもしかしたら外宮で最も大切な場所の一つとも言える
「上御井神社=かみのみいじんじゃ」があるということも関係しているかもしれません。

絶対に荒らせない神宮の水源。上御井(かみのみい)。

伊勢神宮内全てに捧げられる供物に使われる水は、
実は毎朝この井戸から汲まれ、運ばれるのです。
地図にも載っていて誰でも訪れることのできる外宮境内の井戸が
「下御井神社=しものみいじんじゃ」と呼ばれているわけは
この「上=かみ」があるからであって、その大切な井戸の真裏に出る、そんな道。
そこは絶対に荒らされてはいけないエリア。
綺麗な水を保つため、なるべく原生の植生をそのまま保ちたい場所。
そういう感覚も受けます。
この道はこの井戸の手前で錠前が厳重にかけられた扉と金網の柵で行き止まりとなります。
金網の横にはこんな......
ちょっと絶句してしまうような大木さん達が辺りの守護についています......
もう神様です。ええ。





こちらは外宮とともに「度会神道=わたらいしんとう」の聖地とも言える、
度会国御神社(わたらいくにみじんじゃ)。



上記もしましたが、
伊勢の地の宮はもともとこの外宮が最初であると、渡会氏は主張してきています。
現在の伊勢神宮が建立される以前よりこの地で神を祀り守り通して来た
由緒ある氏族の大切な宮です。ココには心して向かい合わねばいけません。
このゾーンではケータイとは言え、
まともにレンズを向けれないのであります......わたくし......

現在、伊勢での参拝順序が内宮より外宮が先である、とされるのは、
そういう訳でもあります。
もともとこの地にあった原初の神社が外宮なのです。
そこに、この地があまりに素晴らしかったため後に天皇家が内宮を建立したわけです。
天皇家の祖神とされる「アマテラスオオミカミ=内宮」を中心とする国家神道において、
あまり表立って語られることの無い歴史の真実でもあります。
そんな地を通る道沿いにある異様な力を感じる大木さん達......やっぱり神様です。ええ。







できればそのままそっとしておいて欲しいと思われ......
人によっては写真はあまりジーーッと見ないほうが良いとも思われ......
根元に何か置いたり、捧げたりとかはやめたほうが賢明とも思われます。ええ。エグいっす。
此方はこの道沿いにあるもう一つのスゲー社......「大津神社=おおつじんじゃ」です。



内宮内を流れる五十鈴川の河口にある港町の守護神でもある
「葦原神=あしはらのかみ」を祭っています。
津とは海。
この辺りも古代、海に囲まれた葦の原だったことを思わせる大切な社だと僕は思います。

この参道からは深い神宮の森越しに外宮の背中をチロチロと見ることもできます。
そんな、まさに裏道。内宮を伊勢の表の顔とすれば、外宮は裏の顔。
そのさらに裏の道。裏の裏。それは、もしかしたら表!?なのか。。。
そんな大木さん達と小さな神社さん達と小道さん。

―――――外宮。

この地の神々がいかに古く、そして、
伊勢の大元の神々が住まう地だということを感じていただけますでしょうか。

そして折角ですので最後にもう少しだけ、そんな現在の伊勢神宮のさらに大元と思われる
場所のことを少しだけ記しておこうと思います。それが、ここ。
「吾平山上陵=あいらのやまのうえのみささぎ」
またの名を「あいらさんりょう」「あいらさんじょうりょう」



場所は九州、鹿児島。大隅半島(おおすみはんとう)の中程。
日本列島の最南端といっても良いような場所。
宮内庁直轄の要地であり、常に厳重に管理されている所。
日向三代(ひゅうがさんだい)として日本神話にその名を残す
「ウガヤフキアエズ=天津日高日子波限建鵜草葺不合命」と、
その妻「タマヨリヒメ=玉依姫」の墓陵と比定されています。
「比定」と書くのはウガヤフキアエズの墓陵としては他にも幾つか候補があるからです。

現伊勢神宮を定めた倭姫命(やまとひめのみこと)は、この時の記事に記した通り、
2世代の長きにわたって天照大御神(アマテラスオオミカミ)が住まうのに
ふさわしい地を探して西日本を転々とします。
何度も何度も場所を変え、移動し、しかし、そんなことには
「ここではないかもしれない。。」
と、そう判断させる何か......理想像や物差しのようなものがあったのだと思うのです。
それが明確であったからこそ
今の伊勢に落ち着くまでに時間がかかったということもあるでしょうし、伊勢の地を見て
「ここだ!」
と確信的な決断も出来たのだとも思えます。

要は、一度でも伊勢神宮を訪れたことがある人がもしこの地に踏み込めば、
今の伊勢神宮の「造り」「有り様」「土地のイメージ」その原型の全てが
この吾平山陵にあることを「誰でも」「明確に」感じられると思うのです。
あまりに似ているその佇まいを実感できると思います。
そして、日向三代を継いだ初代天皇「神武=じんむ」は九州の地から奈良に入った......と、
神話にはそう記されているわけです。

更に禁断のエリアに踏み込むとすれば、日向三代の話とは「赤」と「白」の話でもあり、
それはこの国の国旗の色でもあり、血脈の話でもあり......
伊勢においては外宮、内宮の色とも言えるものでもあるのです。。


......Maaさんのリクエスト話からこんなトコロにまで辿り着いてしまったので、次回は、
そんな日向三代のお話を少しだけ。。(^^)ええ。ええ。どもども。

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