自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

メール対談:「口蹄疫との共生」を考える

2015-04-08 21:27:31 | 牛豚と鬼
 本日(2015年4月7日)のニュースで中学校の教科書の大幅な改訂がなされ、鶏舎には鳥インフルエンザの観点から屋根を付けるように文部省からの指示があったという。鳥インフルエンザは屋根のある企業的経営で発生している。しかも放牧養鶏も放牧養豚も、牛の放牧も最も自然に近い飼育方法であり、そこに意義を見出している農家も消費者も多い。宮崎でも放牧養豚の豚は口蹄疫に感染しなかっと体験を語られる農家もあった。ウイルスの伝染病は過密な飼育は危険であるが、屋根がないと渡り鳥の糞が落ちて危ないと中学生に教えるのは、「口蹄疫は殺処分しかない」と獣医師を育てるのと同じこと。

 口蹄疫は人間の健康には何も被害を与えない。家畜の伝染拡大を阻止すれば良いだけの問題を大量の殺処分をしている今の防疫対策は日本の獣医師の常識かも知れないが、世界の非常識だと思う。口蹄疫ウイルスは観光客によって運ばれるものではない。「口蹄疫との共生」とは、自然に存在する口蹄疫ウイルスが国内で増殖しないように注意し、口蹄疫が発生した場合は「殺処分」ではなく、ワクチンで感染の拡大を阻止すれば良いだけの話だ。

 この4月20日には宮崎口蹄疫事件から5年になる。これまで日本の口蹄疫防疫措置の問題点について指摘してきたが、ブログの移転やリンク先の変更もあり更新の作業をしている。専門家ではないのでこれ以上は発言することはないが、国民の税金で仕事をさせていただいた学者の一人として、ここに遺言としてブログを残しておきたい。下記の「メール対談」も目次として各章を更新し、ここにまとめておいた。

メール対談:「口蹄疫との共生」を考える 1~14
東京大学名誉教授 山内一也 × 広島大学名誉教授 三谷克之輔
はじめに
1.ウイルス感染とワクチン
2.口蹄疫の防疫指針に示されたワクチン
3.口蹄疫の防疫指針に示された予防的殺処分
4.予防的殺処分から生かすためのワクチン接種へ
5.口蹄疫の防疫指針作成の経緯
6.口蹄疫対策検証委員会の問題点
7.OIEは口蹄疫ワクチンをどう考えてきたのか?
8.キャリアが感染源になる可能性はゼロに近い
9.NSP抗体検査を問題にしてワクチンを否定する根拠はない
10.ワクチン接種と国際貿易と国内流通問題
11.抗体検査や遺伝子検査と殺処分の関係
12. 疫学調査から見える失われた研究機能と信頼の喪失
13.口蹄疫と原発、そして戦争の類似点
14.口蹄疫の殺処分最小化対策への道
対談を終えて ―― 日本の夜明けへの共創の始まりに

対談資料:
「口蹄疫の疫学調査に係る中間取りまとめ」の問題点
2007年英国口蹄疫疫学調査から全頭殺処分の問題点を考える

初稿 2015.4.7

対談を終えて ―― 日本の夜明けへの共創の始まりに

2015-04-08 21:26:39 | 牛豚と鬼

 2010年宮崎口蹄疫から1年を迎えようとしていた春に、口蹄疫の殺処分最小化対策の具体化を検討するために、山内一也先生にお願いして「口蹄疫との共生」を考える対談の準備をし、ブログへの公開を始めたのは2012年6月24日でした。半年間の連載を続けることにご協力いただきました山内先生には心よりお礼申し上げます。

 2010年秋に、このブログ「牛豚と鬼」を開設した動機として、宮崎口蹄疫の渦中、農家のお母さんがつぶやかれた「戦争のようじゃ」という一言が私の思いと重なり、心深く突き刺さったことがあります。口蹄疫の防疫措置に、戦争にもつながり得る暴力装置である国の権限が、憲法で規制された正当な理由と論理を失い、個人を縛る危険性を持つことを実感しました。
 そして、このブログの連載を準備していた頃、山田正彦前農林水産大臣の「口蹄疫レクイエム 遠い夜明け」が出版されました。大臣をしても口蹄疫の真実は闇の中のようです。口蹄疫の防疫対策については一部の専門家に権限を与えるのではなく、日頃から現場と行政と研究がつながり、最善の防疫対策を共創し、それを畜産関係者だけでなく、地域住民や消費者が理解しておくことが重要だという思いはますます強くなりました。それは口蹄疫の防疫措置の夜明けだけではなく、閉塞状況にある日本の夜明けの共創にもつながるように思います。そこで、口蹄疫の夜明けを日本の夜明けに重ねて、この連載の終わりの挨拶とさせていただきます。

 口蹄疫は殺処分によって被害が拡大します。ことに飼養規模が拡大した今日にあっては、大量殺処分の待機中に感染は拡大してしまいます。ワクチン製造やウイルス感染を早期に確認できる遺伝子検査等の技術革新が進んでいるにも係わらず、19世紀末(1892年)に英国で始まった殺処分による防疫対策に国の専門家はこだわり、新しい防疫指針を採用しようとしていません。それは手塚治虫作「陽だまりの樹」で旧習と権益を守る漢方医の御典医達が蘭方医(西洋医学)を否定して、種痘所(天然痘ワクチン接種)開設を妨害する姿と重なって見えます。
 当然のことながら漢方医学と西洋医学は対立するものではなく、今日においても身体を全体として治療しようとする漢方医学と、身体の部分の治療に向かう西洋医学の連携と協同が求められています。また、生物学は遺伝子レベルまで細分化が進みましたが、iPS細胞の発見により再生医療、すなわち分析から作ることへと研究の使命を拡げています。さらに、手塚治虫の「鉄腕アトム」と宮崎駿の「風の谷のナウシカ」が原子力利用の二面性を表現しているように、科学技術は文明の発展への憧れを生みますが、その一方で自然の中に生きる人間や動物の命の尊さの原点を忘れさせるという二面性もあります。優秀な証券マンから画家に転じたゴーギャンが「ヨーロッパ(文明)こそ野蛮に学べ」の心境に到達したように、どちらが進歩しているかという問題でもありません。

 科学技術を利用して動物の命を救おうとしない日本の口蹄疫防疫対策は論外ですが、ここで問題にしたいのは「人は道具をつくり、組織をつくり、制度をつくりして、つくりつつつくられる」という一般的な傾向です。ことに組織のために仕事をしている人々は、自分たちのしてきたことを正当化し、成功事例にこだわり失敗に学ぼうとせず、自分たちの権限や権益を守ろうとすることによって、真実に真摯に向かえなくなることです。
 今日でも、「日の出、日の入り」と太陽が地球の周りを回り、時間と空間は一定不変と感じるのが自然のように、光速は一定不変で重力により時空が曲がることを日常感覚では理解できないのが普通です。しかし、この物理法則は、特定の産業や行政組織が巨大になり重くなると社会を支配する引力も大きくなり、真実もゆがめられるという社会現象に例えることができます。「科学の全体は日常的な思考の精錬(アインシュタイン)」ですが、我々は歪められた事実認識の日常に生き、これを疑うことにエネルギーを注ぐことはあまりありません。ところが日常に埋没していると、経済や外交を含む政策立案は国益のためと称して、国の政治・官僚・業界・学会・マスメディアの支配層における利益を守ることが前提とされ、社会の課題解決に真摯に向かうことはなく、地球は一つという真実を歪めて近隣諸国を対立させつつ個人を従わせ、個人の尊厳が無視される戦争へと向かいます。したがって、自国にとっても他国にとっても個人の尊厳を守るには、「命を守る」ことを最優先とした「戦争放棄の憲法」は希望であり、守り続けねばなりません。
 国や組織のために個人を従わせようとする風潮、誤りを認めようとしない行政の「無謬性」、自己の認識に事実を従わせる「認知的整合性」が組織や国を閉塞状態に追い込む状況は、今日あらゆる領域に存在し、「陽だまりの樹」のように組織の人々が組織を食うシロアリとなっていることさえ気づかなくなっていることこそが問題ではないでしょうか?

 規模拡大によるコスト削減競争や資源、市場、そして安い労働力を求めてグローバルな経済活動で経済成長を目指す道は、いずれの産業においても限界に達していると思います。組織が海外や地域から利益を奪うのではなく、海外や地域と利益を共有することが持続的な経済活動となり、組織のために個人を拘束することではなく、個人の能力をグローバルに、そしてローカルに発揮する場を提供することが組織の仕事になると思います。そして、理不尽な目的のために競争することではなく、個人の多様な能力で人と環境・資源を多様につなぎ、豊かな社会を共創していくことこそが未来への道ではないでしょうか。

 獣医学の仕事は家畜の健康と命を守ることです。畜産には草資源の豊かな里山を放牧で守り、地域の資源と人をつなぐ重要な使命があります。畜産経営の採算を独立して考えれば規模拡大によるコストダウンしかないように見えますが、家畜を人と地域をつなぐ資源の一部と考えれば、地域の人々の共創で里山資源を家畜に管理させる道が見えてきます。
 口蹄疫を理由に人を家畜から遠ざけないでください。家畜を生かすために科学的事実に真摯に向き合い、地域経済や環境も視野に入れた新しい獣医学と畜産学の共創の場を現場に築いていただきたいと思います。

 組織は個人が能力を発揮できる場をつくることによって支えられ、個人の尊厳は他者を尊重することによって支えられます。どの分野においても先端で仕事をするということは、組織や因習に束縛されず、あらゆる視点から想像力で事実を論理や感覚でつないで専門とする領域を大きく、または深くすることではないでしょうか。
 セザンヌは、「画家というものは物の一面だけを見るのではなく、あらゆる視点から対象をとらえる使命を背負っている。」と述べています。見るということは倒立した網膜の像を見るのではなく、五感、場合によっては六感を動員して脳で見るのであり、あらゆる視点からとらえた感覚を絵画や音楽や言葉に実現するのが芸術的仕事とすれば、あらゆる視点からとらえた事実を言語や数学でつないで論理的な物語をつくるのが科学的な仕事だと思います。あらゆる視点には自分だけでなく他者の視点も含み、それを論理的につないでいくのが組織の仕事であり、他者との共存の道にもつながるでしょう。仕事とは論理であり、すべての命を守ることです。想像力には個性と日常の経験が大きく作用し、一般には仕事が組織で評価される範囲を超えないように自主規制が働きがちになるので、その組織の束縛から解放することがマネジメントの原点であり、個人も組織も仕事を大きく展開させることになるのではないでしょうか。

 山内先生の想像力はウイルス学の研究を現場として既存の分析的研究を深められる一方で、既存の研究領域を超えた新しい視点からウイルス学の領域を人間や地球生命との関係まで拡大されました。まさに物理学が素粒子から宇宙までつながったように、生物学をウイルスから地球生命までつなぐ壮大な仕事だと思います。僭越ながら私は現場の問題解決のために、既存の分析的研究に逆行して専門領域を超えた現場からの多様な視点で事実を論理的につなぐシステム論的なアプローチで仕事をしてきました。そして専門領域を超えたところで、「口蹄疫との共生」の具体化について先生と対話できたことを幸せに思っています。想像力は立ち位置により違いますから対話を通じて補い合う必要はありますが、事実を論理的につなぐことで対話が成立し、理解を共有できたと思います。山内先生、ご丁寧に質問にお答えいただきありがとうございました。

初稿 2012.12.15 2015.4.7 更新


14.口蹄疫の殺処分最小化対策への道

2015-04-08 21:26:12 | 牛豚と鬼

三谷 「口蹄疫との共生」とは口蹄疫の感染を可能な限り早く見つけて感染の拡大を阻止し、殺処分を最小化するための対策を日常的に準備しておくことです。血中に増加した口蹄疫ウイルスの遺伝子の一部を増幅して確認する遺伝子検査は、明確な症状が出る前に感染を確認できます。したがって、病変が確認できなくても流涎、発熱等の口蹄疫が疑われる症状が認められた場合は、直ちに病性鑑定でこの遺伝子検査を一次検査として実施する必要があります。また、感染の拡大を阻止して殺処分を最小にするためにはワクチンの利用も欠かせません。ここではこれまでの対談をまとめる意味で、口蹄疫の殺処分最小化対策を実現するための課題について具体的に検討してみたいと思います。

1) 口蹄疫感染の早期発見と初動の手順

三谷 口蹄疫の遺伝子検査法として国際標準のPCRがありますが、最近わが国ではこれよりも早くて安くて感度も良い遺伝子検査法(LAMP法)が宮崎大学で開発されています。また、2007年の英国口蹄疫発生では、殺処分した家畜のうち遺伝子検査や抗体検査等で感染が確認されたものが13%と少なかったことや、初発農場から20km程度離れた農場での感染が確認されています。さらに最近、英国動物衛生研究所は、口蹄疫の感染力があるのは遺伝子検査陽性の時期で、しかも「症状発現0.5日後から平均1.7日と短い」ことを報告しています。これらの結果を防疫対策に導入すれば、世界最先端の口蹄疫対策を構築できると思います。

 まず、口蹄疫感染の早期発見と初動のために次の手順が必要だと思います。

a) 家畜衛生保健所における病性鑑定に口蹄疫の遺伝子検査(LAMP法)を導入する。
b) この検査で陽性が出れば国で確定検査をするとともに、発生農場の周辺の疫学調査と遺伝子検査等を実施しておく。
c) 国の確定検査で陽性が確認されたら、直ちにワクチン接種の準備をする。
d) 発生農場の周辺の疫学調査、遺伝子検査等の結果を参考にして、移動禁止および監視区域の範囲等を決定する。
e) 殺処分は原則として遺伝子検査陽性のものとし、遺伝子検査等を含む疫学調査によってワクチン接種や殺処分の範囲を決定する。

 このことで殺処分を最小にして感染の拡大を阻止できると考えていますが、この方法に問題がありますか?

山内 全体としては賛成です。LAMP法の詳細について私はまだ論文を読んでいないため、精度,特異性など判断できません。宮崎の発生の際に数多くのサンプルが得られているはずなので、それらを用いて信頼性の確認がまず必要です。家畜保健衛生所に技術移転を行う際には、厚生労働省がBSEの全頭検査を始めた時に食肉衛生検査所職員に対して迅速検査についての技術講習を行ったことが参考になると思います。e)の提案で殺処分対象を遺伝子検査陽性のものに限るのは、潜伏期のものを見逃すおそれがあります。獣医疫学の立場から検討すべきものです。

三谷 遺伝子検査は症状の出る前から感染を確認できますが、遺伝子検査で確認できる前の潜伏期を見逃す可能性は否定できません。しかし、家畜衛生保健所における病性鑑定はなんらかの症状が認められた場合に実施しますから、潜伏期を遺伝子検査で見逃す恐れは非常に低いと思います。しかも、遺伝子検査で確認できない潜伏期のものを見逃す可能性と、現在の農場全頭殺処分とどちらが被害を小さくできるかを基本に考える必要があると思います。また、病変が複数確認でき感染の拡大の可能性が疑われる時は、緊急ワクチン接種と遺伝子検査陽性の殺処分を組み合わせたら良いと思います。
 ただし、遺伝子検査陽性のものを殺処分とする原則は、世界にまだ例のない先進的な防疫対策ですから、獣医疫学の立場から早急に検討していただきたいと思います。

2)直ちに遺伝子検査を一次検査に導入すべき理由

三谷 今回の宮崎口蹄疫では大規模農場から県への届け出、県から国への検査依頼が遅かったことが被害を拡大させました。その原因は、口蹄疫発生農場の全頭殺処分や大幅な移動禁止や市場閉鎖等で感染確認の影響が大きくなることへの不安があったと思います。
 現在の防疫指針はあまりにも殺処分を重視していますが、口蹄疫対策の基本は殺処分より感染拡大の阻止にあります。感染の確認が早いほど殺処分や周辺への影響を少なくでき、遺伝子検査により感染を早く確認できますから、それを現場で実感できる対策を準備して早期発見のメリットを周知徹底しておく必要があります。
 口蹄疫ウイルスの遺伝子検査としてはPCR法がOIEで認定されています。LAMP法はPCR法より特別な測定装置を必要とせず簡易ですから両者を併用すれば比較検討もでき、口蹄疫はいつ発生するか分かりませんから、試験を兼ねて直ちに家畜保健衛生所の病性鑑定に遺伝子検査を一次検査として採用すべきではないでしょうか。しかも現場での一次検査は口蹄疫発生確認後の国の責任ではなく、発生を初期に見つけるための都道府県の責任で実施できるはずです。ことに口蹄疫が発生した宮崎県は宮崎大学、JA宮崎と共同で全国に先駆けて一次検査を導入できる条件に恵まれているし、導入する責任があると思います。

 また、遺伝子検査による「殺処分の是非」を個体単位で判断することが困難な場合は、畜房単位または畜舎単位等と「殺処分の範囲」をきめ細かに決定すべきだと思います。
 いずれにしても防疫指針を早急に見直して、早期発見と初動対応が確実にできる体制を準備しておくべきだと思います。

3)直ちに準備すべき緊急ワクチン接種の待機態勢

三谷 緊急ワクチン接種は感染拡大に有効な対策ですから、英国を含むEUでは口蹄疫発生確認後5日以内に、いつでも緊急ワクチンを接種できる待機態勢に入ることにしています。
 わが国ではワクチンは使用しないことを原則とし、生かすためではなく殺処分と併用するワクチン接種を合法化してしまいました。しかも、ワクチン接種時期は感染が拡大して殺処分だけでは終息しないと判断する時期を待つようです。しかし、直ちにワクチン接種を実施しないのであれば、備蓄ワクチンを日本に保管しておく必要はありません。
 韓国では2010年12月22日にワクチン接種を決定して、ワクチン製造を英国のメリアル社に発注し、12月26日, 1月2日には仁川空港に到着しています。したがって、口蹄疫発生確認後直ちにウイルス遺伝子の塩基配列解析をし、5日以内に緊急ワクチンを接種できる待機態勢に入れば、空輸に必要な期間を考慮しても、英国を含むEUと同じようにワクチンを接種できる待機態勢に入ることが可能であり、そうするべきではないでしょうか?
 また、日本にワクチンを保管しておくことは、口蹄疫発生を確認したら直ちに緊急ワクチンを接種することを意味していますので、このことを含めてワクチン接種の具体的な指針を準備しておく必要があるのではないでしょうか。

山内 ワクチン接種の具体的指針は不可欠です。2007年の英国での発生の際、政府の調査委員会は140ページの詳細な調査報告を発表しています。それには、緊急時のワクチン接種を中心対策と位置づけています。発生が確認されてからすぐに30万頭分のワクチンと50のワクチン接種チームが動員されました。しかし、発生地域の状況から感染源が推定されたためにワクチン接種が行われなかったと述べられています。

4)2007年英国口蹄疫の詳細な疫学調査から農場全殺処分を見直す

三谷 口蹄疫の殺処分は感染の疑いがある疑似患畜を含めて農場全頭殺処分が実施されています。しかし、殺処分は国の権限で実施するのですから、その科学的根拠が求められ、殺処分した家畜全頭の抗体検査や遺伝子検査を実施して結果を公表するのは国の責任であり、義務だと思います。また、今後の被害を少なくするため、すなわち殺処分を最小にして感染拡大を終息させるために、専門家は可能な限りデータを収集して研究しておくべきです。
 前回は対談ではなく資料として、2007年に英国で発生した口蹄疫の詳細な疫学調査を紹介しましたが、疑似患畜を含めた農場全殺処分で感染が確認されたのは、わずか13%でした。この実例と遺伝子検査の発達を基に、これまでの英国の口蹄疫対策を改善した新しい口蹄疫対策を提案したいと思います。

 農場全殺処分を止めて、遺伝子検査と緊急ワクチンを利用する「口蹄疫の殺処分最小化対策」の具体案の一端は以下の通りです。    
  a) 病変が確認できないときに口蹄疫を疑うのは困難であるが、遺伝子検査により容易に感染を確認できる。
  b) 病変が確認できず遺伝子検査が陽性である場合は、陽性のものだけを殺処分する。
  c) 病変から感染後の日数が経過していると判断されるときは、感染農家から半径10km以上に感染が拡大している可能性があるので、疫学調査の範囲を拡大して抗体検査と遺伝子検査を実施するとともに、緊急ワクチンの接種を検討する必要がある。
  d) 健康な家畜を含めて口蹄疫の防火帯とする予防的殺処分は非科学的であり、遺伝子検査とワクチンが進歩した今日では、殺処分の判断に遺伝子検査、感染の拡大を知るために抗体検査、予防的殺処分に代えてワクチンを利用する「口蹄疫の殺処分最小化対策」の具体策を準備しておくべきである。

5)搬出制限区域を目的が明確な監視区域に

 口蹄疫の防疫指針では、「発生農場を中心とした半径20キロメートル以内の移動制限区域に外接する区域について、家畜等の当該区域からの搬出を禁止する区域(以下「搬出制限区域」という。)として設定する」とあります。しかし、宮崎口蹄疫ではこの地域の家畜を早く出荷して空白地帯にしようとする動きがありました。搬出制限の目的を明確にし、感染が拡大していないか確認するための監視区域(サーベイランス区域)とすべきです。リングワクチンとは監視地域の外側に感染が拡大しないようにワクチン接種をすることであり、今回のように殺処分するためにワクチンを接種することではありません。口蹄疫の終息を確認するために、監視区域の抗体検査等の疫学調査を実施して、移動制限は解除しなければなりません。

6) 重要伝染病対策室の設置を

 口蹄疫に関する世界や国内の情報収集と広報活動、防疫体制の計画、口蹄疫の確定検査および確定した場合のワクチン接種の準備とウイルスの塩基配列の分析などの口蹄疫対策の実働部隊とするために、東京都小平市にある動物衛生研究所の海外病研究施設に重要伝染病対策室を併設する必要があります。

 以上が、「口蹄疫の殺処分最小化対策」の具体案の一端です。口蹄疫発生を早く見つけて、感染が拡がっていないと判断される場合は遺伝子検査陽性のものだけ、病変が確認され感染が拡大していると判断される場合は、ワクチン接種をして遺伝子検査陽性のものだけ殺処分すれば、家畜を救い感染拡大を阻止できるのではないでしょうか。
 英国の防疫対策を参考にしながらも、技術革新が進む現在では、農場全頭殺処分は中止すべきこと、家畜衛生保健所における病性鑑定に口蹄疫の遺伝子検査(LAMP)を導入すること、一次検査により殺処分とワクチン接種の範囲を判断すること、口蹄疫の発生を国が確認した場合は直ちに緊急ワクチン接種の待機態勢を準備すること等をご理解いただければ幸いです。

なお、口蹄疫対策につきましては、下記の解説記事に簡単にまとめていますので、図表等をご参考にして下さい。

口蹄疫対策に関する最新の科学的知見と国際動向
-殺処分を最小にする世界最先端の防疫対策を準備すべき-
デーリィマン,61,44-45(2011)

初稿 2012.12.14 2015.4.7 更新


13.口蹄疫と原発、そして戦争の類似点

2015-04-08 21:25:42 | 牛豚と鬼

三谷 口蹄疫は専門家の閉鎖集団だけで対応していた点が大きな問題だと指摘されましたが、これは原発への対応にも見られますね。口蹄疫は殺処分が被害を大きくしているのに殺処分を前提にしか考えていませんし、原発も「安全に絶対はない」のに安全を前提にしか考えて来なかった。いずれも戦争と同じように、「安全(抑止力)」と「代替案なき現実的選択」を口実に準備され、支配権を握る一部の閉鎖集団とその「ウチの者(日本のムラ社会)」によって「不都合な真実」は「見ざる、言わざる、聞かざる」を美徳として隠蔽され、過ちを認めようとしない点においても類似点があります。

 また、口蹄疫や鳥インフルエンザに有効なワクチンが開発されているにもかかわらず、ワクチン接種を否定して発生農場を全殺処分することや、感染力のある家畜を識別する方法が開発されているにもかかわらず、全国の家畜を守るためという口実で健康な家畜を含めて全殺処分が優先されるのでは健全な畜産経営は成立しません。これは人の手では修復不可能な原発事故の惨事にもかかわらず原発を維持しようとする電力会社の経営が健全でないことと同じです。ウチの者は義理人情でつなぎ、ヨソ者を敵視する論理なき「日本のムラ社会」が、お国のためという名目のもとに軍・政治・経済等の支配層の都合により、他国も自国も徹底的な破壊と殺戮をもたらした戦争を忘れてはいけません。
 口蹄疫ウイルスは徹底的な殺処分によっては根絶できません。人や家畜の命や健康を大切にするよりも理不尽な経済や政治の国際関係を想定かつ重視して、国の支配者が真実を隠蔽して国民を巻き込むのは戦争の一種であり、日本の口蹄疫対策や原発問題は国際関係においてどういう立ち位置にあるのか考えておくことも必要でしょう。

1) 不都合な真実の隠蔽と日本のムラ社会

三谷 NHK(2012年4月29日)の「世界から見た福島原発事故」書き起こし版)で、ドイツやスイスの福島原発事故への対応が放映されていました。
 ドイツは福島の原発事故から倫理に反する恥ずべき行為として脱原発に国の方針を転換し、スイスはチェルノブイリ原発事故以来、安全性を追求するために世界の最先端のシステムを導入することを法律で義務付け実践してきましたが、それでもなお今回の福島原発事故を経験して2034年までに段階的に原発を廃止することを決定しています。また、元スイス原子力会議・副議長の「地震国の日本では地震や津波は想定されていたはずです。それなのに予測できた自然災害に耐えられなかったことに驚きました。憤りすらおぼえます。」という発言は、「日本のムラ社会」の常識が世界にとっていかに非常識なものであるかを示しています。

 一方、EUの口蹄疫対策は、英国の大量殺処分を契機に、「生かすためのワクチン接種」を前提にした防疫指針に見直されました。日本の家畜伝染病予防法には、口蹄疫等の特定伝染病の防疫指針は「最新の科学的知見と国際的動向」に拠り見直すと規定されていますが、これは無視され続けています。このような口蹄疫対策の問題は日本の社会では注目を集めることがありませんが、世界はどう見ているのでしょうか?

山内 宮崎でワクチン接種家畜を殺処分する対策が明らかになった際、何人もの国際的口蹄疫対策専門家が参加しているNPO法人の欧州家畜協会は、農水省に対して生かすためのワクチンの原則にのっとってワクチン接種家畜についてNSP抗体検査を行うべきといった内容の緊急声明を送りました。しかし、この声明は国民に知らされることはなく、おそらく握りつぶされたものと思います。国際的に活躍している専門家の意見は聞かなかったわけです。
 私はニューヨークタイムズなどを読んでいますが、福島第一原発が危機的状況になった時、事態の深刻さを科学的な側面から詳しく解説していました。一方で日本のマスコミは、戦争中の大本営発表を思い出させるように、国民を安心させる内容を報道していました。海外のマスコミ報道との間には大きな隔たりがありました。

三谷 2010年宮崎口蹄疫発生当時からOIEの日本の首席獣医官(CVO: Chief Veterinary Officer)であり、欧州家畜協会から届けられた「生かすための緊急ワクチンを!」の緊急声明を無視した川島農林水産省動物衛生課長は、2012年5月に行われた第80回OIE総会において理事に選任されました。理事会はOIE総会が開催されていない期間に総会に代わって業務を遂行する機関ですが、川島理事OIEで「生かすための緊急ワクチン」を拒否し続けるのでしょうか。

 OIEは最新の科学的知見により家畜の命と健康を守る世界動物保健機関だと思っていましたが、農林省の消費安全局の課長が日本を代表してOIEの理事となる。しかもこの動物衛生課長は鳥インフルエンザや口蹄疫のワクチン接種を否定し、全殺処分を防疫対策の基本としている。これでは飼料の輸入から畜産物の販売までの畜産システムが税金で維持されるとしても、生産部門が独立して成立するはずはありません。
 日本の家畜伝染病対策は非科学的であり、鳥インフルエンザ対策を見直さないと日本の鶏や卵がなくなると、医師の立場から日本鶏卵生産者協会とともに日本の防疫対策の見直しを主張されている国会議員もいらっしゃいます。

議員が語る党政策「鳥インフルエンザ対策(森田高)」
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 家畜伝染病対策は純粋な科学の問題であり、経済や政治が絡む問題ではありません。しかし、鳥インフルエンザや口蹄疫の被害が大きかったことから研究費の増加や大学のスタッフの増員がなされましたが、最新の科学的知見は無視されたままです。閉鎖的な専門家集団は日本の家畜を守ることよりも、自分たちの利益を守ることに熱心なのでしょうか。学者・研究者・行政官として科学的知見を大切にする使命よりも、その立場を利用して税金を食い物にするシロアリ集団となっているように見受けられます。このような閉鎖集団が推進する日本の非科学的な鳥インフルエンザ対策や口蹄疫対策を認めると、日本から鶏だけでなく牛や豚、ヤギやヒツジもいなくなってしまうでしょう。

 なお、口蹄疫とマスコミ報道との関係で指摘しておきたいことがあります。民主党政権成立後、食料・農業・農村政策審議会委員は一新されていますが、新しい委員で開催された第11回家畜衛生部会(平成23年5月25日)の配布資料議事録によれば、NHK解説委員は継続して委員に任命され、この委員を含む5名が家畜衛生部会の委員も兼任しています。

 審議会の委員は「幅広い知見を生かして活発な議論」をするのが使命だと思いますが、NHK解説委員は英国を含む口蹄疫対策の国際的動向等の発言は一切していません。何のための委員でしょうか?家畜衛生部会は報道関係者を退室させて非公開で開催されていますが、NHK解説委員は委員として出席し、他の報道関係者は退出させることを報道関係者は不自然と感じないのでしょうか?口蹄疫対策と同様に原発事故についても、NHKを含むマスコミは戦争中の大本営発表と同じように、当初は国からの一方的な「安全報道」を繰り返し、真実を隠蔽することに結果的に協力したのではないでしょうか。

山内 報道のあり方も問題ですが、口蹄疫対策についてもリスク評価はリスク管理を受け持つ農水省と密接な関係を持った専門家が中心となった専門委員会で行われ、しかもその議論はすべて非公開のままです。内輪の集団での密室の議論で対策が決められているのです。原発では原発推進の立場の経済産業省の下に原子力安全・保安院があり、内閣府原子力安全委員会は原発推進の専門家が中心という、いわゆる原子力村になっており、この点も良く似ていると思います。

三谷 原子力村のような「日本のムラ社会」の問題を克服し「真実が勝つ」ためには、日本には長く厳しい個人の確立の歴史が必要なのでしょう。その一歩としての「みやざき・市民オンブズマン」のような市民の活動は先に紹介しましたが、さらに国の審議会等の委員を公募にする英国の公職任命コミッショナ制度の導入も検討する必要があるでしょう。また、社会的論争のある科学技術について専門家による合意形成会議としてアメリカで発足し、デンマークで専門的な知識を持たない一般市民が会議の主導権を握るようになったコンセンサス会議を口蹄疫問題でも開催できたらと思います。

2)人や動物の命と健康を軽視するグローバル化社会

三谷 口蹄疫と原発の問題は「日本のムラ社会」の問題だけでなく、本来は動物の命と健康を守るOIE(国際獣疫事務局、最近は世界動物保健機関と呼称する)や人の命と健康を守るWHO(世界保健機関)が、それぞれWTO(国際貿易機関)や IAEA(国際原子力機関)と協定を結ぶことで、その影響下に置かれていることも大きな問題です。

 NHK(ETV特集:2012年9月23日)で放映されたチェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告「第2回ウクライナは訴える」は、これまで国際機関が放射線の影響を認めてこなかった心臓疾患や自己免疫疾患など、さまざまな病気が多発しているという「ウクライナ政府調査報告書」を紹介しています。また、このような低線量被曝の実態をIAEAが否定している様子は、ドキュメンタリー映画「真実はどこに?―WHOとIAEA 放射能汚染を巡って」で知ることもできます。

 人の健康を守るWHO の放射能汚染に関する仕事を原子力の平和利用を推進するIAEAが担うこと自体が、原子力のリスク管理を行うIAEAがリスク評価を行うWHO の仕事を奪っていることを示しています。これは日本の原子力の平和利用を推進する経産省に原子力安全・保安院がおかれていた問題と類似しています。
 元WHOの専門委員でWHO(世界保健機関)の独立性を確保するために、インディペンデントWHOという活動をしているフェルネスク医学博士はOurPlanetTVのインタビューでWHOの設立の目的について次のように説明しています。
 「WHO(世界保健機関)は1946年に設立されました。憲章は素晴らしく、戦後の希望の産物です。WHOは世界中の人々の健康を担っています。憲章には人々の意識を育てることも謳われました。一般の人々に情報を与え、病気から自身を守れるようにするためです。」

 OIE(世界動物保健機関)は1924年に28カ国の署名を得て発足した世界の動物衛生の向上を目的とした国際機関です。設立の目的はWHOと同じであったと思われますが、人の健康ではなく家畜の健康を守るための国際連携を目的としたためか、農家・生産者の意識を育てることよりも、国や獣医師の意識を高めるという視点が強かったのかも知れません。しかし、本来は人々の意識を育てることにおいてはOIEもWHOも同じはずです。

 また、フェルネスク博士は続いてWHOとIAEAの関係について次のように説明しています。
 「しかし、その(WHOの)素晴らしい憲章は守られませんでした。WHOは、1956年、原子力産業の発展を受けて、優秀な遺伝子学者を世界中から集めました。そして原子力が健康にどのような影響を及ぼすか調べました。医学者たちの結論は、遺伝子とは体内で最も貴重なもので子供が生まれるときに受け継がれるもの。原子力産業が広がれば人々が被爆する機会が増え遺伝子に変異が起きるリスクも増える。人々に有害であり、子孫にも有害な結果をもたらすであろう(と言うものでした)。このメッセージに原子力ロビーは怒りました。ちょうどこのころ(1957年)に作られたのがIAEA(国際原子力機関)です。IAEAは、原子力の推進とプロパガンダのための組織です。IAEAの憲章によると第一の目標は「原子力が、人々の健康や繁栄、世界平和に貢献し、促進拡大すること」です。「原子力は拡大すべき、人々を幸せにする」と言っています。WHO の専門家たちとの見解は逆でしたから、対立が起こりました。IAEAは、国連機関の中で特別な力を持っています。IAEAは1959年、WHOと協定を結びWHOが原子力について発言する場合、IAEAの同意が必要になりました。数年後、WHOは原子力産業による放射線被害について全く関与できなくなってしまいました。」

 あらゆる問題において、それを見る立場(視点)や見方により見解や利害が対立する場合や組織があることは承知していましたが、人の命と健康に関する国連機関においても例外ではないことは残念なことです。口蹄疫についても農水省消費安全局の動物衛生課という一つの課にリスク管理とリスク評価の実質的な権限が持たされ、それがOIEという世界動物保健機関にまでそのままつながっています。あらゆる問題にいて情報を共有し、リスク管理とリスク評価の責任と権限を分離させ、科学的事実に基づいて論理的な解を得る努力をすることは国内だけでなく国際組織においても重要であることを認識する必要がありますね。
 事実認識は時と場所により異なるとしても、「命を守ることは何よりも優先されなければならない」ことを倫理的な真実と定義すれば、時空は変わるが光速は一定と同じように、時と場所が変わっても真実は不変です。「特攻」、「テロ」、「戦争」、そして「核兵器」や原発も、人の命を尊重しないので絶対悪であることは真実です。口蹄疫や鳥インフルエンザでワクチンを使わないで感染農場の全殺処分をすることも同様に絶対悪ですが、時と場がこれら絶対悪を必要悪としているにすぎません。私たちは時と場の変化が真実を見えなくすることに警戒していなければなりません。

 原発の稼働で出てくる「高レベル放射性廃棄物」は一般に深地層への「地層処分」がなされますが、ヨーロッパ各国では地層処分施設の管理期間を10万年としています。それは人(ホモサピエンス)がアフリカから出てきてからの年代に相当する途方もない期間です。発電のためにそのような負担を後世に残すことが許されるのでしょうか。
 3万年ほど前には自然の厳しさの中に肉体的に優れたネアンデルタール人がいましたが、想像力において優れた人(ホモサピエンス)が厳しい最終氷期の気候と環境の激変を生き延びました。想像力は新しい道具や考え方を生みますが妄想も生みます。人は加齢に伴いこれまでやってきたことに整合性を保たせるために、事実を論理的につなぐのではなく、認識の一貫性のために事実を従わせ、真実を太陽光線の如く直視できない状態(認知的整合性)になる傾向があるそうです。ことに仕事をするためには組織が必要ですが、組織のために仕事があると考えるようになるとその傾向は顕著になるようです。したがって、「真実が勝つ」ためには組織よりも個人が尊重され、個人が能力を発揮できる場をつくり、意見の対立にあっては「命と健康をどちらが大切にしているのか」という判断基準を優先させることが大切でしょう。そのことがまた、口蹄疫や原発、そして戦争の問題だけでなく、世界に平和と幸福をもたらす社会にもつながるのではないでしょうか。

初稿 2012.11.18 2015.4.7 更新


12. 疫学調査から見える失われた研究機能と信頼の喪失

2015-04-08 21:25:07 | 牛豚と鬼

三谷 疫学調査は感染源と感染経路を解明して感染の拡大を阻止する、あるいは感染を拡大させた要因を明らかにして防疫システムを改善するために実施されます。したがって疫学は特殊な専門分野というよりも、むしろ現場感覚を必要とし、一般の研究や管理に求められるのと同じように、目的達成(疫学調査では感染源と感染経路の解明)のために技術を開発・利用して収集・蓄積した情報を総合的に解析して、得られた結果を介して現在を未来につなぐ行為の一つにすぎません。疫学調査で真実を曖昧にすることは畜産の信頼と未来を喪失させることにもつながりますので、日本の疫学調査の問題から研究のあり方やリスク評価とリスク管理について考えてみたいと思います。

1)疫学調査と畜産への信頼

三谷 日本学術会議の公開シンポジウムでは、口蹄疫ウイルスの日本への侵入経路として黄砂の可能性まで取り上げて感染源を曖昧にしています。また、一部には生ワクチン説まで流布しているようです。BSEの疫学調査でも感染源を曖昧にして、「微量の肉骨粉でも感染するので、BSEは何時どこで発生してもおかしくない」と消費者に牛肉や肉骨粉に対する不安を与えてしまいました。疫学調査で一部の利益を守ることで、消費者の畜産に対する信頼と畜産物に対する安心を損なっていることを関係者は深く反省すべきです。
 生ワクチン説は2000年の宮崎口蹄疫でもありました。当時は92年間も日本で口蹄疫が発生していなかった状況で、小規模農家が生ワクチンを使用したとは想像できません。どうして弱毒生ワクチンが疑われたのでしょうか?

山内 日本でのワクチンの使用ではありません。中国で生ワクチン接種牛から排泄されたウイルスに麦わらが汚染していたという疑いです。弱毒生ワクチンの疑いはOIE専門家などから非公式にだされていました。日本の専門家でも同じ疑いをもっていた人たちがいます。2000年の流行ウイルスが非定型的で弱毒ワクチン由来ではないかという疑いは疫学的所見から疑われていました。動衛研での接種験では、106-8TCID50のウイルスを咽頭内に皮内接種しています。これだけ大量のウイルスを感染経路としてはもっとも適した部位に接種したにもかかわらず1頭の乳牛では症状が見られなかったこと、和牛(2頭)では蹄に水疱が見られなかったこと、和牛(1頭)から豚への同居感染が起きなかったことは、疫学的所見と矛盾しないということになります。しかし、数が限られているため、この成績だけから結論はできません。これまで口蹄疫ウイルスはまったく取り扱えなかった日本の状況を考えれば、実験条件が限られているのはやむを得ないと思います。不完全な実験だったため、学術論文にはなっていないものと推測されます。

三谷 日本で弱毒生ワクチンが使用されたのと、弱毒生ワクチンに汚染されたワラが輸入されて感染源になったのでは、疫学的な意味が全く違ってきますね。噂とはこんなところから意図的に流布されていくのかもしれません。今回の感染源も低質輸入ワラ・乾草類を疑う地元の人もいましたが、生ワクチン説を信じる人もいました。また、口蹄疫は農場から農場に感染するので、一般市民を媒介にして初期感染する可能性は考えられませんが、「口蹄疫はいつでもどこでも感染する」として、農場の消毒の徹底が強調される一方で、感染源を曖昧にすることで過剰な不安を煽っているように思います。疫学調査では科学的に可能な限り感染源を明らかにして丁寧に説明し、口蹄疫に対する正しい情報を共有することが、防疫対策や畜産への信頼につながると思います。

 このことに関連して、先生が対談された日本科学未来館サイエンティスト・トークの後(58分頃以降)に質問が出たように、口蹄疫が感染を繰り返しているうちに変異して人にも健康被害が出るようになるのではないかという心配や、ワクチンではなく抗ウイルス剤に期待する声もあります。また消費サイドからはワクチンを接種した畜産物は食用に供されるのか、安全なのかと心配する質問も出ています。

 ウイルスの感染拡大防止にはワクチンを使用するのが常識です。優れた口蹄疫ワクチンが開発されているのに、これを使用しないでウイルス阻害剤を1億円もの研究費を投じて開発し、豚に使用しようとしているのは、ワクチンを使用しないことを前提にした防疫政策があるからでしょう。これでは税金の無駄遣いになるだけでなく、ワクチンについて正しい説明をしないこともあり、消費者にワクチン接種への不安を与えてしまいます。

 日本にはインフルエンザウイルスを人工的に作ることに成功した学者もいます。膨大な研究費(国民の税金)に支えられているのでしょうが、宮崎口蹄疫について「獣医師からみると、殺処分は当然のこと」と言っています。また、「口蹄疫ワクチンは、誤解している人もいるけれど、感染を完全に予防するワクチンじゃない」とも言っています。何の目的でインフルエンザウイルスを人工的に作ったのでしょうか。
   (この部分は対話では削除していたが、2015.4.7 更新で追加)

 iPS細胞の研究がノーベル賞受賞で脚光を浴びている今日ですから、口蹄疫についてもう少し詳しく、しかも分かり易く遺伝子レベルでの説明ができたらと思いますが、この対談で予定していた範囲を超えますので、その専門分野からの説明を待ちたいと思います。

2)口蹄疫研究の進展とOIEコードの改訂

三谷 2000年の口蹄疫の感染実験では、乳牛にウイルスを接種した場合には一過性の発熱と血漿中のウイルス遺伝子が確認され感染は確認できましたが、口蹄疫特有の臨床症状は認められませんでしたね。また、このウイルス接種牛をもう一頭の乳牛と同居させた場合は、同居牛に血漿中のウイルス遺伝子も症状も一切確認されていません。これは1頭だけの同居感染実験ですが、ウイルスの感染力が弱い場合は血漿中にウイルス遺伝子が確認できても同居牛を感染させないこと、ましてやウイルス遺伝子が確認されない場合には感染力はないことを示しています。また、英国の乳牛の口蹄疫感染実験(引用 p.44-46)でも、感染が確認された牛8頭中1頭は抗体が認められましたが、血中にウイルス遺伝子が検出されず、同居牛も感染していません。また、血中にウイルスが確認できる期間は3~5日ですが、同居牛を感染させるのは症状発現0.5日後から平均1.7日と短く、他の時期に同居させても感染しませんでした。

 これらのことから「口蹄疫ウイルスはいつでもどこでも感染力が強い」のではなく、ウイルスを接種して感染させる場合と同居感染とは異なり、個体別に飼育していた種雄牛で感染が防御できた例もあり、個体によっても感受性は異なりますから、少なくとも「血中にウイルス遺伝子が確認されない場合には感染力はない」と説明する方が適切ではないでしょうか。最初はウイルス量が少なく感染力も小さく症状も軽いけれど、放置すると感染が拡大して排出されるウイルス量も増加し、感染力が強くなるのではないでしょうか?
 これまではウイルス量が増加して感染力が強くなった状態を想定して、「口蹄疫ウイルスは感染力が強い」という説明だけで防疫対策が策定されてきました。しかし、防疫対策で重要なことは感染力が弱い発生初期にウイルス感染を遺伝子検査で見つけることではないでしょうか。ウイルス遺伝子の塩基配列の解析により感染源と感染経路の解明が可能になっているように、発病の機序についても研究が進んできています。殺処分を最小にして口蹄疫の感染拡大を終息させるために、「口蹄疫感染農場の全頭殺処分」も見直されるべきではないでしょうか?

山内 ウイルスの感染力が変わることはありません。産生されるウイルスの量が増せば、感染拡大の速度が増すのです。ともかく、口蹄疫ウイルスの体内での動態についての科学的知見などを参考にして、殺処分を最小にとどめる対策を検討するべきです。

三谷 「感染力」という言葉の定義自体が研究によって丁寧に説明される必要がありますね。現在、口蹄疫の防疫対策はOIEコードに拠って策定されていますが、このOIEコードは精製ワクチンとNSP抗体検査の実用化に伴い改訂されたように、口蹄疫感染機序の研究の進展により改訂されていくはずです。
 OIEコードの清浄国回復の条件には国際基準として従う必要がありますが、いかに口蹄疫を早期に発見して早期に終息させるかは、それぞれの国のその時の疫学調査により最新の科学的知見をどう利用できるかの問題であり、OIEコードの指示に従うような問題ではありません。ましてや、インターネットで世界の情報が得られる時代に、ワクチン接種を否定して殺処分だけにこだわる防疫対策が許されるはずはなく、先生も紹介されているように欧州家畜協会から農水省家畜衛生課長宛に、「日本政府当局が口蹄疫をワクチンで撲滅することはできないと述べているのは間違っている」という欧州家畜協会の緊急声明が出されていますね。

 OIEコードが世界貿易機関(WTO)との協定により貿易のルールとして利用されるようになってから、ワクチン接種に関するOIEコードが純粋なウイルス学から逸脱し、国際間の経済的利害関係が絡むようになっていると思います。このことに関して世界のウイルス学や獣医学等に関係する研究者からの異議申し立てはないのでしょうか?

山内 OIEコードにワクチン接種清浄国と非接種清浄国が設けられていることは非科学的ですが、これについてどのような動きがあるのか知りません。日本のような非接種清浄国が発生後にふたたび非接種清浄国に復帰する条件は、コードに従えば科学的にNSP抗体が存在しないことを示せば6ヶ月後となっています。復帰後に国際間の経済的利害関係に絡むのは、2国間協議で相手国を納得させる際の問題で、コードそのものではないと思います。

3)リスク評価とリスク管理の分離が必要

三谷 「口蹄疫との共生」とは口蹄疫発生を遺伝子検査で早期に発見し、発生状況によっては早期にワクチンを接種することで感染の拡大を阻止することだと思いますが、わが国の口蹄疫対策はこれに否定的です。専門家は口蹄疫発生時の現場の実態を知らないのか、あるいは科学的事実よりも大切にする政治的または経済的理由があるのかと思ってしまいますが、先生は今回の口蹄疫への対応をどう受け取っていますか?

山内 2000年の発生が迅速に制圧できたことから過剰な自信が生まれていたのかもしれません。2001年の英国の大発生の教訓からEUを中心に急速に進展した口蹄疫対策はまったく反映されませんでした。口蹄疫専門家はすべて動衛研関係者だけで、しかも動衛研は行政と密接な関係を持った組織です。このような閉鎖集団だけが専門家として対応していた点が大きな問題です。
 BSEの場合を振り返ってみます。1979年にクロイツフェルト・ヤコブ病のマウス・モデルが日本で開発されたことを受けて厚生省難病研究班のひとつとして遅発性ウイルス感染調査班が設立され途中からは帯広大学品川森一教授のスクレイピー研究が加わり、プリオン病(この名前は1982年に提唱)研究の基盤が大学・研究所で確立されました。1996年にBSE感染による変異型ヤコブ病患者が見つかったことをきっかけとして、1997年には家畜衛生試験場(現・動衛研)を中心として農水省のプリオン病の研究班が結成され私も評価委員として協力しました。そして動衛研にプリオン病専門家が育成されていったのです。2001年に日本でBSEが発生した際にわずか1ヶ月で全頭検査が実施できたのは、このような長年にわたる研究蓄積があったからです。そして食品安全委員会が設置され、科学的リスク評価にもとづいて対策を実施する一方で国民へのリスクコミュニケーションを行うという枠組みが出来ました。
 BSEの場合と同様に、口蹄疫研究についても動衛研だけでなく、大学などの科学者がさまざまな形で共同研究できる体制を作り科学的リスク評価ができるようにするべきです。行政および専門家からのリスクコミュニケーションのあり方も再検討する必要があります。

三谷 2000年の口蹄疫制圧の経験が、口蹄疫発生を隠蔽しても自然治癒する可能性もあるという過信と膨大な血清学的サーベイランスを避けたいという安易な気持ちにつながったのかと思われる対応が今回は見られました。
また、感染が確認されると大変な状況になるから口蹄疫検査のために検体を県が国に送るのが遅れたことは、感染が確認されると農場全頭殺処分で大変な被害になると感染を隠蔽した企業農場と同じことで許されません。今回の口蹄疫対策で検証されねばならなかったのは、まさにこれらの問題が再発しないように防疫システムを改善することでした。
しかし、口蹄疫対策検証委員会報告書は口蹄疫の「発生の予防」、「早期の発見・通報」さらに「初動対応」が大切だとしながら、消毒による「発生の予防」を強調し、「早期の発見・通報」を確実にする口蹄疫の遺伝子検査を都府県の一次検査で実施する件については否定的な見解を示しています。また、「初動対応」については準備すべき緊急ワクチンについても安易に依存すべきでないとしています。
 これらの報告に拠って作成された口蹄疫防疫指針も殺処分の補償を細かく規定しているだけで、これまでの国の防疫対策を固執していますから過ちは再びを繰り返されると心配しています。

 なお、家畜伝染病予防法(2011.6.3)第3条2には次の条項があります。
6.農林水産大臣は、最新の科学的知見及び国際的動向を踏まえ、少なくとも3年ごとに
特定家畜伝染病防疫指針に再検討を加え、必要があると認めるときは、これを変更する
ものとする。
7.農林水産大臣は、特定家畜伝染病防疫指針を作成し、変更し、又は廃止しようとする
 ときは、食料・農業・農村政策審議会の意見を聴くとともに、都道府県知事の意見を求
めなければならない。

 口蹄疫の防疫指針の作成にあたっては審議会や県知事の意見を求めるだけでなく、最新の科学的知見による口蹄疫の正しい知識を広く伝え、現場の多くの方々の英知を結集することが大切です。先生が指摘されているように研究と行政、リスク評価とリスク管理の関係を抜本的に見直し、政治的圧力に対しては科学的根拠で対応する必要がありますね。

4)日本の信頼される生産システムを守れ

三谷 日本の生産システムの特徴は仕事の丁寧さ、緻密さ、精密さにあり、それに伴い完璧な商品の生産を目指すシステムを構築し、消費者に魅力と安心を与えてきました。日本でBSEが発生した際にわずか1ヶ月で全頭検査が実施できたのは、そのようなシステムを構築できる人材が日本中にいたからです。
 日本で開発された口蹄疫ウイルスの遺伝子検査(LAMP法)を試験的に都府県の一次検査に採用して緊急ワクチンを使用する防疫指針とすれば、BSE検査の時と同じように短期間で世界最先端の口蹄疫防疫システムを構築できるはずですし、宮崎県の責任として全国に先駆けて試験的に取り組むべきだと思います。

 この度、食品安全委員会で「BSE対策の見直し」が検討されています。ここで諮問とリスク評価の関係で注意すべきことがあります。それは日本のBSE検査対象月齢「20ヶ月齢」を「30 ヶ月齢」、SRM(頭部および脊髄・脊柱)の除去を「全月齢」から「30 ヶ月齢超」に緩めた場合のリスク評価を求め、しかも「OIE基準よりも高い水準の措置を維持する場合には科学的な正当性を明確化する必要がある」という条件を付けていることです。
 ここにも「口蹄疫対策検証委員会」で見られたように、求める答えが決まっているような問題設定がなされています。貿易ルールとしてOIE基準を持ち出して、世界で最も安全な日本の規制を緩めるのではなく、家畜をBSEから完璧に守り、世界一安全な牛肉と肉骨粉にするためには、検査月齢を「30 ヶ月齢」以上というOIE基準にした場合に危険部位の除去等の規制をどうするべきかを考えるべきでしょう。

 先生が食品安全委員会のプリオン専門委員の時にも同様の諮問がプリオン専門調査会になされたことに抗議して6名の委員が辞任されていますね。「諮問内容が妥当かどうかも評価できなければ本当の独立性は保たれない」と、科学者として諮問を真摯に考えることは当然だと思いますが、今回のような諮問の問題設定になにも異議申し立てしないとしたら、委員の辞職により行政や政治の質に加えて専門家の質も低下したと言われても仕方がありません。このような形骸化したリスク評価は、食品安全委員会や食品の安全性への信頼を失わせ、世界に誇れる安全な畜産物を供給する日本のシステムを後退させることにもつながるのではないでしょうか。

山内 食品安全委員会は科学的立場からのリスク評価を行う組織です。その評価結果を受けて管理機関の厚生労働省が経済や貿易の面も含めて総合的に管理措置を決定するのです。かっての審議会は、科学以外の立場も含めて検討を行っており、お墨付きを与える結果になっていました。OIE基準との整合性などが要求されている現状を見ると、食品安全委員会は昔の審議会に戻ってしまった感じがします。かって米国産牛肉輸入の諮問があった際、プリオン専門調査会で諮問を受けるかどうかの審議も行うべきという意見が出たことがありますが、専門調査会は諮問された点についてだけ検討を行うよう要求されました。親委員会が諮問を受け入れるかどうかの判断を行えるはずですが、今回の問題設定に対してどのように対応しているのか分かりません。

三谷 BSEの検査は頭から延髄を検体として採取するので大変な作業だと思います。一方、危険部位であるSRM(頭部および脊髄・脊柱)をこれまで通り除去することの安全上のメリットと、除去する月齢を緩和することの経済的メリットにどのような差があるのか分かりませんが、安全上のメリットを優先して欲しいと思います。現在、危険部位(SRM)は焼却していますから、日本の肉骨粉はBSEに関しては世界で最も安全な動物タンパク資源です。この貴重な資源を循環的に活用できるようにしていただきたいと思います。
 また、国際化が進み口蹄疫ウイルスの日本への侵入を国境で食い止めることが困難なことが想定されています。口蹄疫の全頭検査はBSEの全頭検査より遥かに容易ですから、見えないウイルスの恐怖を妄想した殺処分・埋却の準備をするよりも、市場出荷時に抗体検査を実施すれば、口蹄疫ウイルスが国内に侵入している可能性はチェックできます。もちろん陽性が出ても発生が拡大していなければ問題はありません。むしろ日本への侵入の頻度や感染しても感染が拡大しない例がどの程度あるのか知ることに意義があり、口蹄疫感染の実態を理解できるようになるのではないでしょうか。
 「口蹄疫との共生」とは、口蹄疫ウイルスが日本に侵入しても安心して対処できる体制を準備しておくことであり、現実的にはウイルスの遺伝子検査を一次検査として都府県で実施することが大切ですが、出荷時の抗体検査も研究として1年間程度実施する価値はあります。しかし、口蹄疫に関しては研究機能が麻痺していますので、とりあえずは思考実験として皆さんで口蹄疫発生初期の状況を想像されることをお勧めします。

2012.10.23 初稿 2015.4.7 更新