隊長のブログ

元商社マン。趣味:ヒップホップダンス、ジャズダンス、日舞(新舞踊)、旅行、映画、スポーツ観戦。阪神タイガースのファン。

街歩き 第102回 『御朱印巡り 「愛宕神社」』

2020年07月27日 | まち歩き

隊長の地元:東京都文京区内や近隣を散歩する「街歩き」シリーズの第102回は、『御朱印巡り 愛宕神社』を、お送りします。

7月22日(水)に、港区愛宕に鎮座する「愛宕神社(あたごじんじゃ)」の御朱印を拝受しました。

 




当社の御朱印は、中央に社名の墨書きはなく、「愛宕神社」の社印のみ押印してあります。右上には、火防の神のおおもとの神社として「伏火之総本社」の墨書きと鎮座地を示す「芝愛宕山」の印が押してあります。左には「令和二年文月二十二日 奉拝」の墨書き。七月ではなく、文月と書いてあるのが粋ですね。


「愛宕神社」は、慶長8年(1603)、徳川家康が江戸に幕府を開くにあたり、江戸の防火防災の神として祀られました。慶長15年、庚戊本社をはじめ、末社仁王門、坂下総門、別当所等将軍家の寄進により、建立されました。祭礼などには下附金を賜るほど、当時の幕府の尊崇は篤いものでした。


その後江戸大火災で全焼してしまいましたが、明治10年(1877)9月に本殿、幣殿拝殿、社務所の再建がなりました。大正12年(1923)9月1日、関東大震災により、昭和20年5月24日には帝都大空襲により太郎坊神社を残し社殿は焼失しましたが、昭和33年(1958)9月、氏子中の寄付により、御本殿、幣殿、拝殿などが再建され、現在に至ります。


主祭神は、「火産霊命(ほむすびのみこと)」〈火の神〉。


これまで、最寄り駅は、東京メトロ日比谷線 「神谷町駅」、又は同銀座線「虎ノ門駅」でしたが、日比谷線「虎ノ門ヒルズ駅」が本年6月6日に開業したので、同駅から行くことにしました。




「霞ケ関駅」で同線に乗り換えたので、ホーム先頭にあるA1出口から地上に出ます。




本殿までのルートは、四つあります。一番オーソドックスなのは、A1出口から「虎ノ門ヒルズ 森タワー」と「同 レジデンシャルタワー」の間の通りを抜け、「愛宕下通り」を右に曲がり、しばらく歩くと右手の参道の先に朱色の「大鳥居」が見えて来ます。この参道、昔は両側に店など並び賑やかだったのでしょうが、周辺の再開発でこの様な状態になってしまったのでしょう。




 

愛宕神社は、標高26メートルの愛宕山の山頂にあり、23区内で自然の地形としては一番高い山です。鳥居の先には、鬱蒼したと樹木が広がっています。




 

これが有名な「出世の階段(男坂)」。




その名の由来は、三代将軍・家光公が将軍家の菩提寺である芝の増上寺にご参詣のお帰りに、ここ愛宕神社の下を通りました。折しも春、愛宕山には源平の梅が満開。家光公は、その梅を目にされ、 「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」と命ぜられました。




皆があまりの急勾配に怯む中、従者の一人、四国丸亀藩の家臣・曲垣平九郎(まがき・へいくろう)が名乗り出ます。平九郎は、騎乗のまま、見事、石段をのぼり降りし、家光公に梅を献上いたしました。平九郎は家光公より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいたと伝えられています。


この故事にちなみ、この坂(男坂)が「出世の石段」と呼ばれる様になりました。


坂の上から見下ろすと、足がすくむほどの急勾配です。この急な石段を、平九郎以降、昭和57年(1982)迄で、三人が騎乗のまま上り降りに成功しているそうです。




本殿までの二番目のルートは、男坂の正面を向かって右側の階段「女坂」です。




男坂より勾配が穏やかと言っても、上から見下ろすと、そこそこ勾配が急ですね。




三番目のルートが、男坂の参道の手前にある「愛宕新坂」です。車道ですが、もちろん歩いても行けます。坂の途中には、有名ソムリエ・田崎真也さんの「ワインサロン」などがあるので、散策がてら参拝するのも良いでしょう。




四番目、徒歩で行くのに、もっとも楽なルートは、「桜田通り」から「愛宕トンネル」を抜けます。




トンネルの先、右側にある「愛宕山エレベーター」に乗ると、急坂を上らずに参詣が可能です。




これ以外にも、「愛宕トンネル」手前の左手の階段(西参道)があるのですが、割愛します。


男坂を上り切った先にある石製の「一の鳥居」。




「一の鳥居」を潜った左手の「手水社」。




 

「丹塗りの門」




門を潜った左にある「招き石」。この石をなでると福が身につくと云われています。




主祭神「火産霊命(ほむすびのみこと)」を祀る社殿に参拝。




御朱印を頂けるのは、社殿右手の「社務所」。初穂料は、300円。以前、紙のものが踏まれて落ちていた経緯から、“御朱印帳”のみに押印しています。




「一の鳥居」脇にある境内末社の「弁財天社」。御祭神は、「市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)」。




 

地蔵様




 

太平洋戦争終結時に自決した「殉皇十二烈士女之碑」。




 

「櫻田烈士愛宕山遺蹟碑」。安政7年(1860)3月3日の「桜田門外の変」に決起した18烈士の碑。




 

境内にある鯉が泳ぐ池




当社の南、愛宕山中にある「NHK放送博物館」。




尚、拝受した御朱印の数は、これで六十五印になりました。詳細は、こちらの「御朱印巡り」記事一覧をご参照下さい⇒
http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/e23a591aa7b880a9e451c519dc5e14a5




==「街歩き」バックナンバー==
http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/c/c2c437caab6ac1e2be19246ef261eea9

第1回~90回  省略

第91回  2019/11/23『御朱印巡り「穴八幡宮」』  https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/75eddc617e4eb1267e40546e4a1e92d0

第92回  2019/11/27『御朱印巡り「早稲田宝泉寺」』  https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/243c5a55a9a8a179275b3587c3151822

第93回  2020/1/15 『「清水橋」が架け替えられていた』  https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/a669f966b74dd0a8d6e5a2642213a1bf

第94回  2020/2/6  『御朱印巡り「東京大神宮」』 https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/9d1d841578ac5611a86e27581801aca6

第95回  2020/2/9  『御朱印巡り「神楽坂 毘沙門天 善國寺」』 https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/feccc5307e8093f42dca36090b3865df

第96回  2020/3/8  『今年の花見は宴会自粛』 https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/96ae962f4c6850bb80b4cdfa99a20763

第97回  2020/3/25 『清和公園の桜』 https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/683efb05ff34951d10682a8dbe37df51

第98回  2020/3/29 『御朱印巡り「廣尾稲荷神社」』 https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/14f74898856ff828222d0b5b962504da

第99回  2020/4/28 『真砂坂上バス停 リニューアル』  https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/4a1d9cf96695c70eb3c128672c6a0f23

第100回 2020/6/8  『御朱印巡り「明治神宮」』(その1) https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/c87b3547debd8655a09384a5fbbda105

第100回 2020/6/10 『御朱印巡り「明治神宮」』(その2) https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/6c2d20458adf660ca35ec0cde91889d9

第101回 2020/6/16 『文京区と春日局』  https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/ab71232f54d0d2075ff62c414f3fe097


 


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