うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 山頭火の世界 五十六

2009-09-22 05:53:19 | 日記

草のうつくしさはしぐれつつしめやかな<o:p></o:p>

時雨がいっとき街道を見舞います。砂塵に汚れた葉をきれいに洗います。萎れかけた草も立ち直っていき、しっとりとした青味が蘇えりました。<o:p></o:p>

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洗へば大根いよいよ白し<o:p></o:p>

眼に眩しい白さとよく言いますが、収穫した大根を井戸端で洗います。次々と農夫の陽に焼けた黒い手で洗われていき、その白さが際立っていきました。<o:p></o:p>

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しぐぐる土をうちおこしては播く<o:p></o:p>

時雨に濡れた畑の土は黒々と、艶っぽくさえあります。農夫の顔がほころび、鍬持つ手にも力が入ります。起こされた土が大きく息を吸っては吐くようです。種子に願いをかけて播きます。山頭火も豊作を念じて見守るのです。<o:p></o:p>

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影もぼそぼそ夜ふけのわたしがたべてゐる 自嘲<o:p></o:p>

仄かな灯りに自分の姿が、障子に黒い影となって映っています。ひとり黙々と箸をすすめる等身大の様が侘しく感じました。ぼそぼそと映る影までが、がたまらなく自分が嫌になりました。<o:p></o:p>

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ひよいと芋が落ちてゐたので芋粥にする<o:p></o:p>

天からの恵み物です。ひょいとが笑わせます。早速と言ったところでしょう。芋も幸せです。天下の山頭火に拾われ、胃の腑に収まったのですから。ところで芋は馬鈴薯でしょうか、薩摩芋でしょうか、戦中戦後と芋粥は結構頂きました。芋は薩摩芋に限ります。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山頭火の世界 五十五

2009-09-21 04:48:39 | 日記

たちどまると水音のする方へ道<o:p></o:p>

道が二手に別れています。さてと立ち止まれば、このあたりの呼吸は旅人の面目躍如たるものがあります。二手の道に目をやるまでもなく、行く道は決まりです。美味しい水の期待に胸は膨らみ足が軽くなりました。<o:p></o:p>

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ほんのり咲いて水にうつり<o:p></o:p>

森閑とした空気の中に岩水が流れ落ち、それに手を差し出し口へ運びます。水好きの旅人にとっては至福のときです。おまけに背後に咲く花々が水面に影を作ります。<o:p></o:p>

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ふるさとの土の底から鉦たたき<o:p></o:p>

故里での行乞にはどこか緊張を覚える山頭火です。叩く鉦もいつもと違う音色です。足元の地面の下から聞こえてくるような、陰にこもる音色です。<o:p></o:p>

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風は何よりさみしいとおもふすすきの穂<o:p></o:p>

秋が深まり、風も木枯らしに近く肌身にこたえます。秋を月とともに演出したすすきも既に峠を越して、吹く風にそよぐこともなく穂を重たげに傾けてしまいます。<o:p></o:p>

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産んだまま死んでゐるかよかまきりよ<o:p></o:p>

冷めた眼で自然界を見る山頭火です。かまきりの体はすでに枯葉のように変色しています。それでも草の葉にしがみついていますが、すでに生きてる兆しは見られません。それでも子孫を植えつけられていました。<o:p></o:p>

山頭火の昆虫記です。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山頭火の世界 五十四

2009-09-20 05:07:01 | 日記

にぎやかに柿をもいでゐる<o:p></o:p>

秋の日差しが庭一面に広がります。鈴なりの柿が艶やかに映えます。子供も大人も一緒になっての収穫です。よき時代の田舎の光景です。<o:p></o:p>

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からむものがない蔓草の枯れてゐる<o:p></o:p>

誰も相手にしてくれぬといった侘しさが感じられます。蔓は絡む木々もなく地を這いあてもなくさ迷い、やがて命絶えます。<o:p></o:p>

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墓場あたたかうしててふてふ<o:p></o:p>

暗い墨絵のような墓場が見通せます。しかし日差しは温かく、草花がそんな墓場に色づけして、ほっとした気分にさせてくれました。蝶ちょまでが懸命に仲間入りです。<o:p></o:p>

 

わかれて遠い人を、佃煮を、煮る<o:p></o:p>

何の変哲もない日々が過ぎて行きました。気怠い気分が横溢しています。そんな時、気分転換が必要です。何か一点に集中して緊張感を持ちたいものです。遠い日々に行き来した人が脳裏に浮んでは消えていきました。<o:p></o:p>

 

鎌をとぐ夕焼けおだやか<o:p></o:p>

農家の庭先、野良仕事を終え腰を下ろした農夫は、明日の仕事の準備を怠りません。砥石に鎌をあてた頑丈な腕が、夕焼けを真っ向に受けて黒々と光ります。きっと明日も野良作業は、はかがいきそうです。<o:p></o:p>

 

あたたかい白い飯が在る<o:p></o:p>

幸福感一杯に溢れています。人間何が不幸かといえば食事に事欠く日常です。白い飯が炊きあがりました。言うことはありません。おかずも要りませんよ。飯だけで十分、美味しいです。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山頭火の世界 五十三

2009-09-19 05:06:09 | 日記

酔いざめの風のかなしく吹きぬける 自責<o:p></o:p>

自責とわざわざ題します。酔いざめの水を甘露甘露と、飲む心境とはいかないようです。昨夜の酔態が脳裏を走り、心を苛むといったところですか。酒のすえた臭いを消そうと窓を思い切り開け放ちました。しかし逆効果、風はこころを虚ろにして吹き抜け、一段と悲しみに打ちしがれるのです。<o:p></o:p>

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啼鴉いたとて誰も来てはくれない<o:p></o:p>

カラスがもの悲しく啼きます。「お前も仲間を呼んでいるのか、ついでに私の友達も呼んでくれないか。」無情にカラスは仲間を見つけたのか、あっさりと飛び立っていきました。<o:p></o:p>

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山羊はかなしげに草は青く<o:p></o:p>

草原につながれた山羊は、陽が落ちかけなければ誰も迎えにはきません。草を食むことにも飽きた山羊は孤独です。白い体をときたま震えるように動かします。草の青さがそれに沁みこむようです。<o:p></o:p>

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ひらひら蝶はうたへない<o:p></o:p>

花から花へ蜜を求めて蝶は舞います。静かな昼下がり、森閑とした空間に蝶は舞います。伴奏もなくひたすら舞います、歌を口遊むこともなく。鮮やかな無言劇です。<o:p></o:p>

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ぬれててふてふどこへゆく<o:p></o:p>

にわか雨が駈け抜けて行きました。花畑は一瞬にして雨の煙幕に覆われたようです。蝶も慌てて飛び立っていきましたが、雨に濡れて体が重くはないのですか。じっとしていなさい。ほら、雨は通り過ぎましたよ。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 後期高齢者の日めくり その五十六

2009-09-18 08:03:26 | 日記

台風避けて早目の彼岸参り<o:p></o:p>

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九月十八日() 晴れ<o:p></o:p>

よくテレビのニュースでお目にかかるシーンですが、旅先で台風に遭い、駅などで足止めを喰らった人たちのことです。あたしは毎度そんなシーンを見、アナウンサーの取材にぼやいて見せる旅行客が、不思議でならないわけです。<o:p></o:p>

台風発生時から、その進路が克明に報じられているのに、何も選りに選ってそんな時に台風に向って、出張や旅行に出ることないだろうにと、テレビに向って怒ったり呆れて見せるのです。かみさんはそんなあたしに、お仕事じゃ仕方ないし、また旅行も前々から計画して予約してあるのだから、出かけるしかないのよ。と擁護するわけです。それは仕事ではそうかも知れないが、物見遊山の旅ならキャンセルすればいいことだよと、あたしは撥ね付けます。かみさんの擁護もまた執拗です。<o:p></o:p>

あたしたちみたいに、世の中暇人ばかりではありません。この日を逃したら、いつ休暇が取れるか分からない人たちもいるのです。おとうさんみたいに頭からけなしていては気の毒よ。あたしもしかしと抵抗します。もし大事故につながったらどうするんだ、命あっての物だねだよと。<o:p></o:p>

こんな会話を飽きもせずに、そうしたニュースに接する度に繰り返しているわけです。<o:p></o:p>

今回もお彼岸が巡ってきまして、そして本州のはるか南方海上に台風14号発生のお天気ニュースです。天気図が映し出され、日にちごとの針路が解説されます。どうやら彼岸の入りに台風は関東周辺に上陸か接近する模様なのです。日ごろごちゃごちゃ言ってる手前もありますので、かみさんに相談です。どうやらこの分だと墓参りにぶつかるから、明日行こうと持ちかけます。雨や風に見舞われての墓参はみじめだよと。なにしろ茨城→千葉→東京は練馬と遠方なのです。かみさんも早い分には差し支えないからそうしましょうと、一件落着となりました。<o:p></o:p>

そんなわけで今年の秋の彼岸参りは、三日早い昨日済ませてきました。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山頭火の世界 五十二

2009-09-18 05:39:42 | 日記

水音とほくちかくおのれをあゆます<o:p></o:p>

遠く寄せては返す波音が、風向きによって遠く近く、耳を弄したりやさしく耳をくすぐり、旅人を落ち着かせません。急かされるように一歩一歩足を運びます。<o:p></o:p>

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みんなかへる家はあるゆふべのゆきき 大阪道頓堀<o:p></o:p>

大阪の俳友たちと昨夜は一献傾け、友の近況など話題は尽きず、俳句談議にも熱が入った筈です。さてお開きとなれば、それぞれみな家路を急ぎます。山頭火さん、今夜の寝所は確保してあるのですか。<o:p></o:p>

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更けると涼しい月がビルの間から<o:p></o:p>

日中の暑さが嘘のようです。人通りもまばらの都会の深夜です。涼風が頬に当たります。それにも増して天上の月までも涼しげに顔を覗かせました、ビルの間から。<o:p></o:p>

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七月二十二日帰庵<o:p></o:p>

ふたたびここに草もしげるまま<o:p></o:p>

やっと帰ってまいりました。草庵の趣に変化はありません。ただ迎えの声が聞けぬのが、いささか淋しそうです。しかし強気にかえります、庭の草の生い茂った様に賑わいを見ます。<o:p></o:p>

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わたしひとりの音させてゐる<o:p></o:p>

孤独感がひしと迫ります。一人きりの佇まいに余分な物音は滅多聞かれません。音の根源はすべて自分からです。足音、炊事の包丁と俎板の合奏ですか、手を休めれば一瞬にして静寂が溢れます。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山頭火の世界 五十一

2009-09-17 04:53:05 | 日記

花が葉になる東京よさようなら<o:p></o:p>

東京滞在はいかがでしたか。中央俳壇といろいろ交遊がなされたようですね。観光もなされましたか。お花見の季節、花見は上野ですか、或は隅田川でしたか。<o:p></o:p>

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こころむなしくあらなみのよせてはかへし 日本海岸<o:p></o:p>

荒涼とした海、岩に押し寄せる荒波が砕けて白く四散します。ひねもすのたりの穏やかな海は望めそうもありません。この海は母の温かく差し伸べる様相もなく、心は冷え切ります。<o:p></o:p>

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砂丘にうづくまりけふも佐渡は見えない<o:p></o:p>

茫洋とした海原にしばし我を忘れています。日本海の暗い空模様は己を拒絶しているように、陽も無情に顔を見せません。沖合いの佐渡はいつになったら望めるのでしょうか。旅人は砂丘に腰を落とし膝をかかえて、しばし時間を過ごします。<o:p></o:p>

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水底の雲もみちのくの空のさみだれ<o:p></o:p>

荒れる海が、曇天の雲の足早に移行する様を浮かせます。見上げればさみだれが落ちてきました。海は表情を変えずに呑みこんでいきます。<o:p></o:p>

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あうたりわかれたりさみだるる<o:p></o:p>

荒れる海岸を行きます。空模様もそれに習ってさみだれを降らせます。そして瞬時に陽を覗かしたり、雲間にかくれて雨を落します。<o:p></o:p>

さみだれも旅人にとっては旅の友として、歓迎したい自然の恵みではないでしょうか。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 医者通いも楽じゃありません

2009-09-16 06:10:25 | 身辺雑記

皮膚科に掛かって正解<o:p></o:p>

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発疹が治っては出るの繰り返しで、泌尿器科の薬の副作用と判断、服用を中止していたのですが、どうも思わしくありません。薬がまだ体内に残っているのか、さし当たって買い薬を塗りたくっているのですが、どうも埒があきません。こうなっては皮膚科に行くしかありません。<o:p></o:p>

そこで以前に孫が皮膚科に掛かっていたことを思い出し、場所を訊きますと、あたしも知っている医院の名前を言います。<o:p></o:p>

「それって、美容整形の医院じゃないの?」あたしの問いに孫は「形成外科と別に普通の皮膚科もあるわよ」といった返事です。なるほど、そこなら自転車で行けるしOKです。<o:p></o:p>

早速電話してみますと、明後日10時半の予約となりましてホッとします。それに受付嬢の「大事にお出かけ下さい」なる言葉に前途が何となく明るくなった気分になりました。<o:p></o:p>

医院は新しく、駐車場もたっぷりと広く、建物自体もなかなかモダンであります。それより待合室の患者は女性ばかりなのには驚きで、どうやら形成外科が専門と見ました。受付で一昨日電話で…、受付嬢はあたしに最後まで言わせず、うたのすけさんですね。と言ってくれます。前途に光明ありで、ゆったりとソファーに掛けて備え付けの新聞を広げました。<o:p></o:p>

「うたのすけさん、第一診察室へどうぞ…。」のアナウンスがあり診察室へ入ります。驚くには当たりませんが女の先生です。さっそく症状を説明して、発疹の患部を診ていただきます。先生の診断は「お薬の副作用の症状ではありません。寒い時期の湿気の関係で乾燥肌になり、痛んだ肌が夏場にきて発疹が出るのです。冬には出ないでしょう。」と力強いものです。<o:p></o:p>

そうかもと直ぐ納得です。昨年も夏に同じ症状が出て、その時のお医者さんは、虫刺されだという診断で治療を受けたのです。<o:p></o:p>

まあ一安心したわけでして、塗り薬と飲み薬を処方していただき帰宅であります。おかしなもので、いや有難いことにここ四五日ですが、発疹もぴたりと出なくなり気分も爽快、どうやら先生の副作用ではありませんの一言が効いたような気がします。泌尿器科の薬の服用も再開したのですが、異常ないのです。どうやら精神的な面も多々あるような気もしないではありません。<o:p></o:p>

ここであたしは悟りました。原因は肌が老化現象でカサカサになっての発疹であると。よって来年の夏を念頭に、この冬は肌の保湿に心がけようと決心した次第であります。そういえば、死んだ親父も晩年湿疹に苦しんでいて、風呂上りに全身お袋にムヒを塗ってもらっていました。<o:p></o:p>

悪いところはよく似るものです。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山頭火の世界 五十

2009-09-16 05:23:24 | 日記

うららかな鐘を撞かうよ<o:p></o:p>

季節は春らんまん、いい気候です。鐘撞堂の釣鐘が日差しに映えて、黒く光沢を発します。気分一新、鐘でも撞きますか。<o:p></o:p>

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春の海のどこからともなく漕いでくる 浜名湖<o:p></o:p>

のたりのたりの春の海ですか、のんびりと言うより、気だるさが周りの空気にたちこめています。釣り船か、ボートですか、鏡のような水面をすうーっとこちらに向ってまいります。時間が止まっているような静けさでした。<o:p></o:p>

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鎌倉はよい松の木の月が出た<o:p></o:p>

古都鎌倉の宵。静寂があたりに染み入っています。古木の松の粛然とした枝振りが、月を迎えるように手を広げているようです。<o:p></o:p>

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また一枚ぬぎすてる旅から旅<o:p></o:p>

気楽な旅のようです。陽気は一日一日と良くなり、時には汗ばむほどです。法衣の下の重ね着していた袷を脱ぎます。そしてもう一枚襦袢も脱ぎました。もう夏は目の前です。<o:p></o:p>

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ほつと月がある東京に来てゐる<o:p></o:p>

昭和初期の東京です。地方に住み、田舎路をより多く行乞する山頭火にとって、東京は一時逗留したことはあっても、どこか馴染めない場所であろうと推察します。<o:p></o:p>

そんな東京でも魅力は在る筈と、探究心は旺盛です。手始めにビルの谷間に上る月を見てほっとした山頭火です。<o:p></o:p>


うたのすけの日常 山頭火の世界 四十九

2009-09-15 06:34:01 | 日記

春潮のテープちぎれてなほも手をふり 門司埠頭<o:p></o:p>

出航の微笑ましい光景です。山頭火は一人岸壁を離れるデッキに立ちます。沢山のテープがデッキと埠頭を繋ぎ、色鮮やかな絨毯を敷き詰めたようです。ひと際たかくドラの音が響き、次々とテープは切れていきました。デッキの男性、埠頭に立つ女性、必死に手を振り合います。<o:p></o:p>

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ふるさとはあの山なみの雪のかがやく ばいかる丸にて<o:p></o:p>

汽船のデッキに立ち尽くす山頭火です。帰郷ですか、故郷を離れる船旅ですか。遥かに望めば、懐かしい故郷の山々が雪を抱いて輝いております。<o:p></o:p>

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春の雪ふる女はまことうつくしい 寶塚へ<o:p></o:p>

宝塚歌劇の鑑賞ですか。レビューのテーマは春雪と言ったところでしょう。宝塚ジェンヌの美しさに圧倒される山頭火、まことに…に力がこもります。<o:p></o:p>

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あてもない旅の袂草こんなにたまり<o:p></o:p>

袂草イコール袂糞と解します。和服の袂に自然とゴミがたまります。これを称して袂糞と言いますが、マメな人でしたら、返して刷毛ではたき落とします。これは洋服のポケットも同じことです。<o:p></o:p>

さすが山頭火、袂糞を袂草ときれいに言い替えて見せました。長い旅路、何気なく袂の中を探れば、自然と溜まったゴミの数々、たまには返して旅の垢を捨てましょう。<o:p></o:p>

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たたずめば風わたる空のとほくとほく<o:p></o:p>

旅の空、一息入れて見上げる空は果てしなく、雄大に広がっています。その空間に吹き渡る風は、旅人の心を癒して行きます。<o:p></o:p>