波打ち際の考察

思ったこと感じたことのメモです。
コメント欄はほとんど見ていないので御用のある方はメールでご連絡を。
波屋山人

文科省は漢検に立ち入り検査を行う。経産省はTOEICに立ち入り検査を行うのか。

2009-02-07 16:46:31 | Weblog
年明けから漢検がたいへんなことになっているようだ。
年末に漢検協会の理事でもある清水寺の森清範貫主が大きく「変」と報道陣の前で書をしたためていたのが印象に残っている。
漢検協会でもひそかに「変」なことが進行していたのだろうか。

文部科学省の管轄している財団法人である日本漢字能力検定協会は、多額の利益を上げていた。
不景気な時代に景気よく儲ける企業があってもいいと思うけど、財団法人は公益法人だから、多額の利益を上げてはいけないらしい。

財団法人は税金も優遇されているから、財団法人を利用して金儲けをするのは不適切なことだと文部科学省の人も認識しているのだろう。

漢検協会は2003年度から5年間で計約20億円もの利益を得ていた。
文科省から何度も検定料の引き下げなどの指導を受けていたけど、抜本的な改善を行わなかったらしい。
(別の報道では2006、07年度だけで合計約15億円の利益を上げていたそうだ)

2/7土の読売新聞朝刊には
「協会の大久保昇理事長と大久保浩副理事長がそれぞれ代表を務める計4社に対し、同協会が広報活動や採点業務などで2006年4月~08年12月の間に計約66億円の業務委託費を支払っていた」
とある。

関連会社に3年で66億というのも、おそらく割高な支払いだったのだろう。
相見積もりを取ることもなく、身内の会社が儲かるようにしていたはず。
だが、文部科学省の公益法人指導基準では、公益法人が法人関係者に有利になる取引を結ぶことは禁じられているらしい。

漢検協会も利益を隠すために、広告費を増やしたり会場費を高く払ったり職員のボーナスをはずんだり、関連会社に高値で仕事を依頼したり、様々な努力をしたと思う。
それでも使い切れないくらい儲かっていたのだろうか。

漢検協会の決算報告書は下記のページで簡単に印刷できる。
(TOEICの決算報告書は印刷できない)
・平成19年度決算報告書
http://www.kanken.or.jp/kan_towa/h19report.pdf

漢字検定協会の理事の方々も、文部科学省から指導が来ているということは認識していたのではないだろうか。
理事には高名な方々が並んでいるけど、運営を適正化しようとしなかったのだろうか。

財団法人日本漢字検定協会
理事長  大久保昇
副理事長 大久保浩(事務局長)
理事   明石康(元国際連合事務次長)
理事   犬丸直(日本芸術院顧問)
理事   坂井利之(京都大学名誉教授)
理事   千玄室(茶道裏千家家元・大宗匠、日本国連親善大使)
理事   水谷修(名古屋外国語大学学長、元国立国語研究所長)
理事   森清範(清水寺貫主)
評議員  梅原猛(国際日本文化研究センター顧問)
評議員  菊池明(全日本中学校国語教育研究協議会顧問)
評議員  倉澤栄吉(日本国語教育学会会長)
評議員  杉戸清樹(独立行政法人国立国語研究所長)
評議員  野間佐和子(株式会社講談社代表取締役社長)
(略)

そういえば漢検協会の理事や評議員にはちらっと見ただけは文部科学省出身の人が見当たらない。
むしろ外務省や経済産業省とのつながりがある人の名前がある。
だけど、文部科学省の天下りを受け入れないから摘発した、というようなケチな心で今回の騒動になったのではないと思う。
日本英語検定協会も文部科学省管轄の財団法人だけど、文部科学省からの天下り理事などはいないし。

だが、ふとこう思った人は多いはずだ。
「TOEICはどうなってるの? マークシートだけのテストだし、受験料高いし、かなり儲かっているでしょう」と。

そこで、漢検と英検と、TOEICを日本で実施・運営している財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会の決算をちょっと見てみたい。

・財団法人日本漢字検定協会 平成19年度決算報告書
http://www.kanken.or.jp/kan_towa/h19report.pdf

・財団法人英語検定協会 平成19年度収支決算書
http://www.eiken.or.jp/step/pdf/19outline04.pdf

・財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会 平成19年度財務諸表
http://www.toeic.or.jp/iibc/19_23zaimu.pdf

★財団法人日本漢字検定協会
平成19年度
■事業活動収入        71.5億
(漢字能力検定事業収入   60.0億)
■事業活動支出計       63.7億
(事業費支出計       61.6億)

★財団法人日本英語検定協会
平成19年度(2007年度)
■事業活動収入        62.2億
(実用英語技能検定収入   59.4億)239.7万人
■事業活動支出        58.9億
(事業費支出        54.3億)
(管理費支出         6.0億)

★財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会TOEIC運営委員会
平成19年度(2007年度)
■経常収益計         65.5億
事業収益(能力評価実施事業) 64.4億
(定期テスト受験料     35.8億)71.1万人
(企業別テスト受験料    25.2億)92.4万人
(ブリッジテスト受験料    3.1億)15.1万人
(S&Wテスト実施費     0.2億)4178人
■経常費用計         64.2億
事業費(能力評価実施事業費) 56.3億
(募集費           8.9億)
(定期テスト実施費     19.2億)
(企業別テスト実施費    13.1億)
(ロイヤリティー支出     8.2億)
(ブリッジテスト実施費    3.1億)
(S&Wテスト実施費     3.1億)
(指導相談事業費       1.6億)


漢検は事業活動で8億弱儲けている。
英検は3億強。TOEICは1億強。
あれ? TOEICは儲かっていないのだろうか。
広告費やロイヤリティが高いのかな。
テスト実施費がかなり高い気もする。
どこかに割高な料金でお金が流れてはいないだろうか。

平均受験料を見てみよう。2007年度のデータによると、
漢検は1級から10級まで合わせて、平均2207円。
英検は1級から5級まで合わせて、平均2478円。
TOEICは、定期的な公開テストが、平均5033円。
企業などで行われる団体テストが、平均2732円。
公開テストと団体テストの合計では、平均3733円。

漢検は1級から10級まで試験がある。問題作成に時間もお金もかかる。
英検も1級から5級まで試験がある上に、2次試験に面接まであるからお金もかかる。
漢検や、英検の上位級では記述問題もあるから採点する手間もかかる。

だけど、TOEICはマークシートだから、機械で一気に採点できる。問題はアメリカのETSが作成している。
なぜ受験料が英検や漢検の倍以上、5033円も必要なのか。高すぎる。
ちなみに、公式にはTOEICの受験料は6615円(うち消費税など315円)。

私は漢検や英検は受けたことがないが、TOEICは2度ばかり受けた。6000円以上払って。
企業での受験だと3000円以下で受けられるというのはうらやましい。
企業に対しては、受験者数を増やすためにダンピングを行っているのだろうか。
公開テストの受験料ももう少し下げてもらえるとありがたい。

それにしても、あれだけの受験者数があるのであれば、受験料が3千円以下、下手したら2千円以下でも利益を上げることができるはず。
なぜあれほど支出が多くなるのだろう。

韓国では公開テスト受験料が3万4000ウォン。2/7現在の為替で2275円。
一昨年、ウォンが強い時期でも4000円前後だった。
(TOEICの受験者は韓国人と日本人がほとんどだとか)

ちなみに、(財)国際ビジネスコミュニケーションズの周辺には様々な株式会社がある。
もっとも大規模なのは(株)国際コミュニケーションズ・スクール。他にも山王グランドビルには関連会社が入居していたと思う。

株式会社国際コミュニケーションズ・スクールは、学校や企業向けの営業活動を担当している様子。なぜ財団の中で営業活動、普及活動を行わないのだろう。公式サイトが見当たらないのも不可解。
この会社が以前、「国際コミュニケーションズ」という名前だったときはサイトもあった。

http://www.toeic.or.jp/privacy/privacy_05.html
■関連機関のプライバシーポリシー
(株)国際コミュニケーションズ・スクール(以下、当社といいます。)は(財)国際ビジネスコミュニケーション協会からの業務委託を受け、企業・団体・学校の窓口として、団体特別受験制度(IP:Institutional Program)ならびに公開テスト団体一括受験の普及促進、実施運営をサポートしております。


とにかく、TOEICの受験料は高いと感じる。
十分利益は上がっていると思う。

経済産業省の管轄する財団である国際ビジネスコミュニケーションズ、TOEIC運営委員会には文部科学省は立ち入り検査を行うことができない。
国際ビジネスコミュニケーションズの会長は通産省(現・経産省)出身だし、監事も通産省出身。

経産省にも存在感を示すようになったTOEICに対して、経産省はなかなか指導を行うことができないかもしれない。

もし、すでに指導が入っているのであれば、高名な理事の方々は、責任を問われる前に早く受験料の値下げに動いたほうがよいのではないかと思う。

ちなみに、2007年度の役員報酬は総額で7756万円。給料諸手当は9249万円。
あるいは理事という地位はお金をもらうけど経営に苦言を呈さない、お飾りの職なのだろうか。

■財団法人国際ビジネスコミュニケーションズ
理事(常勤)
会長 渡辺 弥栄司 (元通商産業省通商局長)
理事長 室伏 貴之
専務理事 吉澤 誠司
常務理事 梅澤 直臣

理事(非常勤)
有馬 利男 富士ゼロックス株式会社 取締役相談役
大山 綱明 財団法人日本関税協会 副会長(元大蔵省関税局長)
後藤 尚雄 朝日新聞社 役員待遇 事業・国際・出版事業担当
小林 英三 アフラック(アメリカンファミリー生命保険会社) 副会長
佐竹 茂紀 日本電気株式会社 執行役員 人事部長
清水 哲太 愛知県公立大学法人 理事長
延原 和良 株式会社電通 上席常務執行役員
平原 一雄 財団法人東洋学林 理事長
平山 喜三 新日本製鐵株式会社 常務執行役員

監事(非常勤)
山田 康博 独立行政法人日本貿易振興機構 理事(元通産省課長補佐)
横尾 賢一郎 社団法人日本経済団体連合会 国際第二本部本部長


<参考>
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20090206-OYO1T00648.htm?from=main1
■文科省が、漢検協に9日、立ち入り検査へ
 財団法人「日本漢字能力検定協会」(京都市下京区、大久保昇理事長)が公益事業では認められない多額の利益を上げるなどしていた問題で、文部科学省は9日に同協会へ立ち入り検査に入ることを決めた。同省は多額の利益や不動産取引が公益法人としての事業内容に抵触する可能性があるとみており、同協会の財務状況や不明朗なカネの流れについて調べる。
 同協会は、利益を上げることが認められていない検定事業などで、2003年度から5年間で、計約20億円の利益を得ていたことが発覚。同省が再三、検定料の引き下げなどを指導したが、抜本的な改善を行わなかった。また、大久保理事長が代表を務める広告会社「メディアボックス」(同市西京区)に、広報費など年2億~3億円の業務委託費を払いながら、同省に報告していなかったことも判明。
 03年に京都市左京区・南禅寺近くの住宅地に土地と建物を「資料館にする」として約6億7000万円で購入したが、住宅地のまま用途変更を行っておらず、同市右京区の天龍寺塔頭・宝厳院の墓園に「協会の発展に貢献した理事、評議員の供養塔」も建てていた。
 同省は、立ち入り検査で帳簿類を調べ、高額の利益の使途や、理事長らの関連会社との取引の経緯、土地や供養塔の必要性などを詳しく調査する。
(2009年2月6日 読売新聞)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090122-00000048-yom-soci
■利益禁止の「漢検」20億円もうけ、経費3倍の検定料も
1月22日14時45分配信 読売新聞
 「日本漢字能力検定協会」(京都市下京区、大久保昇理事長)が、利益を上げることが認められていない検定事業などで、過去5年間に計約20億円の利益を得ていたことがわかった。
 経費の最大3倍の検定料を受検者から徴収していたという。
 同協会は1992年に旧文部省が財団法人として設立を許可した。こうした公益法人の指導監督基準は「公益事業で必要な額以上の利益を生じないようにすること」と定められており、文部科学省は近く、緊急の立ち入り検査に入ることを決めた。
 協会は、年末には、清水寺(同市東山区)で「今年の漢字」を発表することでも知られている。
 主な事業は1級から10級までの漢字検定で、受検志願者は当初12万人だったが、「検定ブーム」に乗り、2007年度には20倍以上の270万人に増大した。
 文科省によると、これらの事業により、協会は03年度から07年度にかけて最高で年9億円の利益を上げており、合計額は20億円にのぼる。
 文科省は04年以降、再三にわたって「対価が適正でない」として、級によっては受検者1人あたりの費用(約2100円)の3倍近くに設定していた検定料の引き下げなどを指導してきた。
 協会は07年度から検定料の一部を値下げして5000円~1500円としたり、昨年12月末には改善計画を回答したりしたが、文科省は具体的な対策ではないとして、立ち入り検査に踏み切ることを決めた。
 昨年12月に施行された新公益法人制度でも公益事業で利益を得ることは原則、禁じられている。内閣府公益認定等委員会事務局は「このままでは公益法人としての基準を満たさない。幅広く営利活動ができる一般法人として存続するためには、財産を別の公益事業に寄付するなどしなければならない」としている。
 同協会は読売新聞の取材に対し、「忙しくて答えられない」としている。
最終更新:1月22日14時45分



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温家宝首相はいい人かわるい人か(靴を投げられたりもするけど)

2009-02-07 11:25:20 | Weblog
中国でも景気が後退し、出稼ぎ農民労働者(民工)の失業が深刻化している。
中国政府は2月2日、世界的な景気悪化の影響で約2000万人の民工(農民の出稼ぎ労働者)が失業状態となっていることを発表した。
中国共産党中央農村工作指導小組弁公室の陳錫文主任は記者団に対して、「景気悪化により、約2000万人の農民工が職を失ったか、職を見つけられないまま故郷に帰っている」と述べたという。実際にはもっと多くの出稼ぎ労働者が失業しているのかもしれない。

つい先日、「大地の慟哭-中国民工調査」という本を読み終わった。
2005年1月に中国で「中国民工調査」として刊行され、2007年6月に日本語版が刊行。
定価は1890円だけど、古本屋で105円で買った。
2003年から2004年にかけての出稼ぎ労働者およびその子弟の問題が描かれている。
現在の中国の状況を知るには興味深い本だ。
出稼ぎ労働者やその子弟の悲惨な生活状況、ひどい扱われ方について読むと心が痛む。
後半は、民工不足や賃金の上昇、生活環境の改善などについても記述があり、少し明るさを感じることができた。

ただ、この中国民工調査という本は中国で発禁になっていない。
「中国民工調査」は、当局ににらまれて発禁になってしまった「中国農民調査」よりも、さらに政府に配慮した書き方になっているのかもしれない。

大地の慟哭-中国民工調査(PHP研究所発行)

温家宝(ウェン・チアパオ)国務院総理は1942年生まれ。
2003年に総理(首相)に就任した。
胡錦濤主席が大統領(president)、温家宝総理が首相(prime minister)、といった位置付けだろうか。
中国では比較的庶民に人気があるようだけど、日本ではあまり好意的に見られていないかもしれない。

2007年4月に訪日して国会で演説したとき、事前に配られた演説原稿から「戦後、日本が平和発展の道を歩んだことを中国人民は評価する」といった一文をとばして読んだことはニュースになった。

2008年12月に福岡を訪れた時は日帰りで、日本に10時間も滞在しなかったことも報じられた。
多くの日本人にとっては疎遠な印象の政治家ではないだろうか。

2009年2月2日には、ケンブリッジ大学での講演中に聴衆から靴を投げつけられたことが世界的なニュースになった。
(先日、イラク人記者がブッシュ大統領に靴を投げつけた事件を意識した行動なのだろう)

ロイター通信社では以下のように報じられた。
「中国の温家宝首相が2日、ケンブリッジ大で講演中、聴衆の男性から靴を投げられる騒ぎがあった。男性は温家宝首相を「独裁者」などと呼び、靴を投げつけた、という。靴は首相には当たらず、首相から1メートル離れた壇上に落ちた」

今回のヨーロッパ歴訪では、大統領がダライ・ラマ14世と会談したフランスには行かなかった。
自分たちのいやがることをする人たちは避ける、という行動パターンなのだろうか。
その手法が自分たちに利益をもたらすか、不利益につながるか、よくわからないが。

「なんだか面白みのない人かも、興味ないな」と感じる人も多いかもしれないけど、「中国民工調査」には心温まる話が載っていた。

「温家宝首相って冷酷でケチで打算的で何考えているかわからなくて自分の利益だけうまく誘導して形ばかりの笑顔でごまかしてズケズケと他人の領域を侵して知らん振りして、失礼で残忍でケシカラン男だ」とムカついている人は、精神安定のために、下記の話にも目を通してもらいたい。
温家宝首相にもいいところがあるのかも。
意外に話の通じる、心優しい人の痛みのわかる律儀な男かもしれない。


■「大地の慟哭(どうこく)-中国民工調査」 秦尭禹著p256~260

 二〇〇三年十月二十四日午後五時ごろ、三狭(サンジア)ダムの奥地のうねうねと延びている山の道を、数台のバスが万州(ワンジヨウ)区から雲陽県城(ユンヤンシエンチエン)方向へ走っていた。
 そのとき、車に乗っていた共産党中央政治局常任委員でもある温家宝(ウエンチアパオ)総理は、窓から流れる景色を見て、その日の出来事を思い出していた。その日は、午前十一時ごろ、彼は随行した国務院の関係部門の責任者とともに、重慶(チヨンチン)の万州(ワンジヨウ)についた後、移住民たちを訪問した。万州(ワンジヨウ)は三狭(サンジア)ダム地区で最も大きい移住民地区で、二十五万人が移り住んでいる。三狭ダムの工程が第三建設期という重要な時期だったので、順調に移民できているかどうか視察するためである。何軒もの移民宅に行った後、温家宝(ウエンチアパオ)総理はこのように感じた。
 「居住環境が改善されたといっても、人々の将来の生計については今後もよく考えなければならない。ダム地区の経済をさらに迅速に発展させなければならない」
 車が走る。たわわに実ったミカン畑を夕陽が照らし、丸々としたミカンがまるで小さな提灯(ちょうちん)のように緑の葉のあいだで煌(きら)めいていた。温家宝総理は「三狭ダムの農民の暮らしはどのようになっているのだろう」と思った。
 雲陽県城(ユンヤンシエンチエン)から約四十キロのところで、温家宝総理は道路のそばにいくつかの農家を見つけ、すぐさま車を止めた。そして、人々の様子を見に行った。
 でこぼこした泥だらけの狭い道に洽って、温家宝総理は随行の人たちを伴い、道路の下にある対照的な青々とした竹林の中の小さな村に入っていった。
 いくつかの溝を跳び越えて、ミカン畑や竹林を突っ切ると、十数分後、数部屋の古い農家が目の前に現れた。
 雲陽県(ユンヤンシエン)人と鎮龍泉(チエンロンチユアン)村の十組、三狭(サンジア)ダムの奥地の辺鄙(へんぴ)な山村である。
 「みなさん、われわれはお宅に上がらせてもらってもよいですか?・」
 温家宝(ウエンチアパオ)総理は、家の中でタバコを吸っていた一人の農民に気さくに問いかけた。
 田んぼでの仕事から帰ってきたばかりの農民・曽祥万(ツエンシアンワン)は、ズボンの裾をまくり上げて、泥のついた足をむき出しにして休んでいるところだった。人の声を聞いて、頭を上げたが、すぐには自分の目を信じることができなかった。彼は急いでお迎えに上がり、しっかり温家宝(ウエンチアパオ)総理の手をにぎり、「総理、テレビでしか見たことかありませんでした。まさかこんな辺鄙なところまできてくださるなんて」といった。
 「温(ウエン)総理が、俺たちの村にきた!」
 田んぼで働いていた農民は、噂を聞きつけて、曽(ツエン)の家に続々と詰めかけてきた。
 老人も若者も集まってきたのを見て、温家宝(ウエンチアパオ)総理はたいへん喜んでいた。
 「みなさん、座ってください。一緒にお喋りしましょう。私はみなさんの村の様子を知りたいんです」
 何人家族ですか?
 食べ物は充分ですか?
 飼っている豚はよく売れていますか?
 ミカンは一斤いくらですか?
 ダムに水がたまってから土地の調子はどうですか?
 子供たちはみんなちゃんと学校へ行けていますか?
 学校に行くのに一年にいくらかかりますか?
 電気代はいくらぐらいですか?・
 家で出稼ぎに出ているのは何人ですか?
 移民の保障は?……
 温家宝(ウエンチアパオ)総理はほほえみを浮かべながら、農民たちに生産や生活の状況を尋ねた。村民の堅苦しい気持ちは消え、言葉を交わしあい、総理を囲んで話が弾んだ。
 家の中はたびたび笑い声が上がり、村の静寂を破った。
 知らず知らずのうちに三十分以上経っていた。そのころには温家宝(ウエンチアパオ)総理は雲陽県(ユンヤンシエン)人と鎮龍泉(チエンロンチユアン)村の十組の状況をだいたい理解していた。やがて彼は村民に向かって、「他にどんな困ったことがありますか。どんなことをしてほしいですか」と聞いた。
 「総理、私は、出稼ぎについて話したいと思います」
 ずっと温家宝(ウエンチアパオ)総理の左に座っていた農家の女性・熊徳明(シオンダーミン)か、はにかみながらいった。
 温家宝(ウエンチアパオ)総理は彼女のほうを向いてこういった。
 「おっしゃいなさい」                     ・
 このとき、横にいた重慶(チョンチン)市委員会の書記・黄鎮東(フアンチエントン)も熊徳明(シオンダーミン)を励ました。
 「どんなことでも総理にありのままに話しなさい」
 熊徳明(シオンダーミン)いわく、現在の農民の収入は主に出稼ぎに頼っており、村でも多くの働き手が雲陽新県城(ユンヤンシエンチエン)で建築の仕事に就き、一年で五千~六千元程度の収入を得ているが、新県城(シンシエンチエン)センター広場の階段をつくっているときに、請負業者が欠配した給料をいまだに払っていない。熊徳明(シオンダーミン)の夫、李建明(リージエンミン)は、一年間も二千元余りの給料が支払われず、娘の学費に影響している。
 彼女の話を聞いて、温家宝(ウエンチアパオ)総理の表情が急に厳しくなった。
「政府は広場の階段の建築費を与えたとのことですが、請負業者たちが民工にお金を払ってくれないのです」と曽祥万(ツエンシアンワン)が話を続けた。
 温家宝(ウエンチアパオ)総理は眉を寄せ、しばらく考え込んでからいった。
「少ししたら、私が県知事と話をして、農民の金を必ず返させます」
 人々のあいだからすぐに熱烈な拍手が起こった。
「総理、ありがとうございます」
 恥ずかしそうにしていた熊徳明(シオンダーミン)が、このときはうれしそうに叫んだ。
 続いて、温家宝(ウエンチアパオ)総理は随行した幹部たちに心をこめて話した。
「現在の農民たちの多くの事情は、上層部から見ると取るに足らないことのようですが、彼らからすると大きなことなんです。毎日事務室に座っていて、農民の家に見に行ったりもしないで、どうして農民の苦難がわかるでしょうか」
 空は少しずつ暗くなり、寒さがひっそりと襲ってきた。しかし、村民の胸の内は温かかった。温家宝(ウエンチアパオ)総理は村民たち一人ずつに別れを述べ、楽しそうにみんなと一緒に記念写真を撮ろうといった。このとき、みんなは争って総理と握手したが、喜んでいた熊徳明(シオンダーミン)は、逆に人の後ろに隠れてしまった。
 「逃げないで」
 温家宝(ウエンチアパオ)総理は素早く歩み寄って、彼女と握手をして別れを告げた。このとき熊徳明(シオンダーミン)は両手を上げて恥ずかしそうにいった。
 「いま、ブタクサを刈ってきたばかりだから、手が真っ黒で汚いんです」
 しかし、総理はまったく気にせず、きつく彼女の荒れた手を握った。
 夕暮れのなか、単に乗った温家宝(ウエンチアパオ)総理は村の人々が車について走ってくるのを見た。彼はすぐに単を降りて、村人たちの手を握って改めてお別れをいった。村人の中には目に涙を光らせている者もいた。
 灯がともるころ、記者は雲陽新県城(ユンヤンシンシエンチエン)へ入った。温家宝(ウエンチアパオ)総理はまだ龍泉村(ロンチユアン)の人々のことを考えていた。県の責任者を見ると、彼はすぐ民工の給料欠配について問いただした。
 県の責任者いわく、「そういうことは確かにあります。主な原因は一部の請負業者が農民に金を渡さないからです。この件はちゃんと処理しなければならないと思います。必ず農民が満足するような答えを出します」。
 その夜十一時過ぎ、熊徳明(シオンダーミン)と夫は未払いだった二千二百四十元の給料を手にした。
                  (資料:新華社)


追記
中国には農民戸籍と都市戸籍の2種類の戸籍があり、農民がなかなか都市に移住できない仕組みになっているということを知らない日本人は意外に多い。
中国では都市と農村の格差は大きい。
中国の人が日本の農村に行くと、意外に電化製品も家も車も都市に比べて見劣りしないので驚くことがある。
中国の都市出身の人に会った時は「私はど田舎出身でね」というようなことをあまり言わないほうがいいかもしれない。無意味に見下されるおそれがある。
上海市出身の女の子と話をしていて「ぼくは田舎育ちで、子どもの頃ズボンの膝に穴があくと繕ってはいていた」と言うと信じられな~い、というような目をされたことがある。

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