Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

2024年から贖いの業の2000周年(33 - 2033)のノベナの年(2024-2033)が始まります

一体なぜ、こんな虫けらのような罪人である私たちを、天主はここまで愛されたのか?

2021年06月30日 | お説教・霊的講話
2021年6月4日(初金)至聖なるイエズスの聖心の随意ミサ
聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父説教(大阪)

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

今日は初金で、イエズス様の聖心の随意ミサを行なっています。

今日は、御聖体の祝日のその翌日、イエズス様の聖心の神秘を深く黙想致しましょう。

「御聖体」、これはイエズス様の愛の、イエズスの聖心の愛の奇跡でした。イエズス・キリストの創立した宗教、カトリックの教えキリスト教は、全て愛によって説明されます。全てが愛によってなされました。全てが愛の為になされました。

イエズス様が三位一体が、この全宇宙を創られたのも、愛によるものでした。

私たちの為に人となってお生まれになったのも、私たちを愛する為でした。

十字架に付けられて苦しまれたのも、私たちはただひたすらに愛するが為でした。

御聖体を制定されたのも、私たちに愛を与える為でした、私たちに愛を証明する為でした。

この世の終わりまで留まる事を望んだからです。

御聖体拝領によって私たちと一つになる、という事も、私たちを愛されたからでした。

天主は愛であって、全てが愛によって始まって、愛で終わります。イエズス様の聖心こそが、その燃える聖心の愛のかまどが、私たちに全ての神秘を説明しています。イエズス様が私たちをどれほど愛されているか、という事を、あれでもか、これでもか、と証明しようとして下さっています。

御聖体、これはどうやって説明できるのだろうか?

ある神父様はこう答えたそうです、「パンが、パンの実体がなくなって、イエズス様の御体の実体になる。パンの味や形や色は、そのまま残るけれども、でも実体が変わってしまう。これは天主の全能の業だ。天主には不可能な事がないからだ。説明はそれでつく。しかし、一体なぜ、こんな虫けらのような罪人である私たちを、ここまで愛されたのか?これを説明するのがどうしてもできない。イエズス様の愛の深さの極みなさ、その深さに、ただただ驚くだけだ。」

この初金、ちょうどその御聖体の祝日の翌日の初金、イエズス様の聖心の愛に深く感謝致しましょう。イエズス様からどれほど愛されているか、という事を少しでも理解する事ができますように、マリア様にお祈り致しましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。






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