大木昌の雑記帳

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二つの原爆犠牲者慰霊平和祈念式典―69年目の広島と長崎―

2014-08-26 07:13:49 | 社会
二つの原爆犠牲者慰霊平和祈念式典―69年目の広島と長崎―

毎年恒例の「原爆犠牲者慰霊平和祈念式典(以下に「平和式典」と略す)が,今年も8月6日には広島で,8月9日には
長崎の二か所の被爆地で行われました。

広島と長崎での平和の式典ではそれぞれの市長による「平和宣言」と市民代表による「平和への誓い」のスピーチと,首相による
「あいさつ」が行われます。

今回は,広島と長崎の「平和宣言」と「平和への誓い」を比較してみたいと思います。まず,日にち順に広島での平和式典の様子を,
見てみましょう。

松井一実,広島市長のスピーチ(注1)の中で,大切なメッセージは以下の3点です。

①悲惨な結果をもたらす「絶対悪」をこの世からなくすためには,憎しみの連鎖を生みだす武力ではなく,国籍,人種,宗教などの
違いを超えて未来志向の対話ができる世界を築く必要がある。

②ヒロシマ・ナガサキの悲劇を三度繰り返さないために,そして核兵器もない,戦争もない平和を築くために被爆者とともに
 伝え考え,行動しよう。

③唯一の被爆国である日本の政府は今こそ,日本国憲法の崇高な平和主義のもとで六九年間戦争をしなかったことを重く受け止め,
 来年のNPT(核不拡散条約)再検討会議に向け,核保有国と非核保有国との橋渡し役を果たしてほしい。

全体の半分近くは,当時の中学生が見聞した,原爆投下により人々がいかに悲惨な目にあったかの生々しい描写の引用で埋められています。
これは松井氏の過去のスピーチも同様で,彼の「平和宣言」のスタイルなのでしょう。

私が松井市長のスピーチで注目したのは,核兵器を「絶対悪」としている点,そして六九年間戦争をしてこなかったことを重く受け止
めるべきである,という部分です。

特に,松井氏は「絶対悪」という言葉を4回も使っていることから,核兵器を断罪する気持ちが非常に強いことを見て取れます。

しかし,過去3回の宣言では言及してきた東京電力福島第一原発事故には,なぜか今回は触れませんでした。なぜ今年はないのかを
尋ねられて松井氏は「原発の依存度を減らし、安全性を確保できれば再稼働するという方向が出ている」と,政府の方針を追認して
います(注2)。

たとえば、原発事故が起きた2011年(平成23年)の「平和宣言」で松井氏は,「『核と人類は共存できない』との思いから脱原発
を主張する人々がいる」と語っています。

ちなみに,「核と人類は共存できない」という言葉は,哲学者・森滝市郎氏(1901~94年)が1975年に打ち出した思想です。

私は,川内原発をはじめ,政府が原発再稼働を進めている,その最中であるだけに,少しでも原発事故に触れてほしかった,
と思いました。

また,1991年(平成3年)の平岡敬広島市長の「平和宣言」では「日本がかつての植民地支配や戦争でアジア太平洋地域の人々に
大きな苦しみと悲しみを与えた。私たちは,そのことを申し訳なく思う」(注3)と,過去の日本の行為に対する反省が語られました。

しかし,今回の松井氏の「平和宣言」は日本の過去にはまったく触れていません。

市民代表(広島の場合は子供代表で二人の小学六年生)の「平和への誓い」は,心に響く言葉がたくさんあります。

とりわけ私は,「当たり前であることが,平和なのだと気がつきました」,「私たちは,もう行動をはじめています。友だちを大切にし,
優しく接しています」,「平和について,これからについて,共に語り合い,話し合いましょう。

たくさんの違う考えが平和への大きな力になることを信じて」,という部分に私は強く共感します。

次に,広島の3日後に行われた長崎での平和式典における市長と市民代表の「平和宣言」を見てみましょう。

田上富久市長の「平和宣言」は,広島の松井市長のスピーチとは異なり,平和へかなり突っ込んだ内容となっています。

全文は紙面で確認していただくとして,私が特に強調したいのは以下の8点です。

①広島・長崎の原爆投下以降,戦争で核兵器が使われなかったのは,被爆者の存在とその声があったから。

②核兵器の保有国とその傘の下にいる国は,核によって国の安全を守ろうとする考えを依然として手放そうとせず,核兵器の禁止を
 先送りしている。

③日本政府は核兵器の非人道性を一番理解している国として「核兵器のない世界」を実現するため先頭に立ってほしい。

④日本政府に「北東アジア非核兵器地帯構想」を検討するよう提言する。現在,この構想には日本の500以上の自治体の首長が
 賛同している。

⑤集団的自衛権の議論を機に「平和国家」としての安全保障のあり方にさまざまな意見が交わされている。

⑥長崎は「ノーモア・ナガサキ」とともに、「ノーモア・ウォー」と叫び続けてきた。日本国憲法に込められた
 「戦争をしない」という誓いは、 被爆国日本の原点であるとともに、被爆地長崎の原点でもある。

⑦平和の原点がいま揺らいでいるのではないか、という不安と懸念が、急ぐ議論の中で生まれている。
 日本政府にはこの不安と懸念の声に、 真摯に向き合い、耳を傾けることを強く求める。

⑧東京電力福島第一原子力発電所の事故から3年が経ったが,今も多くの方々が不安な暮らしを強いられている。
 長崎は今後とも福島の一日も早い復興を願い、 さまざまな支援を続けていく。 

以上,田上市長の宣言は,核兵器の廃絶は当然のこととして,核保有国とその傘の下にいる国(暗に日本を指している)が
核を手放そうとしないことを強く批判しています。

⑥と⑦は,核兵器だけでなく戦争そのものに反対する明確な姿勢と,平和の原点である,日本国憲法に込められて
「戦争をしない」という誓いが揺らいでいるのではないか,という不安と懸念を表明しています。

これらは明らかに,憲法9条の解釈改憲や集団的自衛権の閣議決定,特定秘密保護法など,安倍政権が急いで,強引に
推進している動きにたいする懸念と批判を表わしています。

そして締めくくりに,広島の松井市長は触れなかった,福島の原発事故にも触れています。田上市長は,原発がたんに
危険なエネルギー源であるだけでなく,核兵器の原料となるプルトニウムを作り出してしまう,被爆地としては許すこ
とのできない設備であることにも強く反発を感じていることが分かります。

自民党の一部には,日本が核兵器の潜在能力を保持するためにも原発を維持する必要がある,との考えを持っている人
がいることを考えると,田上市長が福島の原発事故に触れ,懸念を述べたことは,とても良く理解できます。

ところで,長崎の平和式典では,市長の「平和宣言」と同様,政府に対する鋭い批判の矢が,被爆者代表の城臺美弥子
さん(75才)の「平和への誓い」で直接,安倍首相に向けて放たれました。

城臺さんは幼い時の被爆体験,放射能による友人や孫の死を身近にみてきました。そして非人道的な核兵器禁止条約の
実現のため,日本政府は世界のリーダーとなって先頭に立つべきだと述べました。

続いて,城臺さんは現政権に対する厳しい批判の言葉を投げかけます。

  現在の日本政府は,その役割を果たしているのでしょうか。今,進められている集団的自衛権の行使容認は,日本国憲法
  を踏みにじる暴挙です。
  日本が戦争できるようになり,武力で守ろうというのですか。武器製造,武器輸出  は戦争への道です。いったん戦争
  が始まると,戦争は戦争を呼びます。
  日本の未来を担う若者や子供たちを脅かさないでください。被爆者の苦しみをなかったことにしないでえください。

城臺さんは,原発事故のために,いまだに故郷に帰れない人たち,小児甲状腺がんの宣告を受けておびえ苦しんでいるのに,
原発再稼働を行っていいのか,と問い詰めました。

実は,「日本国憲法を踏みにじる暴挙です」という文言は,現行では「武力で国民の平和を作るといっていませんか?」
となっていました。

しかし,読み上げる直前に差し替える決意を固めたようです。待機席で登壇を待っている時,来賓席に座る安倍晋三首相ら
政治家たちの姿が目に入ったのがきっかけだった」,「憲法をないがしろにする政治家たちを見て,怒りがこみ上げてきま
した」と述べています。

式典終了後は穏やかさを取り戻し,「政治家の皆さんに,今日のことを少しでも覚えていてほしいという気持ちもあります」
と振り返ったそうです。(『東京新聞』2014年8月10日)

式典後に安倍首相と面会した被爆5団体の代表らは「集団的自衛権は要らない」などと抗議の意思を表明しました。
これに対し、安倍首相は
「切れ目のない安全保障の仕組みが抑止力になる」と,ほとんど国会答弁の言葉をおうむ返しに言っただけでした(注4)。


(注1)市長の「平和宣言」と市民の「不戦の誓い」は,8月7日(広島)と10日(長崎)の新聞各紙で掲載されていますが,
    市長の「平和宣言」はそれぞれの市のホームページで全文を見ることができます。
    広島
     http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1110537278566/
    長崎 http://www.city.nagasaki.lg.jp/peace/japanese/appeal/
(注2)『朝日新聞』(電子版 2014年8月16日)
    http://digital.asahi.com/articles/DA3S11301898.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11301898
(注3)2011年(平成23年)のスピーチ
    http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1341980034938/index.html
上記の広島市のホームページから,過去の市長の「平和宣言」全文を全て見ることができます。
(注4)『朝日新聞』(デジタル版,2014年8月10日)
    http://www.asahi.com/articles/DA3S11293713.html
 

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