中山道ひとり歩る記(旧中山道を歩く)

旧中山道に沿って忠実に歩いたつもりです。

・芭蕉の道を歩く
・旧日光街道を歩く

海外旅行の予定105ヵ国(初めての海外旅行 2)

2017年01月07日 02時42分22秒 | 初めての海外旅行
(旅立ち 2)

外国旅行の訪問目標を105カ国と書いたら、
「何でそんなに経済力があるのですか、
余ほどお金持ちなのですね。」と、
随分金持ちであると思われたが、実際はそうではない。
お金を稼げるだけの能力を持っていただけのことである。

定年後にやりたいことを残しておいた。
しかし暇はあれど肝心の金が無い。
そこで1週間に2日だけ働き、
残り5日間やりたいことが出来る仕事は無いものかと探した。
希望を求めて探し回ったが、
そんな都合の良い仕事があるわけが無い。
半ば諦めて、現役時代の延長のようなフルタイムの仕事が見つかった。

面接に行くと、人事の方、
採用部署の係りの人、
採用部署の担当部長さん、
入れ替わり立ち代り面接を受けて、
最後に社長さんが出てきた。
随分大ごとになったと思ったが、
その際、本来の希望(週二日間働く)を述べた所、
先方が採用したいのは、
実は週二日働いてくれる人だったのである。
しかし、二日だけでは来てくれる人も無く、
やむを得ずフルタイムで募集することに
決めた矢先であった、と言う。


お互いの希望が合致してとんとん拍子に話は進んだ。
ところが仕事を実際には、
どのようにやるのかがよく解らないので、
「具体的に一日見学させて欲しい」と頼んだ。
この間はアルバイト待遇、時間給1750円。

翌日一日、仕事を見学した。
仕事の内容は、前時代的なやり方であったので、
その日のうちに五項目の改善をお願いして、
その改善が出来なければ仕事をお受け出来ないと、
改善要望書を提出した。

世界に冠たるアメリカの会社である。
しかも、この会社が商品を発明した先駆者で、
アメリカではこの商品を持って居ないと、
生活が出来ないとまで言われている。
当時は、世界のビッグスリーに入っている会社である。

2日目、社長がわざわざ現場にやって来て、
「すぐには出来ないが改善します。」
の約束の言質を取って、仕事をすることにした。
この仕事の収入がボクの計画の、
すべての旅行費用になった。

この話を友人にすると、
「お前、採用してもらう面接試験に行って、
注文をつけてくるなんて、
採用される側の身分だよ、
すごく強気だな」と言われた。

就職の採用試験は、大学を卒業した時と、今回で2回目。
学校を卒業したときは、
就職難で是が非でも職に有り付かなければならず、
必死であったが、
今回は自分に合った仕事を探そうとしたから、
気楽であった。

話を戻そう。
定年後の生活費は定年になった時点で、
年金+αで賄えるようにしてあった。
さらに言えばボクが55歳の時点で、
二人の子供は大学を卒業し、
定年の時には結婚して独立していた。
また住宅ローンも完了していたのである。

決して金持ちではない。
どちらかと言うと、人生の時間割を
きちんとこなしてきたことは確かである。

何歳までに子供を生み終え、
何歳までに住宅ローンを終える。
子供の結婚、独立にしても、
何歳までには独立するよう話をしてあった。
子供たちがパラサイト・シングルにでもなったら、
それこそボク達の老後は無い。

誰にも平等に与えられた時間を意識して、
その時間を一所懸命まじめに、
そして有効に使った者が人生を制する。

と簡単に書いたが、
実際の所ヨーロッパへ一つの旅行をするのに、
20年前には二人で百四十万円は必要であった。

(つづく)



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