book482 家康、江戸を建てる 門井慶喜 祥伝社 2016
私は東京で生まれ育った。記憶では、小学校で太田道灌(1432-1486)が江戸城を築き、いまの東京の祖になったことを習った。
太田道灌は当時の武蔵の守護代・扇谷上杉氏の武将で、知略に秀でていて人望が厚かったため、猜疑心が強過ぎた主君に暗殺されてしまう。
関東に進出し相模を本拠とした北条早雲(1432-1519)も太田道灌に一目置いていた・・早雲、道灌の出会いは司馬遼太郎著book471「箱根の坂」参照・・。
北条家は次第に勢力を伸ばし、3代氏康が武蔵を支配、4代氏政は父・氏康とともに相模、武蔵に加え、上野、下野、上総、下総、安房、常陸の関八州を支配する。江戸は寒村のままだったようだ。
「第1話 流れを変える」は、1590年、北条家の居城である小田原城を望む石垣山で、豊臣秀吉が徳川家康に北条家の所領である関東八ヵ国と家康の所領である駿河、遠江、三河、甲斐、信濃と交換しようと持ちかけるところから始まる。
家康は家臣の猛反対を押し切り、P11関東には未来があると、江戸入りを決断する。江戸入りするも、太田道灌が築城した江戸城は田舎陣屋ほどに荒れていた。
小高い本丸に上り、東と南の海、西の萱原を望みながら、家臣にP16ここを大坂にしたい、と話す。家康に江戸の地ならしを命じられた第1話の主役・伊奈忠次は、P25江戸を水浸しにする元凶は利根川と判断し、P33甲斐に赴任したとき見た聖牛を使う信玄堤の工法を用い、P26武蔵国で東に向きを変える工事に着手する。
以下、江戸の発展とともに治水から利水に社会が変わる様子が伊奈親子をからめながら展開していく。
第1話は2014年10-11月、第2話は同年12月、2015年1-2月、第3話は同年3-4月、第4話は同年5-7月、第5話は同年8-9月の初出で、家康が江戸を切り開き、日本の中心として発展していく基盤づくりという点では共通するが、それぞれは独立した話で1~5話の脈絡はない。
強いていえば、1話の本丸からの眺めに対し、5話の終盤で家康と2代秀忠が江戸城天守に上り、1話から5話の話を引き継いで、神田をくずして海をうめたてた日比谷の地面、鋳貨工場から白黒のけむりを立ち上らせる日本橋の金座、銀座、本郷や愛宕下などの整然たる武家屋敷、はるばる七井から引いてきた上水道が外濠と立体交差ずる水道橋、そこを通って城内に引き込まれた清冽な水、北桔橋門のまわりの石垣積みなどを見回し、家康が胸がつまる思いがしたと述べて、1話~5話を総括している。
「第2話 金貨を延べる」 家康はP81江戸を天下一の街にするためには独自の貨幣を持たねばならないと考えていたが、江戸には知識も人材も工場も無いため、江戸入りして3年目の1595年、秀吉が大判の金貨の鋳造を命じた彫金師・後藤長乗を招く。
P85長乗は上方から職人を呼び、工場をつくる。大判鋳造のめどが立ったところで、江戸嫌いの長乗は第2話の主役・従者の橋本庄三郎を残し、帰洛する。
庄三郎は優れた腕を持ちながら長く下積みだったため、金貨鋳造に本領を発揮する。P112秀吉が定めた天正大判の金の含有率は75%、家康・庄三郎の武蔵小判の金の含有率を85%にすれば、武蔵小判が値上がりすると確信する。
話は紆余曲折するが、P173関ヶ原の戦い後、金位85%の家康・庄三郎の慶長小判が発行され、庄三郎は全国貨幣の支配者になり、息を引き取る。庄三郎の役宅と金貨鋳造所が金座、銀貨鋳造所が銀座と呼ばれた。
「第3話 飲み水を引く」 泥湿地と遠浅の海で囲まれた江戸の発展には豊かな清水が必須である。江戸入りを前に、家康は第3話の主役の一人・武士ながら菓子づくりの得意な大久保藤五郎に江戸の水探しを命じる。
P184江戸入りした家康は鷹狩りしながら地相を見極め、もう一人の主役となる地元の六次郎から七井の池を聞き、六次郎に江戸への上水工事を命じる。
七井の池はその後井の頭と呼ばれ、上水が外濠を越えるための水道橋がのちに水道橋と呼ばれた。
一方の藤五郎は、良質の水としてP202赤坂の溜池と神田明神山岸の細流を見つける。もちろんこれだけでは発展を続ける江戸を潤すことは出来ない。
藤五郎、六次郎、3人目の主役の春日与右衛門が協力しながら、江戸の水道事業を完成させる。
「第4話 石垣を積む」 主役は伊豆国堀河=現北川の石切・吾平で、徳川家康の代官頭・大久保長安から、江戸城築城の石の切り出しを命じられる。しばらくは吾平と伊豆の石切の話がが展開する。
後半の主役は江戸城の伊達家担当普請場である大手門で石積みに力を発揮する喜三太で、江戸城の搦手となる北桔橋門の石垣の話が展開する。
終盤、吾平の切り出した石が大手門枡形の鏡石に使われた話で第4話は終わる。・・現皇居の大手門あたり、北桔橋門あたりの石垣は何度か見たが、吾平、喜三多の努力があったことは説明坂にも記されておらず気づかなかった、次の機会に改めて見直したい。
「第5話 天守を起こす」 第5話の主役は2代秀忠である。家康は藤堂高虎に江戸城の縄張を命じたが、秀忠が高虎に天守は不要と反論する。
家康と秀忠の問答が続き、家康が秀忠に白い天守を造るよう厳命するが、真意を教えない。結果的に秀忠は家康の意を理解して天守を完成させるが、家康はさらなる深い意味を述懐する。
残念ながら天守は明暦の火災で焼失してしまったから、家康と秀忠が天守から見下ろして感慨にふけった江戸の姿は皇居天守台から想像するしかないが、家康が不毛の土地に未来を構想した結果の東京の繁栄は目の当たりにすることはできる。
言い換えれば、家康が関東に未来があると江戸入りを決断し、利根川の流れを変え、金座、銀座で貨幣を鋳造して経済の基盤をつくり、井の頭から上水道を引いた先見の明が江戸、そして東京を建てたのだから、改めて家康を見直した。「江戸を歩く」のが人気だそうだ。家康の決断、英知の再発見にまた江戸を歩こうと思った。(2019.2)