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リタイアーのよもやま話

宝物が埋まっている場所

2010-12-30 13:43:16 | 読書

心にズドン!と響く
「運命」の言葉

ひすいこたろう


この本に、うなってしまった言葉があった。


以下、その箇所。


宝物が埋まっている場所

『星の王子さま』の本にある「かんじんなことは目に見えない」
という言葉はあまりに有名ですが、著者のサン=テグジュペリが、
戦場に向かう前に妻に残した言葉に、僕は衝撃を受けました。

「泣かないで。未知のものは発見しようとすると美しいものだ。
僕は国のために戦うつもりだ。僕の目を見ないで。だって僕は
君の涙を見る悲しみと義務を果たす喜びで泣いているのだから」

そして、こう続くのです。

置いていかなければならない宝物を持っていることを、天に感謝
したいくらいだ。

ーbyサン=テグジュペリ

これから戦場に向かわんとするいま、いつ死ぬかもしれない。もう妻
とは2度と会えないかもしれない。

その瞬間に、現実を嘆くのではなく、妻と出会えたことに感謝しているのです。
 
そして、実際にこれが本当に永遠の別れになってしまうのですが、
サン=テグジュペリは、死ぬかもしれないその直前にも、そこに幸福を
見出している人だったのです。

いつだって幸福はいま、ここにある。
あなたに見つけてもらうのを待っているのです。

以上。


この中で、


「置いていかなければならない宝物を持っていることを、天に感謝
したいくらいだ。」

と言っているのだが、最初、この文章を読んだ時、
この文章の意味するところが、よく飲み込めなかった。

「これから戦場に向かわんとするいま、いつ死ぬかもしれない。
もう妻とは2度と会えないかもしれない。

その瞬間に、現実を嘆くのではなく、妻と出会えたことに感謝
しているのです。」

ということなのである。

普通は、戦場に出かけていく夫も残される妻も、不条理な現実に嘆き
悲しむのである。

通常の生活においても、相思相愛の者が、一緒になれない現実に
は、嘆くのである。

しかし、よくよく考えてみれば、そのようなかけがえのない愛しい存在
が自分の人生にあったということは、そういう出会いが無かった人生
に比較すれば、何とも充実した人生であったであろうということだか
ら、不条理な現実といえども、感謝に値する人生として、喜ぶべき
ことだろうということかと思った。

戦争による生き別れ、死に別れということが、逆に、愛しい存在を
鮮烈に気づかされることになったということであろうか。と、
思った。


しかし、である。

ウィキペディアによると、飛行機乗りとしては、さして、能力が
あったわけではないのに、執拗に戦場に身を置こうとしたのは
理解できない。

その経歴を見ると、けっこう自分勝手な身の振る舞いが目立つ。

仲間のパイロットの間では反感も強かったようであるが、経歴に
身勝手さが、出てくるぐらいだから、兵士としては、どんな
人間だったのだろうか。

自分に都合のよい職場を求めて、コネや策を巡らして、立ち回る
姿は、彼が残した名言とは乖離がありすぎて、尋常なる性格とは
思えない。

作家としての知名度が、その我が儘を許したのかもしれない。


ネットで、彼の名言なるものが、アップされていた。


「砂漠が美しいのは、
 どこかに井戸をかくしているからだよ……」

「手に入れたものによってと同様、
 失ったことを惜むもの、
 手に入れたいとのぞむもの、
 喪失を嘆くものによっても、
 導かれ、授乳され、成長させられる」

「人間であるとは、まさに責任を持つことだ。
 自分には関係がないような悲惨をまえにして
 恥を知ることだ」

「犠牲とは、おまえをなにものからも切断することなく、
 逆におまえを富ますものだ」

「『われわれは服従すべきでしょうか、
  それとも戦うべきでしょうか?』
 生きながらえるためには服従すべきであり、
 存在しつづけるためには戦うべきである」

「真の意味でぼくを豊かにしてくれたのは、
 ぼくが受け取ったものより
 多くのものを与えた場合だけだった
 ということを認めなければなりません」


これらの名言を見ると、どうも、わたしの理解を超える
世界に住んでいるような気がする。

彼は、この名言で述べた信条のもとに、戦場に乗り込んで
いったのだろうか。

どうだろう?


それにしても

「置いていかなければならない宝物を持っていることを、天に感謝
したいくらいだ。」

これは、いい言葉だった。

 


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