自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

8.キャリアが感染源になる可能性はゼロに近い

2015-04-08 21:21:58 | ワクチン

三谷 ワクチンを否定する理由にキャリアが問題にされています。台湾では豚の口蹄疫対策としてワクチンの予防接種をしていますが、それでも口蹄疫が発生していることをワクチン接種が原因だと考える人もいるようです。ワクチン接種をするからキャリアになってウイルスを保有し、これが感染源になるという考えですが、豚はキャリアになるのですか?

山内 キャリアは感染後28日以上感染性ウイルスを保有している状態と決められています。これまで豚ではこのような事例はまったく見つかっていません。そのことから豚はキャリアにならないと考えられています。
 ウルグアイの例がこのことをはっきり示しています。ウルグアイは1996年に南米で最初の「ワクチン非接種清浄国」となっていました。ところが、2000年10月に口蹄疫が発生しました。そこで、2万頭近い牛、羊、豚が殺処分された結果、2001年1月には清浄国に復帰したのですが、3ヶ月後に再び発生しました。ふたたび動物の移動禁止措置とともに殺処分が始められたのですが殺処分は1週間で中止され、国中の牛すべてにワクチンを接種する大量ワクチン接種方式に変えられました。これは5月5日に始められ、6月7日に終了しました。この際に羊、山羊、豚に対しては、ワクチン接種は行いませんでした。1980年代後半に牛のみを標的として行われた大規模ワクチン接種作戦の経験からこれらの動物による伝播の可能性は低いと考えたためです。さらに追加免疫を与えるために、第2回ワクチン接種は6月15日に始められ、1週間で終了しました。この2回の接種で99ないし100%の防御効果が期待されました。使用されたワクチンは2回分を合わせて2400万頭分です。その結果、発生は4ヶ月で終息し、豚でのキャリアによる問題は起きませんでした。また、ワクチン接種牛でもキャリアの問題はなかったと判断されました。EUは11月1日に骨を除去した牛肉をヨーロッパに輸出することを許可しました。このまま12ヶ月間ワクチン接種を行わなければウルグアイは「ワクチン非接種清浄国」となりますが、周辺の国から口蹄疫が侵入するおそれがあるため、現在も定期的ワクチン接種を続けており、「ワクチン接種清浄国」と認定されています。

三谷 英国は羊の飼養頭数が多く、その移動が口蹄疫の感染を拡大したと理解しているのですが、ウルグアイは牛の飼養頭数に対して羊、山羊、豚の飼養頭数が少ないので、牛の口蹄疫発生をワクチンで押さえさえすれば豚の発生は予防できると考えているということでしょうか?

山内 汎米保健機関(PAHO)口蹄疫センターが中心になった対策と推定されます。ここには口蹄疫発生の制圧について豊富な経験を蓄積している獣医疫学専門家が所属しており、彼らの判断だと思います。基本的には、牛が最大のウイルス排出動物という立場です。豚は呼気から排出されるウイルスがもっとも多く伝播動物と言われていますが、排出量では牛は1頭が1010感染単位といった大量のウイルスを排出すると試算されています。豚での試算は示されていませんが、牛よりははるかに少ないと考えられます。この視点から、家畜の飼育状態や推定されるウイルス拡散などを考慮した獣医疫学的判断にもとづくものと思います。

三谷 感染した牛がキャリアになることはあっても、キャリアが感染源になることは実験的には確認されていませんね。ワクチン接種した牛がキャリアになり、キャリアが感染源になるのでしょうか?

山内 ワクチン接種動物には免疫があるので、感染を受けてキャリアになるには自然感染の場合よりも多量のウイルスに曝される必要があります。しかし、ワクチン接種は環境中に排出されるウイルス量を低下させます。その結果、ワクチン接種動物がキャリアになる可能性は非常に少なくなります。さらに、もしもワクチン接種動物がキャリアになったとしても、それが感染源になる可能性は限りなくゼロに近いと考えられます。キャリアの問題については元汎米保健機関のSutmollerの総説と英国動物衛生研究所のBarnettの総説に詳しく述べられています。(Sutmoller, P., Barteling, S.S., Olascoaga, R.S. & Sumption, K.J.: Control and eradication of foot-and-mouth disease. Virus Research, 91, 101-144, 2003. Barnett, P., Garland, A.J.M., Kitching, R.P. & Schermbrucker, C.G.: Aspects of emergency vaccination against foot-and-mouth disease. Comparative Immunology, Microbiology and Infectious Diseases. 25, 345-364, 2002.?)いずれの総説ともに、キャリアの問題は現実には起こりえないとみなしています。しかし、これが国際貿易ではいまだに問題になる可能性があると指摘しているのです。

三谷 「キャリアが感染源になる」ことは実験的には証明されていませんので、科学的には感染源になるとは普通言いません。ましてやワクチン接種動物がキャリアになる可能性はさらに少なく限りなくゼロに近い。しかし「キャリアが感染源になる」という仮説を否定することは、「ゼロの証明」をすることで理論的には不可能です。この種の問題「ゼロの証明」は別名「悪魔の証明」とも言われています。「ゼロの証明」ができない問題に決着をつけるには、ゼロの基準を設定して基準を満たせばゼロだとする約束事が必要です。例えば、ある動物が絶滅したかどうかの問題に50年という基準を設けて、50年見つからなかったら絶滅とするという約束事です。100年目に見つかっても約束事(基準)に問題があっただけで科学の根幹を揺るがすことにはなりません。BSE検査を全頭実施するか30ヵ月以上にするかは基準をどこに置くかの問題であり、全頭検査をゼロリスク論だと否定するのは立場の問題です。口蹄疫でキャリアを心配する立場がどこにあるのか分かりませんが、口蹄疫のウイルスもワクチンも人の健康には影響しまいせんので、家畜の感染を心配する立場だと思います。しかし、ワクチンは感染が確認されたら速やかに終息させる最高の防疫手段ですから、家畜への感染を心配してワクチンを否定するのは完全な矛盾です。

初稿 2012.8.6 2015.4.5 更新


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