細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

ギリギリ

2019-01-31 20:31:21 | 人生論

1月が終わりました。2019年は経済危機が多くの方々に予測されていたり、御代がわりがあったり、どう考えても普通の1年になることはないと思われますが、毎年ながら冬のこの時期の仕事でもみくちゃになっております。。。

さすがの?私でも、乗り切るのが精一杯のギリギリの状況が続き、本日、また一つの山を無事に乗り切ることができました。冬季の大学院入試が本日、無事に終わりました。私自身が入試の切り盛りの担当者だったので、とにかく今日は段取りミスが生じないように必死。さらに、いつものごとく、この日に締切りの大事な書類もあり、秘書さんにバックアップしてもらいながら、アクロバティックにこなしました。

学生たちの研究活動も追込みに入っており、このスクランブル状況においてもわずかの昼休みに研究の打ち合わせや、帰宅しようと思った矢先に博士論文の予備審査のための発表指導の依頼。。。

まあとにかく、本日に求められた業務は100%こなすことができました。安堵。。。やればできる、と言えばその通りですが、いつまで続けられることやら。

娘二人と慰労会も兼ねてレストランで夕食。娘たちも父親のピンチの状態を肌で感じており、三人で楽しく団欒しました。

さて、明日は新潟県主催の品質確保の勉強会で、75分の講演です。事前の登録では500名を超える数らしいので、気合を充満して、新潟県で大きなうねりが生じるように、全力で講演したいと思います。


やや回復

2019-01-25 07:02:14 | 人生論

1月14日ごろから極めて業務がタイトになり、17(土)~18(日)のセンター試験も監督業務でフル拘束。おまけに17日のセンター試験中に緊急の重要業務も発生し、結局19日(月)の未明までに急ぎ書類を作成して提出し、何とか乗り切りました。

さすがに19日(月)の日中は体調が良くなく、20日(火)からは手のひらの汗が多く、これまで記憶にないような状況。手汗が多いとノートPCの操作がうまくできず、結構困るものなんですね。

体は疲れているのに、頭は妙に冴えていたりする。手汗が多い、という状態をネットで見てみると、交感神経の働きが過敏だとか。

緊張状態に置かれる時間が長すぎて、交感神経が過敏になっているのでしょうか。

この時期の業務量は異常で、2月末まではかなり過酷な状況が続きます。

さて、なかなかのピンチの状況ですが、講義は楽しく、土木史もいよいよ来週で最終回です。いかに良く生きるか、まともな人間になるか、という根源的なところに向かっています。博士課程用の英語での講義、修士課程用の日本語での講義も昨日で終了しました。それぞれ全く異なる内容ですが、どれも楽しくできました。特に、博士課程用の英語での講義は全く新しい内容に変更し、マネジメントの要素も多分に盛り込んだものになりました。今後にもつながると思います。

昨日、24日(木)に1,2,3限と連続で講義をし、その後、国交省横浜国道事務所で入札の審議会に参加するため外出しました。会議室に行ってみると、真っ暗で誰もいない。。。問い合わせてみると、案件が無かったため中止になったとのこと。数日前に届いていたメールを見落としていました。。。

ラッキー。

18時半に塾通いの次女のお迎えをすることになっているため、2時間半ほど時間が空きました。翌日、25日(金)の朝までに送付しなくてはならない75分用のプレゼンファイル(来週、2月1日の新潟県での品質確保の講習会。なんと、500名以上の参加申込みがあったとか)を作らなくてはならないのですが、とにかく体が疲れている。

リラックスできる環境でのんびりプレゼンファイルでも作ろうかな、と思いましたが、ピン、とひらめいて、風呂に行くことにしました。様々な設備のある風呂センターで、ときどき行くところなのですが、ゆっくりお風呂に浸かり、サウナにも入り、40分間マッサージもしてもらい、リラックスした環境でプレゼンファイルの作成作業を30分ほど。相当に疲れが癒されました。

今朝、25日(金)は3時に起きてプレゼンファイルの作成。4時半までに90%仕上がったので、出発の準備。

始発の新幹線で、今日は鞆の浦に向かっています。鞆小学校の4年生の防災授業。昼食前の4校時に防災の話と5校時の授業参観のための作戦会議を生徒たちと行います。本番は、5校時の授業参観。1年間、総合的な学習の時間で防災を学んできた4年生たちが、なかなか意識の変わらない親たちにどうやってメッセージを伝えるか、というチャレンジです。

先ほど、新幹線の中から、新潟のプレゼンファイルも無事に送信できました。

鞆でも多くの友人に会えるのが楽しみです。

年度末の第一危機は乗り切ったように感じますが、これから何度も危機的状況が訪れるものと思います。。。頑張ろう。皆さんも体にお気をつけて。。。


少人数ゼミ 「人間学とリーダーシップについて考える」の学生たちのレポート

2019-01-07 10:21:24 | 教育のこと

私自身が学部3年生のときに受講した岡村甫先生の少人数ゼミのタイトルが同じ「人間学とリーダーシップについて考える」でした。私も同じタイトルで、かなりの期間、続けています。今年は、初めてかと思いますが、留学生2名が受講してくれ、合計で5名でした。この少人数ゼミのOBで、現在、研究室のD1の岩間君もときどき、M1の坂西君も都合を付けて参加してくれました。

以下、レポート提出順に、3年生の学生たちのレポートを全文掲載します。

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(1) 人間とリーダーシップについて考える ゼミナールで学んだこと

氏名: チン ティ タオ (ベトナム、女性)

大学1年生の時、先輩の紹介で「7つの習慣」という本を知った。その頃、読書が好きとは言えない私はこのような本が他の自己開発の本と同じで、時間管理についてのテクニックを教える本なのだろうというぐらいの意識しかなかったので、読もうと思わなかった。しかし、今回のセミに参加して、「7つの習慣」の本を読む機会となり、この本に対する今までのイメージが大きな誤解だと分かったとともに、自分の見方、あり方そしてミッション・ステートメントについて色々考えさせられた。この本を読むとき、印象的なのは成功するために朝早く起きなければならないとか、時間を無駄遣いしてはいけないなどの断片的な行動規範を寄せ集めたものではなく、効果的に生きるための基本的な原則について書いた本ということである。「7つの習慣」の内容は成長に導く行動ではなく、行うべき行動に導く基礎的な考え方なので、他者のことを読むという感じがなく、自分のことを想像して改めて考えながら読むようになった。成功のために、あるスキルやテクニックに基づく行動が必要だが、一時的に行う行動は一時的な成功しか得られないので、継続的な成功を手に入れるためにやるべきことは繰り返し行う必要がある。つまり、真の成功に結びつけるのは行動ではなく、習慣であるということが本を通して分かるようになった。今回のゼミで話した内容は第一習慣から第三習慣までの範囲で私的成功といい個人が自立するための習慣である。

まずは第一習慣で主体的であるという。これは自分の身に起きた出来事についての解釈は私たち自分が決められるということである。私たちの行動は周りの状況ではなく、自分自身の決定と選択の結果である。人間の本質を支える基本的な原則は「刺激と反応の間には選択の自由がある」なので、人間は自分の人生に対して自分で意味づけを自由にすることができて、生活をコントロールすることができる。主体性な人は周りの環境に勝手に左右されることなく、自分の行動に責任を持ち、状況や条件付けのせいにしない。忙しいと言えば、誰でも忙しいかろう。しかし、様々なことが起きる生活の中で忙しくて休みの隙間がない自分か、忙しさに巻き込まない自分か、自分のあり方が選択できる。学生の私たちであれば、いつも締め切りに追い詰められる姿をする学生もいれば、余裕をもってレポートを作成する姿をする学生もいる。他者の自分に対する見方、つまり自分のあり方は全て自分が選択できるということである。勉強、アルバイト、家族、外活動等色々な活動を含める生活をしている私は今まで試験の時期に入ると、いつも復習や試験勉強で徹夜をしたりレポートの締め切りに追い詰められたりしてきた。この本を読んで、なぜ自分はそのような可哀想な姿をしているのか、より良い結果がえられるはずなのになぜできないのか、自分に問いをすると、全ては私自分自身の選択次第であることが気づいて、自分の姿を変えようと決心した。将来の私の姿は今の私の選択による結果であるから、勉強に対して後悔しないように普段から自覚できちんと勉強する意識をするようになっている。

第二習慣は終わりを思い描くことから始めるという。これは自分の人生の最後を思い描き、それを念頭に置いて生き方を計画する。何か具体的な目標を決めてから日々の行動をしていかないと行動力がいつか下がってしまうはずである。また、目標を決めるためには自分がどうなりたいか、どう生きたいか、自分自身を理解することが求められる。自分のやりたいことや目標を持つ人は主体性な人で、目標を達成するために能動的に行動していく。目標がある人と話すと、その人からエネルギーがもらえるのは私の経験から感じた。まだ人生における役割をはっきりしていない現時点の私は個人のミッション・ステートメントが明瞭ではないしこれから変わることもあると思う。しかし、自分の役割とありたい自分の姿を想像して書いてみると、私の個人のミッション・ステートメントは以下となる。

・全身全霊を込めていき、世の中のことに対して素直で誠実で思いやりの心を持ち、自分の意志と行動によって私と接する人に良い影響に与えたい。
・両親が私のことを常に安心し、誇りや励ましに思えるような子供になりたい。
・姉妹同士がお互いに団結し、必要な時にいつでも支えとなり、愛情を示す。
・ベトナム人であることを常に誇りに思い、国の発展に貢献できるよう自国と日本との架橋としての役割を果たすことに努力する。

ミッション・ステートメントで大切なのはそれらを作っただけで終わらせないことである。それらを日常生活における行動指針として活かすことである。上に述べたように、このミッション・ステートメントはこれから変化していく私の人生において変わったり、付け加えたりすることがあるかもしれないので、今後の自分の課題としてはミッション・ステートメントを読み返すことであると考える。

最後は第三習慣である。これは最優先事項を優先する習慣である。本に取り上げた時間管理のマトリックスによると、私たちにとって、本当に重要な活動は「緊急ではないが重要」という第二領域活動にあたる。少し考えれば確かなことだと分かる。例えば、第一領域にあたる「締め切り直前のレポート作成」といった活動は第二領域にある「余裕をもって準備や計画」という活動を怠った結果である。つまり第二領域へのフォーカスが第一領域の事項を減らすことに繋がることができる。この第三習慣を読んで、今までの自分の時間管理はただ予定や締め切り等を書き込んだものであり、生活におけるバランスが欠如していることが気づいた。また第二領域に意識を向けて一週間単位の計画を立てれば、最優先事項を優先するだけではなく、予期していなかったことが起きても対応でき、必要ならばスケジュールを変更することができると分かるようになった。自分のあり方を変えるためには、第二領域へのフォーカスが不可欠であると考える。

今回のゼミを通して、自分にとって一番得られるのは自分のあり方を意識するきっかけとなったことである。今後とも、続けて本を読み直しこれらの習慣を身につけようとしていくと考える。

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(2) 山田 雅大

・このゼミの結果生じた自身の変化について

このゼミでは、スティーブン・R・コヴィー氏の書籍「7つの習慣」を読み、その内容について議論を行った。初回のゼミで自分は、この「7つの習慣」の冒頭部分を読んでいた際に苛立ちを覚えたと発言した。その理由は、冒頭部分では7つの習慣を行った結果の理想的な人間としての姿がいきなり描写され、そうなるための方法の記述がされていなかったために、その理想像が綺麗ごとのように見えたり本当にそうなれるのかあまり信じられなかったりしたためであるが、最後のゼミを終える頃にはこの苛立ちが現れることは無くなり、自分の生活習慣にも、まだ些細なものであるが変化が生じ始めている。7つの習慣を身につけることが出来れば冒頭部分で描かれた人間の理想的な姿になれる、という事が書籍を読み進め議論が進むうちに理解できるようになってきた。

自分は、このゼミに参加した大きな意義が2つあったと考えている。1つは、普段ふざけ合ってまじめな話をする事の少ない同級生たちと、「自分を高めるために、どうすれば7つの習慣を行えるようになるか」という事について、茶化し合うことなく議論する場を得たことである。友人と2人で話す時にこのような議論が行われる事はしばしばあったが、大衆に染まってしまうからか複数人でこうした議論を行える機会は非常に少なかったように思う。複数人で議論することで、「7つの習慣」内の文章についての解釈を複数聞くことが出来、それが理解を深める一助になった事は間違いないと思う。また、どうすれば7つの習慣を行えるか、複数人でアドバイスしたり提案を行えたので、一緒に正しい方向に進んでいる感覚があり喜びを感じることが出来た。

もう1つは、個人的な話になるが、趣味として漫画等の創作活動を続けることを肯定してもらえたことである。技術者として仕事を行う経験の中で感じたことを、漫画として表現する事を人生の大事な時間とする事は第二領域の活動と言えるだろうとある程度の確信はあったものの、仕事にもならない個人的な活動を大切な活動として良いのかという気持ちをどうしても拭えなかったのだが、ゼミの参加者たちに「やれば良いでしょう」とあっさり言ってもらえたことで不安が完全に無くなったように思う。今考えればこの不安が何故あったのか疑問なほどであるが、おそらくこれまでの経験の中で考え方の凝り固まった部分があったのだろうと理解した。とにかくこの経験のおかげで、自分のミッションステートメントを書く準備が整い、なりたい自分を明確に認識して日々の生活を送れるようになった。

明らかにこのゼミに参加する前と後で、日々を過ごす意識が変わった。ゼミが始まってから今日まで、自分を高めるために出来る小さなことを探して実行する事を意識しなかった日はない。自分の内面を見つめる機会も増え、こうした精神的な変化を社会人になる手前の時期に得る事が出来たのは非常に有難い事であった。

・自分のミッションステートメントについて

1月1日の朝、心機一転するために自分のミッションステートメントを作り、机の横の良く見える位置に貼った。以下にその内容を記す。
・未来は今この瞬間の積み重ねである事を認識し、一瞬一瞬を後悔のないように誠実に生きる。
・常に清潔で、健康的な心身でいられるよう努力する。
・一生インプットとアウトプットを続ける。
・自分の尊敬する人、信頼できる友人の勧めるものには、とりあえず触れてみるようにする。
・自分を愛し、それと同じぐらい家族や友人、仲間を愛す。
・集中力を生涯鍛えていく。
・他人の言葉に素直に耳を傾ける。
・人生において、誰ともかかわらずに何もしないような時間をなくす。
・常にユーモアを忘れずに行動する。
・自分は出来事に対して反応を選べるという事を忘れない。
・感謝の気持ちを忘れずに生きる。
・土木技術者として、地域住民の生活の安全性、快適性の向上を第一に考えて社会に貢献する。
・自分の人生において、漫画創作や作曲活動は技術者としての仕事と同じくらい大切である事を忘れない。決して仕事ばかりに意識が向き、毎日それしかできなくなることは良しとしない。
・仕事に追われて自分の時間が持てないような人がいたら、手を差し伸べる。
・仕事は、自分一人で出来る事はとにかく集中して効率的に行い、その分人と話し合い協力する事に時間を充てるようにする。

このミッションステートメントを毎朝読んでから活動するようにしている。意識が変わりつつあるとは言えなかなか毎日の生活習慣(特に休日)を大幅には変えられず、日々自分と戦っているが、少しずつ小さな成功体験を積み重ねることが出来ている。また、これは自分でも驚いたことだが、自宅内でだんだんシャキシャキ動くようになった自分に感化されて、家事をしなかった父親がしばしば料理をするようになった。第4~6の相互依存のための習慣についてはまだ読んでいないのだが、自立した自分になるために日々行動をしているだけでも身の回りに良い影響を与えることが出来るのだと分かり、大きな喜びを感じた。今後もこの習慣を続けていけば、家族や友人たちと良い影響を及ぼし合いながらお互いを高められる生活が出来るだろうと確信に近い希望を持っている。

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(3) 北野 稜人


私は本ゼミの期間がこの時期でとても良かったと感じた。大学の授業で勉強することへの意義や定義付け、さらには自分の将来の職から生き方の指針を明らかにするのにあたって、進路に迷う自分にとって自らの根幹を追求する作業は大いに意味のある時間になった。最後のゼミの課題であったミッションステートメントを考える時に本ゼミを自分に最大限生かすために私はいくつかの下記の二つの作業を行った。

(1)自分が嬉しいと思う時、嫌だと思う時を箇条書きにして書き出し、それを深掘っていき共通項を見つける

これによって自分の中の共通項を導き出した。そこでわかった自分の共通項の内、主だったものを以下にまとめる。

① 人に期待される時にやる気が増す
② 自分の思惑通りにことが進むことに喜びを感じる
③ 物事をするにあたって目的意識に重きをおく
④ 憧れを大切にし、素直
⑤ 継続が苦手
⑥ 小さなことでも成功体験をしていない分野に対する自信が無い
⑦ 常に人のことを考えてやる器がない
⑧余裕がある状態でいたいと思う

(2)自分の価値観形成に影響を与えた過去の出来事を振り返った。この出来事はあまりに数が多いので割愛する。

以上二つの作業の結果、自分がどのような人間かがある程度わかった。私は「テンション次第の人間、起伏も激しい人間」であった。これを深掘りするのであれば、つまり私は内的、外的要因に左右され易く、余裕のある状態でいることがあらゆることへのやる気が生まれやすいという人間ということになるだろう。これは本当に情けない結果であった。しかし、この実状に目を向けないのはおそらくナンセンスであろう。過去の自分が現在の自分を模るからである。この実状を加味して自分が本ゼミの真の目的である「未来のリーダーとなるために必要な素養、つまり考え方を身につけること」を果たすようなミッションステートメントを自分に課せば良いのである。幸いなことに私のテンションの起伏に影響を与える要因は利他的なものももちろんあるのだが、それ以上に利己的な側面が強いこともわかった。よって私にのって生きることがスムーズになるのは、自身に余裕を持たせる行動、言い換えれば何事へも準備を早めの段階にしていくことが必要になる。まさに 7 つの習慣における第二領域に時間を割くことが特に重要であるのだ。自身にとっての第二領域が何であるのか、これを明確にするためにはあらゆる自分が目指す先に必要になる能力や素養が何であるのかをリサーチするために常にアンテナを張り続けなければならない。よって基本的な意識改革を起こす必要性を強く感じた。私は最後のゼミにて発言したミッションステートメントの他に、「第二領域に毎日 1 時間の時間を割く」ということをプラスすることを決めた。

ゼミが始まって当初、原則やミッションステートメントに関しての理解が薄いために、課題図書を読むことが嫌になったり、粗探しの対象となっていた自分が恥ずかしい。もちろん、この短期間のゼミだけで原則の全てを理解したなどと大それたことを言うつもりはない。しかし、ミッションステートメントを作る上で必要になる思考はアウトプット出来る自信がついた。本ゼミの真の目的であるリーダーになるための原則を理解し、自分に落とし込むことが出来るまでまだまだ時間はかかるだろうが、理解のための良いキッカケになった。これから先、私の描くリーダー像に少しずつ近づいて行ければ幸いだ。

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(4) 若原 歩花

プレゼミで終わらせないために

このプレゼミに参加して、今後の人生において重要なことを学ぶことができた。数回のゼミで終わらせることなく継続的に自らの向上を図るために、文章としてまとめる。「7つの習慣」を読み自分で考えるだけでなく、同じものを読んでいる仲間と議論をしながら読み進めたことに大きな意味があったと考え、その観点から書く。私がここに残しておきたいことは、大きく分けて三つある。

一つ目に、「自分の内面を冷静に、そして正直に見つめる時間を確保することが重要である」ということである。これまでの自分の毎日を振り返ると、学校、課題、アルバイト、遊びや人と会う予定、そしてその他に自分が係わっているコミュニティの為の時間で予定は埋まり、気付けば落ち着いて自らについて考えることがどんどん後回しになっていた。このプレゼミに参加していた期間、「7つの習慣」を読む手を時々止めながら、心が落ち着いた状態で、自分自身がどんな人間なのか、どのように生活していて、今後何を成し遂げたいのか、そのためには何が必要なのかなどを考える時間を意図的に確保することができ、非常に有意義であった。日々の生活の中で自分がいかに多くの重要なことを避け、努力を怠っているかも正直に見つめなおしたため苦々しい気持ちにもなったが、もう一度頑張りなおそうと思うことができ、少しずつ生活が改善できていると感じる。人生を豊かにするために入れている予定に振り回されて重要な時間を失わないように、今後はこういった時間を「わたし時間」と名付け、「わたし時間」の確保を習慣にしようと思う。また、日ごろから好んで本を読んではいるが、小説や詩集、エッセイなどを読むことが多く、自己を見つめる目的で読書をすることが少なかったので、今後はその観点からも本を選んでみようと思う。

二つ目に、「心の内を素直に話し、相手の話をきき、話し合うことのできる場があることのありがたみ」についてである。今回私たちは、細田先生に設けていただいた場で議論し、お互いの考えや気持ちを伝えあい、ききあった。参加前に想像していた以上に、それぞれが自分の不安や違和感、考えや価値観を自分の言葉で表現していて素敵な場だと感じた。まだ不慣れでうまく話が進まない場面も多々あったが、自分ひとりで考えていても得られない見方を得たし、伝えることで自らの考えを整理することもできた。また、言葉の受け取り方や意見の違いが、それぞれが大切にしている原則や理想としている姿の違いから派生していると感じ、興味深かった。こうした経験は、「7つの習慣」の中にも書いてあり話題にも上がったように、自らのパラダイムに責任を持ち、他人のパラダイムに耳を傾け、客観的な視点でより広い世界をみるうえで不可欠である。しかし、明確な目的を持った会議などと違ってこのような場はなかなかないのが現状である。今回のゼミのように定期的に集まって話ができるのが理想だが、まずは2人や3人でもそのような話ができる人間関係を大切にしようと思う。そして今後、場所や規模を制限せずこのような話ができる場所をつくれたら有意義な時間が過ごせるだろう。考えてみたい。

三つめは、私が今回のゼミを通してかいてみたミッションステートメントである。まだ完成とは程遠いかもしれないが、今の自分にできる限り原則に近づいて考えてみたものである。

・自分の努力(方法、量、タイミング)は他人の基準ではなく自分の基準で決め、その判断に責任を持つ。
・自信を持てるだけの努力を、継続的にする。
・興味を持ったことを体験し、調べ、聞き、学ぶ姿勢を失わない。
・思考を整理し、いつでも物事に集中できるように身の回りを美しく保つ。
・前向きなエネルギーを保つべく、消極的な発言を控え、できる限り笑顔でいるよう心掛ける。

現段階では以上である。これらのミッションステートメントは、それぞれ明確な理由をもって掲げているものである。このゼミを通して、私は、自分がかかわっている人にとって励みになる、元気を与える、楽しくするといったような正の影響を与えたい、という気持ちが強いことに気づいた。したがって、ミッションステートメントもこの気持ちと私が原則であると思うものを組み合わせてつくった。今はまだ達成されていないものが多い。しかし、年始のタイミングでこのような文章を書いたことをまずはこの1年、常に胸において生活してみようと思う。

最後に、私たちの議論を導き、自らのご経験、ご意見をもとに有意義なお話をしてくださった細田先生、「7つの習慣」との関わり方や参考図書をわかりやすく紹介してくださった岩間さんと坂西さん、そして、それぞれ自分の言葉で私とは異なる意見を述べ、ともに議論してくれた同学年のメンバーに感謝いたします。ありがとうございました。


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(5)  B. ブヤントゴトホ(モンゴルからの留学生)

ゼミではスティーブン・R・コヴィー氏著、「7つの習慣」について自由に議論を行った。従来の講義では座学で一方的に聴くだけであったが、このように自由に論議する形式の講義は非常に新鮮で毎回あっという間に時間が終わってしまったように感じた。ゼミ中では、論題の答えは必ずしもあるとは限らない状況で教授や先輩、同級生の意見交換をすることは、学びが多く、自分の視野の狭さに気づかされることが多かった。

「7つの習慣」を読んで印象的であったことは、他の自己啓発本や体験談をまとめた本にありがちな、「このようにすれば成功する」、「こんな人は成功しない」のような断片的に決めつけるのではなく、成功の原則ともいえる幾つかの心の在り方を根本的に改善する方法について述べられていた。また、一般的な良い「習慣」とされる、早寝早起き、禁煙禁酒、運動といった押しつけがましい推奨もない。このレポートでは、それらの習慣をもとに自分が感じたことについて書きたい。

1. 第一の習慣 「主体的である」

社会の中では自分に何が起きるのかと怯えているような反応的な考え方では、自分の理想の人生からはほど遠くなっていくだけである。そうならないためには率先して自分の影響の輪を広げ、自分に起きることをコントロールしていく必要がある。そして、コントロールできない外的な問題(他人からどう思われるか)は、ポジティブに受け入れるのである。

誰かの人生の駒となって一生を終えるか、自分が主役となって活躍するのかはこの習慣に左右されると感じた。

2. 第二の習慣「終わりを思い描くことから始める」

目的を持って始めるということはすべての行動を測るための尺度として人生最後の姿を思い描きそれを念頭において今日という1日を始めること。

ふと、自分はこんな人生を送っていていいのだろうかと不安感に煽られることがあったが、自分の終わりを思い描くことで人生のはしごの掛け違いをなくすことが期待できると感じた。

ここで私が考えた人生の信条であるミッションステートメントを書きたい。

・ 健康的な肉体と精神があってこその人生であることを自覚し、体調管理を常に行う。
・ 日々の積み重ねが、現状であることを意識し常に昨日の自分より0.1%でも向上できるように過ごす。
・ 家族が私を誇れる人間になる
・ 自分の影響範囲を広げ、周りに見習われるようにする
・ 自分がモンゴルの一人の代表であることを自覚し、所属する社会においてリーダーシップを発揮する
・ 自分に満足することなく学びの機会に積極的に参加する
・ 言葉だけではなく、行動や態度で示せる人になる
・ 当たり前という考えに囚われない様にする

このミッションステートメントを考える時間は、大学生になってからほとんど初めて自分の内面と向き合うことができたと思う。なぜ今までそのような機会を設けなかったのかと後悔するとともに、今後も定期的に行いたいと感じた。また、数回考えただけではそれほど深く自分と対話できなかったので、今後も自分の時間を作りより根本にあるミッションステートメントを開拓していきたい。

3. 第三の習慣「最優先事項を優先する」

大学生になり社会の一員としての役割がふえてきているのかで、ほとんどの人が緊急事項や無駄なことに振り回されている。しかし、本当に重要なのは緊急ではないが重要なことである。そのためには自分の生活の主な役割を考えることが重要である。

たとえば、私は、息子、学生(留学生)、友人、後輩を育てる者、人生と運動を楽しむ者といった立場がある。

学業、アルバイト、家事といった人間がすべき当たり前のことはしっかりとこなしたうえで、本来の自分が求める役割に近づけるように、イベントへの参加、読書等の日々のスケジュールを立てることが必要だと感じた。

ゼミに参加する前の私は、いくつかの課題や将来への不安という面白みのない事ごとに視野を閉ざされていたように思える。今では、自分がどう生きたいかといことに耳を澄ませ、本当に頭を使って考えるべき人生における課題が見えるようになってきたように感じている。

この変化には「7つの習慣」を拝読することで自分が一秒一秒浪費している人生に意味をもたせるのも、もたせないのも私の考え方次第であることを深く理解した結果だと思う。私は、今後の人生を面白く豊かなものにするためにも将来の自分に投資できるような習慣を増やしていきたい。どうせ生きるのだから。


難しさ

2019-01-01 16:37:31 | 教育のこと

年をまたいでしまいましたが、昨日の続きです。

私も毎年、年を重ねていきますが、入学してくる大学生は毎年同じ18才くらいです。

社会状況の変化とともに、同じ大学1年生の資質、考え方も変化して当然です。

私は、土木史と文明、という全学教育科目(いわゆる教養科目)を8年間担当しました。これからもしばらくは担当し続けるものと思います。そのおかげもあり、様々な学部の学生たちと密にコミュニケーションする機会に恵まれており、時代の変化を学生の考え方を通して感じることもできる立場にあります。

この時代は難しい。どの時代も楽な時代なないとは思いますが、いよいよもって没落を本格化していく時代は、ある意味で恐ろしさを感じるシーンが少なくありません。

土木史と文明、の講義では、毎回学生の書くレポートに目を通して次週に返します。タイトルを自分でつけて論文を書くようにお願いしていますので、レポートの内容は多岐に渡ります。私への批判的な内容や、自分自身をぶつけてくる内容もあり、私も真剣に読んで、次回の講義で全力でレスポンスするようにしています。

私は、自分自身の考えを押し付けるつもりはないのですが、講義では自分の考えを主張はします。それを元に、感じたり、反発したり、深く考えたり、将来への肥やしにしてくれたりすれば、と願って信念を持って主張しています。

学生からの反論も基本的には楽しく読んで、それも踏まえて次回の講義をするようにしています。

ですが、いくつかの勇気ある(?)反論には、時代の難しさを感じざるを得ません。

「先生は、教養が大事だ、と言ったが、私の周りにはいわゆる教養はないのかもしれないが、楽しく暮らしている知り合いがいて、友達もたくさんいる。自分は教養が大事とは思わない。」

うーん。この論旨で一つの論文を紡がれるのです。否定する必要はありませんが、では、大学に何しに来ているのか、少なくとも教養科目であるこの講義を取る必要はないですね、と教師としては言いたくなってしまいます。自分自身の大学時代を棚に上げておいて、何を!という感じかもしれませんが。

貧すれば鈍する、ではないですが、成長しない社会において、向上する、教養を高める、という人間として当たり前と思える価値観をすら共有できない方々が明らかに増えつつある状況には、心底から危機感を覚えます。時代の犠牲者であると私は思ってしまいます。私と彼のどちらが真に幸せかは分かりませんが、少なくとも、大学という場においては、彼の論理は成立しない、というのが大学で働く私の言うべきことかと思います。知性・教養を身に付けたいのでないならば、大学に来る必要はない。

経済成長など必要ないではないか、今のままでいいじゃないか、発展すると自然環境を傷つけるのではないか、などなど「あまり深く考えずに」思考停止に陥っている方々があまりに多く、ただでさえ危機的な衰退一途の我が国の行く末が心から危ぶまれます。

私が講義で相手をしている方々は、高校を卒業したばかりの方々である、ということにもときどき、いや何度も思い至るのですが、それにしても何割かの方々の劣化の状況には目を覆わんばかりです。

私が真に相手をすべきは、このような絶望的な状況においても、秀逸なレポートで応答してくれる、少なくない、将来の真のエリート候補なのでしょう。

私が大学生のときにはとても書けなかったような秀逸な論文を書いてくれる方々もいますし、私だって凡庸な学生から努力を今でも重ねて曲がりなりにも教壇に立っているくらいですので、いくらでも私のようなレベルを追い越してくれる若者が育ってくれるはずと心から期待しています。

本日の元旦は、浦和の実家で親族での新年のお祝いです。

今年の私自身の抱負は次のエッセーに譲るとして、2019年が皆様にとって健やかな1年となるよう、心より祈念いたします。