すずめ通信

すずめの街の舌切雀。Tokyo,Nagano,Mie, Chiba & Niigata Sparrows

第624号 上州の山は見えずや!

2008-09-29 09:12:41 | Tokyo-k Report
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【Tokyo】群馬の前橋に行ってきた。前橋は、私が社会人の第一歩を踏み出した街だ。人はだれもがそうした街を持っているわけで、よく耳にするのは「転勤でいくつかの街で暮らしたけれど、初任地がいちばん懐かしい」という感慨である。私も全くそうした一人なのであって、前橋は懐かしい街なのである。ローカル線しか通らない小さな駅も懐かしく、県庁に続くケヤキ並木の樹肌も懐かしい。空を仰げば、澄んだ空気の先を流れる白雲さえも懐かしく感じるのだ。

40年ほど昔の着任したその日、上司は「今日は仕事はいいから、高いところに登って街を見渡して来い」と言った。なるほど社会に出ると、そうしたことが必要になるのかと、まだ初々しかった私は街に出て、繁華街に建つデパートの屋上に登った。4月上旬の風は冷たく、どちらが赤城で榛名なのか区別できなかったものの、広大な裾野の山々が心地よかった。

気がつくと、大人も子供も大きな串団子のようなものを頬張っている。屋台からいい匂いが漂って来る。さっそく買ってガブリと噛んだ。中には餡でも入っていて、それなりの歯応えがあるだろうと思ったのだ。ところが実体は麩のようなもので、勢い余った私の歯は下唇を噛み切ってしまった。それが上州名物・焼きまんじゅうとの出会いであり、私の上州デビューであった。

そんな記憶を楽しみながら、ケヤキ並木を歩く。ケヤキは40年分、太くなったようで、商店街は逆に寂しくやせ細っているように見えた。私が着任日に「国見」をした「前三」というデパートはすでになく、アーケード街は閑散として、建て替えられたデパート跡のビルは、周囲にできた新しいビルに埋もれていた。

前橋は暮らしよい土地である。地震や台風などの自然災害が少なく、日照時間が長い。県庁所在地別日照時間ランキングでは、大方の統計でベスト3に入っている。つまり晴天が多く空気は乾いているのだ。その代償ともいえる空っ風はなかなか烈しいものであるが、暮らし難いというほどのことはない。

「暮らしよさ」には土地の《気風》がものをいう。人々の《気質》というやつだ。上州人はよく指摘される通り、思い切りがよくさばけている。逆に言えば隠忍自重に乏しい。それが「婿をとるなら越後の男」といった自嘲めいた言い回しとなる。詩の王国ではあるが、不思議と小説は生まれない。安吾はいないが朔太郎がいるぞ! という街である。そんな気風は他国者におおらかで、従ってだれにも暮らしやすい土地、ということになる。

気風や気質は40年程度では変わらない。だから上州は今も、さっぱりとした暮らし良さが続いているに違いない。ただ街の賑わいは郊外に遷り、かつての中心繁華街はマンション街となって行く気配である。駅前通りには、地元と東京の大学が共同で、街の活性化案を練っているという看板があった。そうやって街は、新しい時代へと移行して行くのであろう。

とはいえ社会人青春時代を過ごした街が、閑散としている現実は寂しい。昔はなかった県庁タワー32階の展望ロビーから、遠く谷川岳を望んだ。パノラマの中を、利根川が流れ下って来る。40年など、ほんの瞬きのごとくである。
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