Me & Mr. Eric Benet

私とエリック・ベネイ

6日目 バークシャー地方へ

2010-09-28 07:58:11 | MAへの旅
6日目は自由行動日。
どのように過ごそうかとあれこれ考えながら中々決まらないままになっていた。

自分で地下鉄、徒歩で町を歩くか。
半日観光ツアーを現地で申し込み、後半日は自分で行動するか。
ロバート・B・パーカーのスペンサーシリーズに出てくるケープ・コッドへ行く。
「若草物語」の舞台になったルイザ・メイ・オルコットの故郷で生家もあるコンコード地方を訪ねる。

今まで海外に行くと現地についてから、その時の状況次第で、
ホテルの人に相談して観光する場所を決めたり、あるいは現地のツアーの予約をしてもらっていた。
ニューオリンズでは午後のツアーに関してだったら、当日の予約もOK、
ブリュッセルでも前日の午後11時まで申し込みができた。

今回ボストンに着いてからすぐにホテルのスタッフに聞くと、
前日の午後5時までにツアーの予約が必要とのこと、
第一候補として考えていたケープコッドは自力で日帰りで行くことは不可能に近いとわかったので、
ツアーを調べてもらったが、隔日のみのツアーでちょうど私の自由行動日は催行されない日にあたっていた。

ニューイングランドの海岸、ハンプトンビーチを訪ねるツアーがあったが、
スタートが9時半でホテルに帰ってくるのが7時を過ぎると言う。
この日は全員で現地の方々もお迎えしてする最後の夕食会があり、開始時間は7時。
このツアーに参加するとお食事会に確実に間に合わないことになる。

迷っていたところ、添乗員から事前に申し込むオプショナルツアーの一つ、
イラストレーターのノーマン・ロックウェルの美術館とストックブリッジ、
バークシャー地方の田舎町へのツアーが申込者が一人しかいないので、
中止になる、もし誰か他に申し込む人がここで一人でもいれば、催行になる、
と報告があった。

一人の人が挙手し、最終日の行動の仕方が今一つ、閃くものがなくて、
思案していた私もふと手を挙げていた。

旅行の前日、掛かり付けの内科医に一通りの薬を出してもらった。
腹痛、痛み止め、ビタミン剤など。
その時にどこに行くかと聞かれて話すと、「ここにぜひ行ってらっしゃい。
素晴らしいところだから。」と先生は私の血圧や体温を測った記録紙の裏に、
"Tanglewood"と書いて下さった。
80才前後の先生はお嬢さんがボストンに留学していた頃、
何度も訪れた楽しい思い出をお話しして下さった。
海沿いや山間部にある小さな美術館巡りの魅力や海岸の美しさなど。
タングルウッドはバークシャー地方にある。
その後、すぐに地図とガイドブックで調べたが、タングルウッドはかなり遠い。
せっかく教えて下さった先生には申し訳ないが、行くのは難しいと思っていた。

この日のツアーでご一緒した方はお二人共に医療関係者。
お一人の方は何と旅行中に3人の方を助けている。
一度目は飛行機の中、「お医者様か、看護師の方はいらっしゃいませんか?」の呼び出しが始まる。
機内に緊張感が走った。
こういう時は正直、出て行きたくないそうだ。
自分の専門分野とは限らないし、返って悪い結果になることも考えられる。
続く呼び出し、またその方の仕事を知っている人に促されて、席を立ったそうだ。

ところが、現場に行くと「医療関係者であると言う証明書を見せて下さい。」
と言われて、持ち合わせてなかったので立ち去ろうとすると、
「いえ、それでもけっこうです。」と呼びとめられた。
機内を走り回って転んだアメリカ人の男の子が激しく泣き、
心配した両親が手当を頼んだそうだ。
大した怪我ではなかったのと様子を見て貰えたことで安心したらしい。

航空会社から「先ほどのお礼に。」とワインを持ってきたので、
これから旅行の始まりに重い荷物になるし、自分はお酒を飲まないのでいらないと断ったが、
気持ちをどうしても表したいと言われて受け取ったそうだ。
(私と他の方がそれをご馳走になりました、フルーティーなリースリングの白でした)

次は飛行機を降りて預け荷物が出てくるのをターンテーブルの前で待っていた時。
突然、近くにいた女性が失神したそうだ。
その時はとっさに体が動き、すぐに駆け付けて脈と呼吸を確かめていたそうだ。
空港の救急隊がほどなくやってきて引き継いだ。

三回目は移動するバスの中。
バスの窓を思いっきり閉めた方が指を挟んでしまい、爪が割れて出血してしまった。
止血してまた窓が錆びていたことから、流水でしっかり洗うようにと教えていた。
今はどちらかというとカウンセリングに近いお仕事をされているが、以前はERにも勤務されていたそうで、
こういう臨機応変な対応ができるようだ。
かつて学生時代の恩師に言われた言葉、「10年後に今の君を振り返って誇りに思うことができるか」
それを座右の銘にしているとおっしゃっていたが、その言葉の重みは今も私の胸に残っている。

かなり疲れも出ていた最終日。
車で片道2時間半近くかかるバークシャー地方までの往復。
こんな方とご一緒できるなんて、心強い限りだ。
二人ともお仕事がら道中からガイドに対して、私とは全く違う観点の質問をしていた。
救急車や消防署についてとか医療保険のこととか。

ドライバー兼、ガイドさんは最初、もの凄く飛ばしてあっという間に2時間が過ぎた。
かなりな長距離でもあり焦っていたのだろう。
休憩所に寄りたいとお願いして下車。


そして程なくノーマン・ロックウェルの美術館へ。
ご一緒のお二人と見学。
ノーマン・ロックウェルのイラスト、ダイナーで少年の話を聞く店員と警察官の後ろ姿。
少年の足元には袋包み、家出をしてきたのだ。
絵が二つ並べてあって一つは店員の顔が若い。もう一つは癖のありそうな中年。
少年の持つ包みも違う。
カバーとして使われた有名な作品は後者。こちらの方が格段に面白みがある。

その他、とても気に入ったのが、縦型の作品で世界の人種が描かれ、
それぞれ宗教観も違っていることが表現されている。
そこに"DO UNTO OTHERS AS YOU WOULD HAVE THEM DO UNTO YOU"
「自分がして欲しいように他の人にもしてあげなさい。」
これは複製を買おうと思うほど気に入ったのだが、やはり二つ作品が並べてあり、
一つはそこにいる日本女性が普通の和服を着ているのに対し、
もう一つ、公開され画集に載り、複製にも描かれている日本女性は簪を付けて
華やかな着物を着た舞妓風。伏せ目がちに下を向いている。
しかし白塗りしていないのは、この作品で白くすると人種の違いが分からなくなること、
また日本の代表が舞妓さんと言うのも、ちょっとひっかかってしまった。
でも素晴らしい迫力のある作品でした。

有名なクリスマスの町景色の横長の絵。
アメリカの田舎町の冬景色が美しい。

全体にウィットに富んだ温かさを感じる、そしてユーモラスな作品。
美術館も風光明媚なところにあり、ここのオープンエアのカフェが居心地が良さそうで、
サンドウィッチとお茶を頂いた。

ここでもこのお二人は消火器を指して、「日本は赤だけどこれはシルバー。
ここの雰囲気に合わせて色を替えているのか。それともアメリカはすべてこの色?」
ガイドさんが美術館のガイドに質問をしようとすると、美術館ガイドは、
考えてもいなかった質問らしく意味を計りかねて、「以前、ノーマンが煙草の吸い殻と、
油絵の具の不始末から出火させてアトリエが全焼したことがあったけれど、
今は大丈夫よ。」
それ以上、踏み込めない雰囲気になった。

しかしそうなると私も気になってくる。
こういう疑問ははっきりさせておかないと、後々また同じことでひっかることになる。
そういうことを今まで経験して来ている。
二人が「もういいよ。いいよ。」と言ってくれているのに、
その辺で絵を観ていた一般観光客の人の良さそうなおばさんを呼びとめて、
「これは銀色をしているでしょう?日本では赤なんだけど、これはここだけ?
それともアメリカはみんなシルバーメタリックなの?」
と聞くと、彼女はびっくりしたような表情で、しばらく黙っていたかと思うと、
「この道具はね、もし火災が起きた場合、このホースのような物をそこに向かって噴射するの。
そうするとシェービングクリームのような液体が出てきて、
それは化学薬品なので消火に役に立つの。そして火が消えるのよ。」
と丁寧に教えてくれる。

「それはわかっているんだけど・・・」と言いかけて、
「まあ、そうなんですか?日本にも同じような装置があるけれど全部色は赤と決まっているんです。
でもこちらはそうではないのですか?それともこの美術館だけこの色?」
彼女はじっと考え込んで言った。
「そういうことをあんまり考えたことがなかったけど、確かに家に置いてあるのは赤だわね。」
丁寧にお礼を言って別れたが、その後もその女性はしばらく物思いにふけっていた。

さあ、次はタングルウッドへ!


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