昭和41年から48年まで、南海ホークス、阪急ブレーブスに在籍した右腕投手です。昭和40年の第一回ドラフトで南海ホークスに一位指名を受けて入団しています。快速球投手、森安敏明、堀内恒夫と同じく一位指名、当時の二位指名には鈴木啓示、木樽正明等がいます。それなりに騒がれての入団でしたが、強いて活躍したと言えるのは、47年の3勝の年だけでしょう。悲しいかな同期入団の彼等とは、一目見て、全くレベルが違いが解る程の歴然とした実力の差がありました。やや太めの体から、腰の捻りの少ないスリークォーターの投球フォームからの球は、所謂棒球で著しく伸びを欠いていました。又球速も決して速い方ではなく、平均をやや上回るくらいかと記憶しています。これと言った変化球もなく、制球も優れている事も有りませんでした。典型的な二流投手だったと思います。
通算成績 24試合 3勝5敗 防御率 3.38 24奪三振
通算成績 24試合 3勝5敗 防御率 3.38 24奪三振