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「壺石文」 中 15 (旧)八月十六日(つづき)~




(諏訪原城の薬医門)

午後、側溝改良の工事費を振り込んだあと、ちょっと思い付いて、諏訪原城跡に足を向けた。この春に薬医門が復元されたと聞いていたので、見学に行きたいと思っていたからである。空堀など発掘が年々進み、門の礎石の発見に伴って、復元出来たのだが、荒地の中にポツンと建つ、かんなあとも新しい薬医門はあたりの侘しさを際立たせていた。自慢の富士山もこの梅雨空では見る由もなかった。この薬医門は正確には「諏訪原城 二の曲輪北馬出出門」と呼ぶらしい。

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「壺石文 中」の解読を続ける。

ほとりの人々にしかじかの事なん侍りけると語らいければ、行きて見てんとて、貝田の駅辺なる若人ども、三十人ばかりつい松を手毎に、棒、鑓など取り、騒どきて、かの四穴という処に至れりければ、気恐ろしく、玉くろしじまる(縮まる)心地して、皆、しぞきにしぞくなる。
※ 騒どく(そうどく)- ざわざわと騒ぐ。騒ぎたてる。
※ 気恐ろし(けおそろし)- そら恐ろしい。
※ しぞきにしぞく(退きに退く)- 後ろへどんどん後退する。


十日の夜の月も入り果てゝ、小暗き(おぐらき)山路の岩陰に頭(かしら)集め、屈(かが)まり居て、夜の明けるをぞ待ちたりける。辛うじて山の端白み行くに、秋葉の杜近く、進み寄りて見るに、草むらの中に呻(うめ)もごよう物有り。人々、頭(かしら)毛太る心地して、ためらうほどに、一人ひたぶる心なる荒男、草掻き分けて見てあれば、焼け損なわれたる人の、物をも言わず、死にも果てざるなめり。
※ もごよう - のたくる。
※ 毛太る(けふとる)- 身の毛がよだつ。
※ ひたぶる - ひたすらな。いちずな。
※ 荒男(あらお)- 荒々しい男。勇猛な男。


よう/\朝日差し昇れるほどに、彼ぞと見現わしたる。口々に驚かせど、答(いら)えもせず、ただ、冷えに冷え入りて、ほと/\死ぬべき様に見えければ、彼が方に人走らせやりてけり。家人驚きて、すなわち迎い登りて、とこう薬師など頼み来て、取り賄いけれど、我かの気色にて甲斐なし。
※ 驚かす(おどろかす)- 目をさまさせる。起こす。
※ 我かの気色(われかのけしき)-自他の区別もつかないほど我を失っているようす。正体のない状態。


二日ばかりは、一言をだに言わざりけるが、三日と云うにぞ、現心(うつつごころ)出で来て、有りし事どもつぶ/\と(まね)てける。ほとりの人々、次々伝え聞きて来、訪う毎に、年頃己がなしたる禍業どもを、こと/\゛に自ら語るめり。語らうほどは、焼け損なわれたる傷の痛み、少しはゆるびぬる心地すめれど、(もだ)ある時は耐えがたくなん。
※ 現心(うつつごころ)- 正気。気持ちがしっかりと確かな状態。
※ 学ぶ(まねぶ)- そのまま伝える。
※ 訪う(とぶらう)- 安否を問う。見舞う。
※ 禍業(まがわざ)- 災いを招く行為。
※ ゆるび(緩び)- ゆるむこと。ゆるやかになること。
※ 黙(もだ)- 黙っていること。


焼かれたる痕は、刳り焦がれて膿み、血も出でず膨れ上りて、蟹と云う物の甲のごと、堅く見ゆ。十日ばかりがほど、口走り、語り、罵りて、死にけりとなん。真福語らいけり。
※ 刳る(くる)- えぐる。
※ 焦がれる(こがれる)- 焼けて焦げる。
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