自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

14.口蹄疫の殺処分最小化対策への道

2015-04-08 21:26:12 | 牛豚と鬼

三谷 「口蹄疫との共生」とは口蹄疫の感染を可能な限り早く見つけて感染の拡大を阻止し、殺処分を最小化するための対策を日常的に準備しておくことです。血中に増加した口蹄疫ウイルスの遺伝子の一部を増幅して確認する遺伝子検査は、明確な症状が出る前に感染を確認できます。したがって、病変が確認できなくても流涎、発熱等の口蹄疫が疑われる症状が認められた場合は、直ちに病性鑑定でこの遺伝子検査を一次検査として実施する必要があります。また、感染の拡大を阻止して殺処分を最小にするためにはワクチンの利用も欠かせません。ここではこれまでの対談をまとめる意味で、口蹄疫の殺処分最小化対策を実現するための課題について具体的に検討してみたいと思います。

1) 口蹄疫感染の早期発見と初動の手順

三谷 口蹄疫の遺伝子検査法として国際標準のPCRがありますが、最近わが国ではこれよりも早くて安くて感度も良い遺伝子検査法(LAMP法)が宮崎大学で開発されています。また、2007年の英国口蹄疫発生では、殺処分した家畜のうち遺伝子検査や抗体検査等で感染が確認されたものが13%と少なかったことや、初発農場から20km程度離れた農場での感染が確認されています。さらに最近、英国動物衛生研究所は、口蹄疫の感染力があるのは遺伝子検査陽性の時期で、しかも「症状発現0.5日後から平均1.7日と短い」ことを報告しています。これらの結果を防疫対策に導入すれば、世界最先端の口蹄疫対策を構築できると思います。

 まず、口蹄疫感染の早期発見と初動のために次の手順が必要だと思います。

a) 家畜衛生保健所における病性鑑定に口蹄疫の遺伝子検査(LAMP法)を導入する。
b) この検査で陽性が出れば国で確定検査をするとともに、発生農場の周辺の疫学調査と遺伝子検査等を実施しておく。
c) 国の確定検査で陽性が確認されたら、直ちにワクチン接種の準備をする。
d) 発生農場の周辺の疫学調査、遺伝子検査等の結果を参考にして、移動禁止および監視区域の範囲等を決定する。
e) 殺処分は原則として遺伝子検査陽性のものとし、遺伝子検査等を含む疫学調査によってワクチン接種や殺処分の範囲を決定する。

 このことで殺処分を最小にして感染の拡大を阻止できると考えていますが、この方法に問題がありますか?

山内 全体としては賛成です。LAMP法の詳細について私はまだ論文を読んでいないため、精度,特異性など判断できません。宮崎の発生の際に数多くのサンプルが得られているはずなので、それらを用いて信頼性の確認がまず必要です。家畜保健衛生所に技術移転を行う際には、厚生労働省がBSEの全頭検査を始めた時に食肉衛生検査所職員に対して迅速検査についての技術講習を行ったことが参考になると思います。e)の提案で殺処分対象を遺伝子検査陽性のものに限るのは、潜伏期のものを見逃すおそれがあります。獣医疫学の立場から検討すべきものです。

三谷 遺伝子検査は症状の出る前から感染を確認できますが、遺伝子検査で確認できる前の潜伏期を見逃す可能性は否定できません。しかし、家畜衛生保健所における病性鑑定はなんらかの症状が認められた場合に実施しますから、潜伏期を遺伝子検査で見逃す恐れは非常に低いと思います。しかも、遺伝子検査で確認できない潜伏期のものを見逃す可能性と、現在の農場全頭殺処分とどちらが被害を小さくできるかを基本に考える必要があると思います。また、病変が複数確認でき感染の拡大の可能性が疑われる時は、緊急ワクチン接種と遺伝子検査陽性の殺処分を組み合わせたら良いと思います。
 ただし、遺伝子検査陽性のものを殺処分とする原則は、世界にまだ例のない先進的な防疫対策ですから、獣医疫学の立場から早急に検討していただきたいと思います。

2)直ちに遺伝子検査を一次検査に導入すべき理由

三谷 今回の宮崎口蹄疫では大規模農場から県への届け出、県から国への検査依頼が遅かったことが被害を拡大させました。その原因は、口蹄疫発生農場の全頭殺処分や大幅な移動禁止や市場閉鎖等で感染確認の影響が大きくなることへの不安があったと思います。
 現在の防疫指針はあまりにも殺処分を重視していますが、口蹄疫対策の基本は殺処分より感染拡大の阻止にあります。感染の確認が早いほど殺処分や周辺への影響を少なくでき、遺伝子検査により感染を早く確認できますから、それを現場で実感できる対策を準備して早期発見のメリットを周知徹底しておく必要があります。
 口蹄疫ウイルスの遺伝子検査としてはPCR法がOIEで認定されています。LAMP法はPCR法より特別な測定装置を必要とせず簡易ですから両者を併用すれば比較検討もでき、口蹄疫はいつ発生するか分かりませんから、試験を兼ねて直ちに家畜保健衛生所の病性鑑定に遺伝子検査を一次検査として採用すべきではないでしょうか。しかも現場での一次検査は口蹄疫発生確認後の国の責任ではなく、発生を初期に見つけるための都道府県の責任で実施できるはずです。ことに口蹄疫が発生した宮崎県は宮崎大学、JA宮崎と共同で全国に先駆けて一次検査を導入できる条件に恵まれているし、導入する責任があると思います。

 また、遺伝子検査による「殺処分の是非」を個体単位で判断することが困難な場合は、畜房単位または畜舎単位等と「殺処分の範囲」をきめ細かに決定すべきだと思います。
 いずれにしても防疫指針を早急に見直して、早期発見と初動対応が確実にできる体制を準備しておくべきだと思います。

3)直ちに準備すべき緊急ワクチン接種の待機態勢

三谷 緊急ワクチン接種は感染拡大に有効な対策ですから、英国を含むEUでは口蹄疫発生確認後5日以内に、いつでも緊急ワクチンを接種できる待機態勢に入ることにしています。
 わが国ではワクチンは使用しないことを原則とし、生かすためではなく殺処分と併用するワクチン接種を合法化してしまいました。しかも、ワクチン接種時期は感染が拡大して殺処分だけでは終息しないと判断する時期を待つようです。しかし、直ちにワクチン接種を実施しないのであれば、備蓄ワクチンを日本に保管しておく必要はありません。
 韓国では2010年12月22日にワクチン接種を決定して、ワクチン製造を英国のメリアル社に発注し、12月26日, 1月2日には仁川空港に到着しています。したがって、口蹄疫発生確認後直ちにウイルス遺伝子の塩基配列解析をし、5日以内に緊急ワクチンを接種できる待機態勢に入れば、空輸に必要な期間を考慮しても、英国を含むEUと同じようにワクチンを接種できる待機態勢に入ることが可能であり、そうするべきではないでしょうか?
 また、日本にワクチンを保管しておくことは、口蹄疫発生を確認したら直ちに緊急ワクチンを接種することを意味していますので、このことを含めてワクチン接種の具体的な指針を準備しておく必要があるのではないでしょうか。

山内 ワクチン接種の具体的指針は不可欠です。2007年の英国での発生の際、政府の調査委員会は140ページの詳細な調査報告を発表しています。それには、緊急時のワクチン接種を中心対策と位置づけています。発生が確認されてからすぐに30万頭分のワクチンと50のワクチン接種チームが動員されました。しかし、発生地域の状況から感染源が推定されたためにワクチン接種が行われなかったと述べられています。

4)2007年英国口蹄疫の詳細な疫学調査から農場全殺処分を見直す

三谷 口蹄疫の殺処分は感染の疑いがある疑似患畜を含めて農場全頭殺処分が実施されています。しかし、殺処分は国の権限で実施するのですから、その科学的根拠が求められ、殺処分した家畜全頭の抗体検査や遺伝子検査を実施して結果を公表するのは国の責任であり、義務だと思います。また、今後の被害を少なくするため、すなわち殺処分を最小にして感染拡大を終息させるために、専門家は可能な限りデータを収集して研究しておくべきです。
 前回は対談ではなく資料として、2007年に英国で発生した口蹄疫の詳細な疫学調査を紹介しましたが、疑似患畜を含めた農場全殺処分で感染が確認されたのは、わずか13%でした。この実例と遺伝子検査の発達を基に、これまでの英国の口蹄疫対策を改善した新しい口蹄疫対策を提案したいと思います。

 農場全殺処分を止めて、遺伝子検査と緊急ワクチンを利用する「口蹄疫の殺処分最小化対策」の具体案の一端は以下の通りです。    
  a) 病変が確認できないときに口蹄疫を疑うのは困難であるが、遺伝子検査により容易に感染を確認できる。
  b) 病変が確認できず遺伝子検査が陽性である場合は、陽性のものだけを殺処分する。
  c) 病変から感染後の日数が経過していると判断されるときは、感染農家から半径10km以上に感染が拡大している可能性があるので、疫学調査の範囲を拡大して抗体検査と遺伝子検査を実施するとともに、緊急ワクチンの接種を検討する必要がある。
  d) 健康な家畜を含めて口蹄疫の防火帯とする予防的殺処分は非科学的であり、遺伝子検査とワクチンが進歩した今日では、殺処分の判断に遺伝子検査、感染の拡大を知るために抗体検査、予防的殺処分に代えてワクチンを利用する「口蹄疫の殺処分最小化対策」の具体策を準備しておくべきである。

5)搬出制限区域を目的が明確な監視区域に

 口蹄疫の防疫指針では、「発生農場を中心とした半径20キロメートル以内の移動制限区域に外接する区域について、家畜等の当該区域からの搬出を禁止する区域(以下「搬出制限区域」という。)として設定する」とあります。しかし、宮崎口蹄疫ではこの地域の家畜を早く出荷して空白地帯にしようとする動きがありました。搬出制限の目的を明確にし、感染が拡大していないか確認するための監視区域(サーベイランス区域)とすべきです。リングワクチンとは監視地域の外側に感染が拡大しないようにワクチン接種をすることであり、今回のように殺処分するためにワクチンを接種することではありません。口蹄疫の終息を確認するために、監視区域の抗体検査等の疫学調査を実施して、移動制限は解除しなければなりません。

6) 重要伝染病対策室の設置を

 口蹄疫に関する世界や国内の情報収集と広報活動、防疫体制の計画、口蹄疫の確定検査および確定した場合のワクチン接種の準備とウイルスの塩基配列の分析などの口蹄疫対策の実働部隊とするために、東京都小平市にある動物衛生研究所の海外病研究施設に重要伝染病対策室を併設する必要があります。

 以上が、「口蹄疫の殺処分最小化対策」の具体案の一端です。口蹄疫発生を早く見つけて、感染が拡がっていないと判断される場合は遺伝子検査陽性のものだけ、病変が確認され感染が拡大していると判断される場合は、ワクチン接種をして遺伝子検査陽性のものだけ殺処分すれば、家畜を救い感染拡大を阻止できるのではないでしょうか。
 英国の防疫対策を参考にしながらも、技術革新が進む現在では、農場全頭殺処分は中止すべきこと、家畜衛生保健所における病性鑑定に口蹄疫の遺伝子検査(LAMP)を導入すること、一次検査により殺処分とワクチン接種の範囲を判断すること、口蹄疫の発生を国が確認した場合は直ちに緊急ワクチン接種の待機態勢を準備すること等をご理解いただければ幸いです。

なお、口蹄疫対策につきましては、下記の解説記事に簡単にまとめていますので、図表等をご参考にして下さい。

口蹄疫対策に関する最新の科学的知見と国際動向
-殺処分を最小にする世界最先端の防疫対策を準備すべき-
デーリィマン,61,44-45(2011)

初稿 2012.12.14 2015.4.7 更新


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