自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

口蹄疫対策の最前線、感染源と感染経路の疫学調査

2011-09-15 14:35:41 | 牛豚と鬼

 英国で2007年8月に肉牛で発生した口蹄疫は、疫学調査により感染源が明らかになり、感染拡大の恐れはないと判断してワクチンは使用せず、実際に2件の発生で一旦は終息宣言を出すことができました。しかし、9月に同じウイルスによって最初の発生地から20kmも離れた農場で再発生しています。この時もワクチンは準備されましたが使用はしていません。しかし、疫学調査を徹底して6件の発生で終息させています。その農場の位置と疫学調査の結果は、文献17)とWebサイト(pdfファイル)18)を引用して図(スライド10)に示しています。
 このように英国の2007年口蹄疫発生17,,18)(pdf)では、口蹄疫対策の最前線で徹底した疫学調査を実施して被害を最小に抑えるとともに、農場全殺処分という防疫方針が実際に感染している患畜の10倍近くの家畜を殺処分していることを明らかにしました。また、この疫学調査の結果は、2011年5月に「口蹄疫が感染する時期は症状発現後2日以内と短い」ことを明らかにした画期的な感染実験の研究報告15, 19(ビデオ), 20)につながっています。

1.2007年8月の英国口蹄疫
 2007年8月3日に英国で最初に発生が確認された口蹄疫の感染源は、その感染農場(IP1b, IPはInfected Primisesの略号)から4.6km北にあるパーブライトの動物衛生研究所とメルアル社の敷地から下水管の破損と大雨により流出した口蹄疫ウイルス(O1 BFS 1860)であることがウイルス遺伝子の塩基配列分析によって24時間以内に判明し、口蹄疫防疫方針により5日以内の8月8日までにワクチン接種体制の準備を完了しています。このウイルスは1986に英国で発生したものですが、その後は世界で発生がなく、口蹄疫ワクチン製造用の参照株として使用されたものと思われます。
 詳細な疫学調査によって、8月6日に最初の口蹄疫発生農場から半径3km以内の防御区(Protection Zone, PZ)で、2件目の感染農場(IP2b:IP1bから1.7km、パーブライトから2.9km)が見つかりました。この2件の発生で8月の口蹄疫発生は終息し、8月24日に制御区は発生農場から半径10km以内の監視区(Surveillance Zone, SZ)に移行され、8月25日にはEU内の貿易制限も解除されています。そして9月8日には監視区も解除されて終息宣言が出されています。まさに1件目の届出で口蹄疫を封じ込めてしまい、ワクチンの必要もない程早い終息宣言でしたが、これで終息したのではなく9月に再発生してしまいました。

2.2007年9月の英国口蹄疫
 2007年9月12日、8月に監視区域に指定され徹底的に疫学調査した半径10kmよりさらに外側10kmにある農場(IP3b:IP2b から20.2km、パーブライトから17.3km)で口蹄疫の再発が確認されました。この届出により9月13日に4件目(IP4b:IP3b から1.2km、パーブライトから16.2km)、9月17日に5件目(IP5:IP4b から2.4km、パーブライトから13.9km)の発生農場が疫学調査によって確認されました。その後も届出により、9月21日に6件目(IP6b:IP3b から2.0km、パーブライトから18.8km)の発生が確認されるとともに疫学調査により9月24日に7件目(IP7:IP3b から2.6km、パーブライトから16.2km)、9月30日に8件目(IP8b:IP7 から3.6km、パーブライトから19.6km)と、9月には6件の発生が確認されています。
 このように8月を含めて合計8件の発生がありましたが、届出があった周辺の疫学調査を迅速に実施することで新たな感染農場を確認することができ、感染拡大を阻止しています。また、8月の発生と同様にワクチン接種体制が準備されていましたが、10月1日に解除されています。そして最後の発生が確認された9月30日から3ヵ月後にOIEにワクチン非接種清浄国回復の申請するとともに、12月31日からEU間の貿易制限は解除され、2008年2月22日に清浄国回復が認められました。

3.9月再発生の感染源はIP1かパーブライト
 疫学調査は口蹄疫対策の前線で情報と作戦を与える重要な仕事です。口蹄疫ウイルスは農場から農場に感染していく際に遺伝子の塩基配列が平均1ヵ所程度変異しますので、この塩基配列を比較することで、感染源と感染経路の特定が可能です。ただし、このことが口蹄疫の診断とワクチンによる予防を困難にしていることはありません。
 英国では塩基配列分析の結果、9月の初発農場は3件目の農場(IP3b)ではなく 5件目(IP5)であり、次いで4件目(IP4b)、3件目(IP3b)の順に感染が拡大したことが判明しました(スライド11)
 IP5農場は、3農場の中では8月に発生した農場やパーブライトに近く、症状の程度や羊にも感染していたことから、8月に2件目の農場(IP2c)が感染して間がない8月10日頃には感染していたのではないかと推察されています。また、8月の発生地から20km近く(IP2から16.8km、IP1から18.3km)離れているのに、何が原因で感染したのかという重要な点については、パーブライトの動物衛生研究所は近代化のため工事中であり、その表土の搬出が感染源になったという情報21) もあります。DEFRAの疫学調査報告(9月30日)22)では、IP5は交通量の多い道路沿いで近くに夜間駐車場と埋め立て用地があり、工事車両の出入りも多いので、IP1からとパーブライトのいずれかからの感染の可能性があるとしています。

4.遺伝子検査(PCR検査)による感染確認
 8月に発生した2件の農場は、いずれも3ヵ所に小規模の分場がありました。1例目のb農場(IP1b)は飼育している38頭全頭に口蹄疫の症状が認められましたが、同じ農場主のc農場(IP1c)では症状の認められる肉牛はいませんでした。しかし全殺処分のときにPCR検査をした結果22頭中1頭に感染が認められ、a農場(IP1a)は4頭全頭が感染していませんでした。IP1bはパーブライトに近く、放牧していましたが、7月20日に大雨で水が放牧地に溢れました。7月29日に牛の異常に気がついています。IP1cも放牧していましたがIP1bよりパーブライトから遠く、IP1aは畜舎で飼育していました。
 2例目のb農場(IP2b)は49頭中44頭が感染して症状も確認できました。一方、c農場(IP2c)は58頭全頭に症状は認められませんでしたが、PCR検査で15頭の感染が確認されました。さらに、a農場(IP2a)は12頭全頭とも感染していませんでした。
 9月に発生した6件の農場においても詳細な疫学調査が実施され、全8件の感染農場で1578頭(牛791頭、豚753頭、羊32頭、山羊2頭)が全頭殺処分されました。しかし、症状が確認できたもの240頭、検査の結果感染していたものを含めると278頭だけでした。また、これ以外にも感染の疑いがあるとして9農場582頭が全頭殺処分されましたが、いずれも検査の結果、感染していないことが判明しました。このように合計2,160頭の家畜が殺処分されましたが、検査によって感染が確認できたのは13%程度でした。このように遺伝子検査によれば症状が出る前から感染しているか否かを確認できますから、1頭でも感染が認められたら農場の全頭を殺処分している防疫方針は見直す必要があります。

5.徹底的な疫学調査による口蹄疫監視
 英国は2007年口蹄疫発生では、発生から2007年11月4日まで、発生農場から半径3km以内の制御区と10km以内の監視区の血液サンプルを合計48,229本採取して検査しながら防疫措置を実施し、感染畜のいないことを確認しています。さらにパーブライトの研究施設から感染が拡大していないことを確認するために、研究所から半径150km以内の家畜をランダムサンプリングして、11月中に11,807頭の血液検査を実施して感染していないことを確認しています。
 英国はワクチン接種の準備をしていますが、ワクチンを使用しなくても疫学調査の徹底により感染の拡大を阻止しているのです。

6.我が国の口蹄疫対策の問題点
 口蹄疫は発生を阻止するにこしたことはありませんが、発生して欲しくないという心理が発生の確認を遅らせ、感染を拡大させて被害を大きくしているのではないでしょうか。2010年の宮崎口蹄疫も発生したら大変なことになるという意識が、県から国への口蹄疫検査の手続きや大型経営の届け出を遅らせたように思います。
 台湾が導入している市場出荷時検査や定期検査によって、ウイルス排出量の多い豚でさえ発生の拡大を阻止できているのを見ると、早期発見さえすれば口蹄疫は怖くない病気になるのではないかと思います。それには日常的な病性鑑定に口蹄疫ウイルスの簡易遺伝子検査を導入するのが最も効果が期待できるでしょう。しかも、発生農場の全殺処分ではなく、疫学調査を口蹄疫対策の最前線に置いて、感染源や感染経路、感染の拡大の状況によって、柔軟に殺処分とワクチン接種の措置を判断できる体制を準備しておくことが必要です。
 また、わが国では口蹄疫発生に際して移動制限区域(10km 以内)と 搬出制限区域(20km 以内)を設置していますが、監視区域を設置していません。疫学調査の重要性を無視して、何を根拠に口蹄疫対策の措置を実施するのでしょうか。英国のように疫学的調査を感染拡大阻止の最前線として生かすこともなく、ワクチン接種を準備する体制もなく、口蹄疫の終息を確認する体制もなく、検査結果を次の対策に生かそうとする形跡もなく、わが国の口蹄疫対策は今回は事実上何も準備されていなかったに等しいし、今後の準備もなされていない状況にあると言えるのではないでしょうか。
 2010 年11 月24 日に報告された「口蹄疫の疫学調査に係る中間取りまとめ」3) においても、ウイルス遺伝子の塩基配列の比較について検討していないだけでなく、根拠も論理もなく初発農場を水牛農場とし、大型企業経営の疑問点は不問にしています。感染源と感染経路を科学的、論理的に明らかにして感染拡大を阻止するのが疫学調査の役割ですが、これでは感染源と感染経路を隠蔽するための疫学調査と見られても仕方がない内容となっています。個人情報守秘義務を口実にして発生農家の情報を公開しない一方で、意味のない感染順を公表することで国が初発農場の冤罪に関わることは許されません。2010 年宮崎口蹄疫の被害を大きくした原因はいろいろありますが、わが国の疫学調査が機能しなかった責任は大きいと言えましょう。

--------更新中

以下の内容は論文全体のバランスを配慮して上記6.に変更しました。以下の内容につきましては、水牛農場の冤罪問題を含めて別の機会にまとめたいと思います。

 一方、宮崎では県への検査依頼が数回あったにも拘わらず口蹄疫の検査を実施せず発生の確認を遅らせてしまいました。また、4月20日に口蹄疫の発生が確認された後も詳細な疫学調査を実施せず、ワクチン接種の準備もしないで、感染拡大を阻止する科学的対策の備えは何もない状況にありました。しかも農家への情報も提供しないで、まるで感染拡大阻止よりも情報を隠蔽することを重視したかのような防疫対策を実施しています。
 口蹄疫の最終発生は宮崎市の肉牛農家(292例目)で、症状により判定しPCR検査により陽性が確認(4頭中1頭)され、7月5日に16頭全頭が殺処分されています。感染の疑いがある疑似患畜として211,608頭が殺処分されていますが、発生農場292例では原則として各3頭程度がPCR検査され、合計922頭中574頭(62%) が陽性でした。これ以外にワクチンを接種して77,041頭を殺処分(予防的殺処分)していますが、これについてはPCR検査も抗体検査もしていません。また、移動制限を7月27日に解除した後に宮崎県内の2,024頭の疫学調査をし、10月5日にOIEに清浄国回復の申請を提出しています。

 我が国では口蹄疫発生に際して移動制限区域(10km以内)と 搬出制限区域(20km以内)を設置しますが、監視区域を設置していません。疫学調査の重要性を無視して、何を根拠に口蹄疫対策の措置を実施するのでしょうか。英国のように殺処分の疫学的調査を感染拡大阻止の最前線として生かすこともなく、口蹄疫の終息を確認するためでもなく、次の対策に生かそうとする形跡もなく、我が国の疫学調査は今回は何も実施されなかったに等しいと思います。
 2010年11月24日に報告された「口蹄疫の疫学調査に係る中間取りまとめ」リンク10においても、英国で報告しているウイルス遺伝子の塩基配列の比較について考慮していないだけでなく、根拠も論理も無く初発農場を水牛農場とし、大型企業経営の疑問点は不問にしています。感染源と感染経路を科学的、論理的に明らかにして感染拡大を阻止するのが疫学調査の役割ですが、これでは感染源と感染経路を隠蔽するための疫学調査と見られても仕方がない内容となっています。個人情報守秘義務を口実にして発生農家の情報を公開しない一方で、意味のない感染順を公表することで国が初発農場の冤罪に関わることは許されません。2010年宮崎口蹄疫の被害を大きくした原因はいろいろありますが、疫学調査の隠蔽体質の責任は大きいと言えましょう。

2011.9.15 開始 2011.12.7 更新1 2012.1.4 更新2 2012.1.24 更新中更新中


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