10日(木)。昨日の朝日朝刊 文化面に「合唱時 原則マスクを 文科省」という見出しの記事が載っていました 超訳すると、
「合唱活動をしていた中学校で相次いで新型コロナウイルスのクラスター(感染者集団)が発生したことを受け、文部科学省は8日、全国の教育委員会などに、合唱時は原則マスクを着用するよう求める通知を出した 一方、屋外で行う場合は間隔を最低2メートル空け、向かい合うことを避ければ着用は義務付けないとした。着用すべきマスクは、マウスシールドやあご部分の解放が広いマスクなどは『該当しない』とし、フェースシールドは『的確に扱わないと感染を拡大させる危険がある』として推奨していない」
この記事を読んで思ったのは、学校の授業や部活などにおける合唱に限らず、アマチュア合唱団などにも共通する問題ではないか、ということです
4日付のtoraブログでもご紹介しましたが、今年年末の「第九」公演はアマチュア合唱団を起用する在京オーケストラは皆無です 一定の間隔を空けながら歌うことになると、人数を相当減らさなければならないので、「マス」の力が発揮できなくなってしまいます 小人数でも迫力のある合唱を期待すると、どうしてもプロの合唱団に頼ることになります 今年は仕方ないですね
ということで、わが家に来てから今日で2261日目を迎え、2年前に初の米朝首脳会談でトランプ大統領と会談した北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は、米大統領選でバイデン前副大統領が勝利を確実にした今なお沈黙を守っている というニュースを見て格言を述べるモコタロです
モコタロ:オバマ政権の「戦略的忍耐」の真似ですか? 金委員長:沈黙は金なり
昨日、夕食に「鶏のクリームシチュー」と「生野菜とワカメのサラダ」を作りました 私は「ご飯にシチューをかける派」です
昨夕、サントリーホールで読売日響の第604回定期演奏会を聴きました プログラムは①モーツアルト「ピアノ協奏曲 第25番 ハ長調 K.503」、②ブルックナー「交響曲 第6番 イ長調 WAB.106」です 演奏は①のピアノ独奏=岡田奏(キット・アームストロングの代演)、指揮=セバスティアン・ヴァィグレです
会場は市松模様配置をとっていないのに、6割位の入りです コロナ感染者が増加傾向にある中では仕方ない状況かもしれません
オケは左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、その後ろにコントラバスといういつもの読響の並び。コンマスは長原幸太、隣は小森谷巧というダブル・コンマス態勢です 常任指揮者・ヴァイグレは今年3月と7月に来日する予定だったのがコロナ禍のため公演中止となったことから、今回は1年3か月ぶりの来日公演となるので、オケの力の入れようが違います
1曲目はモーツアルト「ピアノ協奏曲 第25番 ハ長調 K.503」です この曲はウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)が1786年に作曲した作品です この年には、第23番K.488 、第24番K.491、第25番K.503の3曲が続けて作曲されています これらの作品は貴族たちを対象にした予約演奏会のために作曲したもので、モーツアルト自身が弾き振りをしました 当時モーツアルトは30歳、絶頂期にありました 第1楽章「アレグロ・マエストーソ」、第2楽章「アンダンテ」、第3楽章「アレグレット」の3楽章から成ります
ソリストの岡田奏(おかだ かな)はパリ高等音楽院を最優秀で卒業・修了。2013年にプーランク国際コンクールと仏ポントワーズのピアノ・キャンパス国際コンクールで優勝しています
まるでフランス人形のような純白のドレスで登場した岡田奏がピアノに向かいます ヴァィグレの指揮で第1楽章が開始されます。モーツアルトのピアノ協奏曲における独奏ピアノは、宮廷における女王のような存在なので、なかなか登場しません オーケストラの序奏部が終わり、おもむろに登場すると一気に聴衆の耳をピアノに向かわせます 岡田奏の演奏は よどみなく流れる川のようで、音楽の流れが自然です ヴァィグレ ✕ 読響がピタリとつけます 日橋辰朗のホルン、蠣崎耕三のオーボエ、倉田優のフルートが華を添えます 文句の付けどころのない素晴らしい演奏でした
プログラム後半はブルックナー「交響曲 第6番 イ長調 WAB.106」です この曲はアントン・ブルックナー(1824-1896)が1879~81年にかけて作曲しましたが、1880年9月に第1楽章が、11月に第2楽章が、1881年1月以降に第3、4楽章が作曲され、同年9月に全曲が完成し、1899年2月に全曲がウィーンで初演されました 第1楽章「マエストーソ」、第2楽章「アダージョ」、第3楽章「スケルツォ:コン・モート~モデラート」、第4楽章「フィナーレ:アレグロ・マ・ノン・トロッポ」の4楽章から成ります
ヴァィグレの指揮で第1楽章に入ります 弦楽セクションの渾身の演奏、日橋辰朗を中心とする4人のホルン、フルート、オーボエ、ファゴットが素晴らしい演奏を展開します 第2楽章ではチェロ・セクションの美しい演奏が印象に残りました 第3楽章のスケルツォは、江藤光紀氏のプログラム・ノートによると、「初演当時、特に人々に奇異に映ったようで、『馬が騎手を振り切ってしまった』『完全に途方にくれた』などという評言が残っている」とのことですが、私には、この楽章こそブルックナーらしい曲想だと思いました
実は、この曲はブルックナーの交響曲の中であまり演奏される機会がない作品なので、積極的に聴こうとは思わないのですが、今回は生で聴くチャンスであることからCDで予習しておきました オットー・クレンペラー盤とヘルベルト・ケーゲル盤です 予習の段階で感じたのは「何とも掴みどころのない曲」ということです 静かに音楽が進んでいたかと思うと、いきなり金管の咆哮が出現したり、そうかと思うと、急にゲネラル・パウゼ(全休止)になったりと、目先がクルクルと目まぐるしく変化するので全体像が把握しにくいのです 分かり易く言えば、いろいろなメロディーをつぎはぎしたパッチワークのような曲という感じなのです これは第6番に限ったことではなく、ブルックナーの交響曲に共通する特質だと思いますが、特にこの曲は頭抜けてそういう傾向にあると思います
そんなことを思いながら聴いていたら、オケ総動員により音の大伽藍が築き上げられフィナーレを迎えていました
満場の拍手にカーテンコールが繰り返され、ヴァィグレがステージに呼び戻されましたが、聴衆の声を代弁すれば、「お帰りなさい」でしょう。オケのメンバーが舞台袖に引き揚げた後も、ヴァィグレだけ呼び戻され、スタンディングオベーションを受けていました