悪いのは私じゃない症候群 香山リカ
ベスト新書
本屋を立ち寄ったら、香山リカの新しい本、「悪いのは私じゃない症候群 」といタイトルの本が目に入った。
前に読んだ本も面白かったので、今回も読んでみることにした。
モンスターペアレント、モンスターペイシェント、シュガー社員(?)等に関することをまとめて書かれていた。
まさか、このような時代になるなんて、誰が想像できたであろうか。
しかし、わたしは、歳を経るとともに、このような社会現象は、わたしたちの世代が展開した生き方の終着点だというふうに、思うようになった。
ものすごく自責の念にとらわれている。
いつももどかしく思うのだが、わたしなりに、このことを充分に説明する準備ができていなのが、残念だ。
この説明に引用する資料が、わたしの書庫のどこにあり、どの本であったのか、もう調べようがないのだ。
だいたいこのような議論をしだすと、右か左かという話しになるが、そのような誤解にはしることが充分に考えられるのでこの件について、話すのは躊躇する。
ちょっと記憶が薄れて、非常に乱暴だが、ヒットラーは、民主主義が生み出したという感じの話しを鷲田小彌太氏が彼の著書で書かれていたのには、ショックを覚えた。
(確かめたいのだが、この本が、どこにいったのか分からない)
なにしろ、彼の著作には、左翼系の本が数多くあるからである。
合成の誤謬というのがあるが、これに近いパラドックスである。
善と思われたものでも時間が経過するにつれ、悪に転化してしまう。というような論理に近い話しである。
だから、わたしの論理の中には、「多くの国民の幸福を追求することが、時間を経ることによって、多くの国民を不幸にし、忌み嫌われる戦争を生み出す。」という論理である。
よく、戦争は資本家が起こすというのが、一般的な論理である。一般国民は、被害者であるいうのが、通常の感覚である。
しかし、本当は、国民の一人一人の幸福の追求のなれの果てが、戦争をひき起こす。のではないかと、常日頃思っている。
人間が持つ永遠の不条理であると思う。
しかし、このような主張はおおっぴらに言えるものではない。
とはいえ、「悪いのは私じゃない症候群」であるが、結局、今の世紀末的な社会現象は、強欲個人主義のなれのはてであり、その発端は、わたしたちの世代にあり、わたしたちの人生の展開とともに、社会の表舞台に現れ出でてきたものだと思うのである。
いつもいつも、大きな反省と後悔の念がわきだしてしようがない。
ベスト新書
本屋を立ち寄ったら、香山リカの新しい本、「悪いのは私じゃない症候群 」といタイトルの本が目に入った。
前に読んだ本も面白かったので、今回も読んでみることにした。
モンスターペアレント、モンスターペイシェント、シュガー社員(?)等に関することをまとめて書かれていた。
まさか、このような時代になるなんて、誰が想像できたであろうか。
しかし、わたしは、歳を経るとともに、このような社会現象は、わたしたちの世代が展開した生き方の終着点だというふうに、思うようになった。
ものすごく自責の念にとらわれている。
いつももどかしく思うのだが、わたしなりに、このことを充分に説明する準備ができていなのが、残念だ。
この説明に引用する資料が、わたしの書庫のどこにあり、どの本であったのか、もう調べようがないのだ。
だいたいこのような議論をしだすと、右か左かという話しになるが、そのような誤解にはしることが充分に考えられるのでこの件について、話すのは躊躇する。
ちょっと記憶が薄れて、非常に乱暴だが、ヒットラーは、民主主義が生み出したという感じの話しを鷲田小彌太氏が彼の著書で書かれていたのには、ショックを覚えた。
(確かめたいのだが、この本が、どこにいったのか分からない)
なにしろ、彼の著作には、左翼系の本が数多くあるからである。
合成の誤謬というのがあるが、これに近いパラドックスである。
善と思われたものでも時間が経過するにつれ、悪に転化してしまう。というような論理に近い話しである。
だから、わたしの論理の中には、「多くの国民の幸福を追求することが、時間を経ることによって、多くの国民を不幸にし、忌み嫌われる戦争を生み出す。」という論理である。
よく、戦争は資本家が起こすというのが、一般的な論理である。一般国民は、被害者であるいうのが、通常の感覚である。
しかし、本当は、国民の一人一人の幸福の追求のなれの果てが、戦争をひき起こす。のではないかと、常日頃思っている。
人間が持つ永遠の不条理であると思う。
しかし、このような主張はおおっぴらに言えるものではない。
とはいえ、「悪いのは私じゃない症候群」であるが、結局、今の世紀末的な社会現象は、強欲個人主義のなれのはてであり、その発端は、わたしたちの世代にあり、わたしたちの人生の展開とともに、社会の表舞台に現れ出でてきたものだと思うのである。
いつもいつも、大きな反省と後悔の念がわきだしてしようがない。