のりぞうのほほんのんびりバンザイ

あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ。

「あなた」じゃなくて「私たち」

2009年11月15日 21時57分45秒 | 日常生活
本日の説教で心に残った言葉。

聖書(特に使徒行伝)で問いかけられている質問は
「あなたの中心にあるものは何ですか?」ではなく
「私たちの中心にあるものは何ですか?」。

「私たちの中心」を常に問う聖書では
「ひとりで生きること」を前提としていない。
常に「あなたと私」だったり「あなたとあなたと私」だったり
ふたり以上の人たちが一緒に生きていくことを前提にしている。

人が一緒に生きていくことは難しいし
同じことを考えて、同じように生きることはまず無理だけれど
「同じもの」を中心に据えることはできる。
「同じこと」を目指して、生きていくことを考えるのが
聖書であり、キリスト教である。





という説教を聞いて、
一昨日に楽しんだスカパラのライブでの
谷中さんのメッセージをしみじみと思い出していました。
「肩を抱いて 逃げない自由」の歌詞に込められている
「誰かと肩を組んで、一緒に何かをすること」が
必要なのではないかという熱い想い。

そして、先週、読み終えた「司馬さんと清張さん」という本で
出会った司馬さんの言葉も思い出しました。
司馬さんは亡くなる直前、物質的繁栄をとげた後の
平成日本は「公」を失い、私欲に走り、救いがたいほど
悪くなっている、と嘆かれていたそうです。
そして、
「今ならまだ間に合うかもしれない。
 みんなが知恵をしぼれば、一億の国民のうち、
 80%、いや、90%が合意できることが見つかるのではないか。」
と問いかけられていたそうです。

ふと気がつくと、
この一週間に与えられた言葉の中に何度も

「ひとり」で生きるのではなく
「みんな」で生きること。

の大切さや必要性が盛り込まれていて、
なるほどなあ、としみじみとしてしまいました。
やはり今の私にもっとも必要な言葉が
「とき」を選んで与えられている気がします。


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