自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

口蹄疫の伝染時期と防疫対策

2011-07-11 23:51:04 | 牛豚と鬼

 口蹄疫は感染が確認されたときには農家の家畜はすべて感染していると判断すべきとし、口蹄疫を撲滅するには殺処分して埋却するしかないとする獣医学の20世紀型ドグマにより、感染が見つかった農家の牛や豚、羊等は全頭殺処分されています。
 しかし、その科学的根拠はどこにあるのでしょうか。感染することと、感染させること(伝染力)は違いますし、個体による違いや飼育規模や飼育環境の違いもあるでしょう。個体によっては感染しても他を感染させないのもいるでしょうし、感染させる場合にも感染してから他の家畜に伝染するまでの時間は個体によって違うでしょう。
 重要なことは、1頭の感染が確認されたときに全頭が感染していると判断することではなく、どの程度の頭数が感染しているか遺伝子検査で調査することであり、感染の発見と処理が早ければ早いほど感染の拡大を小さくできることです。
 英国の動物衛生研究所が最も感染しやすい条件下でホルスタイン-フリージアン牛の感染実験をした報告15)によると、感染牛のウイルスが健康な牛に伝染する時期は、症状発現0.5日後から平均1.7日と短いことが明らかにされました。また、このことから健康な家畜を予防的に殺処分する必要はなく、早期発見と早期処置が感染防止のために重要であることに科学的根拠を与えています。ウイルス接種牛と同居させて作出した感染ドナー牛8頭の実験データは表3のように1頭毎に示されていますが、これを表4~6にまとめてみました。

1.口蹄疫の伝染時期と症状発現時期
 表4は感染ドナー牛8頭が同居牛を感染させる時期と血中ウイルス、症状発現時期、体温の関係をまとめたものです。いずれの感染ドナー牛も感染1日後には咽頭にウイルスが認められていますが、血中にウイルスが検出されるのは感染2~5日後と個体差があります。血中ウイルスの検出が遅い牛は症状の発現も遅くなっています。また、感染ドナー牛と同居させた健康牛が感染する時期と、感染ドナー牛の体温が上昇し、症状が発現する時期は近接しています。そしてこの伝染時期は血中ウイルスが検出されている時期と重なります。
 一方、No.8号牛は体温は上昇して症状も発現し、抗体も認められていますが、血中ウイルスは検出されず、同居牛も感染していません。すなわちNo.8号牛は感染しても伝染力はありませんでした。また、残り7頭では同居感染が成立しましたが、2日毎に健康牛を8時間同居させたうち感染したのは感染牛の症状発現後0.5日後から平均1.7日と短い期間であり、他の時期に同居させても感染しませんでした。この感染実験では口蹄疫ウイルス接種牛と24時間同居させると確実に感染することを確認していますので、同居時間を長くすれば感染したのかも知れません。しかし、少なくとも口蹄疫ウイルスが存在すれば無条件に感染するのではなく、ウイルス接種量と時間と感受性が同居感染に影響していることを示しています。

2.血中ウイルス検出時期と症状発現等の関係
 個体別に口蹄疫の伝染および症状発現時期と2週間の血中ウイルス濃度、抗体価(表5)および体温(表6)の関係をまとめてみました。
1)血中ウイルスは感染後2~6日目に検出された(5頭)が、感染後5日目から7・10日目までと遅く検出されたものもいた(2頭)。
2)抗体価は全頭上昇した。一般に感染後8~10日目に上昇した(6頭)が、1頭は6日目から上昇と早く、1頭は血中ウイルスが遅くまで検出された翌日の12日目から上昇と遅かった。
3)血中ウイルス検出日は症状発現時期より早く、3日前(1頭)、2日前(1頭)、1日前(4頭)、当日(1頭)であった。
4)血中ウイルス検出日は体温上昇期より早く、2日前(1頭)、1日前(5頭)、不明(体温39℃:1頭)であった。
5)血中ウイルス検出日は伝染時期より早く、3日前(1頭)、2日前(3頭)、1日前(2頭)、当日(1頭)であった。

3.口蹄疫の早期発見は血中ウイルス検出で
 これらの結果から、血中ウイルスを遺伝子検査で検出することが口蹄疫の早期発見につながることが明らかにされました。また、血中ウイルスが検出されるときは伝染の可能性が高いときなので、感染を防止するためには遺伝子検査陽性畜は速やかに隔離(殺処分)する必要があることが認められます。このために現場で簡易遺伝子検査を実施し、陽性畜は速やかに処置する必要があります。県レベルで病性鑑定に簡易遺伝子検査を導入し、陽性の場合は殺処分するとともに周辺の遺伝子検査を実施して、検査結果を国に届出る防疫指針について検討する必要がありましょう。
1)口蹄疫の遺伝子検査は動物衛生研究所でしかできない?
 口蹄疫の簡易遺伝子検査は恒温槽さえあれば検査でき、チューブに検査キット試薬をいれて45分間一定温度で加温し、白濁すればウイルスが検出できますので熟練の必要もないので、家畜保健衛生所で検査はできます。ウイルスの断片を増幅するので危険でもありません。病性鑑定は病気を診断するために必要であり、これまでも口蹄疫の診断は家畜保健衛生所に持ち込まれていますが、簡易遺伝子検査が病性鑑定に組み込まれていないために病名の特定ができなかっただけです。口蹄疫は症状が疑われるときには感染が広がる危険性が高いので病性鑑定で早く診断して閉じこめる必要があります。むしろ、「口蹄疫の遺伝子検査は動物衛生研究所でしかできない」という考え方こそが、口蹄疫の早期発見を遅らせ、感染を拡大させています。
2)簡易遺伝子検査の結果を採用するには手当金の問題がある?
 簡易遺伝子検査は一次検査であり、感染拡大の範囲を調査するために実施しますが、確定検査は国(動物衛生研究所)がこれまで通り実施する必要があります。一次検査で陽性が出たら国に献体を送付するとともに、農場周辺の遺伝子検査を実施する必要があり、多くの頭数の遺伝子検査を実施するので検査誤差は問題になりません。検査誤差が問題になる検査法は実用化できませんから、検査法の信頼性について早急に試験するべきです。いつ侵入するか分からない口蹄疫への対策を、なぜ準備しようとしないのでしょうか。
3)遺伝子検査における国と県の役割
 国は口蹄疫ウイルスが確認されたら遺伝子の塩基配列を分析しなければなりません。遺伝子検査による現場での感染拡大の情報は県レベルで把握し、殺処分は伝染の可能性がある家畜に限定して早急に感染拡大を阻止すべきです。殺処分は国と連絡しながら進めますが、多くの家畜の中には陰性の家畜を陽性と判定して殺処分するものがいたとしても、科学的根拠もなく疑似患畜として農場全殺処分するよりは被害ははるかに小さくなります。また、遺伝子検査結果は殺処分に先行して前日に実施する必要があり、検査をしていたら殺処分が遅れるということはありません。むしろ全頭殺処分は埋却地の問題を発生させ、殺処分を遅らせるので感染拡大を阻止できないことはすでに経験済みではないですか。
 ここで紹介しています英国の研究報告16)が出された今日では、口蹄疫が確定された農場の全頭殺処分や健康な家畜を殺処分することの科学的および法的根拠が問われることになるでしょう。科学的でない疑似患畜による全殺処分が法的に認められるはずはありません。

4.遺伝子検査でワクチン接種の範囲を決定
 早期発見により国に届出た段階で口蹄疫は終息しているのが理想ですが、周辺の遺伝子検査で陽性が多い場合はワクチン接種を含めた防疫対策が必要です。また、周辺の遺伝子検査の情報を基にして制御区域や監視区域を設定しますが、常に遺伝子検査による疫学調査を先行させて、農場全頭殺処分ではなく、遺伝子検査陽性のものを隔離(殺処分)していく必要があります。国が殺処分の権限を行使する場合は、殺処分に対する科学的根拠を示す義務も果たさなければなりません。2010年宮崎口蹄疫で殺処分した家畜の検査結果も公表の義務があります。

5.情報の原データの公開を
 研究は目的のためにデータを集めて分析し、対象とする現象を説明する根拠を示して簡潔に仮説を証明する行為です。データは様々な情報を含んでいますが、対象とする現象以外の情報はノイズとして切り捨てられます。しかし、同じデータを視点を変えて見ればノイズとして切り捨てた部分に貴重な情報が含まれています。情報が電子化される今日、英国の研究報告のように情報の原データを公開することで、情報が得られない人々に研究材料や判断材料を提供することができます。国や研究者は情報の原データを自由に収集する権利はありますが、成果を報告した後に収集した原データを独占する権利はありません。むしろ公開を義務とすれば、システム研究は飛躍的な発展をして、市民生活に貢献できるでしょう。

2011.7.11 開始 2011.8.5 更新1 2012.1.4 更新2 2012.11.9 更新中 2012.12.7