自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

11.抗体検査や遺伝子検査と殺処分の関係

2015-04-08 21:23:57 | 牛豚と鬼

三谷 OIEコード(第8.5.1条)では口蹄疫の感染は(1)口蹄疫ウイルスの分離同定、(2)ウイルス抗原またはウイルスRNAの確認、(3)SNP抗体の確認(ワクチン接種ではないことの識別)によるものと定義されています。

 一方、口蹄疫が発生した場合の清浄国回復の条件(第8.5.9条:英文)には、摘発淘汰(stamping-out)と血清学的サーベイランス(serological surveillance)が必要とされています。
 感染畜の摘発淘汰(殺処分)は定義が明確であり、科学的にも実証可能ですが、感染した可能性がある疑似患畜を摘発淘汰に含めると殺処分の範囲が曖昧になります。ことに感染したpremises(敷地・構内)は全頭殺処分するとありますがpremisesの定義がないので、これまで感染農場の全頭殺処分が必要と考えられてきたのでしょう。現場の状況により殺処分を最小にして最短時間で感染拡大を終息すべき防疫措置を、科学的根拠がない曖昧な殺処分の範囲で「摘発淘汰」すべきとしてOIEコードで指示し、現場がこれに従うシステムには大きな疑問があります。
 しかし、現在のOIEコードでは緊急ワクチンを接種した場合は(3)SNP抗体の確認されたものの殺処分で清浄国に回復できますし、感染拡大阻止には殺処分よりワクチンの効果が大きいので、殺処分を最小にするには緊急ワクチンを接種するしかないと考えられますね?

山内 早期の摘発淘汰がもっとも重要と思います。緊急ワクチン接種は発生初期から検討すべきですが、実施は発生状況などから判断する必要があると思います。

三谷 早期の摘発淘汰を実現するためには、血清学的サーベイランスとして遺伝子検査を都府県単位で一次検査として実施することが必要です。この場合に大型経営では獣医師を雇用している場合が多いので、摘発淘汰(殺処分)の範囲を明確にしておくことも必要です。早期に届け出ても口蹄疫の可能性があると農場全頭殺処分される現状では、飼養頭数が多くなるほど感染拡大の可能性が多くなる一方で殺処分の被害も多くなり、できれば隠蔽したいというジレンマに陥るでしょう。今回の大型農場(牛)の隠蔽は、殺処分の権限を持つ国が最新の科学的知見を導入して殺処分を可能な限り少なくして感染拡大を阻止することに真摯に向き合っていないことにも大きな責任があります。

 口蹄疫の感染力のある動物を早く見つけるには遺伝子検査が必要ですが、最近日本で簡易・迅速で安価な遺伝子検査・LAMP法(宮崎大学主催国際シンポジウム要旨が開発されています。これはこれまでの遺伝子検査(PCR法)と比較して勝るとも劣らず、口蹄疫の早期発見に非常に有効なものです。とりあえずは、遺伝子検査で陽性の家畜のみを殺処分することを原則とし、この原則では感染拡大を阻止できないと判断された場合には緊急ワクチンを接種するように口蹄疫の防疫指針を定めるべきではないでしょうか?

山内 LAMP法は操作が簡単で感度が高いといった利点があり、迅速診断法としてすでにいくつかのウイルスで応用が試みられています。インフルエンザなどでは補助診断用としてLAMP法を用いたキットが販売されています。口蹄疫でも将来役に立つ方法と期待されます。しかし、ご質問の口蹄疫での研究成果はまだ学術論文として発表されておらず、信頼性の評価(validation)はこれからの課題です。

三谷 LAMP法は開発されたばかりの診断法なので、OIEコードの検査法にはまだ含まれていません。治療薬ではなく一次(予備)検査までOIEコードに従う義務があるのか疑問ですが、標準とされているPCR法との比較を含めて、遺伝子検査を都府県単位の一次検査に採用するための試験に早く取り組むべきだと思います。診断に必要な口蹄疫ウイルスの多様性に対応する試験は日本では実施できませんので英国パーブライト研究所の協力を得てLAMP法が利用できることを明らかにしなければなりませんが、遺伝子検査を一次検査に採用する際の方法や問題点等を明らかにするための試験をわが国で実施し、国は遺伝子検査を一次検査に採用する意思を明確にすべきだと思います。

 なお、口蹄疫発生の早期確認のために遺伝子検査が必要なのに対して、口蹄疫に感染したことを確認するために抗体検査が必要です。台湾は口蹄疫の予防ワクチンを接種していますが、ワクチンを接種しても口蹄疫ウイルスに感染したことを確認できるNSP抗体検査で出荷時を含む定期検査を実施しています。
 OIEに提出されている報告によると、今年は台湾本島では口蹄疫の発生は認められていません。農水省の報告はこのOIEの報告を紹介したものですが、口蹄疫が発生したのではなく定期検査で900頭中15頭の豚にNSP抗体が確認されたもので、症状はなく、PCR検査も陰性でした。また、周囲3kmにある農場の豚、牛、ヤギも感染はしていません。ワクチン接種は殺処分を最小にして感染拡大を阻止するのが目的なので、ワクチン接種清浄国への復帰を急がずこのNSP抗体陽性豚も殺処分していません。

 このことは口蹄疫ワクチンが感染の拡大を阻止していることを実証しているだけでなく、抗体陽性畜の殺処分は防疫上は急ぐ必要がないことを示しているのではないでしょうか。口蹄疫の感染拡大が終息したことを証明するために抗体検査は必須ですが、抗体陽性畜を殺処分することは清浄国に早く回復するための一つの条件にすぎません。摘発淘汰(stamping-out)をしない場合に清浄国と認定される条件は、予防ワクチン接種国では口蹄疫発生が2年間認められない場合、ワクチン非接種国では緊急ワクチンを接種した場合でも口蹄疫発生が1年間認められない場合ですから、わが国の場合は緊急ワクチンを接種して抗体陽性畜を殺処分しなくても清浄国回復がさらに6ヵ月間遅れるだけです。殺処分を少なくすることと清浄国回復が遅れることのどちらが大切か判断すべきであり、感染農場の全頭殺処分が必要か、ワクチン接種畜を全頭殺処分したわが国の防疫対策に問題はなかったのか検証すべきでしょう

 最近、英国動物衛生研究所は同居感染実験の結果、「口蹄疫の感染力があるのは症状発現0.5日後から平均1.7日と短い」と報告(引用p.44~46)しています。 これは口蹄疫発生が確認されたら、「原則として病性の判定後24時間以内にと殺を完了する」とされているわが国の防疫指針を感染実験で裏付けたものとも言えます。このことからも大規模農場で口蹄疫が発生した場合に、全頭殺処分は感染拡大阻止の効果がないことを繰り返し指摘しておきたいと思います。いずれにしても殺処分の権限を持つ国の専門家は、「口蹄疫の感染拡大阻止は殺処分しかない」という固定観念から抜け出して、遺伝子検査と緊急ワクチンを有効に組み合わせて、殺処分を最小にして最短時間で口蹄疫の感染拡大を阻止する方針を確立していただきたいものです。

初稿 2012.9.28 2015.4.6 更新


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