細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・教育者のブログです。

少人数ゼミ 「人間学とリーダーシップについて考える」の学生たちのレポート

2019-01-07 10:21:24 | 教育のこと

私自身が学部3年生のときに受講した岡村甫先生の少人数ゼミのタイトルが同じ「人間学とリーダーシップについて考える」でした。私も同じタイトルで、かなりの期間、続けています。今年は、初めてかと思いますが、留学生2名が受講してくれ、合計で5名でした。この少人数ゼミのOBで、現在、研究室のD1の岩間君もときどき、M1の坂西君も都合を付けて参加してくれました。

以下、レポート提出順に、3年生の学生たちのレポートを全文掲載します。

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(1) 人間とリーダーシップについて考える ゼミナールで学んだこと

氏名: チン ティ タオ (ベトナム、女性)

大学1年生の時、先輩の紹介で「7つの習慣」という本を知った。その頃、読書が好きとは言えない私はこのような本が他の自己開発の本と同じで、時間管理についてのテクニックを教える本なのだろうというぐらいの意識しかなかったので、読もうと思わなかった。しかし、今回のセミに参加して、「7つの習慣」の本を読む機会となり、この本に対する今までのイメージが大きな誤解だと分かったとともに、自分の見方、あり方そしてミッション・ステートメントについて色々考えさせられた。この本を読むとき、印象的なのは成功するために朝早く起きなければならないとか、時間を無駄遣いしてはいけないなどの断片的な行動規範を寄せ集めたものではなく、効果的に生きるための基本的な原則について書いた本ということである。「7つの習慣」の内容は成長に導く行動ではなく、行うべき行動に導く基礎的な考え方なので、他者のことを読むという感じがなく、自分のことを想像して改めて考えながら読むようになった。成功のために、あるスキルやテクニックに基づく行動が必要だが、一時的に行う行動は一時的な成功しか得られないので、継続的な成功を手に入れるためにやるべきことは繰り返し行う必要がある。つまり、真の成功に結びつけるのは行動ではなく、習慣であるということが本を通して分かるようになった。今回のゼミで話した内容は第一習慣から第三習慣までの範囲で私的成功といい個人が自立するための習慣である。

まずは第一習慣で主体的であるという。これは自分の身に起きた出来事についての解釈は私たち自分が決められるということである。私たちの行動は周りの状況ではなく、自分自身の決定と選択の結果である。人間の本質を支える基本的な原則は「刺激と反応の間には選択の自由がある」なので、人間は自分の人生に対して自分で意味づけを自由にすることができて、生活をコントロールすることができる。主体性な人は周りの環境に勝手に左右されることなく、自分の行動に責任を持ち、状況や条件付けのせいにしない。忙しいと言えば、誰でも忙しいかろう。しかし、様々なことが起きる生活の中で忙しくて休みの隙間がない自分か、忙しさに巻き込まない自分か、自分のあり方が選択できる。学生の私たちであれば、いつも締め切りに追い詰められる姿をする学生もいれば、余裕をもってレポートを作成する姿をする学生もいる。他者の自分に対する見方、つまり自分のあり方は全て自分が選択できるということである。勉強、アルバイト、家族、外活動等色々な活動を含める生活をしている私は今まで試験の時期に入ると、いつも復習や試験勉強で徹夜をしたりレポートの締め切りに追い詰められたりしてきた。この本を読んで、なぜ自分はそのような可哀想な姿をしているのか、より良い結果がえられるはずなのになぜできないのか、自分に問いをすると、全ては私自分自身の選択次第であることが気づいて、自分の姿を変えようと決心した。将来の私の姿は今の私の選択による結果であるから、勉強に対して後悔しないように普段から自覚できちんと勉強する意識をするようになっている。

第二習慣は終わりを思い描くことから始めるという。これは自分の人生の最後を思い描き、それを念頭に置いて生き方を計画する。何か具体的な目標を決めてから日々の行動をしていかないと行動力がいつか下がってしまうはずである。また、目標を決めるためには自分がどうなりたいか、どう生きたいか、自分自身を理解することが求められる。自分のやりたいことや目標を持つ人は主体性な人で、目標を達成するために能動的に行動していく。目標がある人と話すと、その人からエネルギーがもらえるのは私の経験から感じた。まだ人生における役割をはっきりしていない現時点の私は個人のミッション・ステートメントが明瞭ではないしこれから変わることもあると思う。しかし、自分の役割とありたい自分の姿を想像して書いてみると、私の個人のミッション・ステートメントは以下となる。

・全身全霊を込めていき、世の中のことに対して素直で誠実で思いやりの心を持ち、自分の意志と行動によって私と接する人に良い影響に与えたい。
・両親が私のことを常に安心し、誇りや励ましに思えるような子供になりたい。
・姉妹同士がお互いに団結し、必要な時にいつでも支えとなり、愛情を示す。
・ベトナム人であることを常に誇りに思い、国の発展に貢献できるよう自国と日本との架橋としての役割を果たすことに努力する。

ミッション・ステートメントで大切なのはそれらを作っただけで終わらせないことである。それらを日常生活における行動指針として活かすことである。上に述べたように、このミッション・ステートメントはこれから変化していく私の人生において変わったり、付け加えたりすることがあるかもしれないので、今後の自分の課題としてはミッション・ステートメントを読み返すことであると考える。

最後は第三習慣である。これは最優先事項を優先する習慣である。本に取り上げた時間管理のマトリックスによると、私たちにとって、本当に重要な活動は「緊急ではないが重要」という第二領域活動にあたる。少し考えれば確かなことだと分かる。例えば、第一領域にあたる「締め切り直前のレポート作成」といった活動は第二領域にある「余裕をもって準備や計画」という活動を怠った結果である。つまり第二領域へのフォーカスが第一領域の事項を減らすことに繋がることができる。この第三習慣を読んで、今までの自分の時間管理はただ予定や締め切り等を書き込んだものであり、生活におけるバランスが欠如していることが気づいた。また第二領域に意識を向けて一週間単位の計画を立てれば、最優先事項を優先するだけではなく、予期していなかったことが起きても対応でき、必要ならばスケジュールを変更することができると分かるようになった。自分のあり方を変えるためには、第二領域へのフォーカスが不可欠であると考える。

今回のゼミを通して、自分にとって一番得られるのは自分のあり方を意識するきっかけとなったことである。今後とも、続けて本を読み直しこれらの習慣を身につけようとしていくと考える。

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(2) 山田 雅大

・このゼミの結果生じた自身の変化について

このゼミでは、スティーブン・R・コヴィー氏の書籍「7つの習慣」を読み、その内容について議論を行った。初回のゼミで自分は、この「7つの習慣」の冒頭部分を読んでいた際に苛立ちを覚えたと発言した。その理由は、冒頭部分では7つの習慣を行った結果の理想的な人間としての姿がいきなり描写され、そうなるための方法の記述がされていなかったために、その理想像が綺麗ごとのように見えたり本当にそうなれるのかあまり信じられなかったりしたためであるが、最後のゼミを終える頃にはこの苛立ちが現れることは無くなり、自分の生活習慣にも、まだ些細なものであるが変化が生じ始めている。7つの習慣を身につけることが出来れば冒頭部分で描かれた人間の理想的な姿になれる、という事が書籍を読み進め議論が進むうちに理解できるようになってきた。

自分は、このゼミに参加した大きな意義が2つあったと考えている。1つは、普段ふざけ合ってまじめな話をする事の少ない同級生たちと、「自分を高めるために、どうすれば7つの習慣を行えるようになるか」という事について、茶化し合うことなく議論する場を得たことである。友人と2人で話す時にこのような議論が行われる事はしばしばあったが、大衆に染まってしまうからか複数人でこうした議論を行える機会は非常に少なかったように思う。複数人で議論することで、「7つの習慣」内の文章についての解釈を複数聞くことが出来、それが理解を深める一助になった事は間違いないと思う。また、どうすれば7つの習慣を行えるか、複数人でアドバイスしたり提案を行えたので、一緒に正しい方向に進んでいる感覚があり喜びを感じることが出来た。

もう1つは、個人的な話になるが、趣味として漫画等の創作活動を続けることを肯定してもらえたことである。技術者として仕事を行う経験の中で感じたことを、漫画として表現する事を人生の大事な時間とする事は第二領域の活動と言えるだろうとある程度の確信はあったものの、仕事にもならない個人的な活動を大切な活動として良いのかという気持ちをどうしても拭えなかったのだが、ゼミの参加者たちに「やれば良いでしょう」とあっさり言ってもらえたことで不安が完全に無くなったように思う。今考えればこの不安が何故あったのか疑問なほどであるが、おそらくこれまでの経験の中で考え方の凝り固まった部分があったのだろうと理解した。とにかくこの経験のおかげで、自分のミッションステートメントを書く準備が整い、なりたい自分を明確に認識して日々の生活を送れるようになった。

明らかにこのゼミに参加する前と後で、日々を過ごす意識が変わった。ゼミが始まってから今日まで、自分を高めるために出来る小さなことを探して実行する事を意識しなかった日はない。自分の内面を見つめる機会も増え、こうした精神的な変化を社会人になる手前の時期に得る事が出来たのは非常に有難い事であった。

・自分のミッションステートメントについて

1月1日の朝、心機一転するために自分のミッションステートメントを作り、机の横の良く見える位置に貼った。以下にその内容を記す。
・未来は今この瞬間の積み重ねである事を認識し、一瞬一瞬を後悔のないように誠実に生きる。
・常に清潔で、健康的な心身でいられるよう努力する。
・一生インプットとアウトプットを続ける。
・自分の尊敬する人、信頼できる友人の勧めるものには、とりあえず触れてみるようにする。
・自分を愛し、それと同じぐらい家族や友人、仲間を愛す。
・集中力を生涯鍛えていく。
・他人の言葉に素直に耳を傾ける。
・人生において、誰ともかかわらずに何もしないような時間をなくす。
・常にユーモアを忘れずに行動する。
・自分は出来事に対して反応を選べるという事を忘れない。
・感謝の気持ちを忘れずに生きる。
・土木技術者として、地域住民の生活の安全性、快適性の向上を第一に考えて社会に貢献する。
・自分の人生において、漫画創作や作曲活動は技術者としての仕事と同じくらい大切である事を忘れない。決して仕事ばかりに意識が向き、毎日それしかできなくなることは良しとしない。
・仕事に追われて自分の時間が持てないような人がいたら、手を差し伸べる。
・仕事は、自分一人で出来る事はとにかく集中して効率的に行い、その分人と話し合い協力する事に時間を充てるようにする。

このミッションステートメントを毎朝読んでから活動するようにしている。意識が変わりつつあるとは言えなかなか毎日の生活習慣(特に休日)を大幅には変えられず、日々自分と戦っているが、少しずつ小さな成功体験を積み重ねることが出来ている。また、これは自分でも驚いたことだが、自宅内でだんだんシャキシャキ動くようになった自分に感化されて、家事をしなかった父親がしばしば料理をするようになった。第4~6の相互依存のための習慣についてはまだ読んでいないのだが、自立した自分になるために日々行動をしているだけでも身の回りに良い影響を与えることが出来るのだと分かり、大きな喜びを感じた。今後もこの習慣を続けていけば、家族や友人たちと良い影響を及ぼし合いながらお互いを高められる生活が出来るだろうと確信に近い希望を持っている。

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(3) 北野 稜人


私は本ゼミの期間がこの時期でとても良かったと感じた。大学の授業で勉強することへの意義や定義付け、さらには自分の将来の職から生き方の指針を明らかにするのにあたって、進路に迷う自分にとって自らの根幹を追求する作業は大いに意味のある時間になった。最後のゼミの課題であったミッションステートメントを考える時に本ゼミを自分に最大限生かすために私はいくつかの下記の二つの作業を行った。

(1)自分が嬉しいと思う時、嫌だと思う時を箇条書きにして書き出し、それを深掘っていき共通項を見つける

これによって自分の中の共通項を導き出した。そこでわかった自分の共通項の内、主だったものを以下にまとめる。

① 人に期待される時にやる気が増す
② 自分の思惑通りにことが進むことに喜びを感じる
③ 物事をするにあたって目的意識に重きをおく
④ 憧れを大切にし、素直
⑤ 継続が苦手
⑥ 小さなことでも成功体験をしていない分野に対する自信が無い
⑦ 常に人のことを考えてやる器がない
⑧余裕がある状態でいたいと思う

(2)自分の価値観形成に影響を与えた過去の出来事を振り返った。この出来事はあまりに数が多いので割愛する。

以上二つの作業の結果、自分がどのような人間かがある程度わかった。私は「テンション次第の人間、起伏も激しい人間」であった。これを深掘りするのであれば、つまり私は内的、外的要因に左右され易く、余裕のある状態でいることがあらゆることへのやる気が生まれやすいという人間ということになるだろう。これは本当に情けない結果であった。しかし、この実状に目を向けないのはおそらくナンセンスであろう。過去の自分が現在の自分を模るからである。この実状を加味して自分が本ゼミの真の目的である「未来のリーダーとなるために必要な素養、つまり考え方を身につけること」を果たすようなミッションステートメントを自分に課せば良いのである。幸いなことに私のテンションの起伏に影響を与える要因は利他的なものももちろんあるのだが、それ以上に利己的な側面が強いこともわかった。よって私にのって生きることがスムーズになるのは、自身に余裕を持たせる行動、言い換えれば何事へも準備を早めの段階にしていくことが必要になる。まさに 7 つの習慣における第二領域に時間を割くことが特に重要であるのだ。自身にとっての第二領域が何であるのか、これを明確にするためにはあらゆる自分が目指す先に必要になる能力や素養が何であるのかをリサーチするために常にアンテナを張り続けなければならない。よって基本的な意識改革を起こす必要性を強く感じた。私は最後のゼミにて発言したミッションステートメントの他に、「第二領域に毎日 1 時間の時間を割く」ということをプラスすることを決めた。

ゼミが始まって当初、原則やミッションステートメントに関しての理解が薄いために、課題図書を読むことが嫌になったり、粗探しの対象となっていた自分が恥ずかしい。もちろん、この短期間のゼミだけで原則の全てを理解したなどと大それたことを言うつもりはない。しかし、ミッションステートメントを作る上で必要になる思考はアウトプット出来る自信がついた。本ゼミの真の目的であるリーダーになるための原則を理解し、自分に落とし込むことが出来るまでまだまだ時間はかかるだろうが、理解のための良いキッカケになった。これから先、私の描くリーダー像に少しずつ近づいて行ければ幸いだ。

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(4) 若原 歩花

プレゼミで終わらせないために

このプレゼミに参加して、今後の人生において重要なことを学ぶことができた。数回のゼミで終わらせることなく継続的に自らの向上を図るために、文章としてまとめる。「7つの習慣」を読み自分で考えるだけでなく、同じものを読んでいる仲間と議論をしながら読み進めたことに大きな意味があったと考え、その観点から書く。私がここに残しておきたいことは、大きく分けて三つある。

一つ目に、「自分の内面を冷静に、そして正直に見つめる時間を確保することが重要である」ということである。これまでの自分の毎日を振り返ると、学校、課題、アルバイト、遊びや人と会う予定、そしてその他に自分が係わっているコミュニティの為の時間で予定は埋まり、気付けば落ち着いて自らについて考えることがどんどん後回しになっていた。このプレゼミに参加していた期間、「7つの習慣」を読む手を時々止めながら、心が落ち着いた状態で、自分自身がどんな人間なのか、どのように生活していて、今後何を成し遂げたいのか、そのためには何が必要なのかなどを考える時間を意図的に確保することができ、非常に有意義であった。日々の生活の中で自分がいかに多くの重要なことを避け、努力を怠っているかも正直に見つめなおしたため苦々しい気持ちにもなったが、もう一度頑張りなおそうと思うことができ、少しずつ生活が改善できていると感じる。人生を豊かにするために入れている予定に振り回されて重要な時間を失わないように、今後はこういった時間を「わたし時間」と名付け、「わたし時間」の確保を習慣にしようと思う。また、日ごろから好んで本を読んではいるが、小説や詩集、エッセイなどを読むことが多く、自己を見つめる目的で読書をすることが少なかったので、今後はその観点からも本を選んでみようと思う。

二つ目に、「心の内を素直に話し、相手の話をきき、話し合うことのできる場があることのありがたみ」についてである。今回私たちは、細田先生に設けていただいた場で議論し、お互いの考えや気持ちを伝えあい、ききあった。参加前に想像していた以上に、それぞれが自分の不安や違和感、考えや価値観を自分の言葉で表現していて素敵な場だと感じた。まだ不慣れでうまく話が進まない場面も多々あったが、自分ひとりで考えていても得られない見方を得たし、伝えることで自らの考えを整理することもできた。また、言葉の受け取り方や意見の違いが、それぞれが大切にしている原則や理想としている姿の違いから派生していると感じ、興味深かった。こうした経験は、「7つの習慣」の中にも書いてあり話題にも上がったように、自らのパラダイムに責任を持ち、他人のパラダイムに耳を傾け、客観的な視点でより広い世界をみるうえで不可欠である。しかし、明確な目的を持った会議などと違ってこのような場はなかなかないのが現状である。今回のゼミのように定期的に集まって話ができるのが理想だが、まずは2人や3人でもそのような話ができる人間関係を大切にしようと思う。そして今後、場所や規模を制限せずこのような話ができる場所をつくれたら有意義な時間が過ごせるだろう。考えてみたい。

三つめは、私が今回のゼミを通してかいてみたミッションステートメントである。まだ完成とは程遠いかもしれないが、今の自分にできる限り原則に近づいて考えてみたものである。

・自分の努力(方法、量、タイミング)は他人の基準ではなく自分の基準で決め、その判断に責任を持つ。
・自信を持てるだけの努力を、継続的にする。
・興味を持ったことを体験し、調べ、聞き、学ぶ姿勢を失わない。
・思考を整理し、いつでも物事に集中できるように身の回りを美しく保つ。
・前向きなエネルギーを保つべく、消極的な発言を控え、できる限り笑顔でいるよう心掛ける。

現段階では以上である。これらのミッションステートメントは、それぞれ明確な理由をもって掲げているものである。このゼミを通して、私は、自分がかかわっている人にとって励みになる、元気を与える、楽しくするといったような正の影響を与えたい、という気持ちが強いことに気づいた。したがって、ミッションステートメントもこの気持ちと私が原則であると思うものを組み合わせてつくった。今はまだ達成されていないものが多い。しかし、年始のタイミングでこのような文章を書いたことをまずはこの1年、常に胸において生活してみようと思う。

最後に、私たちの議論を導き、自らのご経験、ご意見をもとに有意義なお話をしてくださった細田先生、「7つの習慣」との関わり方や参考図書をわかりやすく紹介してくださった岩間さんと坂西さん、そして、それぞれ自分の言葉で私とは異なる意見を述べ、ともに議論してくれた同学年のメンバーに感謝いたします。ありがとうございました。

 




 

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難しさ

2019-01-01 16:37:31 | 教育のこと

年をまたいでしまいましたが、昨日の続きです。

私も毎年、年を重ねていきますが、入学してくる大学生は毎年同じ18才くらいです。

社会状況の変化とともに、同じ大学1年生の資質、考え方も変化して当然です。

私は、土木史と文明、という全学教育科目(いわゆる教養科目)を8年間担当しました。これからもしばらくは担当し続けるものと思います。そのおかげもあり、様々な学部の学生たちと密にコミュニケーションする機会に恵まれており、時代の変化を学生の考え方を通して感じることもできる立場にあります。

この時代は難しい。どの時代も楽な時代なないとは思いますが、いよいよもって没落を本格化していく時代は、ある意味で恐ろしさを感じるシーンが少なくありません。

土木史と文明、の講義では、毎回学生の書くレポートに目を通して次週に返します。タイトルを自分でつけて論文を書くようにお願いしていますので、レポートの内容は多岐に渡ります。私への批判的な内容や、自分自身をぶつけてくる内容もあり、私も真剣に読んで、次回の講義で全力でレスポンスするようにしています。

私は、自分自身の考えを押し付けるつもりはないのですが、講義では自分の考えを主張はします。それを元に、感じたり、反発したり、深く考えたり、将来への肥やしにしてくれたりすれば、と願って信念を持って主張しています。

学生からの反論も基本的には楽しく読んで、それも踏まえて次回の講義をするようにしています。

ですが、いくつかの勇気ある(?)反論には、時代の難しさを感じざるを得ません。

「先生は、教養が大事だ、と言ったが、私の周りにはいわゆる教養はないのかもしれないが、楽しく暮らしている知り合いがいて、友達もたくさんいる。自分は教養が大事とは思わない。」

うーん。この論旨で一つの論文を紡がれるのです。否定する必要はありませんが、では、大学に何しに来ているのか、少なくとも教養科目であるこの講義を取る必要はないですね、と教師としては言いたくなってしまいます。自分自身の大学時代を棚に上げておいて、何を!という感じかもしれませんが。

貧すれば鈍する、ではないですが、成長しない社会において、向上する、教養を高める、という人間として当たり前と思える価値観をすら共有できない方々が明らかに増えつつある状況には、心底から危機感を覚えます。時代の犠牲者であると私は思ってしまいます。私と彼のどちらが真に幸せかは分かりませんが、少なくとも、大学という場においては、彼の論理は成立しない、というのが大学で働く私の言うべきことかと思います。知性・教養を身に付けたいのでないならば、大学に来る必要はない。

経済成長など必要ないではないか、今のままでいいじゃないか、発展すると自然環境を傷つけるのではないか、などなど「あまり深く考えずに」思考停止に陥っている方々があまりに多く、ただでさえ危機的な衰退一途の我が国の行く末が心から危ぶまれます。

私が講義で相手をしている方々は、高校を卒業したばかりの方々である、ということにもときどき、いや何度も思い至るのですが、それにしても何割かの方々の劣化の状況には目を覆わんばかりです。

私が真に相手をすべきは、このような絶望的な状況においても、秀逸なレポートで応答してくれる、少なくない、将来の真のエリート候補なのでしょう。

私が大学生のときにはとても書けなかったような秀逸な論文を書いてくれる方々もいますし、私だって凡庸な学生から努力を今でも重ねて曲がりなりにも教壇に立っているくらいですので、いくらでも私のようなレベルを追い越してくれる若者が育ってくれるはずと心から期待しています。

本日の元旦は、浦和の実家で親族での新年のお祝いです。

今年の私自身の抱負は次のエッセーに譲るとして、2019年が皆様にとって健やかな1年となるよう、心より祈念いたします。

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2018-12-31 11:55:13 | 人生論

今年は大晦日を浦和の実家で迎えています。29日から子ども二人を連れて二泊。今夜は一旦自宅に帰って奥さんと合流して、新年の朝は家族四人で迎えます。

大晦日の一日も、ミッション・ステートメントに基づいて行動しています。

29日は隙間の時間を使って年内最終の水泳1300m。大晦日も先ほど、実家の周囲で25分間の軽いジョギングをして、温かいシャワーを浴びてからこのブログを書いています。運動にかなりの努力をした2018年を象徴する年の瀬かと思います。

昨日は、家族サービス。昼食は実家の近くのイタリアンのお店で、両親、妹、私の娘二人、甥っ子と私の7人で、ランチを私がご馳走しました。母の体調がやや優れなかった、ということもあり、夜は私の提案で、焼肉、ステーキと、締めは焼きそば。みんな手伝ってくれて、にぎやかな夕食となりました。母も元気になりました。

本日は仕事モード。

土木史のレポートの採点もしています。素直にレポートを書いてくれる学生もいるので、いろいろと「タレこみ」もしてくれます。

私の講義を通じて、無知に気付き、興味を拡げてくれる学生も少なくない一方、私の講義に対して批判、非難する土木の学生も少なからずいるそうでして、さらに悲しいことには、土木に失望したり、するような学生もいる、とのこと。

人それぞれですし、私の講義を批判、非難されようがご勝手に、ですが、私の講義を通じて土木に失望する学生がいる、というのは残念です。

まず、批判、避難したいのであれば、正々堂々とすればよろしい。土木史のレポートでそのようにする学生もいます。立派と思います。

レポートでは口裏を合わせておいて、陰で批判、非難するような連中の言うことには私はびくともしません。まさにご勝手に。

土木に失望する、というのは残念です。まあ、失望するくらいなら方向転換なさった方がよいのかもしれませんね。少なくとも、私とは馬が合わないのでしょうから、それがこの時点で分かっただけでもよいのかもしれませんね。人間、合わない人は必ずいます。ご自身の心から満足する環境を見つけられるとよいですね。

さて、私自身は、考えが凝り固まっているとは思いませんが、自分自身の生き方、哲学はすでに確立されています。今でも、いろいろと刺激を受けたり、全く知らなかった物の観方を学んだりすることも少なくないですが、基本的な方針が変わることはありません。ミッション・ステートメントに記す通りです。

そして、私の考え方が独りよがりのものであれば笑止千万ものですが、内村鑑三(後世への最大遺物)やシュペングラー(西洋の没落)の結論と私の考え方は同じです。真似事をしているのではなく、自分なりに真剣に、誠実に生きてきた結果、体得した考え方が歴史に残る偉人のものと同じものであった、ということです。

ですから、多少の批判、非難など気にはしないし、逆に気にしている暇などございません。

もうすぐ、大晦日の昼ご飯です。母親が、私の長女のリクエストでサツマイモの天ぷらやかき揚げなどを長女と一緒に作っています。

私は昼食まで、留学生の投稿論文の添削です。

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ブログ

2018-12-26 10:56:11 | 人生論

昨夜は共同研究先との忘年会でした。

今年度から共同研究契約を結んで、当初思っていたよりもかなり濃くお付き合いさせていただいています。

元々は、2018年2月ごろに、同じ横浜国立大学の建築学科の先生からご紹介いただき、面会しました。最初に話をお聴きした際には、あまりピンときませんでしたが、かなり強引に共同研究させてくれ、というお願いをされたので、しぶしぶ引き受けるという状況でした。。。

この企業で私のお付き合いする方々は極めてフットワークが軽く、決断も早く、私も驚くくらいですが、私の提案した研究テーマ(NATMトンネル関係)にも賛同していただき、急ピッチで研究開発も進んでいます。その研究開発以外にも、結構重いテーマのコンサルティングもさせていただいており、私もいろいろと勉強させていただいています。

昨夜は、その建築の先生も一緒に忘年会だったのですが、とても楽しい時間でした。

なぜ、その先生が私をその企業に紹介したのか、という話になりました。大学の学部の入試委員を10年近く前に一緒にやっていたとき、センター試験やら学部の前期・後期試験のために本部でずっと待機・業務があり、やたらと入試委員で話す時間があったことが親しくなったきっかけでした。当時の入試委員長が、入試委員はパソコンを持ち込むのはやめましょう、とご提案されました。注意力が散漫になり入試のミスを誘発するかもしれないし、せっかくの機会だからコミュニケーションを図りましょう、という趣旨でした。とても良い方針だったかと思います。

たくさんおしゃべりしているうちに、私のブログの話にもなり、当時、自費出版でブログの単行本も発刊しており、それを見せたりもしました。

結局、その先生は、私がブログで発信している内容、考えを見ていただき、「この人は本音で話をできる人だ」と信頼していただいていた、とおっしゃってくれました。

このブログがきっかけで始まった共同研究、と言えるかもしれません。

このブログも、すでに1300件以上のエッセーが溜まっていますが、ここに書かれていることに偽りはありませんし、私の中身そのもの、であると思います。

これからも少しでも社会に貢献できるよう、可能な限り誠実に生きて、伝えるべきことを発信していこうと思います。

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基礎とテコ入れと

2018-12-24 18:03:43 | 人生論

年によって師走の様子も異なりますが、今年は17~21日の平日をもって、師走の私の忙しさのピークは終わったように思います。例年に比べて、比較的余裕をもって師走まで駆け抜けてこれましたが、そういう年もあってよし。いずれどうせ首の回らなくなる状況に追い込まれるのは目に見えており、今年はめでたしめでたし、でした。

12月2日にハーフマラソンを完走し、その後、各種の忘年会が続いたこともあり、一度、節制モードを緩めることにしました。

ハーフマラソンの日までは水泳もロードバイクも時間的な余裕がなくてできず、運動はRunばかり。ハーフマラソンという明確な目標があったので、時間にも限りはあり、致し方ないかと思います。

ハーフマラソンが終わり、自由に運動を選択できる、ということでやはり選んだのは水泳、でした。一番好きなのでしょうね。

21日に師走の繁忙期を終え、その日の夕方の、土木学会のプレキャストコンクリートの委員会のWG(自身が主査)を終えた後、水泳に行き、一人でゆっくりと夕食をしました。

22日の休日からは、自身の年末モード。研究に打ち込んでいる学生たちの論文投稿ラッシュが始まり、英語論文の添削や、年末年始に集中できる執筆等の仕事に注力です。

三連休の最後の24日は、久しぶりにジムで5.6kmのRunをした後(やっぱりRunも楽しい)、1100mの水泳。さらに、ジムから徒歩でホームセンターへ向かい、いただきもののチューリップの球根の残りの半分を植えるための栽培用の土をホームセンターで購入し、自宅まで3.5km程度のウォーク。帰宅後すぐに、残り半分のチューリップの球根群を植えました。植えるのが少し遅れてしまいましたが、すべて花が咲きますように。

約6ヵ月後の鞆の浦でのトライアスロンに出場するつもりでいますが、スポーツの基礎習慣も日常に戻ってきました。

自分自身の活動を支える基礎をしっかりすることには、普段から注力しているつもりではいますが、相応の努力を必要とします。研究のための勉強・段取りや、教養のための勉強も含め、やるべきことは数え切れません。

日常のルーチンな基礎的活動を続けるだけでも容易ではありませんが、どんなに頑張っても各所にほころびがでてきますので、それらの維持修繕も必要です。

日常が普通に回るための維持修繕も結構大変で、維持修繕にも相当に注力しないと日常もおぼつかなくなります。電球が切れたり、米や調味料のストックが無くなりかけたり、早くも花粉症が出始めたり、・・・・。

10数年、歯医者に行っていませんでしたが、差し歯の不具合を契機に大学の近くの歯医者に行き、すぐに修繕してもらいました。さすがに10数年、歯医者に頼らずに自身でメインテナンスしていましたので、明日、同じ歯医者でお手入れしてもらう予約をしています。

自分自身の体も、自分の暮らす環境も、毎日の基礎的なしっかりしたルーチン的な活動と、ほころびを修繕する活動とをしっかりすることで、何とかパフォーマンスを発揮することができます。少しでも手を抜けば、私のパフォーマンスなどあっという間にレベルが低下していきます。間違いありません。

自分自身と真っ当な対話を重ねる人間であれば、人間社会のレベルを維持、向上していくことがいかに難しいかもすぐに分かるはずかと思います。

なぜ、自分自身と組織や社会を同じように考えられないのでしょうかね。組織や社会を壊すような活動ばかりが次々と実行されており、恐ろしくなります。

明日の25日からは、もちろん仕事(忘年会も二つ)もありますが、年末年始の論文添削・執筆・家族サービス、等の特別モードが楽しみです。

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2019年1月30日(水)15:00~、春日昭夫さんによる特別講義

2018-12-21 09:22:04 | 職場のこと

YNU土木の皆様

1月30日(水)15:00~、橋梁デザインのトップエンジニア、春日昭夫さんによる特別講義です。参加希望者は、こちらから申し込んでください。

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素直さ

2018-12-08 12:26:24 | 教育のこと

土木史の講義も9回目が終わり、次週の火曜日は10回目です。

9回目は、古代ローマ帝国の街道網について説明しました。

私の講義スタイルで9回も土木史の講義を重ねると、発信する情報の種類も非常に多岐に渡り、また実はそれらの情報がお互いに密接に連関していることも学生たちには分かってくるので、学生たちのレポートの視点も多岐に渡るようになります。

ちょっとした私の情報に非常に敏感に反応したり、自分の生きてきた経験に合致するようなときもあり、それらに刺激されてレポートを紡ぐ学生たちも少なくありません。

もちろん、私と波長の合わない学生もいますし、全員を満足させることなどできないし、そのようにするつもりもさらさらありませんが、私に反感を感じる学生にとっても、何らかの影響を与えているのでしょう。ご自由になさってください。

さて、9回目のレポートでは、「素直さ」について書いてくれた土木の学生がいました。

講義中に私が、「素直であることも、人間が伸びていくための大切な要素だと私は思う。」と述べたことに起因します。

その学生は、素直である、ということは、良いと思ったことにすぐに着手する、ということにもつながるだろう、と述べていました。親からも素直に生きなさい、と言われ続けて育ったようで、スポーツをやってきた学生のようです。少数派になるかもしれないけど、多くを引っ張って行くことのできるキャプテンシーを細田先生から学びたい、付いていきたいと思う、というニュアンスのことも赤裸々に書いてくれていました。

古代ローマの話は、塩野七生さんの「ローマ人の物語」を引用する形で説明します。この全15巻のシリーズを薦められたのは、私が学部4年生のときで、岡村甫先生がみんなの前で紹介されたときでした。後に岡村先生から聞きましたが、すぐに読み始めたのは二人だけで、一人は私で、もう一人は國島正彦先生だったそうです。どちらも非常にクセがありますが、素直と言われればそうかもしれませんね。。。当時はまだ4巻まででしたが、その後、毎年一冊発刊されるのを心待ちにしていた記憶があります。

素直である、ということは、良いと思うことをすぐに試してみる、ということにもつながります。自分に合う、合わないは後でも判断できます。「いい本を紹介してもらったので、春休みに読んでみようと思います。」というような感想を書く人もいますが、大半の場合、読まないと思います。いいと思ったことはすぐに実行する。そして、本当に自分の信頼する人から紹介された情報は、大半の場合、自分にフィットします。そのような感じる力も含めての素直さ、です。

私は、岡村甫先生に出会わなければ、今のような自分になっていることはあり得ないと思います。それくらい多大な影響を受けました。

昨日は、共同研究をしている首都高速道路の方々にも参加していただき、研究室のプチ忘年会をしました。留学生たちも、バングラデシュ、ベトナム、エチオピアの大変においしい料理を用意してくれ、私も海鮮のチゲ鍋を振舞いました。多くの学生たちも準備を手伝ってくれ、大変にアットホームな雰囲気の楽しい懇親会でした。

世の中はまさに音を立てて壊れようとしていますが、守るしかありません。守るためには、我々一人一人が強くなるしかありません。研究室という場においては、真っ当なことをやる空間・時間を確保することができます。そのような空間・時間をなるべく大きくして、私たちが育っていくしかありません。それが良い世の中につながると信じています。

育てていただいた先生方、家族等に感謝の気持ちを持ちながら、真っ当で素直な生き方を続けていくつもりです。

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ハーフマラソン完走

2018-12-03 11:18:52 | 趣味のこと

2ヵ月程度、準備を重ねてきたハーフマラソンが昨日終わりました。ほぼ目標通りの走りで完走でき、満足しました。

11月に入ってからは、水泳や自転車は全くやらず、週末ごとに1時間ランを行い、昨日に備えてきました。直前の5日間、禁酒もして体調を整えました。二日前に岡山での出張で、最も気にしていた右膝頭をレンタカーの固い部分にぶつけてしまい、調査中も終日痛む、というアクシデントがありましたが、当日はほぼ回復した状態で臨むことができました。

12月2日の当日は、それほど寒くなかったですが、スタート地点で走る服装で30分近く待機している間は寒く、周りの人を見ると、スタート時に捨てられるポンチョを着ていたり、と用意周到な方々も見られました。まあ、走りだせば温かくなったので、それほどの問題ではありませんでした。

さて、スタート後、オーバーベースにだけはならないよう気を付けながら、楽しく走り始めました。道路の交通規制等も含め、非常に多くの方々が準備・貢献されて、マラソンという舞台が整えられており、それらへの感謝や、走れているという健康への感謝等々を感じながら、気持ちよく走り出すことができました。

ペースメーカーがいた方が走りやすく、それほどのスピードでもないですが風除けにもなろうかと思い、ちょうど良いスピードのおばさんの後をしばらく走りました。途中で少しペースアップしたかったので、そのおばさんとサヨナラして、別の男性ランナーを見つけその後を4~5km走りました。その方ともサヨナラして、自分のペースで走り始めたのが11km時点くらいから。

15kmの手前で長女が応援に来てくれることになっていたので、とても楽しみに走りました。まだ体もそれほどきつくなく、長女もすぐに見つけることができ、折り返し地点で折り返しながらコミュニケーションすることができました。とても元気が湧きました。

給水も適度に行うことができ、15kmを過ぎた辺りでウェストポーチに入れておいたゼリードリンクを少しずつ飲み、エネルギー補給もしてゴールを目指しました。

15kmを過ぎた辺りから、足が痛くなり始めました。右太ももの裏側が少し痛み、ひどくなると足がつるんだろうなー、と思いながら走りました。足の指先も痛くなってきました。

19kmを過ぎたくらいで、いくつかあるカメラのシャッターポイントでキャップを撮ってカメラにポーズしようと思ったら、手が滑ってキャップが落ちました。少し戻ってキャップを拾ったので少しロスしましたが、ほぼ唯一のアクシデントでした。

最後、20kmを超えてから、最後の上り坂があるのですが、失速する人や立ち止まってしまう人を尻目に、自分なりのスパートをすることもでき、無事にゴールにたどり着きました。

以下が、完走証とラップです。1時間49分43秒で、ラップライムが落ちることもなく、準備したなりの力を発揮できたかと思います。



レースが終わった後、預けておいた荷物も撮った後の記念写真が以下。



2018年は45歳になってから、大槌のヒルクライムと、トライアストン教室、7kmの台場ナイトマラソン、そしてこの港区シティハーフマラソンに出場しました。気に入った大会にはなるべく続けて参加したいとは思いますが、まだいろいろとチャレンジを重ねてみたいと思います。

日常では趣味として、ロードバイク、水泳、ジョギングを行っており、これらを組み合わせると、トライアスロンになります。。。

これまで何度も通ってきた鞆の浦で、数年前からトライアスロン大会が催されており、2019年6月に鞆の浦でのトライアスロンに出たいな、と思い始めています。

目標を定めて、それに向けて努力をする、成果を大会で試す、ということは趣味のレベルを高める上でも有効ですし、ただ単に楽しいです。

また、この手のスポーツは、コツコツタイプなのですが、どうも自分に合っているようです。才能のない研究者としても、第一線で闘ったり社会に貢献するためにはコツコツやるしかなく、その根性を養う意味でも、これらのスポーツを自分の趣味として続けて行こうと思っています。

きっかけとなった3年前の右膝痛に感謝、です。

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12月14日(金) 首都高速 横浜北西線 見学会

2018-12-01 09:10:54 | 教育のこと

YNU土木見学会ファンの皆さんへ

首都高の横浜北西線の見学会、です。

ぜひぜひ、参加をお待ちしております。

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三島の「憂国」とPowersと自分

2018-12-01 09:06:01 | 人生論

三島由紀夫の「憂国」を初めて読みました。三島が自決した年齢になって初めて「憂国」を読んでいるくらいですので、私の奥手ぶりも相当なものかと思いますが、心や内臓をえぐられるような気持ちを抱きながら読み終わりました。すごい。

「表現者クライテリオン」の文学対談で三島の「憂国」と「真夏の死」が取り上げられており、大変に興味を持ったので早速どちらも読みました。

文庫本に三島本人のこの作品に対する解説があります。

「『憂国』は、物語自体は単なる二・二六事件外伝であるが、ここに描かれた愛と死の光景、エロスと大義との完全なる融合と相乗作用は、私がこの人生に期待する唯一の至福であると云ってよい。しかし、悲しいことに、このような至福は、ついに書物の紙の上にしか実現されえないのかもしれず、それならそれで、私は小説家として、『憂国』一編を書きえたことを以て、満足すべきかもしれない。」

戦前の家制度における家族のあり方、教育勅語に示された自らのあり方と国家との関係、など、現代の腐敗しきったとも言える状況と照らし合わせ、痛烈な鉄槌を下されるような感覚を覚えます。

藤井聡先生の「大衆社会の処方箋」に示されている三つの処方箋の一つである「活物同期」は、ロックバンドShishamoの「明日も」が一番分かりやすいかと思います(土木史の講義でも20歳前後の多くの学生たちにこの話をし、驚いた学生や喜んだ学生も少なくなかったです)。私もランニングのトレーニングの時によく聴いて励まされました。三つの処方箋のもう一つである「運命焦点化」は、簡単に言うと「死を直視しなさい、そうすると生きることの意義が明確に見えてきますよ」ということだと思っていますが、これは上記の「憂国」にありありと描かれています。私もこの小説におけるくらい、生きることへの感性が研ぎ澄まされ、自分の日常と「大義」とが融合するような感覚を味わえるよう、もしくは近づいていけるよう、模索してみたいと思います。少なくとも本物の「運命焦点化」とはこういうものだ、ということを知ったのは大きいです。

中野剛志さんの言われるよう、「没落」のステージに確実にある我が国の凋落はもはや止められないのかと私も思います。ただ、結論は、中野氏の「日本の没落」の最後にもシュペングラーの「西洋の没落」から引用されている通りかと思います。『われわれは、この時代に生まれたのであり、そしてわれわれに定められているこの終局への道を勇敢に歩まなければならない。これ以外に道はない。希望がなくても、救いがなくても、絶望的な持ち場で頑張り通すのが義務なのだ。』

「憂国」を読み終わるとほぼ同時に、今年の大学院修士課程の講義「耐震耐久設計論」の前半の耐久設計のテキストの最後、T.C.Powersの凍害のメカニズムの論文を学生たちと一緒に読みました。素晴らしい論文で、巨人Powersの秀逸な論文の中でも彼の自信作であろうかと思います。

学生たち(全員、私の研究室の学生)には「憂国」の説明もし、この堕落した没落するしかない時代において私たちのするべきは、一級のものに触れて感じ、私たち自身を少しでも向上させ、社会のために尽くすことであろう、と説きました。そのような気持ちでPowersの論文を輪講しました。

明日はいよいよハーフマラソンです。本日も含め、5日間禁酒しました(9月20日以来の73日間での禁酒率は48%で、2月末までの節制期間の目標の50%にわずかに届かず。。。)。昨日の岡山での現場調査の際、レンタカーのある部分に一番懸念される右ひざをぶつけてしまい、終日右ひざが痛むというアクシデントに見舞われましたが、調査後にスーパー銭湯に行き、20分の下半身マッサージもしてもらい、今朝は相当に回復しており安心しました。現在、新幹線で戻っていますが、軽めのランニングをして、夜はカイロプラクティクにも行って、前夜としては万全を期したいと思います。

勉強したいこと、勉強していることも山ほどあり、論文の添削、研究諸活動の遂行とアウトプットなども含め、まだ自分の限界のレベルでの活動とは言えませんが、徐々に限界のレベルに引き上げているつもりです。それが、自分の日常と「大義」との融合かは分かりませんが、今の私にできることはこれです。

残りの新幹線の時間も有意義に過ごしたいと思います。

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練習、終了

2018-11-25 09:23:12 | 趣味のこと

いよいよ12月2日の港区シティハーフマラソンが一週間後に迫りました。

体力増強、趣味の一環でのハーフマラソンへの参加なので、準備も自分に合ったやり方で進めてきました。11月に入ってからはすべてロードでのランニングで、毎回1時間ちょうど。自分の感覚では時速11kmを少し上回っているくらいかな、と推測しています。11月に7回、1時間のランニングを行いました。負荷の大きい練習はこれで終了にしようと思います。

平日に走ることは無く、すべて休日でした。11月の最初のころは、二日連続で1時間走ると筋肉痛になっていましたが、一昨日・昨日の最後の1時間ランの後も、ほぼ筋肉痛はありません。多少なりとも、体力が向上しているのかと思います。

お酒も直前の5日間は止めて、前日の土曜日にカイロプラクティックにも予約を入れており、自分なりに万全の体制で臨むつもりです。土曜日の日中に軽く流すジョギングをして最後にしようと思います。体重も63.5kgで、ほぼベストの体重かと思います。

3年くらい前のひざ痛がきっかけで生活習慣の改善や運動を始めました。まさか走れるようになるとはその当時は思っていませんでしたが、ごく普通に走れるようになりました。今でもひざが痛くなる時はありますが、ランニングの際には、下半身はランニングスーツを着て、右膝にはランニング用のサポーターもしています。いざ、本格的に始めてみると、いろいろとグッズがあるものです。。。

1時間ランの練習を何度も重ねる間も、いろいろと感じました。あまり調子の良くないときは、1時間を走り切ることそのものがチャレンジで、もちろん一度も歩いたりしませんでしたが、完走を重ねるたびに自信が付いてきました。最期の方では、走れる、ということ自体が喜びだったり、体力が向上していることを実感することも喜びでした。

本番のハーフマラソンも天気はどうやら良さそうだし、苦しくはなるだろうけど、いろんなことを感じながら走りたいと思います。

今年は、5月の大槌のヒルクライム、7月の7kmの台場ナイトマラソン、そして、12月のハーフマラソンに参加しました。

来年の予定はこれからですが、2019年6月の鞆の浦でのトライアスロンを真剣に視野に入れて、あくまで趣味ではありますが、チャレンジを重ねたいと思います。

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依頼原稿 「研究室環境の改善 -人が育つために-」

2018-11-19 05:00:14 | 職場のこと

以下,土木学会誌から「私の職場」として依頼され、先ほど提出した原稿です。

最初の執筆要領にあった「見出し」が無く、写真も入れられずにほぼ字数制限に至ったので、おそらく編集委員会から修正の依頼が入るかと思います。「私の職場」について、私が書きたかったことをとりあえず盛り込んだ下記の初稿が皆さんの目に触れる機会はないかと思い、ここに記録しておきます。。。

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私の職場である横浜国立大学のコンクリート研究室の紹介をする。2003年10月に着任して,15年が経過し,その間にスタッフも大きく入れ替わった。この原稿の執筆時点では前川宏一教授,小松怜史助教とともに研究室を運営している。

研究室も生き物なので,常に変化しているが,15年強の間,改善を重ねてきた。私たちの研究室は,教員・学生が自らを研鑽し,お互い学び合い,成長していくための場であり,研究・教育活動を通じて社会への貢献も求められる。その目的を高いレベルで達成するために,研究室の物理的な環境やシステムの改善を継続している。

新年度は4月にスタートする。クリエイティブな1年を皆で過ごしたい思いから,新しいものが生まれる雰囲気がする実験棟で新入生の歓迎会を実施する。

2006年の全国大会で琵琶湖にて開催されたコンクリートカヌー大会に初めて出場し,それ以降は毎年,関東支部の大会に出場している。2回目以降はほとんど学生だけで取組み,2011年の総合準優勝がこれまでの最高順位である。さらに,日本コンクリート工学会のキング・オブ・コンクリートにも2015年の初回から出場し1),学生たちの力で優勝,3位,優勝,2位と教員たちも驚く結果を残してきた。学生たちはぶつかり合いながら,葛藤もありながら,チームというものを学んでいくようである。毎年の8月最終土曜日のコンクリートカヌー大会の後の武蔵浦和での打ち上げでは,私も学生たちに交じって何とも言えない感動を味わう。

学部3年生の春学期の必修科目である学生実験の内容も2006年度から大幅に見直し,モルタル梁を作製してのコンテスト形式としている2)。断面寸法や使用材料などの制約条件の中で,最大荷重,梁の重さ,耐久性,コスト等の観点を総合的に数値化してのコンテストである。3年生たちは他の班の工夫もシェアでき,修士1年生を中心とするTAたちと学部3年生のコミュニケーションも活発のようで,元気と連帯意識のある新4年生が研究室に入ってくるきっかけとなっているようである。

夏合宿は研究室の看板行事でもある。私の赴任後の最初の夏である2004年から開始し,2007年の黒部ダムから2泊3日とし,毎年続けている。日中は一級の土木遺産や建設現場などを巡り,夜は懇親を深めて春学期を振り返る。企画は数か月かけて練り込む。訪れていない地方は私のルーツである山陰地方と沖縄くらいである。2018年は,神戸駅に集合し,明石大橋の主塔に登り,四国に渡って旧香川県立体育館と香川県庁東館(丹下健三の設計),青雲橋,満濃池,豊稔池,上吉野川橋,佐川町の廣井勇生誕碑,一斗俵沈下橋,黒潮町の津波防災対策を勉強して高知駅で解散した。一級のものを見て感じるだけでなく,お互いの感想を懇親会で共有することが重要と思う。

近年は,秋の入学生も多い。横浜国立大学の中で土木系は突出して留学生の数が多く,国籍も多様である。私の研究室は他に比べてまだ少ない方であるが,それでも10名前後の留学生が在籍しており,今後はさらに増える見込みである。私の赴任以降も様々な変化にさらされているが,在籍者数の増加に伴い,早速スペース不足の問題が顕在化してきた。

そこで2017年4月に,私は13年半住んだ個室を出て,教員・博士課程の学生・秘書が共住する大部屋を作った。2017年度は前川先生もその大部屋の小机で仕事された。大部屋のアイディアは前川先生に後押しされて実現した。コミュニケーションが活性化し,プラスの効果が大きいと思うし,個人のスペースが少ないことは無駄を抱え込まない習慣につながった。2018年度の完全移籍に伴い,前川先生は個室へ移動となったが,上記大部屋との通路はほぼ常に開けてあり,風通しの良い環境を目指している。

教員以外の部屋も小部屋ばかりであり,廊下の並びの中央付近にある私の以前の個室をミーティングルームとしてレンタルティーサーバーを置いた。私の私物の書籍を公開し,学会の書籍類,月刊誌等を閲覧できる部屋にし,活発に使われている。学生の部屋も半年に一回席替えする。個人机を少しずつ減らし,フリーアドレスの大机を試行的に導入し,在籍者数の増加に先手を打っている状況である。現時点では,その努力もあり,上記のミーティングルームと,解析PC群を置いた解析専用ルームを運用できている。

10年以上前から,学生の実験室係とPC係を置き,それぞれ修士2年を責任者,修士1年生を補佐に付けて謝金を支払って研究室の運営をサポートしてもらっている。月に一回のスタッフミーティングを教員全員も含めて行い,研究室運営の方針の確認と課題の共有を行っている。

冬合宿も行っている。これは2009年度に初めて三崎で行った。夏とは全く趣旨が異なり,一泊二日で,初日は朝から夕食前まで研究ゼミ。近年は2月初旬に行っており,最終審査が間近の修士2年生と学部4年生がそれぞれ研究発表を行い,みっちりと質疑も行う。なるべくOBOGに参加してもらえるよう休日開催としている。大ベテランのOBやOGも参加してくれ,研究を見ていただき貴重なアドバイスをいただける機会となっている。年度の最終盤に向かう直前の夜の懇親会も毎年激しい。

審査会も無事(?)終了し,卒業論文の審査会の夜に研究室の打ち上げを行っている。その場で,学生の研究室MVPを表彰している。研究活動,各種のイベントへの貢献,雰囲気作りへの貢献をすべて勘案して教員も含めて投票し,1位から3位の発表と,教員のポケットマネーからの副賞の図書券を贈呈して毎年盛り上がる。毎年のMVPは研究室HPに永年表彰である。

以上のサイクルを終え,一息付いている間に立派に育った(?)学生たちは卒業し,4月になりまた新たなサイクルが始まる。ご承知の通り,大学は激しい改革の嵐にいいように痛め付けられているが,何とか冒頭の研究室の目的を果たせるよう,今後も改善が必要なのは言うまでもない。

参考文献
1) 小松怜史,木下果穂,中川恵理,田島涼,田中洋人:キングオブコンクリートへの道 ~学生の主体的な取組みによる実践的教育の効果~,コンクリート工学,Vol.54,No.6,pp.648-651,2016.6
2) 林和彦,細田暁,椿龍哉:モルタル梁のコンテスト形式による学生実験の改善と教育効果,コンクリート工学,Vol.49,No.10,pp.37-42,2011.10

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うれしい夕食

2018-11-07 14:15:44 | 家族のこと

2週前の日曜日に、私は釜石へ出張していたのですが、娘二人がケーキを自分たちで作り、その流れで夕食も自分たちで作った、とのことでした。月曜日に東北出張から帰ってきて、ケーキは残しておいてくれたものをいただきましたが、大変においしく、子どもたちも喜んでいました。

そして、先週の4日の日曜日、またまた子どもたちがティラミスを作り、夕食も作る、とのこと。ティラミスはお菓子の本を見ながら、材料も自分たちで購入し、自分たちで作っていました。中2と小3の娘たちです。ケースに入ったところの写真しか撮りませんでしたが、大変に美味で、奥さんと一緒に喜びながら味わいました。



夕食は、Oisixというシステムで奥さんが購入したキットでつくるのですが、私も何度か作りましたが、準備された材料と家にある調味料などでレシピに従いながら作っていきます。全部自分で作るのよりは楽ではありますが、しっかりとした料理です。



次女は、初めて包丁を使ったらしく、パセリのみじん切りが包丁デビュー戦でした。

夕食も極めておいしく、家族4人でワイワイいいながら、何度も拍手したり、おいしい、と言いながらのうれしい夕食でした。

私自身も料理が好きなので、料理をすることの意義、喜び、創造性などを子どもたちにも伝えてきたつもりではありますが、日曜日のスイーツや夕食を、自発的に娘たちが楽しそうに作ってくれている姿を見て、とてもうれしく思いました。

その後の皿洗いは私がやりましたが、いつもと違う気分でした。。。

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2018年度の土木史の講義状況

2018-11-07 08:07:45 | 教育のこと

11月の初旬も早、終わろうとしています。土木史の講義も昨日で5回目が終わりました。東日本大震災の2011年に始めたこの講義も早、8年目です。今年は、学生以外のゲストも少なくなく、5回中4回を聴講いただいた、絵本の編集者の方もおられます。現在、コンクリートの絵本の執筆作業も進んでおり、昨日は講義後に絵本の打ち合わせも行い、ストーリーと文章が大分固まってきました。多くの子どもたちやその親の方々に読まれると思うので、ほとんどの人が知らないコンクリートが少しでも知られるよう、努力を続けたいと思います。

さて、ここ数年の恒例のパターンで、土木史の講義の初回(10月9日)には講義室があふれかえるので、最初はケンカを売ります。初回の講義で数回、衝撃を受けた学生もいたようです(レポートによると)。私は明確な?作戦をもって講義をコーディネートしていますので、ケンカ戦法ももちろん作戦のうちです。

初回はイントロダクション、2回目はトンネル、3回目は橋梁。4回目が都市の巨大化と環境問題。そして、昨日の5回目は高速道路と空港の発展、がテーマでした。毎年、第4回目の環境問題辺りから、当事者意識が芽生えだす学生が少なくありません。

経済を抜きにして社会を語ることはできないので、経済に関する情報、トピックも初回からふんだんに盛り込みます。

政治、経済、哲学、歴史、文学、工学、土木工学、等々、視野を広範に拡げて、でも土木史を核に据えて、講義を展開していきます。

きちんと数えていませんが、250名くらいの学生に毎回A4一枚のレポートを書いてもらい、すべてに目を通して翌週に返します。必ずタイトルを付けてもらって、論文を書いてもらっています。私との対話でもあるし、彼らの自分自身との誠実な対話でもあります。最初は私のことをなめていた人たちも、さすがに5回目辺りになると、私の本質も分かってくるようで、大半の方々は諦めてこの講義中だけでも「本来的人間」「非大衆」たろうと努力を始めます。

レポートの中の注目すべき記述や私への重要な質問等をPPT3枚に集約して、次回の講義の冒頭で紹介します。これを始めたのは数年前ですが、やはりこの効果が大きいようです。自分たちのレポートをこの教師は真剣に読んでくれている、と感じるのでしょうし、他の学生が何を考え、何を感じているのかを共有できる契機にもなっているようです。250名程度のマンモス教室でも、双方向の授業は成立しています。

毎年、私も経験を積んだり、勉強を重ねたりしてパワーアップしてこの講義に臨みますが、今年は、藤井編集長の「表現者クライテリオン」が創刊されたこともあり、私もさらに知識を増やして、俯瞰的に論じたり、講義をコーディネートできるので、講義のクオリティも上がっているかと思います。

我が国が根底からダメになっていっている根幹的原因の一つが実は消費税なのですが、可能な限り多くの方々にこちらも読んでいただくことが、この国が良い方向に変わる大きなきっかけになろうかと思います。私は通勤の合間に一日で読了し、昨日の土木史の講義でもエッセンスを紹介しました。すぐに読めますが、消費税のあまりのマイナスの影響の大きさに愕然とします。そして、本来の税制のあり方はどうあるべきかも論じられており、勇気づけられます。

来週の第6回目は、自然災害の克服、がテーマです。講義の骨格はできていますが、どのようにアレンジしようかしら、楽しみ。

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分割

2018-10-28 12:45:08 | 趣味のこと

5週間後に、港区のハーフマラソンに出場します。10月に入る直前ごろから、このハーフマラソンを意識して練習を強化しています。

走ることだけが趣味では全くないし、いずれはトライアスロンにも出たい(来年6月の鞆の浦でのトライアスロンに出ることをほぼ決意しています)ので、これまで通り、ロードバイク、Run、水泳を適度に織り交ぜて体を鍛え、その中で少しRunに重きを置いたトレーニングにしています。また、そもそもが健康増進が大目的なので、体に負荷をかけるばかりでなく、毎日の体操・柔軟体操、運動後のマッサージなどもしっかり行うようにしています。

どうしても運動は週末に偏ります。10月の休日はすべてトレーニング。

昨日は土曜日でしたが、横浜駅西口のJR東日本の再開発ビルの工事現場を見学しました。大変に興味深い見学でした。多くの留学生も満足してくれたようです。お弁当をいただいて、その後、ジムへ直行。5.7km程度のマシンでのRunの後、2000m泳ぎました。水泳では、2回連続で2000mを泳いだので、明らかに泳ぐ距離が延びてきています。泳ぎ方も以前と異なり、トライアスロンを意識した泳法に変わりました。長距離泳いでも、以前とは疲労感が全く異なります。

今日はこれから釜石での出張のために移動。ジムに行く時間はないので、その代わりに朝7時過ぎに家を出発して1時間のRun。今日は、1時間、と決めていました。いつも、ジムではマシンが混み合うので30分が一回の利用限度、ということもあり、30分のRunが習慣となっています。ハーフマラソンではその4倍近く(私のスピードでは)走る必要があるので、今日は実戦に向けて1時間に設定しました。

最近、1時間走ったことはないため、適切に時間を分割して、自分の調子を確かめ、いろいろなことを想像しながら走りました。今日はウォークマンで音楽を聴きながら。

20分経過したら、「今日はこの3倍走ったら終わり。うん、大丈夫そう。」。約5km程度経過したら、「この4倍走ったら、ハーフマラソンは完走。今日はおそらく自分のイーブンペースで走っているので、何だか行けそう。」

ミュージシャンのししゃもの「明日も」は1曲で6分10秒くらいあり、聴いているととても励まされるので、今日は4回も聴きました。それだけで25分ぐらいです。

結局、ちょうど1時間、最後は時間の調整のために家の周囲を少しうろうろしましたが、走り切り、満足の行くトレーニングとなりました。このペース(おそらく時速11kmくらいと思う)で走れれば、自分の満足行くタイムで完走できるかと思います。

ただ、昨日午後のジムでの疲労もあったのかと思いますが、早速筋肉痛になり、やはり5~6kmと10km超えでは体への負荷は異なることを体感しました。まだ5週間あるので、ロードでの1時間走は今後も何度か行おうと思います。

さて、ハーフマラソンや、2000m泳ぐこと、トライアスロンなど、3年前のひざ痛を発症した私ではとても考えられなかったことですが、今では手の届くところまでやってきました。それらの距離や負荷を思い浮かべると「げっ」と思うのですが、結局はこれらも少しずつの積み重ね、です。2000m泳ぐのも、プールであれば25mの繰り返し、です。

一気にはとてもできないと思われることも、自分のできる小さなユニットに分割して、それの積み重ねであることが分かればチャレンジできる。

これは仕事も、人生も同じであろうと思います。

さて、久しぶりに釜石へ出張。今夜は多くの同志の方々と日曜夜の釜石で懇親しますが、高耐久床版の手引きの改訂がいよいよ本格化します。これも、これまでの研究・実務の実績に基づいて、誠実に一つ一つの仕事を積み重ねていくのみです。行きの新幹線は3時間近くあるので、私の主担当部分(ひび割れ抑制)の本文案と、解説文に書くべきことのメモ書きを作ってしまう予定です。

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