“俺のシリーズ”の今。高回転率の維持は可能か
ミシュラン星付きグランメゾンで働いていたスーパーシェフを次々にスカウト。立ち飲み形式で、フォアグラ、トリュフのような高級食材を用いた料理を半分以下という驚愕の価格で提供し、高回転率で利益を取る「俺のフレンチ」、「俺のイタリアン」、「俺の割烹」などの"俺のシリーズ"。しかし今年に入って空席ができ始め、全席着席の店が増えたり、ニューヨーク進出のはずが中国と韓国に進出、競合店も増え始めたといったように、昨年までの飛ぶ鳥を落とすような勢いが削がれてきているのではないだろうか。フレンチでは能勢シェフらスーパーシェフの退職も相次いでいるが、さらなる成長は可能だろうか。(4回シリーズ)
「俺のフレンチTOKYO」。全く新しいコンセプトの"レストランシアター"と称しているが、食事よりも音楽ライブが中心の内装になっている。レストランならステージの位置にキッチンがあってほしい。
俺の株式会社は、株式公開に向けて準備に入っていると坂本社長は言っていた。ところが新店の「キラリトギンザ」の2店や、銀座の「俺のフレンチ」本店、新橋の「俺のイタリアン」本店、青山・赤坂・大阪の「俺のフレンチ・イタリアン」などを除いて、"俺のシリーズ"各店では、採算ラインと思しき1日2.5回転が厳しくなってきている。
だが不振な店でも1.5回転くらいはしているようで、通常レベルでは繁盛店だが、原価率をじゃぶじゃぶと60%かけて儲けるには、それこそぶっちぎりの回転率を誇る超繁盛店でなければならない。流行り廃りが激しい飲食業界にあって、全店で永続させるのは並大抵のことではない。その踊り場に入ってきた。
ブックオフコーポレーション上場の時は、株式公開のストックオプションで、古くからの社員がマンションを買えるほどの恩恵に浴したという。坂本社長には多くの社員の生活を豊かにした実績がある。しかし既存店の集客が落ち、何やら株式公開への雲行きが怪しくなってきた。
そればかりでなく業界筋によれば、なんと坂本社長の右腕、左腕である安田道男副社長、森野忠則専務の両名が、最近になって相次いで俺の株式会社を辞めてしまったようなのである。安田副社長は野村證券出身で、株式公開をするにしても主幹事証券会社は野村證券で進んでいた模様で、ご破算になった公算が高い。
「俺のフレンチ」の代表的料理「牛フィレ肉とフォアグラのロッシーニ」。店によってアレンジが違い1200~2900円ほどで提供されている。退社した能勢和秀シェフのシェ松尾在籍時からのスペシャリテで、ロッシーニなる料理は今や全国に広がった。
安田副社長は料理に対する注文が人一倍厳しく、スーパーシェフたちを追い込んで辞めさせてしまうほどのパワーハラスメントがしばしばあったらしい。どうも能勢和秀シェフも安田副社長とぶつかってしまい、パワーハラスメントの末に辞めたようだ。中目黒、三宿の元祖ジャパニーズ・ビストロといった「コム・ダビチュード」のオーナーシェフであった、ベルギーのミシュラン3つ星「コム・シェ・ソワ」で修業した釜谷孝義シェフも短期間で辞めているし、スーパーシェフを御するマネージメントに問題があった。
「牛フィレ肉とフォアグラのロッシーニ」などのレシピを公開し、各店に配布して"俺のシリーズ"の名物料理となり、全国的にロッシーニなる料理が広がる切っ掛けをつくったほどの功労者の能勢シェフを、切り捨ててしまうとはと社員たちは震え上がっただろう。ところがその安田副社長も、坂本社長と衝突したのか、もう社員ではないようである。
成功の絶頂にあったはずなのに何があったのか。どうも、スーパーシェフたちはプライドが高くて、系列の店同士の仲も、仲間というよりライバルとの意識が強くて、全般に良好とは言えないと聞く。あまりに急成長したために、組織になっていなかったということだ。
JALホノルル線成田・中部・関空発エコノミークラスで提供される「俺の機内食」の一例。国際線のサービス向上に寄与している。
経営がブレてきている懸念材料として挙げられるのは、コンビニ、スーパーなどと提携した"俺のシリーズ"のスーパーシェフ監修による食品の連発だ。坂本社長は「コンビニなどでは味わえない、でき立てを提供するのが外食の価値」と、言われていたのではなかったか。果たして"俺のシリーズ"の集客にどれだけ貢献しているかは疑問だ。
こういったコラボ食品の発売は、2013年9月より、日本航空の成田・中部・関空発ホノルル便エコノミーコースで提供されている「俺の機内食」あたりからだ。シーズンごとにメニューが変わり、担当シェフも変わるが、「俺の機内食」第1弾はフレンチの能勢総料理長(当時)とイタリアンの山浦総料理長がタッグを組み、「俺のビーフストロガノフ」、「俺の前菜」、「俺のサラダ トリュフオイルドレッシング」、「俺のスイーツ"ティラミス"」で構成されていた。機内食は自分で集客するまでもなく、エアラインが集めた顧客のサービス強化の一環となっているので、プラス面は大きいと思われる。
サークルKサンクスと組んだ、山浦総料理長監修の「生パスタ 本ずわい蟹のトマトクリーム」(398円、販売終了)。これが第1弾で、第5弾まで期間限定のコラボが続いている。
同じく2013年9月には、初のコンビニとのコラボ商品、サークルKサンクスと組んだ、山浦総料理長監修の「生パスタ 本ずわい蟹のトマトクリーム」(398円)、「シェリエドルチェ イタリアンティラミス」(300円)を発売した。それ以降は、第5弾までサークルKサンクスとのコラボ商品発売を重ねており、生パスタ、ケーキ、ババロア、パンナコッタ、寿司といった商品が2~3週間ほどの期間限定で販売されている。
最新は今年5月に「そば 俺のだし GINZA」末永浩二料理長監修の「ピリ辛俺の冷しそば」、「ばくだんむすび 俺の鶏そぼろ(卵黄ソース入り)」、「俺の鶏そぼろむすび」を関東と長野のエリア限定で発売している。エリア限定となったのは、サークルKサンクスによれば、店舗から離れた場所ではあまり売れないからだそうだ。
ローソンからは「俺のからあげクン」(本体価格200円)シリーズ登場。レストランのメニューとはかけ離れてきているような...。
ローソンとは、「俺のからあげクン」(本体価格200円)シリーズが登場。今年3月に第1弾梶原節紀シェフ監修「オマール海老のロースト風味」を発売。4月には藤井大樹シェフ監修「クワトロフォルマリッジ味(4種のチーズピッツァ)」、「渡り蟹のクリームソース味」が投入された。
メーカーとのコラボも進む。カルビーから今年3月には、"俺のシリーズ"の定番メニューをポテトチップスで再現した「ポテトチップス 俺のフレンチ・イタリアン 牛肉とフォアグラのロッシーニ味」を全国のコンビニで発売した。監修はシェ松尾出身で、「俺のイタリアン KAMIYACHO」料理長の國仲尚史氏。近年の菓子トレンド、贅沢と本格のキーワードに着目し、フォアグラフレーク、トリュフソルトを使って大人の贅沢感を訴求した。
ワインと一緒に楽しめる仕上がりということだが、従来のおやつとして食べるポテトチップスではなく、ワインに限らずビールなどお酒のつまみとして使えるといった感であった。
「ポテトチップス 俺のフレンチ・イタリアン 牛肉とフォアグラのロッシーニ味」。商品としては面白いが、これを食べた人がレストランに行くかというと...。
森永製菓とも提携して全国のコンビニ向けに、2種のアイスクリーム(参考小売価格194円)を発売している。今年4月には「俺のフレンチTOKYO」のニコラ料理長監修の「俺のフレンチ(ラズベリーショコラ)」、5月には山浦総料理長監修の「俺のイタリアン(ティラミス)」が売り出され、格安価格で高級食材使用の本格料理を味わえる"俺の~"レストランのコンセプトそのままの絶品アイスとしている。明治からも、同じく今年4月に、加藤寛シェフ監修による「俺のフレンチ アーモンドとミルクのブランマンジェ(抹茶ソース入り)」(180円)が発売されている。
「俺のイタリアン(ティラミス)」。コンビニ向けに森永製菓より販売中。
スーパーとの提携もあって、イトーヨーカドーからは、昨年10~12月に、山浦・ニコラ両シェフ共同監修による「俺のおせち」(2万円)を予約販売。今年6~7月には「俺のイタリアンJAZZ」橋本改料理長監修の惣菜「石狩わかさぎのエスカベッシュ」(小270円、大421円)、「噴火湾産帆立のプッタネスカ風」(734円)が「北海道フェア」にて販売された。
まさに来るもの拒まず、なりふりかまわずといった感じで、短期間にこんなに多くのコラボ商品を小売で売ったレストランは過去にあっただろうか。坂本社長は「若くて元気なトレンドに敏感な女性がターゲット」と、F1世代が顧客層と言っているわりには、から揚げやポテトチップスを売ってみたり、主婦とかファミリーが行くスーパーでおせち、惣菜を売ってみたりと、場当たり的な感が拭えないのだ。
2万円の「俺のおせち」はイトーヨーカドーから販売された。これは高めの価格設定。
中国、韓国の経済情勢が厳しくなっている時に、こともあろうに、上海、香港、ソウルに進出というのもわかりにくい話だ。中国株のプレーヤーは個人投資家が多く、中国人はシャドーバンキングと呼ばれるノンバンクから高金利で借金をして投資をする傾向があるので、株式がこれ以上暴落したらリーマンショック以上の金融危機が起こると言われている。
韓国の経済は既に今、相当悪いが、日本より中国と緊密で、輸出に頼る体質が日本よりはるか以上である。MARS禍は終息しつつあるものの、中国版リーマンショックが起こった場合、もろに影響を被る危険がある。
しかしながら、坂本社長の勝ちパターンを見ると、ある程度の市場規模があって構造不況が続いているような状況が望ましい。出版業界で花開いた「ブックオフ」では、出版社や書店がバタバタと倒産し、本が売れないから、価格を安くするために、文庫本や新書、コミックばかりが増える環境がずっと続いている。文庫本や新書、コミックは従来の古本屋ではなかなか買い取ってくれないから、「ブックオフ」ばかりが増殖するのだ。
韓国ソウルのイテウォンに今年6月にオープンした「俺のフレンチ・イタリアン」。韓国には立ち食い文化はないそうだが、価格破壊でブームを起こすか。
"俺のシリーズ"もまた、失われた20年という日本の構造不況、リーマンショック以降のデフレ、東日本大震災の震災ショックの3重苦の中で、高級店が軒並み苦しくなり、ミシュラン星付きレストラン級のスーパーシェフがプライドを捨てて、立ち飲みをやるか転業するかしか選択がないところにまで追い込まれてこそ、輝いたビジネスだった。
中国、韓国には立ち飲み文化はないそうだが、これから中国、韓国のスーパーシェフがどんどん失業して、立ち飲みをやるしかなくなる状況になりそうな、においを感じ取ると、坂本社長はチャンス到来と居ても立ってもいられなくなり、ずっと公言してきた、ニューヨーク進出など頭から飛んでしまったのだろうか。これも場当たり的な感がしないでもない。
中国では上海を拠点とする大手外食の小南国グループ、韓国では十大財閥の1つハンファグループのハンファホテル&リゾートがパートナーとなっており、いずれもしっかりしているが、ずっと好景気だったので不況での外食の経験が乏しい懸念材料はある。ニューヨーク、パリ、ミラノ進出はどうなったと思わないでもないが、期待したい。
行列ができる時間帯が減って空席が目立ってきた。集客のためには宣伝が必要。
俺の株式会社の場合、行列のできる店をつくれば勝手に顧客が集まるという考え方で、店の宣伝に不熱心である。従って今やどこの店にどういったスーパーシェフの料理長がいて、どういう料理が食べられるのか。特徴、違いが全然わからない。店に行けばシェフの写真が出ているが、知る人ぞ知るできる人ではあってもテレビに頻繁に出ている有名人ではないので、他の店と比べて選びにくい。肝心要のシェフの思いが伝わらないのだ。
「食べログ」ユーザーの書き込みを見ても、最近は「俺のイタリアン」に行って、マストである580円の格安特大「ピッツァ・マルゲリータ」も食べずに、「食べたいものが品切れになっていた。メニューに載ってない限定品などを注文したら口に合わなくて、コストパフォーマンスが悪かった」などと腐している、頓珍漢なレビューが増えてきてはいないか。もう初期のような本物の食通ばかりが顧客ではないので、現場レベルの対応だけでなく、広報的にもこの店では入門者に何をまず食べてほしいか、店ごとに記者たちを呼び、プレスリリースを配布してしっかり説明して、来てもらいたい顧客にリーチする情報をメディアを通して拡散させるべきではないだろうか。
流行り物しか興味ないブロガーの口コミと、テレビの情報バラエティーに宣伝を頼っている現状では、流行が過ぎれば潮が引くように消え去っていく、あぶくのような顧客にしかリーチしていない。
しかも、料理長はよく代わるし、前に行っておいしかった料理をまた食べたいと思っても、別の店に行かないと叶わないケースがある。「そのシェフはもういませんが、今のシェフには予約しないとなかなか食べられない、こういう限定のスペシャル料理がありまして」と店員に説明されても困惑してしまう。
まだ数店のうちは口コミで店の動向は伝わっていくが、"俺のシリーズ"全店で30店となってくると、ファンの間の情報伝達では混線してフォローし切れなくなる。一人で何店も行っていられないからだ。パブリシティの戦略的再構築が急務である。
「俺のイタリアンTOKYO」、「俺のフレンチTOKYO」を合わせて310席の大箱。この「キラリトギンザ」両店により自社内店舗競合が激しくなった。店舗の整理は避けられないだろう。
ジャズやクラシックの演奏が生で聞けるのは、サプライズがあって嬉しいが、どういうミュージシャンがどんな演目をするのか、情報発信しないから、ライブを目的に行く人はまずいない。"俺のシリーズ"でジャズの演奏をはじめて聞いて、ジャズが好きになる人もいることは否定しないが、ホームページを見ても、誰がどこにいるのかスケジュールがわからず、なんか良かったなで止まってしまう。勿体無い話だ。
ジャズ専門誌の編集部によると、「我々が特集するような有名ミュージシャンも"俺のシリーズ"のステージに出演している」そうだから、実は本格的である。
生演奏が入る店のミュージックチャージ300円は、ライブハウスだと考えれば格段に安いが、別にライブが目的でない人にとっては、あってもなくてもいいようなもの。余計な出費である。しかも、2時間の時間制限があって、タイミングが悪ければ演奏の途中で退席させられ、損した気分になるのも確か。しかし最近は顧客入れ替えの時間を区切って、ちゃんと最後まで聞けるように改善しているようではある。
ジャズは坂本社長の趣味だが、店舗を大型化させるにあたり、新しい付加価値がないといけないといった際に、プロミュージシャンの生演奏は粋でグッドアイデアだった。店舗のざわつき過ぎたチャラい雰囲気を、多少なりとも改善する効果もあったかもしれない。
ところが、「キラリトギンザ」の「俺のフレンチ」、「俺のイタリアン」のように、中心にステージがあって、そのステージに向かって100席相当、あるいはそれ以上の座席が配置されているとなると、椅子の座り心地が良くないこともあって、マンモス大学の大教室の講義を思い出してしまう。名物教授が懸命に講義していても、有難味を感じなかった、あの感覚だ。
俺の株式会社では、"レストランシアター"と呼んでいるが、料理がおいしくて変わった体験ができるのは確かなものの、別に音楽が目的でなくて食事に来ている人が、リピートしたいだろうか。ステージの中央で料理してくれるなら、『料理の鉄人』の「キッチンスタジアム」みたいでわくわくするが、ピントがズレていないか。
「いきなり!ステーキ」は"俺のシリーズ"をベンチマークした立ち食いスタイルで大ブレイク。
ライバル企業も"俺のシリーズ"の成功を指をくわえて眺めていたわけではない。 今や、ファミレスの「ガスト」、「ジョナサン」といったすかいらーく系チェーン、「ロイヤルホスト」でも、定期的にシーズン限定品としてフォアグラメニューを発売して、好評を博している。「デニーズ」では、"俺のシリーズ"がフォアグラメニューを売りにブレイクするかなり前から、フォアグラメニューをシーズン商品として売っており、ずっと継続している。
"俺のシリーズ"をベンチマークして、立ち食いステーキ専門店「いきなり!ステーキ」を立ち上げたのはペッパーフードサービス。2013年12月に銀座に1号店をオープンし、本格ステーキを量り売りにて立ち食いで提供するという斬新なコンセプトで、近日オープン予定を含めて全国55店にまで増えている。また、ミシュラン星付き級のシェフと提携して、店舗を出す外食の動きも加速している。
ダイヤモンドダイニングは8月、「東京日本橋タワー」に、フランスでミシュラン1つ星を10年連続獲得しているシェフ・松嶋啓介氏と提携したカジュアルフレンチ「マルシェ・オ・ポワソン」をオープンする。松嶋氏は2002年に南仏のニースにレストランをオープンし、06年の28歳の時に外国人最年少でミシュラン1つ星を獲得している。現在、経営する「KEISUKE MATSUSHIMA」がニースと東京・原宿に有している。
カストリーナグループは、7月24日初のオステリア業態「オステリア カストリーナ」を中目黒にオープン。シェフには、イタリアのフィレンツェ、ジェノヴァなど各地のミシュラン2つ星店などで、約10年間腕を磨いた荒井広太氏を起用。
パルコは7月16日、エスエルディーとの共同開発で、青山に直営のネオビストロ「アンド エクレ」を出店している。「マンダリンオリエンタル東京」内ミシュラン1つ星レストラン「シグニチャー」の元シェフ、オリヴィエ・ロドリゲス氏と提携。オリヴィエ氏自らが厨房に立ち、ミシュラン・クオリティの料理をビストロ価格で提供している。
さらには、北イタリアを中心にミシュラン星付きレストランで修業を積んだ大原易裕氏率いるカストリーナグループは、7月24日初のオステリア業態「オステリア カストリーナ」を中目黒にオープンした。大原氏は過去開いた4店をいずれも繁盛店に導いており、バール以上リストランテ未満、コース料理4500円からといった価格帯で、カジュアルに本格イタリアンが楽しめる。同店シェフには、イタリアのフィレンツェ、ジェノヴァなど各地のミシュラン2つ星店などで、約10年間腕を磨いた凄腕・荒井広太氏を起用している。このように"俺のシリーズ"の開拓した、高級料理を居酒屋価格で食べてみたいというニッチな市場を、実力ある手ごわい外食企業が虎視眈々と狙ってきている。
ジャズやクラシックのライブは粋だが、それがあったからといって集客力が上がるかは疑問だ。
2014年3月11日に「実戦ランチェスター戦略11 「俺のイタリアン」は大丈夫か?懸念材料』」という動画を公開し、"俺のシリーズ"の先行きに警鐘を鳴らしていた、ナンバーワン戦略研究所代表で経営コンサルタントの矢野新一氏は、「銀座8丁目に最初は上手にドミナントをつくっていましたが、突然、博多に店を出したように、出店が場当たり的で気になっていました。"俺のシリーズ"は1次会の店で、2次会に流れて行く店がある場所が望ましいのですが、神楽坂はどうでしょう。9つも業態があるのも、間口を広げ過ぎですし、もう少し整理しないと厳しいです」と、アドバイスを送っている。
次なる成長のためには、ミシュラン級の腕利きシェフのさらなるスカウトも必要だが、百年コンサルティング代表取締役の鈴木貴博氏は、そろそろ人材紹介会社を介在したスカウトも厳しいと見ている。
「シェフを引き抜かれたグランメゾンの経営者は、もちろんいい顔をしません。坂本社長は破壊者だからと、嫌っている人も多いのですよ」。坂本社長が「人材紹介会社に8000万円を払ってスーパーシェフをリクルートするより、辻調理師専門学校などから入った新卒社員を教育して、2年で料理人を一人前にする」といった趣旨の発言をし出したのも、スカウトの限界に直面したからだろう。
しかし、10年かかると言われる料理人の修業を、5分の1の2年にまで短縮するのは、いくらなんでも促成栽培に過ぎるのではないだろうか。料理の腕、手順の取得だけなら可能だろうが、人生経験、感性を磨くことも、一流のシェフには必要だ。杞憂に終わればいいが、MBA取得者を偏重する会社経営のようなバランスの悪さを感じてならない。なぜ、そこまで急ぐのか。果たして少数のスーパーシェフと、多くの促成栽培自家製コックのチーム編成でクオリティが保てるのか。大いなる実験であろう。
俺の株式会社をどう再構築するか。坂本孝社長の手腕が問われる。
いずれにしても、立ち飲みが着席になり、狭い店が大箱になり、スーパーシェフが必ず調理してくれる店がスーパーシェフでない見習いコックが厨房に多数入る店になり、スーパーシェフの競演より生演奏が売りの店になり、食通が集まる店というより若者が騒ぐチャラい(よく言えば流行に敏感な)雰囲気の店になり、外食でなければ食べられない価値を追求する店がコンビニでポテトチップを売るようになり、大盛の盛り付けでも微妙に量が減って値段が上がり、ニューヨーク・パリ・ミラノ進出のはずが香港・ソウル・上海に出店と、"俺のシリーズ"は短期間のうちに変質した。
しかし、2011~12年頃の、まだ社名をバリュークリエイトと名乗っていた当時にあった、これほどの高級料理がポケットマネーで出せる価格で、高嶺の花だったグランメゾンのスーパーシェフが本当に調理して提供してくれるという感動をもう一度と、切望するのは私だけだろうか。