ギャラリー酔いどれ

売れない絵描きの世迷い言&作品紹介

秋深しⅢ

2007-10-31 10:45:15 | Weblog
 画は歌川広重(1797年)~(1858年)

            &

   歌川國貞(三代豊國)(1786年)~(1864年)作

    

  「雙筆五十三次」シリーズより「三嶋」です。



☆さて、十月も本日で終わりですか。

グンと冷え込んでまいりました。

何やらインフルエンザが流行はじめたとか。御用心々。


纏わりつくゴロツキの件
あいかわらず飛ばしていますが、

◆http://alternativereport1.seesaa.net/ より
2007年10月30日
国家が税金を取るのは犯罪行為

郵政民営化で郵便局の貯金、保険資金は、
ロックフェラーの銀行ゴールドマンサックスの物となった。
この郵便局の資金で、現在中国は核兵器を開発している。
この核兵器は日本を攻撃するために使用される
(拙稿「郵便局=北朝鮮」を参照)。

マスコミが社会保険庁を叩き、年金問題をさかんに取り上げているのは、
日本の年金資金150~200兆円の運用を
ロックフェラーの銀行ゴールドマンサックス、シティバンク等に任せ、
米国への「みつぎ物」にするためである。
「社会保険庁は信用出来ないから資金運用を民営化する=米国に売り渡す」
という事である。

<中略>

 こうして日本国民から絞り取った税金は、
日本政府が購入する米国国債の費用となり、
米国国債という紙切れと引き替えに米国に「みつぎ物」にされる。

 米国は日本の企業と土地を乗っ取るために、
多額のドルを日本円に「両替」する。円を買う。
その円で日本企業と日本の土地を乗っ取る。買われた円は円高になる。
1ドル=120円が80円の円高になると、
1万ドルで売った日本の自動車が120万円から80万円になる。
日本企業は大損する。

 そこで日本政府は円安に誘導する。
日本円を売りドルを買い、そのドルで米国国債という紙切れを買う。
売られた円は円安になり、1ドル80円から110円程に戻る。
日本企業はとりあえず「安心」する。

 つまり米国が日本企業を乗っ取り日本の土地を乗っ取ったその資金は、
そのまま日本政府が米国国債という紙切れと引き替えに、
米国に無料=タダで返却している事になる。

米国は日本から「もらった」金で日本を「乗っ取って」いる。

 日本国家が米国に「みつぐ」日本企業、
土地の乗っ取り資金=米国国債購入資金は、
日本人からの所得税、消費税、財産税という
違法な3重課税により「調達」される。

ヤクザ国家=日本とヤクザのボス国家=米国である。

これが毎日繰り返されている、
円高と円安の裏で起こっている「カラクリ」である。

 こうした「定期的なみつぎシステム」に加え、
さらに時々日本は米国にボーナスを支払う必要がある。
郵政民営化、社会保険庁の年金資金の「みつぎ物」である。

 さらにその次は50兆円の資産を持つ農協の
米国穀物商社による「乗っ取り」である。

 かつてバブルの時期には、世界最大の銀行と言われた
農協を米国穀物商社に「みつぐ」事になる。

 この農協の米国穀物商社による乗っ取りには、
日本のコメ市場の「開放」、日本国内の農薬、
化学肥料販売の80%を独占する農協市場の米国穀物商社=農薬、
化学肥料会社による「乗っ取り」というプレミアムが付加されている。


昨日の記事の関連で、

*世界の海賊件数は14%増、アフリカ海域の激増目立つ
2007.10.16
Web posted at: 20:01 JST
- CNN/AP

クアラルンプール――国際海事局(IMB)の海賊情報センター(本部クア
ラルンプール)は16日、今年の最初の9カ月間における海賊発生件数は計
198件で、前年同期比で14%増を記録したと報告した。ソマリア、ナイ
ジェリア近海の件数が増加したのが目立つ。
うちシージャックされた船舶は15隻、拉致された船員らは63人で3人が
殺害されている。

9カ月間における国別の発生件数ではインドネシアが37件と最多に変わり
なく、ソマリアの26件、ナイジェリア26件などが続いた。ソマリアの前
年同期の件数は8件、ナイジェリアは9件だった。特に軍閥、反政府勢力な
どの武装衝突が続くソマリア近海の航行に注意を喚起、沿岸地域から出来る
だけ遠くの海域を進むよう促している。


☆西欧が手をつっこんだところはみな負の遺産を

抱えることになっていますね。

中東然り、アフリカいたってはグダグダ。

一方、日本の植民地台湾は発展し、対日感情も悪くは無い。

頼まれてイヤイヤ併合した朝鮮も莫大な国費を投下し、

発展させたが、いまだ恩を恩とも思わずかえって仇をなす。

まあ奴隷根性のDNAが染み込んだ民族ですから、

性格がネジマガリ、基地外そのもの。

もう二度と関与したくないんだが纏わりついて離れない。

アメリカ同様鬱陶しいこと限りなし。

そろそろ清算しないと。

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秋深しⅡ

2007-10-30 10:36:53 | Weblog
 画はSir John Everett Millais (1829 ~1896) 作


 「Autumn_Leaves」です。



☆さて、テロ特措法の件。

昨日も証人喚問で取り上げられておりますが、

一部脅迫的に、又大なる貢献として言われるんですが、

日本船舶を海賊から守ってやった云々。

これって変な話になっているんじゃないかと?

日本は原油を大量に相場値段で買ってくれ、

支払いも確実な産油国にとっての上得意客だとおもうんですが。

その客の側にルートの安全を確保する責任と義務があるんですかね?

変だとおもいませんか?

むしろ顧客に確実に商品を届けるのは販売元の義務のはず。

海賊から顧客を守るのは産油国だとおもうんですが。

そうはいかんのが国際関係だと言う声が聞こえますが、

道理はこちらにあると思いますよ。

海賊というのは基本的には裏に貧困があるわけで、

湾岸関係諸国の共同出資で何等かの基金を設立し日本も

これに出資、運営の指導・援助をしてあげること。

取り締まりに必要とあれば高速警備艇を輸出すればよい。

武器輸出三原則とやらは気にする必要なしですよ。

国益が大事です。

中東というのはそも々イギリスが手をいれてから

おかしくなったわけで、いまはその野望をアメリカが引き継いで

好き勝手をやっています。日本は手を汚してはおりません。

「テロ」自体が自作自演の狂言じゃないかと言われるこの頃。

己が身の不始末を「国際世論」の名を騙り他国に

押し付けているわけでまことに迷惑千万な話なわけです。

何も恥じることなし、堂々と撤収すればよいのです。  




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秋深し

2007-10-29 10:57:20 | Weblog
  画は歌川 國芳(1798~1861) 号は一勇斎 作


  
 「甲越勇将伝 上杉家廿四将」より

 「松本 杢助」です。



☆一戦の覚悟を忘れてはならんと思います。


★尖閣諸島領海内への侵入、政府が中国政府に抗議
(2007年10月29日1時43分 読売新聞)

政府は28日深夜、尖閣諸島付近の領海内に中国人活動家が
乗っていると見られる船が侵入したことを受け、
外務省を通じ中国政府に対し「尖閣諸島は我が国固有の領土であり、
このような事態が発生したことは極めて遺憾で強く抗議する」
と申し入れを行った。
これに対し、中国側は尖閣諸島は自国領と主張したうえで
「申し入れは受け入れられない」と回答した。


☆きのうの竹島の記事同様、舐めきっているわけです。
警告無視即撃沈でいいのです。
支那人、鮮人は口先だけの根性なしですから、
撃たれるとわかれば寄ってもきませんよ。
手癖の悪い寄生虫に甘い顔は禁物です。
基地外が言うには沖縄も支那の版図だそうですから。


一方、ダメリカ
◆http://alternativereport1.seesaa.net/ より
2007年10月28日
有色人種を絶滅させろと主張するアメリカ大統領

 
「日本人のような有色人種は人種的に劣った人種であり、
核戦争により絶滅すべきだ」と強硬に主張する
キリスト教原理主義教会の信者は、アメリカ国民の25%、
4人に1人に達している。
ブッシュ大統領もこの教会の熱心な信者であり、
この教会の指導者達がネオコン派の政治家として米国を動かして来た。

このキリスト教原理主義教会の代表的な宣教師
ビリー・グラハムが、長年アメリカ合衆国の大統領就任式に立ち合い、
大統領の手を聖書に置かせ「神に誓う」宣誓式を取り行って来た。

大統領が宣誓し忠誠を誓う神は、
もちろん「日本人のような有色人種は人種的に劣った人種であり、
核戦争により絶滅すべきだ」と強硬に主張する「神」である。

キリスト教原理主義教会を全米に拡大させたビリー・グラハムの
その最大の資金源は、長年米国の敵国であったソ連(ロシア)と
石油の密輸を行って来たオクシデンタル石油である。
オクシデンタル社は、今年ノーベル平和賞を受賞した
アルバート・ゴア元副大統領の企業である。

つまりゴアは環境保護と同時に、
「日本人のような有色人種は人種的に劣った人種であり、
核戦争により絶滅すべきだ」と強硬に主張した「ために」、
ノーベル「平和」賞を受賞した事になる。

現在、中国の水田で生産されているコメの25%は、
単位面積あたりの収穫量が高くなるよう、
遺伝子組換えの行われたコメであり、
日本のコメ輸入自由化をニラみ、中国では日本への輸出向けコメの
増産が図られている。

この遺伝子組換えコメの種子を「開発」した企業が、
オクシデンタル社とロックフェラーのカーギル社である。

「日本人のような有色人種は人種的に劣った人種であり、
核戦争により絶滅すべきだ」と強硬に主張するオクシデンタル社が
アジア人、中国人、日本人「向けに開発した」遺伝子組換えのコメは、
「単に収穫量が高くなる」だけの「遺伝子組換えしか行われていない」
のであろうか。

あるいは生殖機能が低下したり、
「有色人種にだけ発病するような遺伝病」が、
20~30年後に「原因不明の病気」としてイッセイに発病するように、
遺伝子組換えが行われているのではないだろうか?


☆支那とダメリカは一蓮托生になりつつありますね。

勝手につるんで滅んでくれていいが、

迷惑をかけぬようにしてほしいですな。

現行の国連の空疎なことよ。

日本は備えを怠らぬことだと思います。





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燈火親しむ候Ⅲ

2007-10-28 15:27:25 | Weblog
 画は Leonard Tsuguharu Foujita 

 (藤田 嗣治 Fujita Tsuguharu,1886~1968) 作

 「母子像」です。



☆さて、MLB 松坂やっと意地を見せた

といったところでしょうか。

岡島は酷使状態ですな。

金に汚いアメリカ人、

こいつらにとやかく言われたくないものです。


本日の道新の一面に藤田 嗣治画伯の幻の大作

「構図」「戦争」それぞれ二枚の修理が終わったとの記事あり。

縦横3mの大作のようですね。いずれ日本にも来るとのことです。

藤田画伯は浮世絵の伝統を受け継ぐ名人です。(江戸っ子)

面相筆による線描を生かした独自の技法、見事な腕前。


その藤田画伯の終焉の地フランス


◆高山正之の異見自在より

アジアの「日の丸」観 「迷信」打破の旗振り役
[1999年07月10日]


 一九四〇年(昭和十五年)、パリが陥落し、ドイツ肝いりのビシー政権が誕生すると、日本はそのビシー政権に、北部仏印に軍を出したいと通告した。

 日本は当時、重慶の蒋介石政府にてこずっていた。重慶を落とすにはその糧道、いわゆる援蒋ルートを叩き潰すのが最も効果的で、それにはこの仏印進駐が作戦上どうしても必要だった。幸いというか、その仏印を握るフランスに同盟国ドイツの息のかかった政権ができた。友だちの友だちはみな友だちである。当然、友好的に受け入れてくれるものと考えた。

 しかし、当のビシー政権を含めた欧米はそんな単純な受け止め方はしなかった。日本の仏印進駐は「十五世紀、バスコ・ダ・ガマの到来で始まった白人によるアジア支配に初めて亀裂を入れる」(英歴史学者クリストファー・ソーン)ことになるからだ。

 ビシー政権は英国に置かれたドゴール仏亡命政権に泣きつき、ドゴールは米国に助けを求めた。米国はフランスに特使を派遣し、相談のうえでドイツを通じて日本に再考を促すよう働きかけた。

 アジアの植民地は欧米諸国の大きな財産だ。「だれにも侵させない」という暗黙の了解があって、たとえお互い戦争していてもその点では助け合っていたわけだ。

 しかし日本はそういう思惑にはまったく鈍感で、通告通りさっさと仏印へ向かい、国境にある仏軍の要塞から激しい砲火を浴びることになる。

 かくて日本軍との間で戦闘が始まる。最初のうちこそ数倍の兵力を持つ仏軍の勢いはよかったが、やがて突撃を繰り返す日本軍の前に戦意を失い、ドンダン要塞は数時間で陥落した。日本側十五人、仏側四十人が戦死した。

 この攻防を一人のベトナム人が間近で見ていた。道案内をした反仏活動家、陳中立(チャン・チュンラップ)である。

 彼の知る故郷は仏植民地政府の下で百年悲惨のどん底にあった。人々は高額の人頭税に泣き、そのために十歳の子供が炭坑でトロッコを押さねばならなかった。人頭税だけでなく葬式にも結婚式にも課税された。阿片も政府が売りつけ、国中に中毒患者があふれていた。「ニョクマムのビン法」というのもあった。ふたのない容器は非衛生的という口実で「仏製のビンを強制的に買わせて」(A・ビオリス著「インドシナSOS」)金を巻き上げていた。

 人々は当然、反発するが、そうすれば植民地軍が徹底的に殺しまくり、首謀者はギロチンにかけ、生首を街中にさらした。

 白人にはかなわない、というのが百年の歴史の教訓だった。その白人が今、自分たちと同じ肌の色の日本軍の前に逃げまどい、両手を挙げているのである。

 陳はその場で同胞に決起を呼びかけた。あっという間に二千人が集まり、彼らはハノイの仏軍をやっつけに山を下りだした。

 しかし、その数日間のうちに事情は変わっていた。ビシー政権は日本の進駐を認め、友好関係が樹立された。つまり日本軍は陳を支援できなくなっていた。「勝てる相手ではないと何度も忠告した。でも、白人には勝てないというのが迷信だと分かっただけでも大きな力になると笑って出ていった」とベトナム協会の西川捨三郎氏は当時を思いだしていう。

 日仏の小競り合いと日本軍の勝利のニュースはすぐにタイにも伝わった。そして驚いたことに、英仏に領土を好き放題奪われてきた“おとなしい国”が突如、領土回復を図って仏印に攻め込んだのである。講和条約は東京で開かれ、タイは希望を一部かなえた。

 オランダ領インドネシアにも同じ現象が起きた。この国の人々もまた百年、ご主人様の「ビンタにおびえながら働かされ、食事がきちんと与えられる刑務所の方がましとさえ考えていた」とR・カウスブルックは「西欧の植民地喪失と日本」の中で書いている。

 その地で日本軍はあっという間にご主人様をやっつけてみせた。八万二千人の連合軍がこもるバンドン要塞はたった三千人の日本軍の前に降参した。人々は陳のいう「迷信」から覚めていった。

 日本が敗れて消えたあと、戻ってきたオランダと人々は戦った。四年間戦って約八十万人が殺されながら、戦いを放棄しなかった。そして独立を得た。

                 ◇

 日の丸をめぐって「日本に侵略された東南アジアの国の人々はどう思うだろう」といった否定的論調が国会や新聞で目につく。

 この文章には誤りがある。当時は「国々」などアジアにはなかった。あったのは欧米諸国の植民地だけで、侵略された主体はそういう宗主国になる。

 おかげで彼らは植民地を失ったのだから日の丸にいい感じはもっていないのは当然だが、この論調はそういう意図ではない。

 どうしても「現地の人々が日の丸をうらんでいる」風にしたいらしいが、歴史はむしろ「日本の侵略」で、人々が宗主国と戦う自信を得ていったようにみえる。

 陳中立に聞きたいところだが、彼の軍隊はハノイを前にして仏軍に待ち伏せされ全滅している。しかし、迷信を捨てた人々はその遺志をつぎ、さらに四十年戦って独立を果たす。



☆西欧人には弱みをみせてはならぬということです。

彼ら勝つ見込みが薄くなれば存外ネバリがない。

自主防衛がいかに基本的なことで大切なことか。

日米安保は国家を国民を腐らせる体制です。

自国は自国民で守る、この気概を失ってはならんと思います。







  
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燈火親しむ候Ⅱ

2007-10-27 11:24:17 | Weblog
 画は Alfons Maria Mucha (1860~1939) 作


 「Hamlet_1899」です。



☆さて、クズの鮮人どもが相も変わらず、

◆産経新聞 2007.10.25 14:08 より
違法操業取り締まりを 島根など3県が竹島問題で要請


島根県の溝口善兵衛知事や鳥取県の平井伸治知事、
兵庫県の五百蔵俊彦副知事は25日、
政府に対し竹島の領有権問題の早期解決や、
韓国漁船による竹島周辺での違法操業の
取り締まり強化などを要請した。

陳情には各県選出の自民党議員も参加。政府側からは水産庁、
外務省、海上保安庁の幹部が出席した。
3県は竹島問題について
(1)排他的経済水域の境界画定交渉の進展
(2)韓国側の違法なベニズワイガニ漁などの取り締まり強化-を求めた。


こいつらにいつまで甘い顔をし続けるのかね?

警告無視は撃沈あるのみ。舐めきってるわけですから。

国交を断絶をすべきです。もはや国民の多数意見でしょう。

大嫌いな日本から何故離れないのか?

宗主国たる支那の属国が一番心地よいはず。近寄るな!


*戦後、韓国の初代大統領となった李承晩という男は
1952年に後に李承晩ラインと呼ばれる漁船立入禁止線を
国際法を無視して公海上にひいて、
その線内で漁を行なった日本漁船を一方的に拿捕し
その中には銃撃によって殺された者もいた。
日本は未だに自衛隊さえも持たず、
米軍占領下であるため反撃も十分に出来ないことを
見透かした上での卑劣な行為であった。
1965年(昭和40年)の日韓漁業協定の成立を機会に
それまでに抑留された4千人近い日本人の返還を訴えた日本政府に対して
韓国政府の要求した条件は驚くべきものだった。
なんと、
日本人抑留者の返還と引き換えに、
常習的犯罪者あるいは重大犯罪者 (殺人、強盗、強姦等の犯罪者) として
収監されていた在日韓国人・朝鮮人472人を
収容所より放免して在留特別許可を与えよと要求したのである。

もう一度言うが
犯罪者を釈放してしかも祖国に帰せと言うのではなく
「日本国内において在留許可を与えよ」と言ったのだ。

ヒトラーやスターリンでもここまで図々しく、
卑劣な要求はしないであろう。
日本人は決して朝鮮人の行なった
これら卑劣極まりない行為を忘れてはならない。

朝鮮人の本質は相手が弱いと見るや
略奪・暴行を平気で繰り返すという民族性だ。

(戦中の捕虜虐待、引き揚げ邦人にたいする略奪・暴行・殺人、
戦後の混乱期の悪虐無法等枚挙にいとまなし)

連中が誠実とか平和などと言っても
決してだまされてはならない。

(息を吐くように嘘をつく民族性・裁判は偽証だらけとか)

*李ライン廃止までの日本人抑留者数、拿捕された船の数、死傷者数

・抑留者数:3929人(刑務所以下の環境)

・拿捕された日本漁船数:328隻(漁船没収)

・日本人死傷者数:44人(遺体返還せず)


☆品性も下劣、だから「人もどき」と言われる。

*ttp://www.new-right.com/read.php?cataId=nr02000&num=886
より
ソウル大教授が「独島問題は国際裁判所では必ず韓国が負ける!」と。


独島問題は歴代政権は黙っていました。解決できないからです。
独島関連資料は日本の方がたくさん持っています。
日本は1905年に既に独島に対する国際的認定を受けているからです。
独島問題を国際司法裁判所で争ったら、
文献と証拠をたくさん持っている日本が勝ちます。
盧武鉉政権が独島問題を国際司法裁判所に委ねないのは、この為です。
1つの肉(独島)を2匹の犬(韓国と日本)が争っているのです。
1匹(韓国)が肉を噛んだら、直ぐに逃げて、食べたら良いのです。
他の犬(日本)に吠えて、肉を離すのは、愚かな事です。
独島問題の解決方法は…。 「黙る事」(黙って食べる事)です。
韓国は、実質的に独島を領有しているのです。
心配する必要はありません。 騒げば、損になるだけです。


☆例えがまさに鮮人でイヤラシイ。

身の程を知らせてやればよいのです。

部材、部品、マザーマシンすべてストップすること。

一発も打たずとも崩壊するでしょう。

朝鮮併合は明治政府の致命的ミス。

恐露病をイギリスに煽られたわけです。放置が正解だった。


こうして書いているだけでムカツキますな。















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燈火親しむ候

2007-10-26 10:30:05 | Weblog
  画は歌川 國芳(1798~1861) 号は一勇斎 作


  「石橋 早竹虎吉」です。

  
  本日はサーカスの日なんだそうで。


  *1871(明治4)年、東京・九段でフランスの「スリエサーカス」
  
  による日本初のサーカス興業が行われました。



☆さて、火事場泥棒ロシア、こんな記事が。

◆(2007年10月24日23時18分 読売新聞) より

【モスクワ=緒方賢一】ロシア紙「コメルサント」は24日、日本がロシアに対し、北方4島のうち国後、択捉両島の地位に関する交渉継続を条件として平和条約を締結するよう非公式に打診したと報じた。
タス通信の東京支局長が執筆した同記事によると、新たな案は、平和条約を締結し、日本がロシアから歯舞、色丹の2島引き渡しを受けるとともに、条約に国後、択捉の帰属問題は係争中であると明記するというもの。条約締結の際、両島に関する交渉継続にロシアが同意することが必要としている。公式に提示されたものではなく、露側の「感触を探る」段階という。

一方、日本の外務省は24日、「報道されたような提案をしたことはない」と否定した。


とあります。以前ならバッサリ返り討ちで終わりですが、

この北の泥棒国家、うまく利用する価値無いわけではないかも。


*:間ヌケの宮:2007/10/21
アメリカも中国も原油輸入国だ。アメリカは油田が枯渇し始めている。だから原油の輸入はハンディなのだが、
決済がドルである以上、価格の高騰はドル需要の増加になるのでまんざらではない。
苦しいのは中国だな。

(☆そうでもないな、今後ユーロ決済、ルーブル決済が
増えてゆくかと)

ところで最大の目玉はロシアだ。この資源インフレの恩恵を最大限に享受するのがロシアでね、
大砲よりも原爆よりも威力のある武器が原油・天然ガスというわけだ。ロシアの財政的潤いは想像を絶するよ。
北方領土を返しても政権にキズがつかないというのはそういうわけなんだ。
昔のロシアじゃないよ。金満ロシアだ。

地政学と言うのも悪くないが、この資源インフレ・トレンドの分析にはあまり役立たんと思う。
発想を変えなきゃダメだね。不凍港を求めてあくなき南下意欲にかられた昔のロシアじゃない。

さて、問題はこの資源インフレのトレンドに、ロスチャイルドとか
ロックフェラーなどが乗りそびれたということだ。
プーチンが彼等を追い出したことの意味をもう一度この文脈から考えないとわけがわからなくなるよ。

(☆露助はユダヤ嫌いなようだね、ユダヤ系はイスラエルへ大量に移住してる)

マネーの覇権はオイルダラーとロシア・マネーに移行しつつあると見ている。
それほど原油高騰のもたらした変化が劇的であったということだ。
古臭いユダヤの陰謀説はいったん白紙
にして、もう一度観点を組みなおした方がいい。

そして、問題はそのロシア・マネーが怒涛のように日本に上陸し始めたということなんだ。
この流れから日露関係を考え直していく。ロシア、ロシアと絶叫するのはそういうことです。


*2島返還後に交渉継続は実は1956年に一度合意してたのに、
日ソ関係がよくなりすぎるのを恐れたアメ公の介入で話が頓挫した。
国後や択捉を日本政府ははじめ放棄した千島の範囲に含める気でいたのに、
アメリカの後押しにまんまとだまされた。
現状のみ見て判断すると、この問題の本質を見誤ることになる。

*エネルギー安保考えりゃ~ロシアはこれから日本に取って最重要国になるかも知らんね。
総体的に米国の力は落ちるだろうし。
朝鮮黙らせる上でも中国黙らせる上でも重要だな~。
なんせ米国以上の核弾頭持ってるし。

*これはアドバルーンなのかなあ。そうだとすれば、ロシア側からロシアメディアへ
リークしたんだから、ロシア国民の反応を見るためのアドバルーンってことになるよな。
ロシア国民の反応を見るためにアドバルーン上げたってことは、基本的にはロシアは
平和条約結びたがってるってことだよね。それとも日本側も日本国民の反応を
みようと両国合意の上の策略か。


☆ある意味アメリカの性質の悪さは露助以上かと。

火事場泥棒への日本人の怨みは消えることは無いでしょうが、

いまだ原爆投下を正当化してやまぬゴロツキが居座っております。

まさにどっちもどっちも。

ただ、対米一辺倒は愚策です。もう内幕バレ々。

粗暴で酒乱な北極熊と、狡猾な金の亡者の殺人鬼、

さあお立会い、サーカスでございまするが、

ここは国益に徹することです。





 
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行く秋やⅢ

2007-10-25 10:19:38 | Weblog
 画は歌川広重(1797年)~(1858年)

 号は一立斎 作

 「諸国名所百景」より

 「紀州熊野 岩茸取」です。



☆さて、明けがたなどグンと冷え込み初霜がおりました。

山々も一気に色付きはじめました。秋の盛りですね。

稔りの秋でもあります。

浮世絵はご先祖の皆様方の日々の暮しぶり、風俗が

よくわかりまことに見ていて勉強になるし楽しい。

江戸時代というのは存外、豊かな時代ではなかったかと。

Goghは日本を憧憬することはなはだしく、Monetが

受けた影響は極めておおきなものがあります。

そんな日本でしたが、

ペリーの恫喝砲艦外交から暗雲がさしてきたわけです。


◆http://www.senyu-ren.jp/SEN-YU/00083.HTM より

愚直な日本とあこぎな米国

産経新聞編集委員 高山 正之


歴史、とくに近代史を見ると、日本人というのは本当に愚直な、それも「愚」にアクセントがくる印象を与える。

例えば、数年の間隔で起きた日露戦争と米西戦争だ。二つの戦争の動機は同じだった。日露戦争(1904年)は、日本の脇腹に位置する朝鮮半島をロシアが取ろうとした。そんなところに掠奪と強姦の代名詞みたいな連中が来た日には、日本の安全など消し飛んでしまう。だから日本は「わが国の安全保障のために」宣戦布告して戦った。

一八九八年の米西戦争も同じように、北米大陸の脇腹にあるスペイン領キューバが米国の不安材料だった。「いつか敵対国の手にわたったら」という危惧は、実際に六十年後、あのキューバ危機で現実のものになったが、米国はそれを先読みして戦端を切った。ただ、自国の安全保障という直截な言い方はしなかった。「植民地支配にあえぐ人々の自立のために」、米市民が立ち上がった、と。

このとき海軍次官だったのがセオドア・ルーズベルトだった。彼は友人のアルフレッド・マハンの言葉を入れ、太平洋戦略の基地としてスペイン領フィリピンの奪取作戦も取り込んだ。そしてスペインに抵抗していたアギナルド将軍に、独立支援を餌にマニラ攻略の共同戦線を張った。

米西戦争はスペインがさっさと降伏して翌一八九九年には終わったが、ロサンゼルスにあるこの戦争記念碑には「一九〇二年」とある。これは、アメリカに裏切られて抵抗するアギナルド将軍とその一派を、米軍が完全に掃討し終わった年を意味している。

米上院へのレポートでは、サマール島で三十八人の米兵が殺された報復に、この島とレイテ島の住民二万余人が虐殺されるなど、二十万人が殺された。

この中には拷問死も多く、アギナルド・シンパとされた市民が逮捕され、「ウォーター・キュア(水療法)」の拷問を受けたと報告書は伝える。これはあの魔女裁判と同じに数ガロンの水を飲ませ、それでも白状しないと「膨れた腹の上に尋問の米兵が飛びおりる。彼らは口から数フィートの水を吹き上げ、多くは内臓損傷で死んだ。」(同報告書)

そうやって平定したことを記念する前述の碑には、「植民地支配にあえぐ人々に自由の手を差し伸べた米軍兵士たちに」と記す。

よく言うぜ、と思う。だからあの国は力はあるけれど、いまだに信頼感の低いままなのかもしれない。


策士、ルーズベルトに踊らされた日本

さて、その策士、ルーズベルトが大統領になったとき、日露戦争が起き、東洋の小さく貧しい日本が勝った。日本海海戦の勝利が伝わると、ニューヨーク・タイムズは「制海権を握った日本はウラジオストックを取って、この戦争を終わる。ロシアはシベリアの半分を割譲するだろう」と伝えた。それぐらいが近代戦争の相場だった。

しかし、その記事の出た翌日、ルーズベルトは日露講和の斡旋を名乗り出る。そしてポーツマス条約にいたるが、彼はこの時期、フィリピン領有の次の太平洋戦略の手を打っていた。コロンビアの一州を煽動して、反政府独立運動を起こさせる。彼はそれをキューバのときと同じように、「自由を求める人々に」手を差し伸べて独立支援をする。独立した州に、米国はその返礼として運河用地の租借を要求する。これが、大西洋艦隊が太平洋にすぐ回航できるためのパナマ運河である。

そして彼はもう一つ、大きな戦略プランを立てる。日本を仮想敵とした「オレンジ作戦」である。

そんな人物が、真剣に日本のためになる講和をやるだろうか。しかし、日本は愚直にも彼の善意を信じた。その結果が、賠償金は一銭もなし、領土割譲もシベリアなどとんでもない、わずかにロシアがもっていた満州の権益だけに終わった。

ドイツの駐北京大使の報告書がある。日露戦争のあと、中国は日本の勝利を両国民が手をとって喜び合い、さらに多くの若者が日本に留学している傾向を伝え、彼は、「中国の日本化が進めば欧米諸国の権益がそこなわれる。英米共に協力して日本を抑え込むようにすべきだ」と提案している。日本が中国と手を携えれば、、「大いなる脅威」だと、古くはロシアのゴローブニンがいい、その後ムッソリーニも、スチムソンも言葉を変えていっている。

中国領の満州を日本に与えれば将来どうなるかは、容易に想像がつく。事実、満州を巡る日中間のトラブルはそのわずか二十年後に火を噴き、欧米の脅威だった「日・中が手を握れば」は夢と消えてしまった。

しかし、何度もいうように、日本はあまりにも真正直で、愚直だった。この偉大なる策士の策を見抜けなかった。

日中間の紛争は欧米の蒋介石支援という形で泥沼化し、そして真珠湾、東南アジアへの戦火拡大へと進むが、これもルーズベルトの戦略の最終ステージだとみればよい。

問題はなぜ、欧米がここまでだまされやすい日本を煙たがるのか、ということだ。


他人をだます、"大義" ではなく、
行動で示した日本の生き方

もちろん、その背景には白人キリスト教国家の世界支配にとって、考えられる唯一の脅威だったこともある。

実際、この小さく貧しい黄色人種は、植民地の住民の前で三百年も君臨してきた白人を苦もなく追い散らし、白旗を掲げさせた。それは彼ら植民地の民に自立を促す大きな刺激となり、永遠と思われた植民地帝国主義を「ある意味で慈悲深く速やかに終わらせて」(クリストファー・ソーン)しまった。

しかし、最も重要なことは、例えば米国がフィリピンでやったようなまやかしを、あるいはアヘン禁止のハーグ条約を締結しながら、英・仏などが「自国植民地では留保」をつけてベトナムで、マレー半島でアヘンを住民に売りつける背信行為を、さらには「後進地域の福利教育を促すのが神聖な使命」(国際連盟条約)と神の名までかたって実際は愚民化政策と搾取を続ける非道を、日本は一切やらなかったことにある。

その真正直さゆえに、だから、日本がやってきたことは多くの被支配国の人々を揺さぶれたのだと思う。東南アジア諸国が独立したのも、前述したような日本兵士の強さに触発されただけでなく、それ以上のものがあったことは、独立後に示した脅威の経済発展にもうかがわれる。あるいは最近、解禁された米国公文書には、黒人民権運動の底流が日露戦争によって生まれたことを示してもいる。

日本と深くかかわった台湾の人が今、リップンチェンシン(日本精神)こそ「上に媚びへつらい、下にいばり散らす偏狭な民族性とカネしか信用しない中国人の悪性から台湾人を解放した」(蔡焜燦氏)とも。

米国は大声で「正義」を語る。自由のためにともいう。それが米国の大義だと。それがどんなものかは歴史が証明している。しかし日本は他人をだますための大義を口にはしなかった。行動で示してきた。日本の生き方は今も歴史を動かしている。


(注)  この記事は日本会議発行の「日本の息吹」8月号より転載しました。




 

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行く秋やⅡ

2007-10-24 09:59:30 | Weblog
 画は歌川広重(1797年)~(1858年)

 号は一立斎 作


 「名所江戸百景」より「逆井乃わたし」です。



*名所江戸百景 逆井のわたし
江戸時代、幕府は江戸防備の観点から容易に近隣諸川の架橋を許さず、川を渡るには渡し舟によるほかはなかった。中川を渡るものとしては、亀有村から対岸新宿(にいじゅく)村へ渡す新宿の渡しが有名だが、南の方では、亀戸村から対岸西小松川村へ渡す逆井の渡しもよく知られていた。この渡しは、江戸から竪川通り亀戸村を経て、下総佐倉に通じる元佐倉道の要衝であった。



☆いつまで、こんなアホらしいことを続けるつもりなのか?

自民じゃダメなら政権交代あるのみでしょう。


*年次改革要望書:1993年(平成5年)7月の宮澤喜一首相と
ビル・クリントン大統領との会談で決まったものとされている。
関岡英之『拒否できない日本』によれば、
最初の要望書は1994年(平成6年)であった。


◆http://amesei.exblog.jp/より

2007年 10月 23日
「年次改革要望書」の最新版発表される

私も知らなかったのですが、10月18日に、アメリカUSTRが本年度版の「年次改革要望書」を発表したようです。

政府のIT化に関して、アクセンチュアの意向が反映されているような文言、食品添加物の審査を甘くしろ、共済を民間と一緒の競争条件にしろ、外弁法をもっと緩くしろ、(行政書士や司法書士や社労士業界が参入を目論んでいる)ADR(裁判外紛争解決)業務を外弁に回せなどの項目、それからFedEXを意識した項目が多いのが、とりあえずは目につきました。

アメリカのローファームやADR関連法律ビジネスが、日本の書士業を呑み込むという狙いだろうね。タダでさえ、新司法試験と外弁法の既改正分で、司法試験あぶれ組が司法書士や行政書士試験や社労士試験に流れてきているわけで、アメリカという巨大法律事務所が「司法占領」を行うことで、書士業まで再編の機運が高まっているというわけ。
<略>


☆恫喝のオンパレード、内政干渉そのもの。

*1997年 独占禁止法改正・持株会社の解禁
*1998年 大規模小売店舗法廃止、大規模小売店舗立地法成立
平成12年(2000年)施行)、建築基準法改正
*1999年 労働者派遣法の改正、
人材派遣の自由化(以後、ワーキングプアが激増する。)
*2002年 健康保険において本人3割負担を導入
*2003年 郵政事業庁廃止、日本郵政公社成立
*2004年 法科大学院の設置と司法試験制度変更
*2005年 日本道路公団解散、分割民営化、新会社法成立
*2007年 新会社法の中の三角合併制度が施行  等々。


☆アメリカはこんな国でもあります。

金の亡者、死神。

◆http://alternativereport1.seesaa.net/ より

2007年10月24日
人類を絶滅させる遺伝子組換え技術

中国に1万種類の品種のあった小麦は、現在1000種類に減少している。

米国に7000種類あったリンゴの品種は、現在1000種類に減少している。

これは、モンサント社等の遺伝子組換え小麦、リンゴに作付けが「単一化」し、他の品種が絶滅した結果である。

この失われた9000種類の小麦の中に、また6000種類のリンゴの中に人類が抱える様々な病気の治療に役立つ天然の成分が複数含まれていた可能性があり、それ等は遺伝子組換え小麦、リンゴの作付けの「単一化」で永久に失なわれてしまった。

これは人類が数万年かけて蓄積して来た様々な生物、植物、生態系に対する犯罪であり、ナチスの行ったユダヤ人虐殺=人種絶滅と類似した「品種絶滅」である。

収穫量拡大という目先の利益のために、圧倒的多数の品種から「生きる場所と権利」を奪ってしまったのである。いったい、人類には圧倒的多数の品種に対して「あなた達は生きる権利が無い」と宣告する権利をいつ手に入れたのであろうか?しかも金儲けのために。

これは未来の人間と病気の闘いにおける「人類生き残りの道」を、遺伝子組換え食品が1つ1つ潰している事を意味する。遺伝子組換えは人類の生き残りに対する犯罪である。







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行く秋や

2007-10-23 10:20:57 | Weblog
 画は歌川広重(1797年)~(1858年)

 号は一立斎 作

 「諸国名所百景」より

 「若狭 かれゐを制す」です。



☆さて、MLB 岡島よかったですね。

松坂は捕手との相性がよくないかも、

意外に大きな要素だと思いますよ。勝負事は微妙なもんですから。

盛り上る満員の観衆。そして熱狂。が、

病んだ超格差社会、忍び寄る、いや、顕在化しつつある経済崩壊。

何やら、ヤケッパチ、そんな気分を感じるのは小生だけでしょうか?


◆ラフサンジャニ師が新議長/最高指導者の後継に影響力

2007/09/04 20:14 四国新聞 より

 【テヘラン4日共同】イラン最高指導者の任免権がある専門家会議(定数86)の新議長に、保守穏健派のラフサンジャニ最高評議会議長(73)が4日選ばれた。国営テレビが報じた。健康不安説もささやかれる最高指導者ハメネイ師(68)の後継を将来選ぶ場合、ラフサンジャニ師がまとめ役として影響力を発揮することになる。

 ラフサンジャニ師は41票を獲得し、保守強硬派のジャンナティ師は34票で敗れた。ラフサンジャニ師は最高評議会議長も兼任するとみられる。

 ラフサンジャニ師は、保守強硬派アハマディネジャド大統領の最大の政敵。2008年3月の国会選挙、09年夏の大統領選をにらんで、指導部内での権力闘争は激化しそうだ。

 ラフサンジャニ師は1989年から2期8年、大統領を務めた保守派の重鎮。2005年の大統領選に再出馬したが、決選投票でテヘラン市長だったアハマディネジャド氏に敗れた。

◆http://zeroplus.sakura.ne.jp/u/2000/0325.html

恨みが動かす国際社会 忘れる日本人が異質?
[2000年03月25日 東京夕刊] より

 イランの今度の総選挙では元大統領のラフサンジャニ師率いる穏健改革派を追い越して、もっと急進的な改革派が勝利した。

 ホメイニ師の時代から開明的、国際派といわれ、一時は改革の星にも祭り上げられたラフサンジャニ師はちょうどソ連崩壊時のゴルバチョフにもなぞらえられそうな微妙な立場に置かれることになるが、そのイラン一の切れ者が何年か前に日本にやってきた。

 イラン人の心情と日本人のそれはよく似ていると師はよくいう。実際、高倉健の「幸福の黄色いハンカチ」がテヘランのバリアスル広場近くの映画館で上映されたとき、場内はもうだれはばかることない号泣で埋まり、こっちがびっくりしたほどだった。

 師の希望で日程には長崎の原爆記念碑公園も入っていた。原爆はその真上、ほぼ五百メートルの高さでさく裂した。この高度が最も広範囲に、そして最も大きな殺傷力を発揮するというロスアラモス研究所のはじき出した冷酷な計算に基づくもので、事実その通り一瞬にして数万の市民が焼き尽くされた。

 凄惨なまでの記録を見たラフサンジャニ師は周りの日本人記者に「これほどの仕打ちをした米国をどう思うのか」と聞いた。聞かれた記者たちはきょとんとし、昔のことだし、憎しみも風化した、というようなことを答えた。

 師はその答えに驚いたようで今度は被爆者の一人をつかまえて同じことを聞いた。いつまでも根にもってもしようがないでしょうという答えが返ると、「米国は謝罪したのか」「心の底から許せたのか」と問う。

 師はとうとうその被爆者を自分の車に乗せ、空港までの一時間余の間、「だれも聞いていない、本音を述べよ」とただす。「記者も被爆者も米国に遠慮して体裁のいい返事をしていると信じているようだった」と、この一部始終を見ていた政府関係者はいう。

 自民党の藤尾正行氏もテヘランで、同じ質問を受け、同じような答えをすると、「日本人が分からない」と当惑していたという。

 実はラフサンジャニ師はこのとき、「五〇年代にモサデク政権を倒した米国製クーデターを頭に描いていたのでは」と、駐日イラン大使館員が説明する。

 モサデク政権はイラン初の民主政権で、それまでよそ様の庭で勝手に石油を掘っていた英国のアングロ・イラニアン石油を国有化したのもこの政権だった。

 これに米国が介入する。CIAが糸を引くクーデターが起き、親米のパーレビ王が再び実権を握る。イラン人ならだれでも知っているストーリーである。

 だから、イラン革命が起きるとすぐ「CIAの巣窟」だった米国大使館を襲い、以後四百四十四日間も人質を取った。イラン人にすれば二十五年ぶりに恨みを晴らしたことになる。一方、米国も、その屈辱を忘れずにずっとイランに経済制裁を加え続けた。

 今月十七日、オルブライト国務長官は、イラン制裁緩和を発表した席でモサデクつぶしに関与したことを初めて認め、「米国の責任」を口にした。あの大使館占拠の恨みを二十年たっぷり仕返ししてやったと納得したからこその雪解け発言だろう。

 この「恨みは忘れない、いつまでも仕返しの機会をまつ」ルールはグルジア出身のスターリンもやっている。日本の敗戦直前に宣戦布告し、南樺太、千島列島を分捕り、六十万人を強制連行して、「(日露戦争でバルチック艦隊が壊滅した)対馬のかたきを取った」と語る。これは四十一年ぶりの意趣返しになる。

 恨みは何年かけても晴らす。それが国際関係の目に見えないルールなのに、日本は仕返しもしないで水に流した。そういう人種が地球上にいたことにラフサンジャニ師は驚いた、というわけだ。

                 ◇

 昨年九月、英サンデー・タイムズが「東京着便の英国航空機で、英国人乗務員が日本人客に偽ブランド品を売りつけ、大もうけしていた」と報じた。英国航空にその後を聞いたら、乗員の処分はしていないという返事だった。被害者が日本人なら、別に騒ぐこともないという意味なのだろうか。

 今年二月、英国の核燃料会社が日本向けのウラン・プルトニウム混合燃、いわゆるMOXにコンクリート片やボルトなど異物を混ぜ込み、さらに検査データもねつ造していた事実が判明した。

 燃料が安全かどうかの検査は英政府機関が行うが、「データねつ造は調べた。でも異物混入は調査対象じゃあない」という木で鼻をくくったような返事だった。

 そんな言い方ないだろう、と本紙が報じたら、英国大使館から厳重抗議がきた。「日本国民の安全に英国が無関心だというような主張には強い異議を唱える」と。

 それが本当ならいいが、なぜ日本を標的にした英国発の悶着が続くのかの答えにはならない。フランスの学者、ジャン・ピエール・レーマンが書いている。「日本と戦った英国は多くの兵士が捕虜の恥辱を受け、おまけに植民地も失ったが、米国のように原爆で仕返しもしていない。そのフラストレーションが常に残っている」

 一連の事件が、そんな恨みの鬱憤に起因してなければいいと日本人も思っている。(編集委員)

* 高山正之の異見自在


☆イランに手を出したらアメリカの崩壊近しとみていいでしょう。

弗からユーロへ。

この流れは止まらないがEUとりわけイギリスの

サブプライム関連の影響甚大のようで、

日本も早めの損切りで逃げれるようですが、これからが本番ですからね。
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秋の陽は釣瓶落としⅢ

2007-10-22 15:04:22 | Weblog
 画は合成しました。

 上半分はVincent van Gogh(1853年~1890年)作

 15本の向日葵(1889年1月)、損保ジャパン東郷青児

 美術館(東京)


 下半分は同じくGogh 作

 15本の向日葵(1888年8月)、ナショナルギャラリー

 (ロンドン)です。



☆さて、本日の北海道新聞<文化面>に

「東京のひまわりは贋作」と主張

愛知県立芸大の小林英樹教授  との記事あり。


なにせ損保ジャパン東郷青児美術館の「ひまわり」は

1987年3月に安田火災海上が3992万1750ドル

(当時のレートで約58億円)で購入した作品です。

この教授贋作追究三部作目とのことで、

「ゴッホの遺言」(1999)

「ゴッホの証明」(2000)

そして、最新刊が「ゴッホの復活」(情報センター出版局)。

小生寡聞にしてこの件知りませんでしたが、

御本人曰く「最終的には直感です」とのこと。

「要するに画家の目ですよね。造形的証明は

ぼく独自の方法で、ゴッホ作品は画風、造形的表現力、

問題意識、首尾一貫した制作プロセスからチェック

されなければならない。云々」だそうです。

で、もっとも似た色調、構図の絵を合成してみました。

皆さんどう思はれますか?

確かに半年違いの作にしては(それを信じるとして)かなり異なりますね。

それは間違いないと小生も思います。

一方、オランダのゴッホ美術館の判定は本物。

キャンバス、絵具の材質はどうなんでしょうか?

もっともゴッホという人、現在でこそ極めて高い評価を得ておりますが

不遇の生涯を送っており、

生前に売れた絵はたった1枚『赤い葡萄畑』だけであったそうです。

ゴーギャンに「自画像の耳の形がおかしい」と言われると、

自らの左の耳朶(じだ)を切り取り、

女友達に送り付ける等奇行が目立ち、自らサン=レミ=ド=プロヴァンス

の精神病院に入院したり、

最後は、37歳で謎の猟銃自殺を図り、2日後に死亡しています。

その生涯を考えるとこの教授の言う「首尾一貫した制作プロセス」

というのもいささか如何なものかな?ともおもいます。

小生も描くのでわかるのですが、油彩はなか々乾かない。

完成まで日にちがかかります。水彩は一発勝負ですけど。

その間いろ々当初のアイデアから変更があるのは珍しくなく、

まして、ゴッホのような激情・天才型の絵描きではどうでしょうかね?

絵としてはナショナルギャラリーのほうがよいと思います。





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