大木昌の雑記帳

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アメリカ大統領選挙(1)―勝利宣言にみる指導者の品格・格調・スケール―

2020-11-12 16:39:06 | 国際問題
アメリカ大統領選挙(1)
―勝利宣言にみる指導者の品格・格調・スケール―

2020年11月7日(現地時間)、ジョー・バイデン大統領候補のジョー・バイデン氏と副大統領候補
のカマラ・ハリス氏は、トランプ氏との選挙戦で勝利したしたことを宣言する、いわゆる勝利宣言を
行いました。

私はこの両者の演説を複雑な思いでテレビ中継を観ていました。

「複雑な思い」とは、大きく二つです。一つは、本来なら選挙で負けた方が「敗北宣言」をし、それに
対して勝者が「勝利宣言」を行うのが慣習なのに、今回はトランプ大統領が「敗北宣言」をしていない
ため、勝利宣言だけが行われたことに対する違和感です。

もう一つは、バイデン氏とハリス氏のスピーチが非常に感動的だったので、私は、ふと、菅氏が首相に
就任した後の国会での所信表明演説とを比較してしまい、その差に、何とも言えない淋しさを感じたこ
とです。

まず、内容に立ち入るまえに、バイデン、ハリス両氏は、原稿を読むことなく、聴衆を見据え、自分の
言葉で20分以上も話しかけます。

それにたいして菅首相は、常に官僚が書いた原稿を、下を向いたままひたすら読み続けます。

もちろん、勝利宣言と、所信表明では状況が異なりますから、同列に扱うことはできません。

それでも、国会における菅首相の答弁では、やはり官僚の書いた作文を、下を見ながら読んでいます。
あるいは、答弁中に、頻繁に官僚の耳打ちやカンニングメーパー(メモ)が渡され、それを首相が読み
上げる姿がテレビ中継で見受けられます。

私が心配したのは、これから日本を代表して国際会議などで、官僚の耳打ちもカンニングペーパーもな
く、自分の言葉で各国のリーダーと議論や協議を十分にしてゆくことができるだろうか、と言う点です。

私は、ふと、リーダーとしての品格とスケールの違い、そしてそれらに裏打ちされたスピーチの格調の
高さの違いに愕然としました。

大国アメリカのリーダーと日本の首相を比べることには無理があり、と言う人が要るかも知れませんが、
それは必ずしも正しいとは思いません。

というのは、日本は世界第三位のGDPをもつ「大国」である、という意識が従来の日本政府には一貫
してあったからです。

したがって、その「大国」日本の新たなリーダーとなった菅首相は、その就任スピーチ(所信表明演説)
でも、それなりの品格、スケールの大きさ、格調の高さを示して欲しかった、と私は思いました。

ところで、バイデン氏の勝利宣言の中で、私が特に注目した言葉は幾つもありました。

冒頭に近い部分で「信頼と信任を与えられ、厳粛な思いだ。分断ではなく、融和を目指す大統領になる」
と語ったのは、トランプ大統領が、意図的に分断(注1)を煽って人気を博してきたが、それによってア
メリカ社会が癒し難い分断の亀裂を深めてしまったことに対する、痛烈な批判でした。

それに続く、以下の部分が、このスピーチの核心部分です。

    米国を米国足らしめるものは何か。それは国民だ。私たちの政権にとっても国民が全てだ。私は
    米国の魂を取り戻すため、大統領を目指した。屋台骨である中間層を立て直し、米国が世界で再
    び尊敬されるようにし、この国をまとめるためだ。

そのためには、「互いの主張に耳を傾け時だ。前進するために、意見の異なる相手を敵のように扱うのは
やめよう。彼らは敵ではなく、米国民だ」という気持ちを持とう、と呼びかけます。

ここでバイデン氏は、「聖書は、全ての物事には、作り、収穫し、種をまく、そして癒す季節(時)があ
る」と聖書を引用します。

これは、トランプ支持者の大きな位置を占める福音派のキリスト教徒への呼びかけです。そして、バイデ
ン氏は「癒す季節」という点を強調します。聖書からの引用に続いて、

    今は米国を癒す時だ。選挙は終わり、国民は何を望むのか。私たちの使命は何か。良識、公正、
    科学、希望の力を結集して闘いに挑むよう国民から託された

と、ここでも「癒す」(heal)という言葉を使います。

これは、今のアメリカが分断によって、いかに社会も個人も傷ついてしまったのか、という実情を示して
います。

こうした分断をて、傷ついたアメリカを「癒す」必要がある、と言っているのです。

もう一つ、上に引用した言葉の中で、「良識」と「科学」の力を結集し、という部分にトランプ氏に対す
るバイデン氏の批判が込められています。

つまり、トランプ氏は、新型コロナは風邪のようなもので、大したことはない、マスクなどする必要がな
い、と言い続けてきました。このため、支持者にとって、マスクをしないことでトランプ氏への忠誠心を
示す「踏み絵」となっています。

これに対してバイデン氏は、トランプ氏の言動は科学に基づいておらず、マスクをしないで大規模集会を
行うことは、良識を欠いている、と指摘しているのです。

当初、バイデン氏について、年齢的なこともあって、どことなく弱よわしい印象をもっていましたが、こ
の宣言を聞いてい、非常に説得力がある力強い印象を持ちました。

次に、ハリス氏のスピーチをみてみよう。奇しくも、ことしはアメリカで女性参政権が憲法で認められた
100年目に当ります。

ハリス氏はインド系移民の母とジャマイカ出身の父を持つ移民2世です。彼女は、2017年からカリフォル
ニア州選出の上院議員で、民主党議員としてアフリカ系アメリカ人女性としては2人目、南アジア系アメ
リカ人としては初めての上院議員です。

そして、アメリカ史上最初の女性服大統領候補です。

勝利宣言の際、バイデン氏に先立って、ハリス氏がスピーチを行いました。ハリス氏もバイデン氏と同様、
アメリカ社会の分断をなくすべきだと主張しますが、とりわけ女性が分断を乗り越えるために努力してき
たことを訴えます。

    女性たちは多くのことを犠牲にしました。平等の権利のために戦いました。全ての人たちのため
    に正義をもたらそうとしました。黒人女性たちはこれまでも見過ごされてきました。しかし、民
    主主義の根底にある大切な存在だということは分かっていました。

そして、多くの人に感銘を与えた言葉が、以下の部分です。

    私が初の女性副大統領になるかもしれませんが、最後ではありません。すべての幼い女の子たち、
    今夜この場面を見て、分かったはずです。この国は可能性に満ちた国であること。私たちの国の
    子どもたちへ、私たちの国ははっきりとしたメッセージを送りました。
    ジェンダーなどは関係ありません。野心的な夢を抱き、信念をもって指導者となるのです。そし
    て他の人とは違った見方をするのです。

ハリス氏は民主党のバイデン大統領政権の下で、もし正式に決まれば、副大統領として全力で大統領を補
佐することを表明しています。

それと同時に、このスピーチでは将来、社会に登場する若い女性たちに、信念をもって指導者になって欲
しいと強く訴えています。ここには、将来を見据えた社会像がが示されています。

以上、勝利宣言でのバイデン氏とハリス氏のスピーチの要点を紹介しましたが、私が強く印象付けられた
のは、両者とも、アメリカをどのような国と社会にして行きたいのかを、明確な国家像と理念を示したう
えで、語っていたいことです。

両者のスピーチは、品格があり、格調高く、そしてスケールの大きさを感じさせました。

これに対してトランプ氏は、アメリカをどのような国にしたいのかという国家像を示すことはなく、ただ
「アメリカ・ファースト」を叫び続けたこと以外、ほとんど思い出すことはありません。

ひるがえって、日本の歴代の首相はどうでしょうか?

残念ながら、私は、この日本は一体、どうなってしまうのか、という不安を抱くばかりです。

携帯電話の料金値下げも、IT化の促進も、不妊治療の保険適用も意味があるとは思いますが、それは担
当の大臣なり役所の仕事です。

しかし、私たちが首相に期待するのは、この日本をどのような社会にして行くべきかの国家像と展望を示
すことです。

これらを考えると、どうしても首相の品格・格調・スケールの点で、彼我の違いが、あまりにも違い過ぎ
る気がします。

以上が、大統領勝利宣言を聞いて私が思った個人的な印象です。次回は、今回の大統領選挙を通じて、ア
メリカ社会について何が明らかになったのかを検討したいと思います。

(注1)この分断とは、民主党と共和党、進歩派と保守派、などの政治的立場、人種、宗教、人種(白人、
黒人、アジア系、中南米系、先住民)、同性愛者、都市、郊外、地方、などさまざまな違いに基づく溝と
なってアメリカ社会の至るところに存在します。




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