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細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

学生による論文(69)「『快速道路』を整備すべし」 堀 雅也 (2022年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-11-16 17:28:02 | 教育のこと

「『快速道路』を整備すべし」 堀 雅也

 『高速道路』は主に大都市間を連絡し交通の軸となる。また、国道や主要な県道も、都市間を連絡する軸と成り得る性質を持っている。しかし、都市間を連絡する軸と成り得る、なるべき存在にしてはどうも障害が多すぎるように感じている。今回の授業でも日本の道路の小規模さが説明されたが、特にこの主要な一般道は必要とされている割に流れが悪いように見える。そこで私が提唱するのが『快速道路』の整備である。なお、『快速道路』は決して私の造語ではなく、上越・南魚沼間のバイパス道路として整備中の『上越魚沼地域振興快速道路』(通称:上沼道)から引用したものである。

 私は『快速道路』をただ単に『高速道路』に準じた存在、或いは『有料道路』や一般道を格上げするものとは考えていない。交差点や信号を減らし立体交差を多用する事で渋滞を避けつつ交通を流す道路、強いて言えばバイパス道路のような物だが、地方都市・町村間に軸を作り、経済圏を広げるのが大きな目的として挙げられる。前回の論文で自家用車や高速バスは最低限にすべきとは論じたが、これには少し説明不足な点があった。それは、短距離の高速バスと長距離の路線バスを『急行・準急バス』として整備し、町村間など鉄道へのアクセスがない地域を運転するべき、というものである。現代で言えばサンデン交通の準急バスのような「中心市街地では需要の多い場所のみに止まり、郊外の市町村には停留所を多めに設け、現在の路線バスより長距離を運転するもの」を考えている。

 さて、ここで以上の例として岐阜県南部を挙げる。この地域は、南部にJRや名鉄が通っている他は旧国鉄の長良川鉄道が存在するのみであり、この長良川鉄道も地域の取り組みによりどうにか経営だけは持ち直したくらいのローカル線である。この長良川鉄道の難しさは、中心街へのアクセスを確保出来ていない点である。起点の美濃太田は交通の要衝ではあるが、JRの利用者が3000人弱、長良川鉄道に至っては420人(いずれも2019年のデータ)という利用者の少なさを見せている。これは長良川鉄道がどうこうという以前に、そもそも美濃太田に出てくる需要が少ないと言える。

 長良川鉄道で美濃太田の次に利用者が多いのは関口駅であるが、2000年頃は関駅の方が多く、800人程度であった。一方、当時関には名鉄美濃町線という軌道線が乗り入れており、特に昔から存在する新関駅は利用者が1900人弱(1992年)と圧倒的に凌駕していたのだ。毎時2本程度の路面電車でこれだけ利用されるのは、ひとえに岐阜に直接乗り入れられるメリットがあったからである。

 しかしその美濃町線は廃止されてしまった。岐阜と関という路線の両端を結ぶ需要が主であったので、路面電車には岐阜・関間の20km弱を結ぶのは力不足であった。また、岐阜という都市自体の求心力も低下していたことも理由の一つと言えるだろう。その表れとして、現在は美濃・関エリアから名古屋に直通する高速バスが6時台には4本(中濃庁舎基準)出ており、名古屋へのアクセスは便利になっている。当時から見ると本数はほぼ倍増している。

 ところでこの高速バスであるが、関シティターミナルから名古屋の名鉄BCまで1時間7分から1時間22分かかる。しかし手元の名鉄時刻表(2001年)によれば、名鉄美濃町線経由でも関駅から新岐阜乗り換えで新名古屋まで最速1時間24分と、時間面ではそれほど改善したとは言えないのだ。また、岐阜・関間においても、美濃町線も路線バスも50分前後と大差ない。それでは需要のそこまで少ないとは言いにくい軌道を廃止した意味が薄いと言うほかない。

 当時中心地の1つであった新関はただの住宅地となり、2000年まで順調に増えていた人口は周辺を吸収して市域を拡大した2005年から減りはじめ、中心地は新関から関口の方に変わってしまった。長良川鉄道の需要は増えるどころか半減し、いよいよ当時の美濃地方中心地は「岐阜ではなく」名古屋の不便なベッドタウンの一つになってしまった。

 ここで私は関・岐阜間に『快速道路』を整備せよと提言したい。名古屋と、ではなく、岐阜との間に、である。現在も、岐阜から岩田地区までをショートカット出来る岐阜東バイパスは存在するが、このようなショートカットでは不足である。東海北陸道に接続するまで伸ばしてネットワークに組み込むのは必須と考える。また、途中にバス停を置くことで、さほど利便性の落ちない路線バスにて岐阜・関間を30分-35分で結ぶことが出来る。こうなれば、名古屋まで最速1時間以内に到達でき、名実ともに名古屋のベッドタウンとして存在し得るであろう。たとえ美濃・関エリアからの需要が岐阜と名古屋にあるとしても、全てを名古屋に直通させるのはロスが多く、岐阜をターミナルとして再び整備する事が岐阜南部を活用する鍵である。同じようにターミナルを整備して中心地のバスを整理している新潟のBRTと違って、こちらには岐阜までJRや名鉄といった大量輸送手段が来ているのだから、使わぬ手はない。また、岐阜が変わらず中心地にはなれなくとも、ターミナルとして再興することで、「名古屋にしか行けない不便なベッドタウン」が「『岐阜の他に』名古屋にも行けるベッドタウン」として生まれ変わるのだ。これによって関には人が、岐阜には需要がもたらされ、相互に良い影響を与え合えることを確信している。

 ちなみに、既に美濃地方には坂祝から鵜沼、各務原、岐阜を経由し大垣までを結ぶ国道21号バイパスが存在し、岐阜南端を横断する交通を支えている。また横浜でも、日本一利用されている保土ヶ谷バイパスが活躍している。これらはいずれも環状方面の道路であり、郊外を結ぶ『快速道路』に分類できる。このような道路こそ、郊外の更に衛星都市と郊外を結びつけ、相互に発展させるカギである。

参考
・名鉄時刻表vol.18 2001年10月1日ダイヤ改正号
・関市の人口・世帯数・人口増減率の推移 1920年~2015年(大正9年~平成27年)
http://demography.blog.fc2.com/blog-entry-4983.html


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