ギャラリー酔いどれ

売れない絵描きの世迷い言&作品紹介

衰退へⅢ

2007-08-31 10:14:33 | Weblog
 画はPieter Brueghel the Elder 

 ピーテル・ブリューゲル 1525-1569


 「The_Little_Tower_of_Babel 1534」です。


 *旧約聖書創世記 第11章に記されている伝説の塔で、ノアの洪水後、人間が天にも   届くような高い塔≪バベルの塔≫を築き始めたのを神が見て、その驕りを怒り、 
 人々の言葉を混乱させ建設を中止させたとされる逸話からの作品。



さて、衰退へ向かうアメリカ帝國


◆http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/ より

2006/06/16 昨年の記事ですが、


■アメリカの没落が始まった


世界一の財政赤字・貿易赤字・対外債務を抱えるアメリカが覇権国家でいられるのは、その圧倒的な軍事力にもよりますが、

1.日本のお金がアメリカに環流しているから

2.ドルが基軸通貨だから

です。

つまりアメリカは、日本からのお金を絶つか、ドルが基軸通貨でなくなれば没落します。

日本が今のところアメリカに盾突くことはありえないでしょうが、ドル基軸通貨体制に風穴を開ければ、必然的にアメリカ経済は崩壊していきます。

このドル基軸通貨体制に最初に挑んだのが、イラクのフセイン大統領でした。

イラクは2000年11月に原油取引をドル建てからユーロ建てに切り換えたのです。

しかし、この行為はアメリカの逆鱗に触れ、ご存知のようにイラクは攻撃されました。

核兵器を持っていないイランを「核兵器を開発しようとしている」と非難し、攻撃しようとしているのも、もちろん石油・ガスといった資源利権やイスラエルの思惑等もありますが、イランが今年中に石油取引所を国内に開設し、イラクと同じように、ユーロ建てで原油取引を行なおうとしているのが大きな要因だと思われます。

【参考】『イラン:石油取引所、年内開設計画 ユーロ建てで米に挑戦か』

そんな中、アメリカの宿敵ロシアが、6月8日にルーブル建てで原油取引を開始しました。

【参考】『ルーブル建て原油取引開始 ロシア、影響力強化狙う』

資源大国ロシアはイラク戦争の時から、虎視眈々とこれを狙っていたのでしょう。

【参考】『覇権をめぐる列強の野望』☆

4月の下旬から既に兆候はありましたが、これでアメリカ一極支配体制の終焉は決定的でしょう。





☆北野幸伯『ボロボロになった覇権国家(アメリカ)』を読む。


特に1991年のソ連の崩壊以降の分析が面白い。

 アメリカを心底恐怖させた国ソ連は消滅しました。この
時、アメリカ政府は、今後のロシアをどのようにしたらい
いだろうかと考えました。

 心優しい日本人であれば、「経済危機に陥っているロシ
アに支援を送る」とかなんとか善意に基づいた行動をとる
でしょう。

 しかし、「普通の国」アメリカはもちろんそのようなこ
とは考えない。これは当然、「ロシアが二度とアメリカに
反抗できないよう、この国を破壊し尽くそう」と考えた。
[2,p162]

 アメリカは国際通貨基金(IMF)を通して、ロシアに「改
革のやり方」を伝授した。[a]

 まず「政府による経済管理の廃止」。貿易が自由化され、西
側の優れた製品がロシア市場になだれ込み、ロシアの国内産業
は壊滅した。

 次に「価格の全面自由化」。国内産業が駆逐され、輸入に頼
るしかない状況で、ロシアの通貨ルーブルは急落し、国内はハ
イパーインフレーションに見舞われた。改革がスタートした92
年のインフレ率はなんと2600%、GDP成長率はマイナス14.5
%。ロシア経済はアメリカの思惑通り破綻した。

 さらに大規模な「民営化」。国有財産はそれを今、手元に持
つ人の所有となった。アパートの住人は、アパートの所有者と
なった。そして国有石油会社のトップは、その会社をほとんど
無料で手に入れた。ここから生まれた新興財閥はエリツィン政
権に賄賂を送って、税金をほとんど免除してもらった。当然、
国家財政は大幅な赤字に転落した。


■4.ロシアの復活■

 アメリカの戦略は奏功して、ロシアは90年代を通じて、ほ
とんどの年にマイナス成長を続けた。ところが98年にKGB出
身のプリマコフが首相となって金融危機を克服。翌年、これま
たKGB派閥のプーチンが首相に就任した年には、いきなり
5.4%のプラス成長に転じ、大統領となった2000年にはなんと
9%の高成長を記録した。その後も4~7%のプラス成長を続
けている。

 その理由の第一はルーブル切り下げの効果である。ルーブル
の価値は、98年の金融危機以前に対して4分の一以下となり、
輸入品の値段が高騰して、国民は仕方なく「安かろう悪かろう」
の国産品を買うようになった。同時に輸出が急増した。これに
より一度は市場開放で壊滅状態に陥った国内産業が息を吹き返
した。

 第二は原油価格の高騰である。世界最大の原油供給地・中東
の情勢不安定、中国の石油需要急増により、原油が値上がりし、
石油大国ロシアの輸出収入が増大した。

 こうした環境の変化に上手く対応した政策も奏功した。まず
ロシア政府は石油会社が原油輸出で得た外貨の75%をルーブ
ルに換えることを義務づけた。これによりルーブルのさらなる
下落が食い止められた。

 同時に、今まで税金逃れをしていた新興財閥から税金を取り
立てるようになった。これでロシア国家財政も黒字に転換した。

■5.「他国の争いを支援する国は繁栄する」■

 こうしたソ連の崩壊とロシアの経済破綻を通じて、プーチン
政権下のKGB軍団は、以下の事を学んだという。

 第一に「争ってはいけない。戦争は国を疲弊させる」 かつ
て世界の中心だった欧州諸国は、第一次、第二次大戦を通じて
没落した。後から参戦したアメリカとソ連は漁夫の利を得たが、
両者間の冷戦を通じて、ソ連は崩壊し、アメリカ経済は破綻の
瀬戸際まで行った。

 これだけなら一国平和主義の日本人も賛成するが、ロシアの
トップはさらにその先を考える。

「他国の争いを支援する国は繁栄する」

 アメリカが覇権国家として台頭したのは、第一次大戦で自分
はほとんど戦わずに欧州を支援して経済的覇権を奪い、第二次
大戦でも遅れて参戦した。繁栄するのは「戦争をする国」では
なく、それを支援する国である。

 この二つを前提として、ロシアは次の戦略を立てた。それは
アメリカと争う中東イスラム諸国には武器を、中国には武器と
石油を、欧州には石油とガスを売って、アメリカと争わせつつ、
自らは儲けいていく。それによって、現在のアメリカ一極体制
を崩壊させ、多極世界を構築して、ロシアがその一極になるこ
とを目標とする。

 冒頭で、北野氏が会談したプーチン政権高官の「国際情勢は、
ロシアの思惑どおり動いている」というのは、まさしくこの戦
略通りに事が進んでいる、ということなのである。

■6.ロシアとフセイン■

 イラクは原油埋蔵量で世界第二位。イラク戦争に至ったアメ
リカの目的の一つは、ここに傀儡政権を打ち立てて、その石油
権益を独占することだった。ロシアは02年7月頃まで「アメリ
カとの協議により、フセイン後の石油利権を獲得する」ことを
目指してきた。

 しかし、02年8月頃から状況が変化してきた。まずアメリカ
が「イラクの石油権益を他国と分かつ意思はない」と明確に示
すようになったこと。同時にフセインがロシア政府に「アメリ
カの攻撃を止めてくれたら、総額400億ドルの石油・ガス
・交通・通信などの幅広い分野での協力契約を締結する」と提
案してきたことだ。

 以後、ロシアは同じ立場の国々、すなわちイラクに石油権益
があり、安保理の常任理事国であるフランス、中国とともに
「アメリカのイラク攻撃を止めさせ、その見返りに石油権益を
確保する」ことを目指した。その外交努力を評価して、イラク
は03年1月には、ロシア石油会社4社に油田開発事業権を与え
る契約を結んだ。

 しかし、アメリカはロシア、フランス、中国の反対を押し切っ
て、国連安保理の承認を得ないまま、イラク攻撃に踏み切った。
これでロシアはすでに得た油田開発事業権を失い、また80億
ドルのフセイン政権への債権も放棄せざるを得なくなった。そ
れでも、アメリカを泥沼の戦争に追い込んで、一極体制を崩壊
させようという大目標には一歩近づいたことになる。

■7.「シラクがイラク戦争を起こした」■

 ロシアは、経済面でもアメリカを追いつめようとしている。
この面でのアメリカの一極支配はすでに崩壊寸前なのである。
アメリカは世界一の財政赤字と貿易赤字を持つ国だからだ。

 米財務省の04年10月の発表によれば、米政府の借金は約7
兆4千億ドル(800兆円)、そのうち2.5兆ドル以上が対
外債務である。貿易赤字は03年通期で約5千億ドル(54兆円)。
毎月平均で4.5兆円ものドルが国外に流出していったことに
なる。

 アメリカが通常の国だったら、とっくの昔にドルは大暴落し、
財政は破綻していただろう。それが起きないのは、ドルが国際
貿易の基軸通貨であり、ドル紙幣さえ印刷していれば、他国か
らモノを買えるからである。したがって、たとえばユーロがも
う一つの基軸通貨となり、「もうドルは受け取らない。貿易代
金はユーロで払ってくれ」という国が増えたら、アメリカは一
気に破産状態に追い込まれる。アメリカを「ボロボロになった
覇権国家」と北野氏が呼ぶのは、このためだ。

 2000年9月に、イラクのフセインは「石油代金として、今後
一切ドルを受け取らない」と宣言した。ユーロを決済通貨とす
るというのである。当時、イラクは国連を通じてしか石油を売
れなかったが、その国連は「イラクの意向を受け入れる」と発
表した。

 フセインはこの時、アメリカという虎の尻尾を踏んでしまっ
たのである。これがイラク戦争の遠因となった。しかもこのフ
セインの宣言には、石油ドル体制を崩そうとするフランス・シ
ラク大統領が後ろ盾になっていた。「シラクがイラク戦争を起
こした」と言えなくもない、というのが北野氏の見方である。

■8.独仏露のアメリカ一極体制への挑戦■

 フランスはドイツとともに「ヨーロッパ合衆国」を建設し、
アメリカ一極体制崩壊を目論んでいる。そのために通貨統合に
よってユーロを創設し、基軸通貨の地位を奪おうとしている。

 アメリカの一極体制を終わらせようという点で、ロシアと独
仏は利害を同じくしている。プーチンは03年10月ドイツ首脳
との会談の席で、「私たちは、ロシア産原油輸出をユーロ建て
にする可能性を排除していない」と発言。数日後、モスクワを
訪れたドイセンバーグ欧州中央銀行(ECB)総裁は、「ロシ
アがユーロで石油を売るのは理にかなっているかもしれない」
という声明を発表した。

 石油大国ロシアの貿易相手の最大はEUで51%以上。それ
に対して、アメリカは5%以下。ロシア-EU間の貿易で、な
ぜドルを使わねばならないのか。ユーロ建てにするのは確かに
「理にかなっている」のである。

■9.アメリカ幕府の天領「日本」から脱却するには■

 実はドルの暴落を防いでいる防波堤がもう一つある。日本が
アメリカ国債をせっせと買い支えていることだ。日本は中国や
北朝鮮などの軍事的脅威をアメリカの軍事力で守って貰い、そ
の代償としてドルを買い支えている[b]。だから北野氏は日本
がアメリカ幕府の「天領」、すなわち直轄地であるという。

 アメリカ幕府のもとで平和に慣れた日本人は、その天下とそ
れによる平和が永久に続くと考えている。だから、独仏露中が
アメリカの一極体制に挑戦しているなどという事には考え及ば
ない。

 しかし日本はいつまでもアメリカの天領でいるのか。アメリ
カ一極体制が崩壊したら、一緒に没落するのか。それとも新し
い覇権国の天領となるのか。真の独立への道はないのか。

 これは日本人一人一人が考えていくべき問題であろう。


・・・・・


驕れる平家は久からず。まさに、


「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
   沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
   驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。
   猛き人もついに滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」


遠く異朝をとぶらうに、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱い、唐の禄山、これらは皆舊主先王の政にも従はず、楽しみを極め、諫をも思ひ入れず、天下の乱れんことも悟らずして、民間の憂ふる所を知らざりしかば、久からずして亡じにし者どもなり。
 
近く本朝を窺うに、丞平の將門、天慶の純友、康和の義親、平治の信頼、これらは驕れる事も猛き心も、皆とりどりなりしかども、間近くは、六波羅の入道前の太政大臣平の朝臣と申しし人の有様、伝え承るこそ、心も言も及ばれね。
















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衰退へⅡ

2007-08-30 11:29:41 | Weblog
 画は昨日のJan van Eyck

 そのdetailです。

 81.8×59.7cm ( Oil on panel )

 National Gallery, London



 「ヤン・ファン・エイクここにありき 1434年」と

 署名がありますし、またサイン下部の鏡の周囲には、

 キリストの十字架の道行き(キリストの受難)の10場面が描かれています。

 結婚の立会い者として、画家自身が中央の鏡の中に描かれてもいます。

 まさに「神の手を持つ男」の名に恥じぬ傑作です。


 さて、衰退へ向かうアメリカ


◆http://kiyotani.at.webry.info/200708/article_22.html より

【やっぱりバカだった】米大統領、

 戦前日本とアルカイダ同列視  歴史観に批判



まあ、これが平均的なアメリカ人の「常識」なんでしょうが。

 まず「第2次大戦に着手した時、極東の民主主義国は二つしかなかった」これは明らかに誤りです。我が国は大正デモクラシーを経て普通選挙行ってきた議会制民主国家でした。
自国民を日系人というだけで、ナチス同様収容所に放り込み、戦後も黒人差別を続けるような国家が人様に威張れるような民主主義国家というのでしょうか。
 その程度の民主主義を振り回すから世界中から嫌われるんですよ、この国は。

 また真珠湾攻撃に関して、
「ある晴れた朝、何千人もの米国人が奇襲で殺され、世界規模の戦争へと駆り立てられた」

とありますが、前にもここで書いたように、あれはだまし討ちでありません。

 その前からアメリカは中立を犯して英国や蒋介石政権に援助をしていました。これは明確に喧嘩を売ってるわけで、奇襲をうけても仕方ありません。
 しかも我が海軍の攻撃部隊は軍事施設及び軍艦などを軍事目標に攻撃を集中し、民間人の被害は極限されていました。
 少なくともこれは精密誘導兵器を多用したイラク戦で米軍が間違って殺したイラク民間人より遙かに少ないはずです
 そもそも一か八かの真珠湾攻撃でそんな無駄玉撃つものですか。軍艦ばかり狙って、軍用機ばかり狙って重油タンクやらドックですら狙わなかったのに。
 戦争後半、面白半分に民間人を銃撃していた米のパイロットと一緒にしてもらっては困ります。

 恐らく大統領閣下は好物のプリッエルを頬張りながら見た「パールハーバー」なる史実を無視した胡乱な娯楽映画を史実と勘違いしているのでしょう。

 日本の神道をキチガイ宗教扱いするならば、現在のアメリカのキリスト教の方が酷いでしょう。遙かに原理主義的で、イスラム原理主義者と大同小異です。

 しかしこの発言はこれはもっけの幸いです。
 この失言を理由にインド洋やクウェートに展開している自衛隊を呼び戻しましょう。それは我が国の責任でない、与太な歴史認識をもった合衆国大統領の責任です。

 こういうチャンスを利用しないと未来永劫米国は甘ったれた歴史観を持つし、そのような思い上がった「オレ様」主義が、やらなくてもいいイラク戦争を起こしてきたわけです。 

 こういうところでアメリカにちゃんとした物言いをすれば民主党を見直すんですが。



◆真珠湾攻撃は奇襲攻撃ではない



真珠湾攻撃は奇襲攻撃ではありません。
 
 当時アメリカは中立を標榜していおりまたが、中立国たる案件を満たしておりませんでした。アメリカは我が国の「敵国」たる中華民国(蒋介石政府)に対して軍事物資を輸出し、またシェンノート率いるの戦闘機部隊、フライングタイガーズを「義勇兵」に偽装して送り込んでおりました。

 更には対して我が国には石油や工作機会、くず鉄などの禁輸を行いました。
 つまり、戦闘当事国の一方に肩入れし、もう片方には制裁を加えていたわけです。これは我が国だけではなく、欧州に対しても同じでした。

 中立を標榜するのであれば輸出するならば双方に行うべきであるし、しないならば双方にしない。また自国の将兵を「義勇軍」と偽装して片方に国に送り込んだりしてはいけないわけです。

 これは我が国に対して喧嘩を売っているに等しい行為ですし、米国は中立でありませんでした。すで無法国家であったわけです。
 自分たちはインチキして参戦しておて、真珠湾攻撃をだまし討ちだと罵るのは盗人猛々しいというわけです。こういう意識がいまだに払拭されていないのは困ったものです。
 我が国の学者や政治家、ジャーナリズムもこういう点をあまり指摘しないは如何なものでしょうか。
 ぜひとも国会で「米国は中立を装って戦争をしかけておきながら真珠湾攻撃をだまし討と呼ぶアンフェアな国である、謝罪と訂正を求める」決議案を提出して欲しいものです。

 
 ところが、アメリカは当時、スイスやスウェーデンなど欧州の中立国が、枢軸国と貿易をしたり、国内を通過させたりすることを激しく非難しておるわけです。
 
 自分の中立違反はよくて、他国の自国の利益にならない行為はそれが自分の所行と大同小異であっても中立違反、悪徳と決めつけるわけです。

 即ち自分は常に正しいという訳です。こういうことをまるで反省しないから、イラク戦争みたいな馬鹿な戦争をやるわけです。

 
 アメリカが戦争をやって痛い目に合うのは勝手ですが、ヤクザの言いがかりのような言い分で戦争をふっかけられたり、巻き込まれる国こそいい迷惑です。



 
そして、

◆http://alternativereport1.seesaa.net/ より

2007年08月20日

ドル崩壊を米国が認めた
 昨年から始まっていたIMFによる通貨会議が本格化してきた。


 現在、世界の貿易の圧倒的多数の決済=支払いが、米国ドルで行われている状況を変更しようと言う会議であり、米国、EU、サウジアラビア、中国、日本の5ヵ国で、世界貿易の決済=支払いをドルから全く別の新しい世界通貨に移行させようと言う試考が始まっている。

 米国とEU以外は、外貨準備高の上位3ヵ国であり、米国の財政赤字から、もはや米国ドルは通貨として信頼出来ない、近い将来ドルが暴落する事を「当然」と考え、別の新しい通貨を世界通貨として導入しようと言う事である。米国自身が自国の通貨が、もはや「崩壊寸前」、国家破産を認めているという事である。

 当面の過渡的方法として、サウジアラビア等が外貨資産の10%を金塊、ユーロ等に転換する等の保有資産の多様化を計りながら、最終的には上記5ヵ国の通貨バスケットまたは商品バスケット等で、全く新しい世界通貨を構築する方向を目指すようだ(注)。

注・・通貨・商品バスケットは、一例としては各国のGDPあるいは外貨資産高に比例し、通貨の交換レートを決める方式である。例えば、1世界通貨=30円+0.1ドル+0.1ユーロ+0.2中国元+原油0.1バレル+金塊0.1g等。


帝國はこれで終わります。
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衰退へ

2007-08-29 11:08:00 | Weblog
 画はJan van Eyck ヤン・ファン・エイク

 1390-1441 より、

 「Double Portrait of Giovanni : Arnolfini and His Wife」

 アルノルフィーニ夫婦 1434年 です。

 細密描写の傑作といわれています。


 
 さて、衰退へ向かうアメリカ

◆http://tanakanews.com/index.html 田中 宇(たなか・さかい) 

イラン空爆話の再燃  2007年8月28日 より


<中略>

▼反米感情を扇動するチェイニー

 イラン攻撃が行われるかどうか予測できないが、今後の攻撃の有無にかかわらず、これまでチェイニーら米高官が「イラン攻撃をする」と言い続けてきたことは、すでにイランの反米戦略を扇動している。イランは、イラク、アフガニスタン、レバノン、パレスチナなどで、反米ゲリラを全力で支援している。イラクではムクタダ・サドル師を中心とするシーア派の反米ゲリラ、アフガニスタンではタリバン、レバノンではヒズボラ、パレスチナではハマスへの軍事支援が行われている。

 これらの支援を行っているイラン側の中心は、革命防衛隊である。今回、革命防衛隊に対するテロ組織指定の話が出てきたことで、危機感を煽られた革命防衛隊は、追い詰められる前にアメリカを追い詰めねばと考え、中東各地の反米ゲリラ組織に対する支援をいっそう強めていると推測される。

 イランが反米組織への支援を強化している間に、アメリカはイラクやアフガンで誤爆や市民虐待などを重ね、イスラエルはパレスチナ人を虐待している。その結果、中東の市民たちは反米反イスラエルの感情を強め、ハマスやヒズボラ、イスラム同胞団(エジプト)といった、反米反イスラエルを掲げる政治軍事組織への支援はますます増えている。イラクに駐留する米英などは苦境に陥り、ゲリラの台頭に耐えられなくなったイギリス軍は、バスラ市街地からの撤退を計画している。イスラエルの安全も脅かされている。(関連記事)

 チェイニーやネオコンの行為は、米英イスラエルにとって自滅的である。彼らはイラク侵攻前から、中東の人々の反米感情を扇動する言動を繰り返しており、何年も戦略を変えていないということは、自滅的だということを十分認識しつつ続けている「意図的な失策」であるとしか考えられない。


▼すでに仕掛けられているアメリカの自滅

「いや、彼らは軍事産業の手先で、武器の消費を増やしたいんだ」とか「彼らは中東の石油利権がほしいんだ」といった、良くある説明は、私から見るといずれも間違いである。軍事産業は、装備の単価が高い空軍と海軍の成功裏の利用増を好むが、イラクでは地上軍だけが酷使され、占領が失敗して厭戦気運が拡大しており、軍事産業に不利な結果だ。世界の石油利権は最近、米英からロシア、中国など「新セブンシスターズ」に移転しつつあり、アメリカの中東戦略は、石油利権の「非米化」をむしろ促進してしまっている。(関連記事)

 カール・ローブが辞めるということは、チェイニーの戦略は米共和党にとってすら自滅的だということである。チェイニーの意図が何なのか、推察することは容易ではないが、現実を見ると、イラク侵攻以来、アメリカ(米英)の世界支配の体制や、経済的な国際利権は、広範囲に着々と破壊されており、ロシアや中国など非米諸国の台頭や同盟化(上海協力機構など)、世界の多極化も、着々と進んでいる。チェイニーは辞めさせられそうもなく、ブッシュはチェイニーの言いなりであるようなので、再来年初めにブッシュ政権の任期が終わるまでに、アメリカの覇権の自滅は、もっと進むだろう。米軍がイランを空爆して戦争になれば、アメリカの自滅は加速する。

 次の大統領がアメリカを立て直そうと思っても、それは難しい。次期政権に入ってしばらくしたころに、政府の健康保険「メディケア」の支出増と、ブッシュが行った大減税の効果が本格的に出てきて、米政府の財政は破綻に瀕することが予測されている。ブッシュ政権は、自分たちの任期が終わった後に、財政赤字の時限爆弾が爆発する仕掛けを作っている。すでに、周到な自滅策が施されている。(関連記事その1、その2、その3、その4)

 政府高官が自分の国を自滅させようとするなど、ふつうに考えればあり得ない話で、私の説は世の中に受け入れられにくい。だが、毎日アメリカと世界の政治経済に関する情報をたくさん読み続ける中で、私は以前よりはっきりと「アメリカは自滅しつつある」と感じるようになっている。軍事・政治・財政・経済などの面で、多くの自滅的施策がすでに仕掛けられ、動き出している。明日チェイニーが辞めさせられ、米政府が方向転換しても、もはや覇権喪失を食い止められない可能性の方が大きい。

▼イランを挑発してイスラエルを潰す

 チェイニーは昨夏、イスラエルのオルメルト首相をそそのかしてレバノンでの戦争を急拡大させ、イスラエルとシリア、イランを戦争させようとした。だが、イスラエル政府内ではツィピィ・リブニ外相らが、チェイニーの策略の危険性に気づき、オルメルトを説得したり脅したりして何とか止めた。それ以降、イスラエルはシリアやパレスチナ自治政府と交渉して和解する戦略に転換したが、チェイニーはブッシュを動かし「シリアはテロ支援国家なので和解してはいけない」とイスラエルに圧力をかけ、和解交渉を止めた。(関連記事その1、その2)

 その一方でチェイニーはライス国務長官を何度も中東に派遣し、パレスチナ和平交渉を支援するふりをして介入し、微妙にイスラエルの言動を規制し、和平が成功しないように事態を動かしている。パレスチナでは反米的なハマスが台頭し、親米的なファタハ(アッバス大統領ら)が弱体化している。イスラエルの上層部には「ファタハとだけ交渉しても無駄だ。ハマスとの交渉が必要だ」と考える勢力もあり、イギリスもその考え方に賛成している。だが、アメリカは「ハマスはテロ組織だから、絶対に交渉相手にはしない」という方針を貫き、イスラエルは従わざるを得ない。(関連記事)

 パレスチナでは、ガザがハマス、西岸がファタハという状況だが「ハマスが西岸をも乗っ取るのは時間の問題だ」という見方がしだいに強くなっている。ハマスが西岸を乗っ取ったら、パレスチナは完全にハマスの支配下となり、ファタハの政府は潰れる。イスラエルは交渉相手を失い、パレスチナ問題を外交で解決することは不可能になる。(関連記事)

 ブッシュ政権がイランの革命防衛隊をテロ組織に指定して敵視を強め、挑発された革命防衛隊がハマスへの支援を強化することは、西岸がハマスに乗っ取られる時期を早めることにつながっている。その意味で、チェイニーのイラン敵視策は、昨夏のレバノンでの戦争と同様、イスラエルを戦争に引っ張り込もうとする策略の一環であると考えられる。

▼虐殺問題を持ち出して仲介者を怒らせる

 チェイニーとその傘下のネオコンは、ブッシュ政権の中でも最もイスラエルと親しい勢力であるとされる。しかし、彼らがやっていることは、実はイスラエルを国家的危機に追い込んでいる。同じことは、米政界でイスラエルの利益を代弁しているとされるロビー団体の「ADL」(名誉毀損防止組合)や「AIPAC」(アメリカ・イスラエル公共問題委員会)についてもいえる。

 イスラエル政府は最近、トルコ政府に頼んで、自国とシリアの和解交渉を仲介してもらうことにした。しかし、トルコが8月中旬に動き出した直後の8月21日、ADLのアブラハム・フォックスマン会長が、第一次大戦中にトルコが無数のアルメニア系住民を殺害したことに関し、従来の同組織の方針を突然に変えて「あれは虐殺だった」と宣言した。(関連記事)

 これはトルコ政界や世論を激怒させ、トルコはイスラエルに宣言の撤回を求め、イスラエル政府は「あれはADLが独自にやったことで、この問題に対するイスラエル政府の見解は、何も変更されていない」と釈明した。(関連記事)

 トルコが非難される「アルメニア人虐殺」は、最初から話が誇張されている。第一次大戦でトルコ帝国と戦って勝利したイギリスが戦時中に、話を誇張してマスコミに書かせ、国際世論がトルコを非難するように仕向けたイギリスお得意のイメージ誇張策略である。戦後も延々と誇張話が「真実」としてまかり通り、世界中の人々を軽信させている。日本をおとしめている「南京大虐殺」や、イラクのフセイン大統領に着せられた「クルド人虐殺」と、構図が同じである。

 なぜADLのフォックスマンは、トルコがイスラエルとシリアを仲介してくれようと動き出したまさにその時に、トルコを激怒させる宣言を放ったのか。私から見ると、ADLは、ネオコンやチェイニーと同様に「イスラエルのために働いているふりをして、実はイスラエルを潰そうとしている」という勢力だと思える。


◆http://alternativereport1.seesaa.net/

2007年08月26日

中国崩壊への準備・・時代遅れのナショナリズム より



 パソコン、携帯電話、電子部品の製造に必要なレアメタル=ニッケル、チタン、タンタル等を、日本は100%近く中国からの輸入に頼っている。

 公海での日本の漁船の操業を邪魔するため、公海を完全に包囲する形で中国が老朽化した船舶を並べ、日本の漁船の公海への進行を阻止し、進行しようとして中国の老朽船と接触した場合、中国船への「攻撃」と見なし、日本漁船を撃沈するために中国海軍の軍艦が待機し見張っている・・という事態が日常化している事を、日本政府と日本の電機産業は知らないのだろうか?

 日本は中国を敵視する必要は無いが、時代遅れのナショナリズムに取り付かれた国が、日本への必要物資の輸出を停止する不具合は回避しなくてはならない。

 中国からの侵略を恐れ警戒する外モンゴル、ベトナム、ラオス、タイには、こうしたレアメタルが未開発のまま大量に眠っている。

 日本はこうした国々と連携し、レアメタル開発と友好関係を徹底的に強化すべきである。

 中国は、辺境のウイグルに核兵器施設を作り、最近ロシアのチェルノブイリ・クラスの放射能漏れ事故がウイグルであった。

 中国政府はひた隠しにしているが、ウイグルのイスラム教徒は毎日死亡している。中国政府は、何等ウイグルへの救援を行っていない。見殺しである。

 日本はウイグルに救援隊と医者団を送り込み、それをキッカケにウイグルへの経済支援を強化するべきである。

 ウイグルは、ロシアから中国への石油、天然ガスの「通り道」であり、ウイグル自体に豊かな石油がある。

 中国共産党の独裁は長続きしない。中国は各地方ごとに「空中分解」する。中国政府は崩壊し地方割拠になる。その時、東西交通の接点でありエネルギーの豊かなウイグルは、必ず要所になる。日本も世界も中国崩壊への準備が必要である。


・・・・・


どうやら歴史の転換点に日本も立っているようです。

大混乱が予想されます。

いまからそれに対応する心構えと準備が必要です。
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歴史幻想Ⅲ

2007-08-28 13:48:55 | Weblog
 画は月岡 芳年(つきおか よしとし)1839~1892 作


 「武蔵坊弁慶」です。


 今日は月一の通院日、半日つぶれます。

 調剤薬局のオヤジさんと話になり、入院中に苛められた女医

 はやはり悪評が多く、小生の偏見ではないことが証明されました。

 医師不足の現実があるとはいえ、どなたが見ても不適格としか

 思えぬ医師も片方で存在し医療行為を行っているこの矛盾。

 変なやつに引きずり回されると命とりになります。

 以前にも書きましたが「何かおかしい」と感じたら

 迅速に対応を考えましょう!たとえば積極的に他に

 セカンドオピニオンを求めるとか、ネットで調べるとか。

 「医者選びも寿命のうち」といいますよ。



 さて、「成吉思汗は源義経也」も一区切りとします。

◆朝青龍の処分で迷走していますが、

http://electronic-journal.seesaa.net/ より


相撲についても述べる必要があります。相撲の起源は非常に古
く、『古事記』にも相撲を思わせる記述があり、日本に古来から
伝わるものです。モンゴルで相撲が盛んなのは、改めていうまで
もないことですが、どのように考えても、モンゴルの相撲は日本
から伝わったものと考えるのが自然であると思います。
 しかし、不思議なことにモンゴルに関して書かれたどの本にお
いても、モンゴルの相撲は日本のそれが伝わったものとは一切書
いていないのです。憶測ですが、それをいうとどうして伝わった
かをいわなければならなくなり、義経=成吉思汗説が出てきてし
まうからではないでしょうか。
 それはさておき、相撲は鎌倉時代において武芸の一つとして盛
んに行われていたのです。したがって、当然義経はやっているし
好きであったといわれています。大河ドラマでは、牛若時代の義
経が平家の子供たちと庭先で相撲をとるシーンが登場します。
 モンゴルと日本の相撲の共通点は、武芸のひとつとしてそれが
行われていたことです。鎌倉時代において相撲は武芸のひとつと
して教えられており、勝者には褒美を与える慣わしがあったので
す。『元朝秘史』によると、相撲は成吉思汗とその子オゴタイが
とくに愛好したといわれています。
 さらに、モンゴル人は緑茶を愛好しています。成吉思汗が愛用
し、伝えたとされているのです。もちろん日本では緑茶の起源は
古く、鎌倉時代には茶室、茶会などが流行しており、緑茶の愛好
者が多かったのです。
 また、成吉思汗と義経は酒嫌いであり、成吉思汗は酒好きの従
臣に次のようにいっていたというのです。
-----------------------------
 酒を飲むと、理性を失う。心を平静に保つことができず、まる
 で頭を打たれたようにめまいを感じる。知識も才能も用をなさ
 ぬ。帝王が酒をたしなむときは堂々たる王業をほどこすことが
 できぬ。将軍が酒をたしなむときはその部隊を統御することが
 できぬ。もし酒をやめることができないなら、節酒して一ヶ月
 三回にせよ。一回ならさらによい。


◆支那人の大嘘


清朝のことが出てきたので、若干脱線しますが、清朝と中国の
関係について述べておきます。源義経=成吉思汗説とも関係があ
るからです。
 一般的に清朝は最後の中国王朝であると思われています。した
がって、1894年~1895年にかけて行われた日清戦争は、
日本が中国と戦った戦争であり、その結果、下関講話条約で日本
が獲得した台湾は、中国から割譲を受けたものである――そう思
い込んでいる人が意外に多いのです。
 しかし、これはとんでもない間違いなのです。清朝は中国では
ありません。日清戦争は日本と清帝国との戦争であり、日本と中
国の戦争ではないのです。なぜなら、中国という国家はその時点
でまだ存在していなかったからです。したがって、台湾について
は、中国の一部ではなく、清帝国の辺境だったのです。
 その理由としては、次の2つを上げることができます。
-----------------------------
 1.まず、人種が違うということである。清朝の皇帝は満州人
   であって、中国人(漢人)ではないのである
 2.清朝は中国の外の瀋陽で建国されており、確かに中国を支
   配したが、それ以外の国も支配していること
-----------------------------
 清朝の皇帝は満州族なのです。清という国は、満州族の一部族
である愛新覚羅氏が建てた王朝なのです。考えてみると、テムジ
ンが当初活躍したのは、現在の中国の東北地区に当たる満州の地
域なのです。
 清朝は1636年に瀋陽で建国されており、中国に入って支配
したのは1644年からのことです。それから1912年までの
268年間、清朝は中国を支配したのですが、中国だけではなく
清帝国を構成する五大種族に君臨したのです。
-----------------------------
  1.満州族 ・・・・・・・・ 八旗の議長
  2.モンゴル族 ・・・・・・ 大ハーン
  3.漢族 ・・・・・・・・・ 明朝の皇帝
  4.チベット族 ・・・・・・ 大施主
  5.東トルキスタン族 ・・・ ジューンガルの支配権
-----------------------------
 清朝の皇帝は満州族に関しては、「八旗」と呼ばれる8部族の
部族長会議の議長であり、モンゴル族に関しては成吉思汗以来の
遊牧民の大ハーン、漢族にに関しては洪武帝以来の明朝の皇帝の
地位を引き継いで皇帝として支配したのです。
 チベット族に関しては、元の世祖フビライ・ハーン以来の、チ
ベット仏教最高の保護者である大施主、東トルキスタン族に対し
ては、最後の遊牧帝国ジューンガルの支配権を引き継いで、オア
シス都市のトルコ語を話すイスラム教徒を支配していたのです。
 これらの五大種族の中で漢族だけはどちらかというと低く扱わ
れていたのです。他の4つの種族は自治が認められていたのに対
し、漢族だけは清朝帝国の使用人である官僚を通して統治されて
いたからです。
 漢族は科挙の試験に合格して官僚にならない限り、中国の行政
には参加できず、辺境の統治にも帝国の経営にも参加することは
認められなかったのです。いわば、漢族は清帝国の二流市民であ
り、中国は清朝の植民地の一つだったのです。
 これに比べてモンゴル族は、清朝の建国に当初から参加した関
係で、新帝国では満州族に準ずる地位を与えられていたのです。
モンゴル人の貴族たちは、清朝の皇族と同じ爵位を与えられ、皇
帝から俸禄を支給されていました。それにモンゴル族の庶民は、
それぞれ自分の領主に治められていて、清朝に税金を払うことは
なかったのです。
 それにもかかわらず、清朝は中国王朝であり、清帝国は中華民
国であったという誤解がはびこっているのです。どうしてこうい
うことになったのでしょうか。
 これに関して、東京外国語大学名誉教授、岡田英弘氏は次の3
つの原因を上げています。
-----------------------------
 1.「国家国民」という新しい観念が世界中に広まったこと
 2.20世紀における中国人による政治的宣伝の結果である
 3.ヨーロッパ人やアメリカ人の勘違いがそれに加わること
-----------------------------
 われわれは「国家」という言葉を何気なく使いますが、国家な
どという政治制度は18世紀の末まで、世界中のどこにも存在せ
ず、あったのは君主制と自治都市だけである――岡田氏はこのよ
うにいい、次のように述べています。
-----------------------------
 アメリカ独立でも、フランス革命でも、国王の財産を市民が強
 奪して、国家がはじまったのだが、こんどは国家の正当な所有
 権者がだれかが問題になる。国家の所有権は「国民」に帰属す
 る、ということになると、こんどはその国民とはだれかが問題
 になる。そこで、「国土」に住んでいる者が国民だということ
 になる。そうすると、それまでにはなかった「国線」を引いて
 その内側の住民を国民と見なして、同じ「国語」を話し、同じ
 「国史」を共有することを強制するようになる。  
       ――岡田英弘著、『皇帝たちの中国』、原書房刊
-----------------------------
 これに乗じた中国の政治的な宣伝があるのです。中国人の国民
主義(ナショナリズム)は高揚して「大漢族主義」の主張により
満州人も漢人はもともと同じ中華民族であり、その清朝の皇帝に
臣属しているモンゴル人もチベット人も漢族であるという乱暴な
主張をしているのです。
 加えて、ヨーロッパ人やアメリカ人は海路を通って清帝国に入
ったので、清帝国支配権の中国部分しか見ておらず、清国イコー
ルチャイナと誤解してしまったのです。 ・・・・・[義経27]


◆大いなる秘密



清朝を建てた愛新覚羅氏は文化政策――文教の保護政策に大変
力を入れたのです。宮廷に多くの学者を集め、多くの書物を編纂
させています。出版が発達していない封建時代において、一般大
衆にあまりかかわりのない歴史的な記録の集成に力を入れるには
そういう政策が必要であったのです。
 その政策は代々の清朝の皇帝たちにきちんと受け継がれ、歴史
書の編纂は継続されていったのです。既出の『図書輯勘録』30
巻はその中のひとつなのです。この『図書輯勘録』に六代皇帝で
ある乾隆帝の序文があり、そこに皇帝自身が「朕の姓は源、義経
の裔なり」と書いているという言い伝えについては、既に述べた
通りです。
 この『図書輯勘録』という書物は、発見されなかったという事
実をもって、「そんなことはありえない妄説」とされてしまって
います。しかし、この書物は清国にとって秘録であり、門外不出
の文献なのです。
 乾隆帝の子孫の皇族や臣下たちによって、自分たちの大清帝国
の愛新覚羅氏の祖先が、微々たる東方の小国、日本の一武将の裔
などということを広く知られたくはなかったのは当然です。した
がって、それは北京の秘庫に深く収められ、専門の史官によって
厳重にかん口令をしかれたに決まっているのです。
 したがって、簡単に発見されるものではなく、見つからないか
らといって、そういう書物はなかったということにはならないと
思います。清朝の建国者である愛新覚羅家と日本とはいろいろな
つながりがあり、源義経=成吉思汗説とも深いかかわりがあると
いうことができます。



さて、皆さんのご感想は?






コメント (1)

歴史幻想Ⅱ

2007-08-27 10:32:00 | Weblog
  画は歌川 国芳(1798~1861) 号は一勇斎 作

 
  『賢女烈婦伝』より「白拍子 静」です。



 
  さて、昨日に続き「成吉思汗は源義経也」ですが、

 
◆藤原家富貴栄華の秘密


まずは、今日の報道で世界遺産登録申請云々・・・

と伝えられる「中尊寺金色堂」

*天治元年(1124年)に、清衡によって中尊寺金色堂が建立された。屋根・内部の壁・柱などすべてを金で覆い奥州藤原氏の権力と財力の象徴とも言われる。

に代表されるその財力の謎から・・・・・


藤原一族――奥州一帯を支配し、北の王者といわれていたので
すが、奥州一帯とはどこからどこまでを指すのでしょうか。この
ことをはっきりさせておく必要があります。
 奥州一帯――秀衡の時代には、陸奥国と出羽国を支配していた
のです。この陸奥国と出羽国は、現在の福島県以北青森県までを
指すのです。まさに北の王者です。
 ところで、秀衡は、1170年5月に朝廷から「鎮守府将軍」
に任命されているのです。鎮守府とは、陸奥と出羽、つまり奥州
を治める役所のことです。当時その役所は平泉にあり、秀衡は奥
州を支配する将軍に任命されたのです。EJ第1635号におい
て「四代将軍泰衡」という言葉を使いましたが、泰衡は紛れもな
く四代鎮守府将軍なのです。
 鎌倉の頼朝がどれほど秀衡を恐れていたかを示すエピソードが
あるのです。1184年のことです。奈良の東大寺を復興するさ
いに鎌倉の頼朝は1000両を寄進したのですが、鎮守府将軍の
秀衡は5倍の5000両を出したのです。鎌倉は秀衡の財力に圧
倒されてしまったのです。それにしても、藤原家はどうしてかく
も裕福なのでしょうか。
 藤原三代の栄華は、金色堂に代表されるように、莫大な黄金の
生産があってのことです。その黄金は、一体どこから採れたので
しょうか。
 奥州には大量の砂金を産出する河川があったといううわさはあ
ります。もし、それが本当であれば、その河川の上流には莫大な
量の山金が埋蔵されているはずです。しかし、金山の開発が進歩
した後の時代になっても奥州にそのような金山が発見されたとい
う記録はないのです。
 金山の本格的な開発は、江戸時代になってから、能楽師あがり
の大久保石見守にはじまるといわれます。佐渡の金山、伊豆の金
山、石見の銀山などは有名です。
 藤原家の古い書物によると、秀衡は宋朝の天子に一万五千貫の
黄金を贈り、その見返りとして、大量の経文や仏像を手に入れて
います。一万五千貫の金――これは純金56トンに相当するので
すが、尋常ならざる量です。
 これほどの金を経文や仏像を手に入れるためにポンと投げ出す
ということは、藤原家にはその十倍二十倍の金の蓄積があったと
考えるのが自然であると思います。たとえ豊富な山金が埋蔵され
ていたとしても、当時の原始的な採鉱技術で採取されていたとは
考えにくいことです。
 さらに、もし奥州に金山があったとすれば、奥州を平定した頼
朝はもっと裕福になってもいいはずです。しかし、そういう気配
はないのです。一体藤原氏の黄金はどこから来て、どこに消えて
しまったのでしょうか。
 藤原氏の金に着眼したのは、高木彬光氏なのです。彼は、小説
『成吉思汗の秘密』の中で、神津恭介に次のように語らせている
のです。
-----------------------------
 「それではせっかく奥州を平定した頼朝が、むかし藤原氏の産
 出していた黄金を手に入れることができなかったというという
 のは、どこに原因があるのでしょうか」
 「その理由は、僕にいわせれば、一つしかありませんね。鉱脈
 が枯渇したとも思えない。技術が滅びたとも思えない。原料の
 供給が絶えたとしか解釈はできないのです。これは、僕の大胆
 な推理だけれども、藤原三代の富貴栄華の源泉は、その莫大な
 黄金の原産地は、北海道、樺太――というよりも、大陸のシベ
 リア地方ではなかったかと思うんですよ」。
     ――高木彬光著、『成吉思汗の秘密』(角川文庫)より
-----------------------------
 これは驚くべき推理です。藤原氏は秀衡の時代までに、当時は
まったく未開拓のシベリア方面まで勢力を広げていたという仮定
に立つからです。そのために藤原氏は、津軽海峡、宗谷海峡、間
宮海峡を渡るレベルの航海技術をマスターしていなければならな
いということになります。
 もし、この仮定が事実だとすると、平泉から大陸にいたる北方
ルートがあったことになり、義経主従はそのルートを伝わって大
陸に渡ったことになるのです。秀衡が義経と泰衡に渡した錦の袋
には、その北方ルートを示す地図が入っていたのではないかと考
えられるのです。
 ところで、義経主従が大陸に渡ったという可能性が少しずつ出
てきていますが、そういうことを記述した文献があるのでしょう
か。それとも単なる推測なのでしょうか。
 それがあるのです。実は、『松前福山略記』という文書がある
のです。そこに次のように記述されています。さらに『新撰陸奥
国誌』にも似たような記述があります。
-----------------------------
 文治五年五月十二日に源義経、藤原忠衡、武蔵坊弁慶、常盤坊
 海尊、亀井六郎など主従百人余蝦夷地渡海す・・・韃靼国に渡
 る。                ――『松前福山略記』
 文治五年義経十三壇林寺に来る。主従7人。十三より海に航し
 西蝦夷に住了にヲカムイ岬より満韃の地に渡る。
                 ――『新撰陸奥国誌』より
-----------------------------
 驚くべきことは、藤原忠衡が入っていることです。「主従百人
余」とありますが、これは奥州藤原氏一族と考えられるのです。
それに『新撰陸奥国誌』にある「十三」というのは、津軽半島の
半ばにある場所であり、ここは安東水軍で有名な安東氏の本拠地
なのです。実は、秀衡の弟の秀栄は十三に福島城を築いて城主に
なっているのです。壇林寺は秀栄が建造した寺なのです。
 「十三より海に航し」とは、安東水軍の船で蝦夷地に送り届け
ていることを示しています。このように大陸へはちゃんとルート
が存在していたのです。       ・・・・・・ [義経08]


◆一世を風靡した小谷部学説


シベリア地方のウラジオストック市の北部に「ハンガン岬」と
いうところがあります。地名の由来ははっきりとしていませんが
「判官」と結びつけている人もいます。
 このハンガン岬から東北に120キロ離れたところに、「スー
チャン」という場所があります。この「スーチャン」は中国語で
あり、「蘇城」と書くのです。ここには古い城跡があるので、そ
う呼ばれています。シベリア(沿海州)は1858年のネルチンス
ク条約でロシア領になるまでは清国の支配下にあったので、中国
語の地名が残っているのです。
 さて、この「蘇城」はどのような城であったのでしょうか。地
元民の間では次のいい伝えが残っているのです。
-----------------------------
 昔、日本の武将が危難を避けて本国を逃れ、この地に城を築い
 た。武将はここで「蘇生した」というところから、「蘇城」と
 命名された。武将はこののち城を娘に任せ、自分は中国本土に
 攻め入って強大な王国を建てた。      ――地元の伝承
-----------------------------
 この蘇城について、実際に現地に行って調査し、そのことを本
に書いた人がいます。小谷部全一郎という人です。「源義経=成
吉思汗説」を最も普及させた人物として有名です。

小谷部全一郎は、江戸時代初期からの、いわゆる義経生存説を
基本とし、問題によっては独自の解釈を加えて「源義経=成吉思
汗説」を展開しています。自ら現地に足を運んで調査をしている
ので、強い説得力があります。



古くからアイヌ民族のあいだに、次のような伝説が伝わってい
ます。
-----------------------------
 昔、ホンカイサマは金色の鷲が飛ぶのを見て、その鷲に従い、
 昔先祖が往来した海を渡って、大きな川のあるクルムセ国にお
 行きなされた。             ――アイヌの伝説
-----------------------------
 「ホンカイサマ」とは何でしょうか。
 このアイヌの伝説は、佐々木勝三氏の本にも出てきますが、そ
こでは「ホンカンさま」となっていました。アイヌ語に詳しい人
の話によると、アイヌ語には濁音というものはなく、「サ」の音
が出る前に「ン」という音があれば「イ」と発音するのです。し
たがって、「ホンカイサマ」と書いてあっても、発音は「ホンカ
ンサマ」になるのです。
 「ホンカンサマ」は、その読み方からしても「判官様」に通じ
るものがあります。佐々木勝三氏は、平泉から義経主従が北に逃
れたとされる道を実地踏査しているのですが、釜石市の近くで、
「ホンカンサマ」と呼ばれる神社―――「法冠神社」を発見して
います。神社の正確な場所は次の通りです。
-----------------------------
     法冠神社 ――― 釜石市大字片岸字室浜
-----------------------------
 法冠神社を建立したのは、室浜に住む山崎久右衛門氏の先祖と
いうことです。神社の由来は、山崎氏の説明によると、次のよう
なものだったのです。
-----------------------------
 この地は義経一行が、山越えに来て野宿、もしくは休息をした
 ところだと伝えられています。義経さまたちは、この山を越え
 て大槌のほうへ行かれたということです。その跡へ私の先祖が
 お宮を建てたのです。
         ――佐々木勝三、大町北造、横田正二/共著
   『成吉思汗は源義経/義経は生きていた』より。勁文社刊
-----------------------------
 一口にアイヌ民族といっても、次の2つの種族があるのです。
-----------------------------
  荒蝦夷(あらえぞ) ・・・ 北海道に留まっている種族
  熱蝦夷(にぎえぞ) ・・・ 北海道を脱出している種族
-----------------------------
 「荒蝦夷」というのは、ずっと北海道におり、現在は網走地方
に少し残っているだけです。「熱蝦夷」というのは、もともとは
東北地方に住んでいたのですが、日本民族の勢力が北にのびるに
つれて、しだいに北へと圧迫され、北海道に逃げ込んで、釧路か
ら西の日高地方に住むようになった種族です。この種族は昔は勇
猛さを誇ったのですが、現在は少数民族になっています。
 注目すべきは、ホンカイサマ伝説は熱蝦夷にだけに伝わってい
るという事実です。小谷部全一郎の『成吉思汗は源義経也』に反
論するため、多くの歴史学者は実際にアイヌ種族を調べています
が、そのほとんどは荒蝦夷に会っていたのではないでしょうか。
荒蝦夷をいくら調べても義経の痕跡は出てこないのです。
 明治時代に熱蝦夷の酋長を調べたある学者によると、ホンカイ
サマはアイヌの祖先たちに弓矢の作り方と使い方を教え、それで
鳥獣を捕えたり、網で魚を取る技術を指導したのです。さらに手
工農作のことまで教えたので、ホンカイサマを命の親として神に
祭っているというのです。
 さらにその酋長の話では、やがてホンカイサマは蝦夷地から樺
太へ攻め入り、アイヌに害をなすその土地の酋長を殺し、そこか
ら海を渡ってクルムセの国に入ったというのです。そのさいに、
一族の智者、勇者、若者を動員し、金銀財宝を持って出陣してし
まい、戻ってこなかったために勇猛を誇ったアイヌ族は急速に衰
えたといわれています。
 さて、問題は「クルムセの国」はどこかということです。伝説
の部分をよく見ると、次の2つのヒントがあります。
-----------------------------
      1.昔、先祖が往来したことがある
      2.その国の近くに大きな川がある
-----------------------------
 結論からいうと、義経の時代には「契丹(きったん)」と呼ば
れていた地域ではないかと思われるのです。当時、新羅、高麗、
百済というのは現在の朝鮮半島のことであり、契丹は現在のウラ
ジオストックを中心とするシベリア地方をさします。
 大きな川とは、黒竜江であると思われます。この黒竜江の下流
は、昔から有名な砂金の産地なのです。したがって、秀衡時代の
藤原氏がこのシベリア地方と何らかの関係があるのではないかと
いうことは、あながち荒唐無稽なこととは思われないのです。藤
原氏の所有していたと思われる金は尋常ならざる量だからです。
 ホンカイサマがアイヌの大群を率いて大陸に渡ったとすると、
シベリアの原住民の中には、アイヌ民族と似た風俗が残っている
はずですが、その点はどうなのでしょうか。
 それがあるのです。シベリア西部に住んでいるウオグルという
民族がいるのです。この民族は男は多毛質であり、女は口のまわ
りに入墨をするなど、アイヌ族とよく似た風俗を持っています。
それに住居は丸太の掘立小屋であり、着ている着物の刺繍の模様
も、アイヌのものと酷似しているのです。
 ところで義経は、当時の大陸の状況についてどの程度の知識が
あったかです。推測ですが、私は義経は相当の知識を持っていた
と考えます。NHKの大河ドラマの『義経』の中に、屏風の絵を
前にして平清盛が、まだ幼い牛若に対して海の向こうの話を聞か
せるシーンがあり、印象に残っています。清盛は、都を一時福原
(神戸)に移してまで、海外との交易を考えていたのです。それ
が幼い義経の脳裏に刻み付けられたのです。・・・ [義経10]

-----------------------------
    泰衡終に義経を攻む。義経遁れて蝦夷に入る
            ―――『新撰日本小歴史』
-----------------------------
 末松論文で注目すべきは、成吉思汗の母の名前とされる「ホエ
ルン・イケ」です。蒙古語で「イケ」は母、「ホエルン」は雲と
いう意味です。
 これだけでは別にどうということはないのですが、後に成吉思
汗は母親に対して、「センシ皇后」という名前を贈っています。
「センシ」というのは漢字なのですが、字が難しくてメールで送
れないのでカナにします。正しくは「ホエルン・イケ・センシ」
となるのです。
 こうなると連想されるのは「池ノ禅尼」です。池ノ禅尼は、平
清盛の養母です。平治の乱の直後に捕えられた源義朝の男の遺児
は一人残らず、殺されることになっていたのです。ところが、そ
のとき清盛を説得して、頼朝や義経たちの命を助けたのが池の禅
尼です。結果的にそれが平家一門の滅亡を招いたのですが、少な
くとも義経にとって池の禅尼は命の恩人なのです。
 もし、義経が成吉思汗であったとしたら、成吉思汗の母となる
女性は何者かということになりますが、そういう母親的存在の女
性に池ノ禅尼の名前を贈ることは考えられることです。
 しかし、義経=成吉思汗説を証明するのに、単にことばの面か
らだけやろうというのは限界があります。幅広い歴史書の分析に
実地踏査などを加えて、さまざまな情報から総合的に判断すべき
です。しかし、学問の世界の反論はそれを守っているとはいえな
いと思うのです。最初に結論ありきであって、その結論を守るた
めに、必ずしも理をもってせず、馬鹿にしたり、罵倒したりする
など、あまりにも感情的になり過ぎる点があると思います。
 ここまでそういう検討を加えた結果、少なくとも「義経は衣川
で自害」という歴史的定説にはかなりの疑問があり、義経一行は
北へ逃れたというのが事実ではないかと考えられるのです。学問
の世界の反論はあまりにも抽象的であり、実証的とはいい切れな
いからです。海を渡って大陸に入った義経一行はどのようにして
成吉思汗といわれるようになったのでしょうか。明日からこの問
題を考えていきます。        ・・・・・・[義経11]




歴史ロマンなのですが、まことに壮大にして

驚天動地な説で、面白いこと限りなし。

そりゃそうで、モンゴル帝國というのは歴史上最大の

版図をもった大帝国で、その後継者たちは義経の子孫

になるわけですから。







コメント

歴史幻想

2007-08-26 09:58:32 | Weblog
 画は月岡 芳年(つきおか よしとし)1839~1892 作


 「吉野山別離の図」です。

 

 *源義経とともに悲劇的な生涯を送った静御前の物語は人々に愛され、謡曲や歌舞伎、文学の格好の題材として多く扱われている。その中でも、雪の吉野山での義経との別離や、鎌倉鶴岡八幡宮で義経を恋い慕う舞を舞ったという逸話は特に有名で、錦絵や本の挿絵などに描かれることも多い。



さて、壮大な歴史ロマン、「成吉思汗は源義経也」についてです。

北海道(蝦夷地)には義経伝説があまたあります。

☆北海道松前――岩内

江差町の鴎島に義経の伝説がある。松前広次の「松前征略」の中に、貞治二年、松前広次が輝若丸(北条高時の子)に対して「昔、九郎判官義経が渡りました蝦夷が島はこれであります。私はこの島を攻め取りましてこの度の恩賞に賜りたいと思います。」といっている。

幕府の巡見使の記録「東遊雑記」には、江差の北の乙部浦に義経がたびたび来たと書かれている。

函館夜話草(安政4年)には、函館の船玉神社には、義経が北海道に上陸したときの模様が記述されている。

小樽市の南の寿都(すっつ)には義経一行の伝説が多い。近くの弁慶岬は、弁慶が平泉からの兵糧、兵船が送られてくるのを待ったところと言われている。

☆北海道その後の道程 

義経一行の伝説は、岩内から、羊蹄山、洞爺湖、支笏、千歳、早来、屯仁潟、門別、厚部、新冠、積丹半島、小樽、増毛、留萌と続き、留萌で途切れている。

アイヌの伝説では「ホンカンサマは、金の鷲(わし)に先導されて、(アイヌの)先祖が往来していた海を渡って、大きな川のあるクルムセ国へおゆきになった。」と伝えている。

「ホンカンサマ」は義経のこと、「クルムセ国」は具体的には判らないが、シベリア地方にあった国とみられる。「大きな川」とは、アムール川(黒竜江)のこと。

などなど。



◆http://electronic-journal.seesaa.net/category/510434-1.html

よりの引用になります。この記事は長くはありますが、

まことによく纏まっており説得力があるのでお勧めです。


本日はその一部より、


蒙古について書かれている本を調べると、その始祖の成吉思汗
については、カナで「ジンギスカン」か「チンギス・ハーン」な
どと表記され、「成吉思汗」という漢字が使われていないことに
気がつきます。しかし、日本の書物によると、「成吉思汗」の文
字が使われているのです。この「成吉思汗」という漢字は、誰が
つけたのでしょうか。
 1206年の第2次即位のとき、テムジン(鉄木真)は自らを
「成吉思汗」と名乗っています。当時のモンゴルには文字という
ものはなかったのですが、成吉思汗=義経と考えると、義経は自
らの意思で、この名前を選んだと考えてよいと思います。
 義経は京都で検非違使をしていたとき、公卿との付き合いがか
なりあったといわれます。そのため、当時公卿の間で流行してい
た文字遊びにもある程度は通じていたものと思われます。頼朝は
そういう義経の行動を苦々しく思っていたのです。
 文字遊びとは、例えば、在原業平が「かきつばた」という五字
を読み込んだ歌を作れといわれて、即座に次の歌を詠じたという
そういう高雅な遊びのことです。
-----------------------------
    「か」らころも、「き」つつなれにし、
    「つ」ま(妻)しあれば、「は」るばる来ぬる、
    「た」びをしぞ思う
-----------------------------
 こんな話もあります。保元の乱に敗れて死んだ左大臣、藤原頼
長は、改元のとき問題になった「天保」という年号を「一大人只
十」と分解して、年号にふさわしくないので、止めることを進言
したといわれます。
 義経がそういう知識があったと考えると、自ら選んだ成吉思汗
という称号にはそこに何らかの思いをこめて作ったと考えるのは
不思議なことではないと思うのです。
 問題なのは「汗」という字なのです。「汗」とは王位を指す名
称であり、帝位は「大汗」と称する――この「大汗」の称号は、
成吉思汗が即位してはじめてできたものであり、成吉思汗自らが
創始したものと考えてよいと思います。
 「汗」は分解すると「サンズイに干」――スイカンと読むこと
ができるのです。「スイカン」とは白拍子の衣装です。『平家物
語』の「妓王」の段に次の文章があります。
-----------------------------
 水干に立烏帽子、白鞘巻をさいて舞いければ男舞とぞ申しける
-----------------------------
 したがって、水干は白拍子――すなわち、静御前を指している
のではないかということです。つまり、「成吉思汗」とは漢文読
みをすると、次のように読めるのです。
-----------------------------
      「吉」「成」りて「水干」を「思」う
-----------------------------
 「吉」とは「吉野山」であり、「水干」を静御前と考えると、
「成吉思汗」という称号は次の意味に取れるのです。
-----------------------------
      吉野山の誓い成りて、静(しずか)を思う
-----------------------------
 静に関しては有名な話があります。鶴岡八幡宮の堂が完成した
ときのことです。祝いの儀を執り行うことになって、鎌倉武士の
間から、名高い白拍子の静に祝いの舞を舞ってもらったらどうか
という声が出たのです。
 頼朝は政子に静に舞を披露するよう伝えるよう命じたのです。
政子はおそらく静は断ってくると考えたのですが、静は舞を舞う
ことを了承するのです。
 そのとき静は、この舞を通じて義経にメッセージを伝えたいと
考えたのです。そして、鎌倉若宮堂で、大将軍頼朝の権威に何ら
臆せず、次の自作の歌を詠じながら、舞を舞ったのです。
-----------------------------
     しずやしず、しずのおだまきくりかえし、
      むかしを今に なすよしもがな
     吉野山 峰の白雪ふみわけて
      入りにし人の あとぞ恋しき
-----------------------------
 これは明らかに義経を思う恋の歌だったのです。頼朝は謀反人
を偲ぶ歌を歌うとは・・と露骨に不快感を示したのですが、政子
は「見事!」と褒めたといわれます。
 実は「成吉思汗」という名前は、義経の静の歌に対する返しで
あるといわれているのです。それは「成吉思汗」を万葉仮名とし
て読み下せば、「なすよしもがな」になるからです。
 このように「成吉思汗」という名前は、和漢両様の読み方で、
静御前の歌への見事な「返し」となっているのです。果たして、
これが牽強付会のこじつけといえるでしょうか。
 ところで、今日は8月15日です。毎年8月15日には京都の
鞍馬山では「義経忌」という法要が行われるのです。実は、同じ
8月15日にモンゴルでは「オボー祭」という催しが行われてい
るのです。「オボー」というのは、郡境に立つ小塔という意味で
すが、成吉思汗の命日のお祭りといわれています。こんな偶然が
あるでしょうか。
 「われこの天命をうけたれば、死すとも今は憾みなし。ただ、
故山に帰りたし」――これは成吉思汗の遺言として伝えられてい
ます。「ただ、故山に帰りたし」――まことに意味深なことばで
あると思います。          ・・・・・・[義経25]



秋の夜長には格好の題材かと思いますが、

皆さん如何ですか?

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秋の気配Ⅲ

2007-08-25 10:50:37 | Weblog
  画は Julien Dupre (1851-1910)


  「The Harvesters」です。



 さて、意外なお話、

・・・・・

 ◆http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20060115 より


 ■IMFの生みの親はソ連スパイだった


第二次大戦が終わる前年の1944年7月、アメリカのニューハンプシャー州ブレトンウッズに44ヵ国の代表が集まり、戦後の国際通貨体制のあり方をめぐって協議が行なわれました。22日間にも及ぶ協議の末、アメリカ代表ハリー・デクスター・ホワイトの提案が、イギリスの代表ジョン・メイナード・ケインズの提案を打ち負かし、いわゆる「ブレトンウッズ体制」という戦後の世界経済の枠組みが決められ、IMFや世界銀行が創設されることになります。

経済学者ケインズは今日でも世界的著名人とされていますが、ホワイトについては、ほとんど歴史から黙殺されています。戦後の国際的な通貨・金融体制を決めた重要人物、ハリー・デクスター・ホワイトとはどのような人物だったのでしょう?

ハリー・デクスター・ホワイトは、1892年、リトアニア移民のユダヤ人の息子としてボストンに生まれました。ハーバード大学で経済学博士号を取得し、同大学講師から1934年に財務省入り。ニューディール政策を担当し、ヘンリー・モルゲンソー財務長官の信頼を得て、対外政策担当の首席補佐官となります。

1945年、「赤色スパイの女王」と呼ばれた米国女性エリザベス・ベントレーとカナダ駐留のソ連軍情報部暗号官イゴール・グゼンコが、それぞれ別々に自首して、ソ連スパイ網の存在を自供しました。

FBIは、ベントレーらの証言とNSAのソ連暗号解読記録をすり合わせて、重要スパイのリストを作成。11月8日にエドガー・フーバーFBI長官名で、ホワイトハウスにトップシークレットの書簡を送りました。その書簡の中にハリー・デクスター・ホワイトや国務省のアルジャー・ヒス(国際連合憲章起草者)、ラフリン・カリー(ルーズベルト大統領首席秘書)等の名前がありました。

フーバー長官(『世界の歴史をカネで動かす男たち』の著者W・クレオン・スクーセンはフーバー長官の部下でした)は、その後も二度続けてホワイトハウスに“政府内に巣食うソ連スパイ”について警告する書簡を送りましたが、トルーマン大統領は、それを無視し、あまつさえホワイトを米国のIMF代表に指名しています。

ホワイトがソ連のスパイであったことは、1996年、機密解除されたCIAの内部資料によっても確認されています。

また、ホワイトは、太平洋戦争開戦直前の日米交渉において1941年11月27日になされた米国側から日本側へ提出された交渉案『ハル・ノート』(米国が日本と不可侵条約を結ぶ条件として、日本が日露戦争以降に東アジアで築いた権益の全てを放棄することを求めるもの)を書いた張本人であるとされていますが、これも後にソ連KGBの元諜報員ピタリー・パブロフの証言によって、『ハル・ノート』そのものがソ連で作成され、ホワイトに提供されたものであることが明らかにされました。

ちなみに、ケインズは、フェビアン社会主義者であり、その妻はリディア・ロポコーヴァというロシア人のプリマ・バレリーナでした。結婚したのが1925年ですから、ロシア革命から8年後、つまり共産主義国の女性です。

そして、ホワイトの妻もロシア系ユダヤ人で、有名な童話作家のアン・テリーでした。つまり、両人とも社会・共産主義と深い関係を持っていたのです。その二人がブレトンウッズで戦後の“資本主義体制”を決定したのですから、まるでミステリーです。

余談ですが、元ニューヨーク工科大学教授、馬野周二氏によれば、時の財務長官ヘンリー・モルゲンソーはロスチャイルドの家系の人間であり、イルミナティに属していました。また、ハリー・デクスター・ホワイトやアルジャー・ヒス、ラフリン・カリーもイルミナティであったとしています。


*Illuminati(Illuminatenorden)

1776年5月1日にインゴシュタット大学法学部長アダム・ヴァイスハウプトという人物が創設した秘密結社。

1784年にバイエルン王国によって(他の結社と同様に)禁止され、ついでに醜聞だの弾圧だのが原因で衰え、わずか10年ほどの活動のみで途絶えた。


その実体については諸説いりみだれ不明。


☆ 弾圧以前にはフリーメーソンのメンバーも多く参加していた。フリーメーソンの上のほうにある組織とも。「三百人委員会」もその組織の一つらしい。

☆ イルミナティとは暁の星、すなわち堕天使ルシファーに由来する名だ。つまりは反キリストである。生け贄を捧げるサタニストの集団であり、キリスト教の破壊を企てている。

☆ イルミナティの掲げた私有財産の否定や宗教の撲滅といった思想がマルクスらによって継承され、共産主義の起源となった。労働者の祭典メーデーが5月1日なのもイルミナティをリスペクトしたものだ。

☆イルミナティは弾圧を逃れるためにメーソンに潜り込み、薔薇十字団との抗争の末にこれを乗っ取った。メーソンが単なる互助組合から陰謀結社に変質したのはこれが原因だ。



・・・・・

 


 
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秋の気配Ⅱ

2007-08-24 10:27:28 | Weblog
  画は歌川国貞(くにさだ)(三代豊国)(1786~1864)より


  『奇術競』より「天竺徳兵衛」です。


 
 さて、引き続きサブプライムの件、


 ◆http://amesei.exblog.jp/  2007年 08月 22日より


サブプライム問題が米国の景気後退、イラン攻撃につながるか。

<中略>

以上のことを考えると、アメリカの景気後退入りは間違いないが、それが大恐慌まで突入する要因になるかどうかはまだ分からない。
ただ言えそうなことは、住宅市場が冷え切ると、911以降のアメリカの景気回復要因の一つだった、アメリカ市民の過剰な投資意欲を下支えする企業活動が行えなくなる。企業は、短期の運転資金を手当てするCPを発行しているが、これも住宅ローン担保債券を裏付けにしたCP(ABCP)の冷え込みが原因で、全体として低迷していくとの見方もあるようだ。
そうすると、企業活動が行えなくなるわけで、実体経済に大きな影響を及ぼしかねない。したがって、CP市場の動向がアメリカの景気先行きを占うウォッチポイントの一つになる、

企業活動が行えなくなると、アメリカとしてはもう一つの景気浮揚策に打って出るしかなくなるが、これは大きな賭けとなる。それでも、次期大統領が経済運営で追いつめられれば、仕方なくイランが暴発したことにして、イラン戦争を行うか、ソ連と同じようにロシアの防衛支出にバランスするだけの防衛配備をMDなどの形で行うかせざるを得なくなる。可能性として一番高いのは、イランと思うけれども、今度はアメリカ単独でやるわけにも行かないので、その最後の手段(戦争経済による景気刺激)にも打って出られなくなるかもしれない。そうすると、景気がどんづまりの状況になって、ドル、米国債、株式が売られて、心理的効果で世界同時株安となるかもしれない。
そうなると、米国発の恐慌という可能性もないわけではない。一九二〇年代のように商品が余って幾ら安く販売しても売れ残りということにはならないと思うが。

しかし、あくまでこれは最悪のシナリオである。しかし、住宅ローンの拡大が、ありえない皮算用によって行われていたのが事実であれば、アメリカの景気後退というムードが続くのはまず間違いないと思う。

私は、夏明けに市場が回復する可能性もあるとみていたのだが、今朝のIHTにブラックストーン・グループのトニー・ジェームズCEOの話として、「レイバーデイ後に投資家が買いに戻って来るという感覚は、あまりに楽観的過ぎる見方だ。これらの問題が解決するには暫く掛かるだろう」というコメントが出ている。これはサブプライム案件のデフォルト問題が終わっていないので投資家も安心できないという意味だろう。

ブラックストーンとしても、今後はヒルトン買収のような大きなディールに出ることは出来ないという判断かもしれないが、一方で、同ファンドは八月になってから、新しいファンドに210億ドル分くらいを投資家から募ったので、安くなった資産を買い集めるということなのか。投資ファンドも、PEファンド形態から、ディストレスファンド(不良債権買収ファンド)に業態を変えていくことで生き残るというところも多いだろう。

要するに、余裕資金があるところは、この大嵐を乗り切ることが出来るが、資金力のない個人は住宅差し押さえ、リストラなどのあおりを受けるということなのだろう。

無理な借り方をした人が住宅を差し押さえられるのは自業自得だが、それ以外の景気全体に与える効果が住宅市場の低迷の場合には大きいから問題なのだろうと思う。

ここ数日の新聞には、contagionという言葉が何度も観られた。これは、サブプライム問題が生んだ不安感(心理的なもの)が世界中の関係のなさそうなところまでも感染していったということを意味するのである。コンピューター・ウィルスではないが、世界が金融商品によるリスクのババ抜きで密接に繋がっている以上、どこにリスクがあるのか分からないという「闇鍋」状態になっているということだ。

繰り返すが、この問題がリセッション程度で済むならばただの調整ということができるが、パニックなど予期せぬ事態が起きて、恐慌までもつれると大問題ということである。新聞マスコミは、調整なのか、大きな景気後退なのかよく分からない報道をする事が多いのである。



◆欧州の短期金融市場、信用収縮続く2007/08/23

【ロンドン=日経新聞 /田村篤士】欧州の短期金融市場で米国の信用力の低い
個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題に端を発した信用収縮の
流れが続いている。資産を担保にしたコマーシャルペーパー(ABCP)の
買い手不在が長引き、発行額が急減。運用資金の調達が難航した
英ヘッジファンドが解約に備え、運用の縮小を迫られた。

 株式相場は小康状態にあるが、市場全般に不安心理が色濃く残っている。

 英ヘッジファンド大手ソレント・キャピタル・パートナーズは米資産担保証券などで
運用するファンドで、運用資金の調達が困難になり、資金を確保するために資産の
切り売りの検討に入った。英銀大手HBOS傘下の投資ファンド、グランピアンも
21日ABCPによる資金調達を断念、HBOSから融資を受けることにした。



◆ネットの声より


☆日本のバブル時、土地は買えば儲かった、買っては売りさえすれば良かったっけ。

そうだよ。
だから地上げ屋なんてのが問題になった。
都内一等地で固定資産税が払えなくて老夫婦が心中するなんて事もあった。
ま、その後の悲劇に比べれば大した事が無かった訳だけども・・・
俺の記憶が正しければその出来事をマスゴミが大きく取り上げた事が切欠で
政府・日銀がバブル潰しに動いたような。
サラリーマンが都内に一戸建てを買えるようにしようっつって
総量規制→金融引き締め→土地税制改悪のトリプルパンチで強制崩壊させた。
その後日本経済完全崩壊へ・・・
土地担保制に日本ではまさに死刑宣告に等しかった・・・
1500兆円もの国民の資産が吹き飛び、日本企業の大半は害資の軍門に下り、
世界最強だった日本経済は見る影も無く凋落してしまった。
当時の日銀・政府・官僚・マスゴミの関係者はみんな死刑でもイイと思うぜ。
現在の欧米の中銀とは全く逆の事やったんだからな・・・orz
とにかく犯罪だよ、当時のマクロ金融政策自体が。


☆9月下旬~10月上旬が見せ場だね。
欧米のヘッジファンドがかんばしくない決算を出すと
取り付け騒ぎがおこり、多数のファンドが潰れる。
ファンドに出資していた銀行も火だるまになってしまう。

銀行は公的機関のようなものだから、公的資金注入は
国民の理解が得られるが、ヘッジファンドは公的要素がないので
政府が救済することはできない。ファンドマネージャーの
自殺が増えそうだ。太く短く生きたと思えば自殺もいいかもね。

あと1ヶ月は小康状態だよ。嵐の前の静けさってやつ?


☆とにかく土地担保制でも無いのに
必死で信用不安を食い止めようとしてる今の欧米金融当局と
土地担保制なのに政府・日銀・マスゴミが一緒になって
強制的にバブルを崩壊させて日本経済を絶頂から
奈落の底に突き落とした日本とは雲泥の差があるって事だな。
米国の指示なのか、売国奴の仕業なのかは知らんが。
金融法廷がもしあるのなら当時の関係者は全て極刑だろうな。
なのに逆に当時窓口指導を仕切ってたA級戦犯の福井が今総裁をやってる不思議。
一度はノーパンしゃぶしゃぶで引責辞任したにも関わらずだ。
辞任後ゴールドマンサックスの顧問として迎え入れられたのも偶然じゃ無いはず。
上がこれじゃあ下々はやりきれないな。




・・・・・





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秋の気配

2007-08-23 10:23:06 | Weblog
 画はVincent van Gogh(1853- 1890)


 「Lane_with_Poplars」です。

 
 当地は今朝は涼しかったですね。

 秋がすぐそば。

 
 さて、サブプライムの件


◆http://tanakanews.com/ 田中 宇(たなか・さかい)

広がる信用崩壊 2007年8月21日 より


<中略>

世界の銀行は、債権を抱えず証券化して売却することを好むようになり、この10年間で、あらゆる債権が証券化され、債券として売られるようになった。小分けされた債券は、リスクの大きさごとに類別され、同じ等級のリスクの複数の種類の債券を混ぜて新商品の債券として売るといった複雑な商品化が行われた。無数の牛や豚の挽き肉を混ぜてハンバーグを作るようなものである。

▼「もう危機は終わったと言っている人は馬鹿」

ハンバーグが元々どの豚の肉だったか判別するのが難しいのと同様、こうした債券は、もともとの債権債務関係を突き止めることが容易でない。だから、アメリカでサブプライムのローンが破綻したことが、どの債券に損失を与えているかを事前に特定することは難しく、実際に破綻が進行していかないと、誰が大損するか分からない。

 今、債券市場で起きていることは、それまで「挽き肉は安くてうまい」と思っていた人々が、何かの事件をきっかけに「挽き肉は何が入っている分からず危険だ」と集団心理で思うようになり、挽き肉が入っていると想像される加工食品はすべて売れなくなり、人々は最も安心確実な「国債」という肉だけを買いたがるようになったようなものだ。

 8月20日、日本の株価は前週末の急落から大きく反発して上がった。日本の個人投資家の間では、前週末に米連銀が貸出金利を下げたことで「もう大丈夫かも」という見方が広がったようだが、実際には、アメリカの事態は全く好転していない。この日アメリカでは、全く売れなくなっている社債市場を蘇生させようと連銀や財務省が非公式に金融界に働きかけた。しかし投資家は社債を忌避して安全な国債を買いたがる傾向をむしろ強め、国債の相場は上昇を続けた。(関連記事)

 社債が売れない状態が続くと、企業の資金調達が難しくなり、実体経済への悪影響が広がり、株価も下がる。連銀や日銀など各国の中央銀行が動き出したことで危機が終息過程に入ったと見るのは間違いで、危機の第1幕が終わり、これからもっとひどい2幕目が始まると考えた方が良い、と8月15日付けのフィナンシャルタイムスの記事は書いている。(関連記事)

 往々にしてプロパガンダ色が強い英エコノミスト誌も、8月16日付けの社説で「市場参加者の全員が売りたい状況なので、資産価値の下落がどこまで、どんな速さで続くのか、誰にも想像がつかない」「今回の危機は(証券化という)金融界の新構造に深く根ざしている(ので深刻だ)。もう危機は終わったと言っている人々は、馬鹿(fool)か、自分の利害を守るために(でたらめを)言っているだけだ」と、事態の深刻さを率直に指摘している。(関連記事)


<中略>


▼アメリカ経済覇権の失墜に至るかも

 今後、清算がある程度終わった段階での世界の金融の景色がどのようなものになるのか、今はまだよく見えない。ただ、これまで世界の消費力を牽引してきたアメリカの経済は、借金や証券化といった、従来より簡単にお金を作れる手法に頼って成立しており、それが全部ではなく一部が清算されるのだとしても、清算が米経済に大打撃を与えずに終わるとは考えられない。

 連銀が危機回避のため、根幹となるFF金利を引き下げるという予測もあるが、連銀が利下げしたらアメリカではインフレがひどくなる。これは米経済に打撃を与えるとともに、ドルの価値下落を意味し、国際備蓄通貨としてのドルの地位を脅かす。利下げしても危険、しなくても危険という板挟み状態である。

 今はまだ、債券市場の崩壊は社債分野のみで、米国債はむしろ社債からの逃避先として買われている。しかし、長期的に見ると、米国債は安心できる投資先ではない。従来、中国やアラブ産油国など、世界の中で外貨を貯め込んでいる諸国は、ドル建てでの貯蓄を好み、米国債を買っていた。米国債(長期債)の半分近くは外国勢が買っている。しかし、米経済の成長が減速したりインフレになったりして、資金をドル建てで置いておくメリットが減ると、米国債も売れなくなる。ドルと米国債の力が落ちることは、アメリカの覇権失墜そのものである。

 国際情勢に対する私の関心の中心は、アメリカの覇権がどうなるかということだ。アメリカの覇権衰退と多極化は、世界の構造を大きく変える。ここ3回ほど、毎回アメリカの金融危機について書き続けているが、この問題を連続して書いているのは、この金融危機が、イラク占領の失敗とならぶ、アメリカの覇権衰退の引き金になっていく可能性があるからだ。


・・・・・


よくある論調に


アメリカと支那が手を結び日本を支配云々・・・


がありますが私は以前より全く不同意です。


支那は何時崩壊しても何等不思議でないし、


アメリカも帝國の終焉に向かいつつあるのであり、


まさに日本の自主独立に向けた体制ずくりこそ


急務であり、それにむけた意識改革が大切だとおもいます。



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残暑御見舞いⅢ

2007-08-22 10:14:15 | Weblog
 画は菊川英山(1787~1867)作

 「初雪」です。


 まだまだ暑いですね。


 さて、くの一 の件、評判悪いですな。


◆http://blog.mag2.com/m/log/0000154606/
国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」2007/08/20 より


自作自演テロに道を開く「防衛弱体化」のための防衛事務次官交代に
抗議するべし
○ 防衛事務次官を強制的に交代させること
○ を小池はやろうとしており、政府で決めたと
報道されているが、
これに対して、われわれは、為政者が予想もしない行動を
とる必要がある。
具体的には、防衛事務次官が勝手に交代されることについ
て抗議することである。
なぜ、こういうかというと、国の防衛ということについ
て一番詳しいのは、
防衛事務次官、つまり官僚のトップだからである。
この人間を交代させることで、防衛は、とても弱体化して
、一番懸念される
「自作自演のテロ」に道を開くことになる。
官僚の人達で事務次官まで行く人間ということは、
信頼できると思われる。
ちょっと思い出してほしい。
われわれは、「外務省のラスプーチン」が悪いこと
をしているというねつ造報道を
信じて「国家の罠」を許した。つまり佐藤優とう
最も優秀な外務官僚と
「疑惑の総合商社」とねつ造して言われた鈴木宗男
を交代させて何を得たか?
われわれは、ロシアとの友好を失い、北方領土の返還
が寸前まで成功しかけていたのを
失ったのである。
われわれは、「亡国の総裁」と言われた、藤井元道路公団
総裁を交代させて
何を得たか?
われわれは、高速道路を外資に売りとばすことが目的で
しかない噴飯ものの「日本道路公団民営化」
を手に入れた。
郵政反対の「抵抗勢力」が以前、自民党から離党して
、多くが落選した。
われわれは、340兆円の国民金融資産を外資に差し
出す最悪の法案を手にしている。
そしてわれわれは、国民所得倍増計画ならぬ、
国民の税金倍増計画を手にしているのである。
一切、この政権を信じてはいけない。
裏があるのである。
いろいろな報道機関に
対して抗議してほしい。
ただし、自作自演というのは言わないほうがいい。
相手はきちんとした資料をみないと信じない。
だから、「これほど防衛が重要であるときに、
小池大臣との個人的怨恨が
元で、勝手に一番防衛に詳しい、
事務次官を交代させるのは、おかしい」
「後任にわざと防衛に詳しくない
人事局長をあてるというのは、
防衛を軽く見ている。」
という趣旨で抗議してほしい。
これが分岐点となるはずである。
あと21日の植草氏裁判もあるが、
為政者側は、あくまで有罪を
目指すはずだから
これについても報道機関に、
この裁判のおかしさについて
抗議してほしい。


◆http://www.pavc.ne.jp/~ryu/cgi-bin/jiji.cgi
太田龍の時事寸評 平成19年08月17日 より

小池防衛大臣は、米国の忠実な走狗!!
守屋防衛次官は嫌米派。……


○当「時事寸評」前号(19.8.16)で、
 小池防衛大臣と守屋防衛次官の権力闘争は、自衛隊諜報機関
 が対米独立の方向にすすみ始めたこと、そしてそれを妨害し
 ようとする米国政府の動向……と関係があるかも知れない、
 と言う趣旨のことを記した。

○「新潮45」平成十九年九月号、百六十頁以下。

○一橋文哉
 「松岡自殺、久間辞任、安倍政権の次なる標的」

○この記事に、

○小池防衛大臣の人事は、
 「守屋防衛次官ら、防衛省内の嫌米国内派を一掃するのが狙い」
 (百六十八頁)

○とある。

○つまり、「直感的に時流を掴むのがうまい小池氏は米国の意向
 に添おうと必死だ」と。

○米国は、安倍に見切りをつけた。

○米国(CIA)の次の標的は、安倍首相自身だ、と。

○「近く彼(安倍首相)のスキャンダルが炸裂すると予言して
 おこう」(百六十八頁)と。

○これは、全く、納得できる観測である。

○安倍が米国の介入によってクビにされる。

○そのあとの、米国の傀儡に予定されているのは誰か。

○米国の要求は、日本軍を米軍の尖兵として、対イスラム全面
 戦争に引きずり出すこと、

○である。

○米国と、そしてその忠実なエージェントとしての、

○防衛省内警察出身官僚、そして自衛隊内の米国の手先とし
 ての自衛隊高級将校を使って、

○自衛隊、防衛省内の嫌米的妨害勢力をたたき潰すこと。

○と成るであろう。

 (了)
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