昭和30年から41年に賭けて、主に東映フライヤーズで活躍した右腕投手です。かなりサイドに近い投球フォームで、球速ははっきり言って非常に遅いものでしたが、コントロールは素晴らしく、右打者の外角低目へずばっと決めていたものでした。又与四球はもの凄く少ないものでしたが、逆に奪三振も少なく本当に打たせて取る投球でした。ハイライトは昭和36年で25勝、防御率2.16という素晴らしい成績を挙げ、30勝を達成した土橋正幸に次ぐ数字を残しました。しかし安定した数字を残したのはその前後4年間位で、球速不足も相俟って急激に力を落としていったものです。
通算成績 307試合 80勝58敗 防御率 2.83 453奪三振
通算成績 307試合 80勝58敗 防御率 2.83 453奪三振