北朝鮮問題(2)―9回目の安保理制裁決議は有効か?―
前回の「ヒフミン・アイで観てみよう」では書ききれませんでしたが、北朝鮮がアメリカに対して強気に出ていること、
逆に、アメリカにとって、強く出ることができない事情があります。
それは、1950年から3年続いた「朝鮮戦争」が1953年に休戦に至り、同年7月27日に休戦協定が締結されました。
その第60節には、休戦協定締結後「3か月以内にあらゆる外国軍の軍隊は撤退すること」が明記され、その上で終戦の
ための「平和協定」を結ぶことが大前提となっていました。
アメリカはこの協定を承諾し、署名までしています。
しかし、アメリカは、その実行のための予備会談を拒否し、出席しませんでした。
そして、この年の10月1日には、韓国と「米韓相互防衛条約」を結び、アメリカの軍隊だけが朝鮮半島に居続け、今日に
至っています。
北朝鮮には、「休戦協定」に違反して軍隊を駐留させ続け、「平和協定」のテーブルに着かないアメリカは、国際協定を無
視している、との言い分があります。
もしアメリカ軍の韓国駐留が認められるなら、立場を変えれば中国やロシアが、北朝鮮から依頼されたという名目で、北朝
鮮に軍隊を駐留させて、「斬首作戦」のような軍事訓練を行うことと同じです。
核の問題に関して、現在、核拡散防止条約 (NPT) で核兵器保有の資格を国際的に認められた核保有国はアメリカ、ロシア、
イギリス、フランス、中国のいわゆる「五大核大国」です。
しかし、実際にはNPTを批准していない核保有国にはインド、パキスタン、北朝鮮の3か国があり、表立っては認めていない
けれどイスラエルも核兵器を保有しているとみられています。
インドとパキスタンが核実験を行い、核兵器の開発をしている最中、その事実を知りながらアメリカを始め、「五大核大国」
は今日のように非難や制裁をしませんでした。それどころか、事実上、核保有国として認めてしまっています。
つまり、核兵器は持ってしまえば、「持ち得」、ということ国際社会でまかり通っているのです。
このため、北朝鮮が核兵器を持つことを認めない(特にアメリカ)のは、明らかなダブルスタンダードである、という点に関
して国際社会は明確な反論ができません。
最後に、金正恩委員長は、もし、生存権のための対抗手段である核兵器を持たなければ、リビアのカダフィ氏やイラクのフセ
イン氏のように殺さるだろう、というアメリカに対する強い不信と恐怖があるようです。
実際、昨年1月の朝鮮中央通信は「イラクのフセイン政権とリビアのカダフィ政権は、体制転覆を狙う米国と西側の圧力に屈し
て核を放棄した結果、破滅した」と書いています(『東京新聞』2017年9月5日)。
さて、以上を念頭に置いたうえで、今回の9回目の制裁がどれほど有効かを考えてみましょう。
9月11日の国連安全保障理事会は、アメリカが提出した北朝鮮に対する第九回制裁決議案を、中国・ロシアも含めて全会一致
で決議しました。
アメリカの提案の意図は、北朝鮮に核兵器とミサイル開発の資金をできる限り制限することでした。
決議された内容の骨子は以下の5点です。
①原油は昨年並の実績450万バレル(ただし中国からは400万バレル)
②石油精製品は年間200万バレルを上限とする
③液化天然ガス液及び天然ガス副産物の軽質原油コンデンセートの輸出禁止
④制裁委員会の許可がない場合、北朝鮮からの繊維製品の輸出禁止
⑤例外規定(既に働いている労働者)を除き、出稼ぎ労働者に対する就労許可を禁止
反対に、アメリカが兼ねて主張していた、石油の全面禁輸は撤回(部分的制限)され、金委員長と高麗航空の資産凍結、金委員
長の国外渡航禁止は盛り込まれず、公海上での貨物船の臨検(船に乗り込んで積荷を検査する)を同意なく許可するという提案
は、貴国(北朝鮮)の同意が必要、に修正されました。
臨検に関して、北朝鮮が許可することはあり得ませんので、これも事実上廃案となりました。
さて、総合的にみて、今回の制裁決議をどのように評価したらよいのでしょうか。
一部には、アメリカの制裁決議にとにかく中国とロシアが賛成し全会一致であったという点で非常に意義があった、という評価
はあります。
また、アメリカがここまで譲歩したのは、スピードを優先し中国・ロシアを引き入れたかったから、という意見もあります。
今回の制裁決議を高く評価する人は、これだけ短期間(9日間)に決議出来たことが「奇跡的」で、もしこれが有効に働かなけれ
ければ、今度こそもっと厳しい制裁を課す、という主張をする根拠ができたことは大成功だと言います。
確かに、今回の決議で北朝鮮の輸出の9割以上が制裁対象となり、石油およびその精製品供給は30%減少することになります。
ただし、それは、もし決議通り実行されればとい条件付きです
さらに強く今回の決議を評価する人は、最初に高くふっかけておいて、最終的にはしっかりとアメリカの利益を確保する、トラ
ンプ氏お得意のビジネス手法、「ディール」戦略だとも言います。
しかし私は、今回の決議内容はアメリカにとって、到底、成功とは言えないと思います。
アメリカは、石油の全面禁止、貨物船の臨検、金委員長の渡航禁止にしても、中国とロシアの反対で決議案そのものが否決される
ことを予想していました。
中でも、当事国の同意なしに「臨検」を実施するとなると、ほぼ確実に武力衝突が起き、戦争状態に突入してしまいますし、これ
を中国やロシアが認めることは考えられません。
それでも、当初の案を提出すれば、中・ロの反対で否決され、アメリカは国際社会が注目する中で、大恥をかくことになってしま
います。それを避けるための、妥協だったと言えます(注1)
今回の制裁決議が当初のアメリカの提案から大幅に後退してしまったにせよ、せめて、「もし、これらの決議が守られなければ、
さらに今度こそさらに厳しい制裁決議を課す」という一文を入れることができたなら、事態は多少、変わるかもしれません。
ただし、その場合、中国とロシアの同意を得られる見込みがなかったので、それを盛り込まなかったのでしょう。この意味では、
アメリカにとって、積極的な妥協ではなく、消極的(仕方なしの)譲歩だったと言うべきでしょう。
私は、今回の制裁決議には、実質的にはあまり有効性はないと思います。その理由は幾つかあります。
まず、今まで、八回も制裁決議を行い、金融や石炭やレアメタルの輸出禁止など、多くの制裁を課してきました。
それにもかかわらず、地上からの長距離ミサイルだけでなく、潜水艦からミサイル発射にも成功し、2006年には最初の核実験を行い、
今年の9月にはついに水爆の実験にも成功しています。
しかも、制裁決議が可決された3日後の9月15日は、太平洋に向かってミサイルの発射実験を行ったのです。
このように考えると、北朝鮮は制裁を課されるたびに、より強硬な軍事開発を進めてきて、しかも進歩させていることが分かります。
北朝鮮(とりわけ金委員長)が望んでいるのは、自分と国家の生存権の保証であり、そのためには核兵器とミサイルの保持は絶対に
必要だと考えています。
したがって、制裁が加えられれば加えられるほど、一層、生存権を確保するために、核と長距離ミサイルを手放すどころか、さらに
開発を進めるという、アメリカにとっては皮肉な結果になっています。
あるコレア・ウォッチャーは、テレビ番組で、これまで、制裁は北朝鮮の核とミサイル開発のブレーキになることを期待してきたが、
実際にはアクセルになっていると言いましたが、これが実情です。
今回の9回目の制裁が時間の経過によってどのような効果をもたらすかは、分かりません。
ただ、ロシアのカーネギー財団モスクワ・センターのアレクサンドル・ガブリエル氏は、今回の制裁決議について「石油輸出や労働者
受け入れが完全に禁止されず、中国とロシアにとって満足な結果になった」とコメントしています(『東京新聞』2017年9月13日)。
次回は、それでは、この問題にどんな解決方法が考えられるのか、そして、日本にとってどのような影響があり、どのように対応すべ
きか、を考えてみたいと思います。
(注1)『日経ビジネス』ONLIONE (2017年9月15日)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/122000032/091400037/?P=1
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久しぶりにマウンテンバイクでいつものコースを走りました。季節はいつしかもう秋で、彼岸花が咲き、ススキが穂を出していました。
前回の「ヒフミン・アイで観てみよう」では書ききれませんでしたが、北朝鮮がアメリカに対して強気に出ていること、
逆に、アメリカにとって、強く出ることができない事情があります。
それは、1950年から3年続いた「朝鮮戦争」が1953年に休戦に至り、同年7月27日に休戦協定が締結されました。
その第60節には、休戦協定締結後「3か月以内にあらゆる外国軍の軍隊は撤退すること」が明記され、その上で終戦の
ための「平和協定」を結ぶことが大前提となっていました。
アメリカはこの協定を承諾し、署名までしています。
しかし、アメリカは、その実行のための予備会談を拒否し、出席しませんでした。
そして、この年の10月1日には、韓国と「米韓相互防衛条約」を結び、アメリカの軍隊だけが朝鮮半島に居続け、今日に
至っています。
北朝鮮には、「休戦協定」に違反して軍隊を駐留させ続け、「平和協定」のテーブルに着かないアメリカは、国際協定を無
視している、との言い分があります。
もしアメリカ軍の韓国駐留が認められるなら、立場を変えれば中国やロシアが、北朝鮮から依頼されたという名目で、北朝
鮮に軍隊を駐留させて、「斬首作戦」のような軍事訓練を行うことと同じです。
核の問題に関して、現在、核拡散防止条約 (NPT) で核兵器保有の資格を国際的に認められた核保有国はアメリカ、ロシア、
イギリス、フランス、中国のいわゆる「五大核大国」です。
しかし、実際にはNPTを批准していない核保有国にはインド、パキスタン、北朝鮮の3か国があり、表立っては認めていない
けれどイスラエルも核兵器を保有しているとみられています。
インドとパキスタンが核実験を行い、核兵器の開発をしている最中、その事実を知りながらアメリカを始め、「五大核大国」
は今日のように非難や制裁をしませんでした。それどころか、事実上、核保有国として認めてしまっています。
つまり、核兵器は持ってしまえば、「持ち得」、ということ国際社会でまかり通っているのです。
このため、北朝鮮が核兵器を持つことを認めない(特にアメリカ)のは、明らかなダブルスタンダードである、という点に関
して国際社会は明確な反論ができません。
最後に、金正恩委員長は、もし、生存権のための対抗手段である核兵器を持たなければ、リビアのカダフィ氏やイラクのフセ
イン氏のように殺さるだろう、というアメリカに対する強い不信と恐怖があるようです。
実際、昨年1月の朝鮮中央通信は「イラクのフセイン政権とリビアのカダフィ政権は、体制転覆を狙う米国と西側の圧力に屈し
て核を放棄した結果、破滅した」と書いています(『東京新聞』2017年9月5日)。
さて、以上を念頭に置いたうえで、今回の9回目の制裁がどれほど有効かを考えてみましょう。
9月11日の国連安全保障理事会は、アメリカが提出した北朝鮮に対する第九回制裁決議案を、中国・ロシアも含めて全会一致
で決議しました。
アメリカの提案の意図は、北朝鮮に核兵器とミサイル開発の資金をできる限り制限することでした。
決議された内容の骨子は以下の5点です。
①原油は昨年並の実績450万バレル(ただし中国からは400万バレル)
②石油精製品は年間200万バレルを上限とする
③液化天然ガス液及び天然ガス副産物の軽質原油コンデンセートの輸出禁止
④制裁委員会の許可がない場合、北朝鮮からの繊維製品の輸出禁止
⑤例外規定(既に働いている労働者)を除き、出稼ぎ労働者に対する就労許可を禁止
反対に、アメリカが兼ねて主張していた、石油の全面禁輸は撤回(部分的制限)され、金委員長と高麗航空の資産凍結、金委員
長の国外渡航禁止は盛り込まれず、公海上での貨物船の臨検(船に乗り込んで積荷を検査する)を同意なく許可するという提案
は、貴国(北朝鮮)の同意が必要、に修正されました。
臨検に関して、北朝鮮が許可することはあり得ませんので、これも事実上廃案となりました。
さて、総合的にみて、今回の制裁決議をどのように評価したらよいのでしょうか。
一部には、アメリカの制裁決議にとにかく中国とロシアが賛成し全会一致であったという点で非常に意義があった、という評価
はあります。
また、アメリカがここまで譲歩したのは、スピードを優先し中国・ロシアを引き入れたかったから、という意見もあります。
今回の制裁決議を高く評価する人は、これだけ短期間(9日間)に決議出来たことが「奇跡的」で、もしこれが有効に働かなけれ
ければ、今度こそもっと厳しい制裁を課す、という主張をする根拠ができたことは大成功だと言います。
確かに、今回の決議で北朝鮮の輸出の9割以上が制裁対象となり、石油およびその精製品供給は30%減少することになります。
ただし、それは、もし決議通り実行されればとい条件付きです
さらに強く今回の決議を評価する人は、最初に高くふっかけておいて、最終的にはしっかりとアメリカの利益を確保する、トラ
ンプ氏お得意のビジネス手法、「ディール」戦略だとも言います。
しかし私は、今回の決議内容はアメリカにとって、到底、成功とは言えないと思います。
アメリカは、石油の全面禁止、貨物船の臨検、金委員長の渡航禁止にしても、中国とロシアの反対で決議案そのものが否決される
ことを予想していました。
中でも、当事国の同意なしに「臨検」を実施するとなると、ほぼ確実に武力衝突が起き、戦争状態に突入してしまいますし、これ
を中国やロシアが認めることは考えられません。
それでも、当初の案を提出すれば、中・ロの反対で否決され、アメリカは国際社会が注目する中で、大恥をかくことになってしま
います。それを避けるための、妥協だったと言えます(注1)
今回の制裁決議が当初のアメリカの提案から大幅に後退してしまったにせよ、せめて、「もし、これらの決議が守られなければ、
さらに今度こそさらに厳しい制裁決議を課す」という一文を入れることができたなら、事態は多少、変わるかもしれません。
ただし、その場合、中国とロシアの同意を得られる見込みがなかったので、それを盛り込まなかったのでしょう。この意味では、
アメリカにとって、積極的な妥協ではなく、消極的(仕方なしの)譲歩だったと言うべきでしょう。
私は、今回の制裁決議には、実質的にはあまり有効性はないと思います。その理由は幾つかあります。
まず、今まで、八回も制裁決議を行い、金融や石炭やレアメタルの輸出禁止など、多くの制裁を課してきました。
それにもかかわらず、地上からの長距離ミサイルだけでなく、潜水艦からミサイル発射にも成功し、2006年には最初の核実験を行い、
今年の9月にはついに水爆の実験にも成功しています。
しかも、制裁決議が可決された3日後の9月15日は、太平洋に向かってミサイルの発射実験を行ったのです。
このように考えると、北朝鮮は制裁を課されるたびに、より強硬な軍事開発を進めてきて、しかも進歩させていることが分かります。
北朝鮮(とりわけ金委員長)が望んでいるのは、自分と国家の生存権の保証であり、そのためには核兵器とミサイルの保持は絶対に
必要だと考えています。
したがって、制裁が加えられれば加えられるほど、一層、生存権を確保するために、核と長距離ミサイルを手放すどころか、さらに
開発を進めるという、アメリカにとっては皮肉な結果になっています。
あるコレア・ウォッチャーは、テレビ番組で、これまで、制裁は北朝鮮の核とミサイル開発のブレーキになることを期待してきたが、
実際にはアクセルになっていると言いましたが、これが実情です。
今回の9回目の制裁が時間の経過によってどのような効果をもたらすかは、分かりません。
ただ、ロシアのカーネギー財団モスクワ・センターのアレクサンドル・ガブリエル氏は、今回の制裁決議について「石油輸出や労働者
受け入れが完全に禁止されず、中国とロシアにとって満足な結果になった」とコメントしています(『東京新聞』2017年9月13日)。
次回は、それでは、この問題にどんな解決方法が考えられるのか、そして、日本にとってどのような影響があり、どのように対応すべ
きか、を考えてみたいと思います。
(注1)『日経ビジネス』ONLIONE (2017年9月15日)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/122000032/091400037/?P=1
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久しぶりにマウンテンバイクでいつものコースを走りました。季節はいつしかもう秋で、彼岸花が咲き、ススキが穂を出していました。