ギャラリー酔いどれ

売れない絵描きの世迷い言&作品紹介

寒の戻り

2009-02-17 11:25:06 | Weblog
 画は歌川國貞(三代豊國)(1786年)~(1864年)

 号は、香蝶楼・一雄斎・五渡亭など  作


 「強盗首領 雲龍九郎景純」です。


☆晴れ、積もりましたねぇ、寒の戻りか?

ぐんと冷え込む。

さて、小泉=竹中一派というのは、

「平成の売国詐欺師ども」ということで、

悪名を後世に残すことになるんでしょうなw  あさまし々。

昔の記事ですが、見えてる人には見えていたわけで、

◆http://www.elneos.co.jp/0503kennja.html
紺谷典子氏(エコノミスト)
『郵政民営化は権限の私物化』

郵政民営化がなぜ「改革」なのか、なぜ改革の「本丸」なのか。
武部幹事長の紙芝居はこう説明する。
民営化すれば、郵便局はコンビニのようにコンサートや飛行機のチケット予約、
オープンカフェやレストランの併営、介護や福祉サービスまで行えるようになる。
村にコンビニができ便利になれば都会に行った若者たちも帰って来て
村おこしにもなる、とバラ色の夢が描かれる。しかし、
夢が実現する保証は何一つ示されていない。 
そもそもこれまでコンビニができなかったような過疎地で、
郵便局ならどうしてコンビニ経営に成功するのか。
民営化しさえすれば民にできないことまでできるようになるらしい。
村のよろず屋の「民業圧迫」にはならないのか気がかりだが、
いずれにしろコンビニ化が目的なら民営化の必要はない。
公社のままでも十分に可能だからである。 不思議なことに、
郵政の民営化が必要だとする理由はクルクル変わってきた。
当初は財投改革とされていたが、
郵政の資金が財投に回る仕組みがとうになくなっていると指摘されると、
公務員削減で小さな政府と言い出した。
民営化の根拠が薄弱と反論されるたびに、新たな理由を持ち出しているようで、
これでは郵政民営化それ自体が目的ではないかと疑われても仕方がない。

小泉総理が郵政を眼の敵にするのは、
地元の特定局長会が選挙応援をしなかったため初陣で落選した私怨、
という一部の解説が真実味を帯びてくる。 
資金源を断つことで財投を効率化するという小泉総理の30年来の持論には、
初めから論理破綻があった。
もうひとつの資金源である年金を不問に付したままだからだ。
改造を含め4度も厚生大臣に就任し、資金源を断つ権限もチャンスも手にしながら、
年金民営化に1度も取り組もうとしなかった。
第一、財投改革に本気なら、直接財投を改革し、
天下りやファミリー企業の問題を解消する方がずっと確実で効率的だ。
郵政民営化はあまりに迂遠で非効率な解決手段だ。
効率化をめざす手段が非効率では、ユーモアにさえならない。 
公務員を減らし小さな政府に、という新たな理由も、
職員の給与は事業の収入で賄われ税金は1銭も使っていない
ことを忘れているのではないか。
民営化で公務員は減らせても国の経費は減らせない。
しかも過疎地や小口のサービスを補助金で維持するというのでは、
逆に国の経費が増えるだろう。民間企業になれば税を納めるという点も、
公的事業なら税を払わないのは当然だ。税を払う払わないではなく、
公的事業として必要性があるかないかを論点にすべきなのだ。
同様に税を払っていない小泉内閣も、民営化なさいますか?
「民にできることは民に」という。民が宅配も金融業もできるのは事実だが、
問題は過疎地や小口の利用者に必要なサービスを提供できるかどうかである。
営利追求の民にはできないことがあるからこそ、
政府も公的事業も役割を持ちうる。
年金改革や景気回復の方が重要との批判にも
「他の改革は誰でもやるが、郵政民営化は私でなければできない」と頓着しない。
事故で大勢の怪我人がいる時に、手当より道路掃除を優先するのと同じだ。
国と国民のための総理権限が一個人の偏執に行使されている。
政府は6億円の税金を投入して郵政民営化のキャンペーンを始めた。
国費で世論誘導は前代未聞の禁じ手だが、
総理は「もっと説明しろと言ったでしょ」と薄笑い。
マスコミは得意の論理のすり替えと苦笑いするだけで批判しない。

自民党をぶっ壊すと人気を博した総理だが、なぜか総理の派閥は隆盛を極め、
ぶっ壊れたのは政敵派閥。そして、
これまで辛うじて残っていた政治の良心とマスコミの使命感は、
跡形もなく壊されたようなのだ。  



米帝の衰亡と軌を一にしておるわけで、

タカリが熾烈になってきたわけですよ、かっこうの操り人形なんです。

たっぷり甘い汁を吸った、もっと々、麻薬なんだな。

毒がまわって自業自得のご臨終寸前w  因業婆ぁがタカリに来ましたね。


いい分析だな、宗教というものは、

日本人の思いのほか、その存在はおおきなものなんですよ。

◆http://www.soejima.to/

<略>

アリストテレスのエクリブリアム(平衡。突き詰めると、
お金で人間活動のすべてに釣り合い=均衡を与えるという冷たい思想)が、
おそらく6世紀ごろから、バグダッド(ここが紀元前2千年からの3千年間の
人類の歴史の中心で、緒世界帝国=世界覇権国の首都だった。
バビロンの遺跡はバグダッドの郊外にある)を中心にした都市で、
ユダヤ教の中に「強欲な金儲けの肯定の思想」として植えつけられていった。

そして、さらには、622年に成立(ヘジュラ元年)したイスラム教の中にも、
初期のイスラム教徒たちの清貧への努力と苦闘も虚しく、
このエクリブリアムが、9世紀ごろから、サーデイア・ベン・ヨーゼフら、
イスラム教徒の振りをした、バグダッドのユダヤ人学院長
(ガオン)たちの努力で、次第に、このエクリブリアム
(ラチオ、過度の金儲けの肯定の思想)が、浸入、浸潤、潜行していった。

キリスト教にも、アリウス派(初期の堅信と清貧の思想。原始キリスト教団、
イエス・キリストという男の、本当の愛の思想を大切に守っていた集団)が、
アタナシウス派=三位一体派 に、よって、異端として、追放された頃から、
次第次第に、アリストテレスのエクリブリアム(ラチオ)の思想が浸入、
浸潤、潜入してきた。この動きは、325年のニカイア
(ニケーア)宗教会議のあたりから始まっていた。

ペテロとパウロを、自分たちの本当の始祖(創業者)とする、
カトリック教団(ヴァチカン、ローマ教会)は、
神(God,大文字のゴッド)にして、祭り上げてしまって、
キリストという男が必死に説いた、愛(アガペー)の思想
(「貧しき者たちを大切に扱え。人間を動物のように扱うな」という思想)を、
煙たがって、あまり、大切にしない。彼ら、カトリックの僧侶たちにとっては、
ペテロの現実主義(リアリズム)的な思想を何よりも自分たちの信念
(信仰)の原理とする。
キリストという男の言行録(行動と言葉)を内心では嫌う。

日本語に訳す現実主義(realism 、リアリズム)という言葉は、世界基準、
大きな世界規模では、アリストテレスの思想(的立場)という意味である。
日本人は、このことを長いこと(始めから、今も、)全くしらない。 
「神学論争」と言いさえすれば、何か、分かったような気になっている、
愚か者たちの偏狭で、世界から見たら辺境な、
国民文化(culture ,カルチュア、Kulture クルツール)である。
分かった降りが多過ぎる国民である。

カトリック教団(僧侶官僚組織の団体)は、
自分たちの信じるアタナシウス派の、神とは、
「神とその子(キリスト)と精霊(せいれい、スピリット)の
三位一体(トリニティ)」としての神だという、
ことにして、ここの精霊(せいれい)という不可解なモノを介在させることで、
キリストという偉大な男の、生身の人間としての実在性を否定して、
自分たちの、強大な宗教権力を作っていった。
「聖(神聖、ディビニティ)と俗(バルガー)」に世界を2分するという、
大きな虚偽も始めた。

ところが、16世紀から、マルチン・ルターの1516年から始まった、
抗議運動(プロテスタント)の思想運動も、
このカトリックの僧侶たちによるヨーロッパの民衆支配への抗議行動として、
火柱が上がるように始まったのだが、その中心のところで、
「もう我慢できない。商業活動=金儲けと性欲の2つを肯定してくれ」
という大きな要求を含んでいた。
だから、プロテスタント革命は、同時に、
ラチオ(合理)=リーズン(理性)の思想であるユダヤ教への先祖返りである、
という面をどうしても持つ。 ルターが修道院の壁に打ち付けて、
馬で立ち去った、(そして、尼さんと結婚した。子供も作った。僧侶なのに)
「95カ条の質問状」には、一番重要なことは、
「金儲けと性欲を認めよ」という強い要求が、それとなく書かれているのだ。

このことを、日本人は、誰も知らない。今こそ、
ヨーロッパ人(頭のいいアメリカ人)を友人としている者たちは、
真剣に、自分の友人にこのことを聞くべきだ。日本人は、
世界基準(ワールド・ヴァリューズ)の大きな本当のことを、
誰も習っていない、洗脳された国民だ。

(以上までを、2009年2月16日、ヒラリーが、
日本に大きな画策をしにきた日に、加筆した。副島隆彦注記)

イスラム教は、エクリブリアム=ラチオが持つ、恐ろしい(危険な)性質である、
強欲と拝金を、嫌って成立した、ムハンマドという男の思想だ。 
なのに、それでも、不可避に、イスラム教も、ラチオの思想を密かに
内部に受け容れてゆく。それは、人類の大苦悩の表れそのものだ。
今にいたる、私たち人類の一番大きな、苦悩だ。

西暦830年に、バグダッドに、「知恵の館」が出来て、
ギリシャ哲学を、アラビア語にどんどん翻訳していった。このあと、
キリスト教世界に、アラビア語から、ラテン語、
そしてヘブライ語にも翻訳されていった。こうして、
ギリシア哲学(アリストテレスのエクリブリアム=ラチオの思想)が、
世界の3大宗教の中に、植え込まれていった。

ラチオ(金儲け、人の命他を将来の金に換える保険業の思想など)を
始めから肯定しているユダヤ教(ユダヤ思想)以外の、世界の3大宗教は、
どれも、金儲け(ラチオ)の思想(利子を取ること)を、ひどく嫌って、
毛嫌いして、2千年間に渡って、これを毛虫のように扱った。
でも仏教(釈迦の思想)もそうだ。

それでも、金儲けと、経営(企業を営むこと、利益を出すこと)の思想を
廃絶(打ち滅ぼすこと)は出来ない。だから、
イスラム教や、キリスト教の中に、劣勢に回った、
創業者(イエス・キリスト、やムハンマドや釈迦。
「人間を動物のように扱うな、という愛の思想」) 
に忠実な人々の中から、神秘主義(ミスティシズム)、カバラーの思想、
スーフィズム、隠者の思想、清貧の思想などの、反撃が起きたのである。 

これが一番、大きな観点から見たところの、5千年間の人類の思想絵巻である。


副島隆彦拝 
 


この仁も、俺は「霊能者」だとか、バカを言わねばいいんだがw

お弟子さんらしいが、さてそこまでの覚悟ありかなぁ?

◆http://amesei.exblog.jp/
2009年 02月 16日
*オバマ政権はビルダーバーグにまた頼ろうとしている

<略>

G7といえば、中川財務相が飲酒と風邪薬のちゃんぽんをやって
記者会見でロレツが回らなくなっていた。
G7で相当な財政出動や国際(国債)協力を要求されたか?

これってわざとでしょう。
麻生首相の「郵政民営化で4分割を主張したのは竹中(=アメリカ)だ」
と言った件もそうですし、鳩山のオリックス追及もそう。
小泉・竹中のやった事について、国益にかなわない部分、
国民利益にならない部分については、ちゃんとひっくり返してから、
政権交代に持っていくのだろう、と。
それが最低限の責任だ、という考えでしょう。

ただ、小泉劇場の再来にはならないでしょう。


むしろこれが問題だわな、

◆http://www.asyura2.com/09/senkyo58/msg/1236.html
Re: 世界のショーイチを笑いものにするんもええんやが、
肝心なKAMPOの宿の展開を一切報道しないのは何でやねん。
投稿者:薬痴寺 日時:2009 年 2 月 17 日 xfts14BmhKdcQ

ルパート・マッドドッグのタイムズだけやのうて、
欧米の主要メディアが完全に黙殺しとることこそ大問題やで。
いかに郵政民営化が連中(欧米のエリート)の
他国資産強奪アジェンダの一環として押しつけられたもんか如実に示しとるで。


「もう我慢できない。商業活動=金儲けと性欲の2つを肯定してくれ」

これが本音なのさ。

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1 コメント

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初めまして (龍桜)
2010-01-22 01:03:53
突然ですが
雲龍九郎偸盗伝とはどのような物語でしょうか?

ご存知でしたらご教示願います
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