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いい話

2015-03-03 13:47:52 | 日記
或る街の豆腐屋の主人に召集状が来て、1週間後、陸軍に入隊する。その最初の夜、豆腐屋の主人はベッドの中で眠れぬままに家のことを考える。最初に頭に浮かんだのが、なぜか、女房の朱い腰巻だった。腰巻は、よく庭の物干しざおに干してあった。それが家庭の平和の象徴だった。あの腰巻を女房は今、身体に巻きつけているのだろうか。いや、夜の蒲団の中で見たことはないかな・・・と、そこまで考えて、彼は「いま、この大きな部屋にズラリと並んだベッドの上で、こんなバカなことを想っている新兵は自分ひとりではないか、俺はなんてバカなんだ」と反省する。この文を私が読んだのは学生時代で、たしか復員兵士の手記を並べた雑誌に載ったものだった。前記の文はかなり省略してあって、全文はもっとたどたどしく長いものだった。素晴らしい手記だと思った。誰だって、時として、他人にはとても言えないようなバカなことを想うはずで、それは人間であることの証明だと思った。 普通の生活をしている人だって、それはある。しかも、豆腐屋さんは、そのとき軍隊という、いつ死ぬかわからない場所にいきなり呼び出された最初の夜である。そして、閉じた眼の裏に現れたのが、女房の朱い腰巻だった。私が今までに出会った「いい話」のひとつである。

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