ハイ・ファイ・セット / 卒業写真
海を見ていた午後 ハイファイセット/山本潤子
ハイ・ファイ・セット / 卒業写真
海を見ていた午後 ハイファイセット/山本潤子
ハイ・ファイ・セットの卒業写真、わたしの思い出の一曲である。
20代の後半、自分の人生に疑問がわきだした。
どうしようもない閉塞感を脱却する目処がなく、退職しようかと思った。
結局、ちょっとした偶然で、わたしは、職種替えをすることにした。
ちょうどその頃、職場で、この曲を聴く機会があった。
ハイ・ファイ・セットの卒業写真である。
この曲は、彼らのデビュー曲だそうである。
当時の心境のせいもあって、この曲がわたしの心を捉えてはなさなかった。
わたしは、自分が30代になっていくことをかなり意識していた。
孔子の「30にして立つ」である。
実際問題、職場でも30代は、20代とは全く違って見えた。
しかし、わたしは、「30にして立つ」ことができなかった。
情けなくも、腰砕けになってしまったのである。
そして、当初の人生をリタイアすることになった。
職種替えをして、当面の課題に直面することを避けるのができ、ほっとしたのも束の間、これまでの人生を投げ捨てた喪失感に苛まれてしまった。
ティーンエイジャーと20代の時間を捨てたことになったからである。
いかなる方法でも贖うことのできない眩く輝く時間を失ったという気がしたからである。
この取り返すことのできないという喪失感は、今で言う「トラウマ」になってしまった。
この痛みは、時間が経つにつれ、職場の忙しさで少しずつ、紛れてきたものの、この喪失感をなんとか贖わなければという強迫観念みたいなものが、わたしの心の中に住みついた。
しばしば、未練がましく、思い返してみては、結果として、これ以上の選択肢は、なかったと自分自身を言い含めるである。
しかし、心のどこかで、失ったものが大きかったような気がして、感情的には、納得してないような気がする。
あれから、30年も経って、時代が変わった。
もしかして、あのまま進路変更しなければ、報われたこともあったかも。なんて、とんでもない浅ましい心情がわきだすことを禁じ得ない。
もっとも、自分の命と引き換えでは、ひき合わないのであるが、ここが難しいところだ。
そこで、結局、現実に舞い戻るのである。
得たものと失ったものを天秤にかける。浅ましい心情である。そして、強引な気もするが、これで良し。と自分自身を言い含めるのである。
この心のゆれは、結局、自分が死ぬまで、続くであろうか。
いずれにせよ、今までもそうであったが、これからも、失ったものをなんとしかて、贖おうという脅迫観念に追われ続けるのかもしれない。
「人ごみに流されて、変わってゆく私に」わたしは、耐えきれなくなってしまった。
それで、自分が自分で無くなる前に、自分らしくあることを優先しようと、わたしは、人生の進路変更を選択した。
松任谷由美の卒業写真の歌詞では、登場人物は、人ごみに流されて、変わってゆく「わたし」と、学生時代の頃の生き方を貫き通す「あの人」である。
わたしは、勝手ながら、この歌詞で歌われた「学生時代の頃の生き方を貫き通す『あの人』」は、わたしが、そのようにあれかしと願ったわたし自身の姿として、読み替えて、この曲を歌ってきた。
かなり強引なことであるのだが。
しかし、時代は、あらゆるものを押し流し、わたしを責めたてる現風景そのものが、完全に崩壊してしまった。
まるで、そのようなことが、夢・幻であったかのように思われてならない。
卒業写真を歌わざるを得ない心情も、遠い化石時代の話のごとくとなってしまった。
卒業写真、懐かしい一曲、時代が変転し、自らも歳を経ることによって、新たな意味づけをしながら、歌うのだろうか。
追記
海を見ていた午後 ハイファイセット/山本潤子
この曲は、卒業写真とセットになっていた曲である。
一度聴いてみると、わたしにとって、こだわりの一曲になった。
わたしの現役時代の夕食は、一日の仕事を終え、静かな喫茶店で、気に入ったBGMを聴き、一人本を読みながらの食事であった。
山手の静かなレストランに、大変親しみを感ずる。
女性の微妙な心情がうまく表現されていて、美しく思える。
最初から最後まで、選りすぐられ吟味された素敵な言葉。
取り返しのつかない過去を歌いあげた名曲かと、勝手に思っている。
海を見ていた午後 ハイファイセット/山本潤子
ハイ・ファイ・セット / 卒業写真
海を見ていた午後 ハイファイセット/山本潤子
ハイ・ファイ・セットの卒業写真、わたしの思い出の一曲である。
20代の後半、自分の人生に疑問がわきだした。
どうしようもない閉塞感を脱却する目処がなく、退職しようかと思った。
結局、ちょっとした偶然で、わたしは、職種替えをすることにした。
ちょうどその頃、職場で、この曲を聴く機会があった。
ハイ・ファイ・セットの卒業写真である。
この曲は、彼らのデビュー曲だそうである。
当時の心境のせいもあって、この曲がわたしの心を捉えてはなさなかった。
わたしは、自分が30代になっていくことをかなり意識していた。
孔子の「30にして立つ」である。
実際問題、職場でも30代は、20代とは全く違って見えた。
しかし、わたしは、「30にして立つ」ことができなかった。
情けなくも、腰砕けになってしまったのである。
そして、当初の人生をリタイアすることになった。
職種替えをして、当面の課題に直面することを避けるのができ、ほっとしたのも束の間、これまでの人生を投げ捨てた喪失感に苛まれてしまった。
ティーンエイジャーと20代の時間を捨てたことになったからである。
いかなる方法でも贖うことのできない眩く輝く時間を失ったという気がしたからである。
この取り返すことのできないという喪失感は、今で言う「トラウマ」になってしまった。
この痛みは、時間が経つにつれ、職場の忙しさで少しずつ、紛れてきたものの、この喪失感をなんとか贖わなければという強迫観念みたいなものが、わたしの心の中に住みついた。
しばしば、未練がましく、思い返してみては、結果として、これ以上の選択肢は、なかったと自分自身を言い含めるである。
しかし、心のどこかで、失ったものが大きかったような気がして、感情的には、納得してないような気がする。
あれから、30年も経って、時代が変わった。
もしかして、あのまま進路変更しなければ、報われたこともあったかも。なんて、とんでもない浅ましい心情がわきだすことを禁じ得ない。
もっとも、自分の命と引き換えでは、ひき合わないのであるが、ここが難しいところだ。
そこで、結局、現実に舞い戻るのである。
得たものと失ったものを天秤にかける。浅ましい心情である。そして、強引な気もするが、これで良し。と自分自身を言い含めるのである。
この心のゆれは、結局、自分が死ぬまで、続くであろうか。
いずれにせよ、今までもそうであったが、これからも、失ったものをなんとしかて、贖おうという脅迫観念に追われ続けるのかもしれない。
「人ごみに流されて、変わってゆく私に」わたしは、耐えきれなくなってしまった。
それで、自分が自分で無くなる前に、自分らしくあることを優先しようと、わたしは、人生の進路変更を選択した。
松任谷由美の卒業写真の歌詞では、登場人物は、人ごみに流されて、変わってゆく「わたし」と、学生時代の頃の生き方を貫き通す「あの人」である。
わたしは、勝手ながら、この歌詞で歌われた「学生時代の頃の生き方を貫き通す『あの人』」は、わたしが、そのようにあれかしと願ったわたし自身の姿として、読み替えて、この曲を歌ってきた。
かなり強引なことであるのだが。
しかし、時代は、あらゆるものを押し流し、わたしを責めたてる現風景そのものが、完全に崩壊してしまった。
まるで、そのようなことが、夢・幻であったかのように思われてならない。
卒業写真を歌わざるを得ない心情も、遠い化石時代の話のごとくとなってしまった。
卒業写真、懐かしい一曲、時代が変転し、自らも歳を経ることによって、新たな意味づけをしながら、歌うのだろうか。
追記
海を見ていた午後 ハイファイセット/山本潤子
この曲は、卒業写真とセットになっていた曲である。
一度聴いてみると、わたしにとって、こだわりの一曲になった。
わたしの現役時代の夕食は、一日の仕事を終え、静かな喫茶店で、気に入ったBGMを聴き、一人本を読みながらの食事であった。
山手の静かなレストランに、大変親しみを感ずる。
女性の微妙な心情がうまく表現されていて、美しく思える。
最初から最後まで、選りすぐられ吟味された素敵な言葉。
取り返しのつかない過去を歌いあげた名曲かと、勝手に思っている。