第五十六章 伝統的な信仰は何と貴重なことでしょう!
今日は、愛の祝日である御聖体の祝日です。イエズス様は私たちの霊魂の救いのためにお生まれになりました。そして、私たちが恐れること無く天主様に近づくようお招きになるために、飼い葉桶で普通の幼子のように誕生されたのです。何とイエズス様は謙遜でしょう!イエズス様は最後の晩餐での御聖体の秘跡を制定され、完全に私たちに御自分をお与えになりました。何と今日の続唱は美しいのでしょう。「ラウダ・シオン!この日の為に羊飼いは、我らを養いかつ救うために、時の終わりまで血と肉を与えて下さった・・・」それは単なる祈りはなく、単なる典礼でもありません。それは現実です。ですが、どうして私のあわれな罪人の心は、岩のように頑ななのでしょう?私は長い間、全ての物を水の中に沈んだ川の中の石のように、当たり前であると捉えていましたが、やはり内側はとても乾いていました。
一九九七年に私が乳癌を患っていた時、私の親戚や多くの友人の皆は、大きな同情を示すように見えました。私は労働改造所で多くの歳月を過ごしていました。そのような苦しい経験や欠乏の後に、私が休んだほうがいいのは言うまでもありません。しかし、別の戦いがそこにやって来ました。最初の戦いのために、私はイエズス様に従う道を選びました。私は進んでカルワリオへの狭い道を登りました。自分の夢の中ですら、激しい嵐が終われば虹が現れないことはないだろうと考えたことは全くありませんでした。道理で、私の周りの家族や友人皆が、それが何故私に起こったか全く理解できなかったのも不思議ではありません。彼らは私をとても残酷に扱ったことで、天主様を非難しました。私は、「本当に天主様を愛しているの?」と自問しました。もし愛しているのならば、それは純粋であり、どんな「もし」の条件も必要とはしません。時がいつ来ようと、条件が何であろうと、私は天主様を何よりも愛します。私は天主様の恩寵と共に天主様のために苦しんでいるものの、それは全く天主様の私への賜物です。私は無であり、天主様は全てです。私は過去を当てにすることは出来ません。天主様は常に、そしてこの瞬間に、私たちを見ておられます。人生は長い道のりです。
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最後の最後まで天主様を愛する人だけが、自分の霊魂を救うことが出来ます。私にとって、自分の青春は過ぎ去りました。私はお皿の魚のようです。真中の部分がもう食べられてしまっています。なぜ、私は若い頃に自分自身を完全に天主様に御捧げしたのに、自分のために小さな尾ひれを残すでしょうか。私は自分の言葉を撤回することは望まず、私は自分の言葉を態度で示したいと思います。
癌を患うことは私のせいではありません。私の最愛の御父である天主様は、それが起こるよう御ゆるしになりました。私が単「テ・デウム」を歌うために跪くと、彼らは私あざけって笑いました。「あなたの神はどこですか?あなたはそんなに長い時間苦しんだのに、最終的に癌を患った。何故まだ神を信じているのか?私は自分の指で私の心臓を指示して言いました。「天主様は私の中心に位置しています。天主様はどこにでもおられます」ええ、私は天主様の御名のために苦しみましたが、私が癌を患っているからという理由だけで、天主様が私の世話をされていないというわけではありません。もし、天主様が御望みになれば、奇蹟が起こります。そうでなければ、私は何も失いません。「私にとって、生きる事とはキリストで、死ぬことは得る事です」
私は天主様の御摂理により、今日まで生き延びました。私の過去の結果とは何でしょう?私の苦い過去は、私のために再びカトリックの伝統に戻るという贈り物をもたらしました。私は、この二十六年間を不遇の歳月、すなわちいつか私を聖ピオ十世会第第三会会員として受け入れるように準備するための一種の修練院であると考えました。天主様は、御自分の娘となるように私が自己を否定し、この世を否定し、そして私たちの親愛なるルフェーブル大司教様がそうされたように、イエズス様に従うことを望んでおられます。私が働いていた時、自分の時間と労力の全てを費やしても、最低の給料しか受け取れなかったことで常に不平をこぼしました。天主様は御自身の計画を御持ちでした。私の病気には、目的があったでしょうか?私に「苦は楽に在り」という自分の本を書く時間と労力を見つけられるようにしたのは癌でした。
二〇〇三年十二月八日、私は聖ピオ十世会第第三会会員として請願を立てました。第第三会会員となることは、ルフェーブル大司教様に進んで従うことを意味しました。これから後しばらくの間、あるノヴス・オルドの司祭と信者は、私に関する多くの噂を広めました。誰もが真実を受け入れるのではありません。彼らが真実を受け入れていないので、確実に真実に逆行します。クレネのシモンは十字架の道において、異邦人の間で最も勇敢な方でした。私はマグダラのマリアを模倣する価値がないとしたら、十字架の重荷とローマの兵士や盲目な群集がイエズス・キリストに与えた侮辱を分かち合うために、進んでクレネのシモンに従うでしょう。私はカトリック教会の伝統に戻り、幸運にも御聖体の奉仕者や説教台で書簡を読むことを免れます。私にとってそのような虚栄は何になるでしょう?イエズス・キリストの側に立つためには、常に少数派であることです。真実は真実です。真実は民主的な意思決定ではありません。それは数字とは何の関係もありません。
天主様は私たちの生活の最高のデザイナーです。どこに行くでも天主様は私の手を握られ、私は山を登って谷を降り、そして海を越えて行きました。私は二回、致命的な癌を患いました。昨年、私の癌が再び胸骨まで広がっているのを、CTスキャンや生体検査によって発見しました。最初の内は、天主様が私を呼び戻される時ではないかと思いました。もしそうでしたら、天主様は私が天主様に御捧げした物に利子をつけてお返しになるほど親切であるということです!私は引き換えによって多くを得ました。私は惜しむ事無く行く準備が出来ていました。しかし今回、ルフェーブル大司教様は大きな奇蹟を叶えることにより、伝統的な信仰を私が維持するために奨励する印を与えて下さいました。何という祝福でしょう!私たちの大司教様に祈り、彼の遺髪に接吻しました。私の癌は、わずか十日以内に抑制出来るようになりました。私の医者は言いました。「あなたは薬を服用しているが、まだ誰もあなたのように早く治癒した事は無かった。私はそれが奇跡であることを言わざるをえない」私は芸術家が絵を描いているのを観察したことがありますが、なぜ彼らがこちらを黒く塗り、そしてそちらを白く塗ったのか戸惑いました。彼らが絵を描き上げて初めて、私はそれが野原を疾走する馬か何かだということが分かったのです。私の人生は、多くの様々な出来事で同じ様な過程を経ました。天主様は御自身の聖心を御存じでしたが、天主様と協力するように私にお求めになりました。私は小罪という水漏ればかりのとても小舟の中にいます。私はこの小舟を漕いで天国の港に向かいます。この小舟が沈まないことを保証するための最善の方法は、船を軽くして可能な限り荷物を下すことです。時間は、私たちに何の躊躇する余裕をも持たせません。私たちは今そうしなければなりません。
トリエント・ミサの典礼と共に、伝統的なカトリックの信仰は強さの源であり、恩寵の泉です。そして、何世紀にも渡ってそうでした。それは全ての教皇様のミサであり、そして全ての聖人のミサです。天主様に天主様を捧げるのは、天主様なのです。私たちが数えきれない恩寵を得られるあらゆる犠牲の中で最も強力です。これは生命の泉です。私たちは、他に何を望めるでしょう?天主様に感謝!ルフェーブル大司教様に感謝!
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『楽は苦に在り』ローズ胡美玉 著 目次
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今日は、愛の祝日である御聖体の祝日です。イエズス様は私たちの霊魂の救いのためにお生まれになりました。そして、私たちが恐れること無く天主様に近づくようお招きになるために、飼い葉桶で普通の幼子のように誕生されたのです。何とイエズス様は謙遜でしょう!イエズス様は最後の晩餐での御聖体の秘跡を制定され、完全に私たちに御自分をお与えになりました。何と今日の続唱は美しいのでしょう。「ラウダ・シオン!この日の為に羊飼いは、我らを養いかつ救うために、時の終わりまで血と肉を与えて下さった・・・」それは単なる祈りはなく、単なる典礼でもありません。それは現実です。ですが、どうして私のあわれな罪人の心は、岩のように頑ななのでしょう?私は長い間、全ての物を水の中に沈んだ川の中の石のように、当たり前であると捉えていましたが、やはり内側はとても乾いていました。
一九九七年に私が乳癌を患っていた時、私の親戚や多くの友人の皆は、大きな同情を示すように見えました。私は労働改造所で多くの歳月を過ごしていました。そのような苦しい経験や欠乏の後に、私が休んだほうがいいのは言うまでもありません。しかし、別の戦いがそこにやって来ました。最初の戦いのために、私はイエズス様に従う道を選びました。私は進んでカルワリオへの狭い道を登りました。自分の夢の中ですら、激しい嵐が終われば虹が現れないことはないだろうと考えたことは全くありませんでした。道理で、私の周りの家族や友人皆が、それが何故私に起こったか全く理解できなかったのも不思議ではありません。彼らは私をとても残酷に扱ったことで、天主様を非難しました。私は、「本当に天主様を愛しているの?」と自問しました。もし愛しているのならば、それは純粋であり、どんな「もし」の条件も必要とはしません。時がいつ来ようと、条件が何であろうと、私は天主様を何よりも愛します。私は天主様の恩寵と共に天主様のために苦しんでいるものの、それは全く天主様の私への賜物です。私は無であり、天主様は全てです。私は過去を当てにすることは出来ません。天主様は常に、そしてこの瞬間に、私たちを見ておられます。人生は長い道のりです。
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最後の最後まで天主様を愛する人だけが、自分の霊魂を救うことが出来ます。私にとって、自分の青春は過ぎ去りました。私はお皿の魚のようです。真中の部分がもう食べられてしまっています。なぜ、私は若い頃に自分自身を完全に天主様に御捧げしたのに、自分のために小さな尾ひれを残すでしょうか。私は自分の言葉を撤回することは望まず、私は自分の言葉を態度で示したいと思います。
癌を患うことは私のせいではありません。私の最愛の御父である天主様は、それが起こるよう御ゆるしになりました。私が単「テ・デウム」を歌うために跪くと、彼らは私あざけって笑いました。「あなたの神はどこですか?あなたはそんなに長い時間苦しんだのに、最終的に癌を患った。何故まだ神を信じているのか?私は自分の指で私の心臓を指示して言いました。「天主様は私の中心に位置しています。天主様はどこにでもおられます」ええ、私は天主様の御名のために苦しみましたが、私が癌を患っているからという理由だけで、天主様が私の世話をされていないというわけではありません。もし、天主様が御望みになれば、奇蹟が起こります。そうでなければ、私は何も失いません。「私にとって、生きる事とはキリストで、死ぬことは得る事です」
私は天主様の御摂理により、今日まで生き延びました。私の過去の結果とは何でしょう?私の苦い過去は、私のために再びカトリックの伝統に戻るという贈り物をもたらしました。私は、この二十六年間を不遇の歳月、すなわちいつか私を聖ピオ十世会第第三会会員として受け入れるように準備するための一種の修練院であると考えました。天主様は、御自分の娘となるように私が自己を否定し、この世を否定し、そして私たちの親愛なるルフェーブル大司教様がそうされたように、イエズス様に従うことを望んでおられます。私が働いていた時、自分の時間と労力の全てを費やしても、最低の給料しか受け取れなかったことで常に不平をこぼしました。天主様は御自身の計画を御持ちでした。私の病気には、目的があったでしょうか?私に「苦は楽に在り」という自分の本を書く時間と労力を見つけられるようにしたのは癌でした。
二〇〇三年十二月八日、私は聖ピオ十世会第第三会会員として請願を立てました。第第三会会員となることは、ルフェーブル大司教様に進んで従うことを意味しました。これから後しばらくの間、あるノヴス・オルドの司祭と信者は、私に関する多くの噂を広めました。誰もが真実を受け入れるのではありません。彼らが真実を受け入れていないので、確実に真実に逆行します。クレネのシモンは十字架の道において、異邦人の間で最も勇敢な方でした。私はマグダラのマリアを模倣する価値がないとしたら、十字架の重荷とローマの兵士や盲目な群集がイエズス・キリストに与えた侮辱を分かち合うために、進んでクレネのシモンに従うでしょう。私はカトリック教会の伝統に戻り、幸運にも御聖体の奉仕者や説教台で書簡を読むことを免れます。私にとってそのような虚栄は何になるでしょう?イエズス・キリストの側に立つためには、常に少数派であることです。真実は真実です。真実は民主的な意思決定ではありません。それは数字とは何の関係もありません。
天主様は私たちの生活の最高のデザイナーです。どこに行くでも天主様は私の手を握られ、私は山を登って谷を降り、そして海を越えて行きました。私は二回、致命的な癌を患いました。昨年、私の癌が再び胸骨まで広がっているのを、CTスキャンや生体検査によって発見しました。最初の内は、天主様が私を呼び戻される時ではないかと思いました。もしそうでしたら、天主様は私が天主様に御捧げした物に利子をつけてお返しになるほど親切であるということです!私は引き換えによって多くを得ました。私は惜しむ事無く行く準備が出来ていました。しかし今回、ルフェーブル大司教様は大きな奇蹟を叶えることにより、伝統的な信仰を私が維持するために奨励する印を与えて下さいました。何という祝福でしょう!私たちの大司教様に祈り、彼の遺髪に接吻しました。私の癌は、わずか十日以内に抑制出来るようになりました。私の医者は言いました。「あなたは薬を服用しているが、まだ誰もあなたのように早く治癒した事は無かった。私はそれが奇跡であることを言わざるをえない」私は芸術家が絵を描いているのを観察したことがありますが、なぜ彼らがこちらを黒く塗り、そしてそちらを白く塗ったのか戸惑いました。彼らが絵を描き上げて初めて、私はそれが野原を疾走する馬か何かだということが分かったのです。私の人生は、多くの様々な出来事で同じ様な過程を経ました。天主様は御自身の聖心を御存じでしたが、天主様と協力するように私にお求めになりました。私は小罪という水漏ればかりのとても小舟の中にいます。私はこの小舟を漕いで天国の港に向かいます。この小舟が沈まないことを保証するための最善の方法は、船を軽くして可能な限り荷物を下すことです。時間は、私たちに何の躊躇する余裕をも持たせません。私たちは今そうしなければなりません。
トリエント・ミサの典礼と共に、伝統的なカトリックの信仰は強さの源であり、恩寵の泉です。そして、何世紀にも渡ってそうでした。それは全ての教皇様のミサであり、そして全ての聖人のミサです。天主様に天主様を捧げるのは、天主様なのです。私たちが数えきれない恩寵を得られるあらゆる犠牲の中で最も強力です。これは生命の泉です。私たちは、他に何を望めるでしょう?天主様に感謝!ルフェーブル大司教様に感謝!
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『楽は苦に在り』ローズ胡美玉 著 目次
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