細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

学生による論文(70) 「われらが夢は」 松崎 蒼斗(2022年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-11-16 17:30:47 | 教育のこと

「われらが夢は」 松崎 蒼斗

未来こそ 未来こそ 横須賀の夢
大いなり 大いなり われらが夢は
黒潮に 黒潮に わたすかけ橋
天そそる 横断路線
ひと跨ぎ 東京湾も・・・・・・

 これは、堀口大學作詞、團伊玖磨作曲で知られる二代目横須賀市歌の五番の歌詞である。初代横須賀市歌は戦前の戦争色の強い、軍や皇といった歌詞が含まれていたため、戦後に演奏がされなくなっていった。そこで、地理、歴史、産業、自然、未来といった歌詞に変えられ、1967年の市政記念日に制定された。横須賀市立小学校では、毎年横須賀芸術劇場へ集まって横須賀市歌を歌うイベントや、毎日16時、17時に鳴る防災行政無線の定時チャイム、ごみ収集車の音楽に採用され、横須賀市民なら聞いたことのない人はいない曲である。一番から四番までは黒船や観音埼灯台、荒崎、造船など当時の世相が現れている。五番については毛色が違い、未来の構想を歌っている。

 私が小学生の時は、てっきり久里浜港から金谷港へ運航されている東京湾フェリーのことを歌っているものと勘違いをしていた。しかし、これは東京湾口道路構想を歌ったものであった。東京湾湾口道路とは、現在の東京湾フェリーの運航ルートを明石海峡大橋に勝る長大橋で結んでしまおうというものである。第二の東京湾アクアラインといったらわかりやすいかもしれない。神奈川県横須賀市と千葉県富津市は国道16号線のそれぞれの末端を有している。末端のよう行き止まりになっている国道16号線の起点・終点は横浜の高島町交差点なのである。すなわち、行き止まりになっている地点は末端ではない。分断されている神奈川県横須賀市と千葉県富津市間を事実上連絡しているものが現在の東京湾フェリーであり、国道16号線は横浜高島町から町田、相模原、八王子、さいたま市、柏、木更津、富津、横須賀を経由して横浜高島町へ帰ってくる環状道路なのである。

 東京湾口道路の計画として面白い点は、東京湾に明石海峡大橋に勝る長大橋をかける点だけではない。東京湾には戦中に海堡と呼ばれる人工島が3つ作られている。その3つの海堡は東京湾のすぼまった部分、横須賀市観音崎と富津市富津岬、横須賀市猿島の防衛ラインとしてより強固にするために海上に築造された砲台である。その3つの海堡を主塔として、2本のつり橋を建設する計画があった。海軍施設をそのように活用することには大いに賛成したい。第三海堡は、老朽化によって撤去されてしまったが、第一海堡、第二海堡も同様に老朽化が進んでいる。老朽化が著しいのであれば、つり橋の主塔として活用し、遺構として管理維持していってほしいと思う。しかし、この構想の難しいところは、浦賀水道を跨ぐ長大橋となる点である。東京湾の玄関口を長大橋で結ぶとなると、毎日大量に行き来する大型船舶を考慮する必要が出てくる。代案として、トンネル化として開通させる計画もあった。

 もしこの計画が実現したなら、東京湾沿岸にぐるりと道路が敷かれることになり、横須賀市、富津市に通過交通が形成されることになる。さらに、今回の講義での大事なキーワードである「大事なものは2つあってもいい」ということであると思う。東京湾アクアラインが分断された場合、陸路で行く他なくなってしまう。

 東京湾口道路が開通することによって、災害時の保険を掛けることが可能になるし、道路交通渋滞の解消、沿道への経済波及効果が大きくなることは明らかだろう。これもまた道路特定財源の廃止によって、“われらが夢は”夢のまた夢となってしまったが。

横須賀市歌|横須賀市: https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/1210/sougo/shika2907.html
東京湾口道路|横須賀市:https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/5510/g_info/l100050924.html
東京湾口道路 | 富津市:https://www.city.futtsu.lg.jp/0000000003.html

 


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