(5) 露に関する藤原嘉藤治の証言
吉田 ところで藤原嘉藤治といえば、彼も露に関して言及しているんだけど知ってるか。
鈴木 えっ! 知らない。
吉田 え~と、ほら本棚に入っているじゃないか『童話『銀河鉄道の夜』の舞台は矢巾・南昌山』、その中にある。ちょっと見せてくれ……ほらここここ。嘉藤治が『新女苑』(昭和16年8月号)のために著したもののようだが。
鈴木 まずい、見過ごしていた。どれどれ。
と私は言って同著の245pを見てみた。そこには次のように書かれていた。
吉田 ただちょっと扱いには注意が必要だと思う。さっきの〔最も親しき友らにさへこれを秘して〕だが、何時詠んだ詩か不明だから〝女と思ひて今日までは許しても来つれ〟と賢治が詠っている女性が100%露であるとまでは言い切れない。でも、もしそうだとすればこの嘉藤治の証言と賢治の詩には矛盾が生ずると思う。賢治自身は
〝最も親しき友らにさへこれを秘して/ふたゝびひとりわがあえぎ悩めるに〟
と言っている訳だから、露のことを嘉藤治にはあまり語らずに秘していたという可能性が高いことになる。ところが、一方の嘉藤治は
「僕も仲にはいったりして、手こずったが」
と述懐していることになるからだ。
鈴木 そうか、そうだよな。それじゃ嘉藤治のこの証言に対する評価はしばらく保留しておいてじっくり考えて行くことにするか。
(6) 【Ⅱ 訪問拒絶】に関する「証言」の考察
荒木 ならば元に戻って、検証の続きをやろうよ。
鈴木 あっいけない、また私の悪い癖が出てしまっていた、すまんすまん。ついつい虫の眼になったしまうんだよな。
それでは今回のグループG4のうちでまだ残っている「証言」に基づいて仮説の検証を続けたい。まずその「証言」を確認しておこう。
① 【Ⅱ 訪問拒絶】に関する「証言」
② 「賢治二題」より
吉田 あれから僕も少し考えてみていたのだが、どうも僕は佐藤勝治の「賢治二題」がこの問題を解決するためのヒント与えて呉れているのじゃないかと思ってるんだ。
まず第一は次のこと。伊藤清の証言「(4) 八景(桜の別名)の賢治の家から女の魂(たまし)が出てくるという噂」に関してだが、勝治はその中で次のようなことを述べている。
と言ってコピーを手渡してくれた。そして続けた。
吉田 これと似た噂がこの「賢治二題」にも載っていて、
問題はそれがなぜ伊藤清の言うところの〝その噂を伝え聞いた賢治はかんかんに怒って「実にけしからん、名誉毀損だ」と言った〝というところにまで結びつくのかが今までいまいち解らなかったのだ。それくらいのことで賢治は〝かんかんに怒っ〟ただろうか、と訝っていた。
第二は次のことだ。同じく勝治の「賢治二題」には次のようなことが載っていることを思い出したんだな。
吉田 うんそれそれ。そこで僕は思ったんだ。この伊藤の証言している噂、あるいは賢治が伝え聞いた噂には、実はまだ他の内容も含まれていたのではなかろうかと。
荒木 たとえば…
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吉田 ところで藤原嘉藤治といえば、彼も露に関して言及しているんだけど知ってるか。
鈴木 えっ! 知らない。
吉田 え~と、ほら本棚に入っているじゃないか『童話『銀河鉄道の夜』の舞台は矢巾・南昌山』、その中にある。ちょっと見せてくれ……ほらここここ。嘉藤治が『新女苑』(昭和16年8月号)のために著したもののようだが。
鈴木 まずい、見過ごしていた。どれどれ。
と私は言って同著の245pを見てみた。そこには次のように書かれていた。
大正十五年の春、農学校の教師を辞し、自炊生活をし乍ら農民指導をしていた頃である。彼のよき理解者、援助者になるつもりの自讃女性が飛び込んで来たことがある。
これには宮澤賢治も「ああ友だちよ、空の雲がたべきれないように、きみの好意もたべきれない」といった風な工合で、ほとほと困ったことがある。僕も仲にはいったりして、手こずったが、反面、宮澤賢治なる者、果たしてどこら辺迄、その好意を受け入れ、いかに誘惑と戦ふかを興味持って傍観したりしていたが、女の方でしびれを切らし、他に良縁を求めて結婚してしまってけりがついた。
これには宮澤賢治も「ああ友だちよ、空の雲がたべきれないように、きみの好意もたべきれない」といった風な工合で、ほとほと困ったことがある。僕も仲にはいったりして、手こずったが、反面、宮澤賢治なる者、果たしてどこら辺迄、その好意を受け入れ、いかに誘惑と戦ふかを興味持って傍観したりしていたが、女の方でしびれを切らし、他に良縁を求めて結婚してしまってけりがついた。
<『童話『銀河鉄道の夜』の舞台は矢巾・南昌山』(松本孝著、ツーワンライフ社)より>
鈴木 ということは、慶吾等とは違って、藤原嘉藤治は露のことをせいぜい押し掛け女房程度には見ていたかもしれないが、少なくとも悪女扱いまではしていなかったということは言えそうだ。吉田 ただちょっと扱いには注意が必要だと思う。さっきの〔最も親しき友らにさへこれを秘して〕だが、何時詠んだ詩か不明だから〝女と思ひて今日までは許しても来つれ〟と賢治が詠っている女性が100%露であるとまでは言い切れない。でも、もしそうだとすればこの嘉藤治の証言と賢治の詩には矛盾が生ずると思う。賢治自身は
〝最も親しき友らにさへこれを秘して/ふたゝびひとりわがあえぎ悩めるに〟
と言っている訳だから、露のことを嘉藤治にはあまり語らずに秘していたという可能性が高いことになる。ところが、一方の嘉藤治は
「僕も仲にはいったりして、手こずったが」
と述懐していることになるからだ。
鈴木 そうか、そうだよな。それじゃ嘉藤治のこの証言に対する評価はしばらく保留しておいてじっくり考えて行くことにするか。
(6) 【Ⅱ 訪問拒絶】に関する「証言」の考察
荒木 ならば元に戻って、検証の続きをやろうよ。
鈴木 あっいけない、また私の悪い癖が出てしまっていた、すまんすまん。ついつい虫の眼になったしまうんだよな。
それでは今回のグループG4のうちでまだ残っている「証言」に基づいて仮説の検証を続けたい。まずその「証言」を確認しておこう。
① 【Ⅱ 訪問拒絶】に関する「証言」
(3) 先生はあの人の来ないようにするためにずいぶん苦労された。門口に不在と書いた札をたてたり、顔に灰を塗って出たこともある。そしてご自分を癩病だといっていた。(高橋慶吾) S10
(2) の人たちがこのこと(露が賢治を慕って二度、三度昼食を持って来たこと)を大変評判にしたので、賢治は露に関する評判を大変気に病んで露を近づけまいといろいろ工夫をこらしたことがある。<伊藤清> S32
(3) 露は賢治のそうした苦労を知らずにしつこく訪問したので、賢治がほとほと困惑したことを覚えている。<伊藤清> S32
(4) 八景(桜の別名)の賢治の家から女の魂(たまし)が出てくるという噂が立ったことがあるが、その噂を伝え聞いた賢治はかんかんに怒って「実にけしからん、名誉毀損だ」と言った。<伊藤清> S32
(2) この頃(昭和2年の秋の早い頃)高瀬露は下根子桜の宮澤家別宅に時々訪ねてきたが賢治から拒絶されるようになっていた。<校本年譜> S53
(1) 賢治が露の単独来訪を拒否した最初は昭和2年6月9日頃であるが、高橋慶吾の話によると、この後も露の単独訪問は繁々続いていた。<小倉豊文> S53
そして、何が何が問題となっていたかというと、(2) の人たちがこのこと(露が賢治を慕って二度、三度昼食を持って来たこと)を大変評判にしたので、賢治は露に関する評判を大変気に病んで露を近づけまいといろいろ工夫をこらしたことがある。<伊藤清> S32
(3) 露は賢治のそうした苦労を知らずにしつこく訪問したので、賢治がほとほと困惑したことを覚えている。<伊藤清> S32
(4) 八景(桜の別名)の賢治の家から女の魂(たまし)が出てくるという噂が立ったことがあるが、その噂を伝え聞いた賢治はかんかんに怒って「実にけしからん、名誉毀損だ」と言った。<伊藤清> S32
(2) この頃(昭和2年の秋の早い頃)高瀬露は下根子桜の宮澤家別宅に時々訪ねてきたが賢治から拒絶されるようになっていた。<校本年譜> S53
(1) 賢治が露の単独来訪を拒否した最初は昭和2年6月9日頃であるが、高橋慶吾の話によると、この後も露の単独訪問は繁々続いていた。<小倉豊文> S53
なぜある時期から賢治はそうしたのだろうか…。露が賢治を慕って二度、三度昼食を持って来たという評判を賢治が大変気に病んだとか、賢治の家から女の魂が出てくるという噂が立ったという噂を伝え聞いた賢治が「実にけしからん、名誉毀損だ」とかんかんに怒ったということだが、前者については気に病む理由がよく解らんし、後者についてはそれほど激怒する理由も分からん…。
ということでありました。② 「賢治二題」より
吉田 あれから僕も少し考えてみていたのだが、どうも僕は佐藤勝治の「賢治二題」がこの問題を解決するためのヒント与えて呉れているのじゃないかと思ってるんだ。
まず第一は次のこと。伊藤清の証言「(4) 八景(桜の別名)の賢治の家から女の魂(たまし)が出てくるという噂」に関してだが、勝治はその中で次のようなことを述べている。
と言ってコピーを手渡してくれた。そして続けた。
吉田 これと似た噂がこの「賢治二題」にも載っていて、
同じ菊仲間で牛乳屋をやつている八木さんと、近頃賢治さんの所に長い髪のばけものが出るというので、ある晩二人で退治に出かけた。
今こそ賢治住居のあたりはきれいに整理されて、道も広くなつたが、じつさい彼が住んでいた頃はあの辺は藪であつた。鍛冶屋さんと牛乳屋さんは、おつとり刀で意気込んで出だしたのはいいが、木の根につまずき、ばらにさされ、いやもう大した目にあつて彼の家の戸を叩くことができた。
けつきよくその晩は相手のばけものがあらわれなくて、賢治さんと四方山話をして帰つて来たのであつたというが、この「髪の長いばけもの」というのが、彼の所謂『聖女のさまして近づける』T女である。
今こそ賢治住居のあたりはきれいに整理されて、道も広くなつたが、じつさい彼が住んでいた頃はあの辺は藪であつた。鍛冶屋さんと牛乳屋さんは、おつとり刀で意気込んで出だしたのはいいが、木の根につまずき、ばらにさされ、いやもう大した目にあつて彼の家の戸を叩くことができた。
けつきよくその晩は相手のばけものがあらわれなくて、賢治さんと四方山話をして帰つて来たのであつたというが、この「髪の長いばけもの」というのが、彼の所謂『聖女のさまして近づける』T女である。
<『四次元44』(宮沢賢治友の会)11pより>
ということだから、当時このような「女の魂」とか「髪の長いばけもの」が下根子桜に出るなどというような噂が立ったということはほぼ事実だと思うのだ。問題はそれがなぜ伊藤清の言うところの〝その噂を伝え聞いた賢治はかんかんに怒って「実にけしからん、名誉毀損だ」と言った〝というところにまで結びつくのかが今までいまいち解らなかったのだ。それくらいのことで賢治は〝かんかんに怒っ〟ただろうか、と訝っていた。
第二は次のことだ。同じく勝治の「賢治二題」には次のようなことが載っていることを思い出したんだな。
特に私のさもあらんと思うのは、彼が、他人の告げ口を信じてすつかり怒つたことである。彼のような善良な人間は、告げ口の名人にかかると、苦もなく信じてしまうものである。三百代言と知りながらも、最愛の弟子も疑つてしまう。
いわんやその告げ口をする人間が、もう少し上等な人間であり、自分の親しい者であると、たいてい本気になつてしまう。彼のような上品な人間は、告げ口などという下品なことはしたことがないから、上手な告げ口にすぐ乗るのである。「聖女のさましてちかづけるもの」の詩は、まさしくこの種の告げ口(告げ口として常套な誇張と悪意による)によつて成つたものである。
いわんやその告げ口をする人間が、もう少し上等な人間であり、自分の親しい者であると、たいてい本気になつてしまう。彼のような上品な人間は、告げ口などという下品なことはしたことがないから、上手な告げ口にすぐ乗るのである。「聖女のさましてちかづけるもの」の詩は、まさしくこの種の告げ口(告げ口として常套な誇張と悪意による)によつて成つたものである。
<『四次元44』(宮沢賢治友の会)13pより>
鈴木 おっ、知ってる知ってる。羅須地人協会の会員の一人が賢治からとんでもない誤解を受けて、無実なのに理不尽な怒られ方をしたというやつだ。吉田 うんそれそれ。そこで僕は思ったんだ。この伊藤の証言している噂、あるいは賢治が伝え聞いた噂には、実はまだ他の内容も含まれていたのではなかろうかと。
荒木 たとえば…
続きの
”高瀬露は悪女ではない(考察#17)”へ移る。
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わざわざご丁寧にご連絡いただきありがとうございます。
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
サイト名:月光条例細則
週間少年サンデー連載中のマンガ「月光条例」の個人ファンサイト
お早うございます。
拙ブログをご訪問いただきありがとうございます。
マンガ「月光条例」を見たことはないのですが、そのようなものがあるとは仄聞しております。ただし、その中身は全くと言っていいほど承知しておりません。
私自身は、巷間あまりにも露が悪女扱いされているのではたしてそうであったのか、実はそうではないのではないかという仮説を立てていま検証をしているところです。
ここまでのところは、露は少なくとも悪女でないということは検証できたかなと思っておりますし、最終的にもそうなりそうな見通しです。
今後ともよろしくお願いいたします。
「青い鳥」のチルチルが物語から出てきて宮沢賢治のところに居候するというような荒唐無稽なマンガですが、先日出版された第17巻で高瀬露が登場しています。
(マンガでは高「勢」露になってます。白雪姫と戦ったりしてます。)
そこで実在の高瀬露はどんな人かということでググったところこちらに行き着いた次第です。
丁度検証を進めているところに辿りつけたのは幸運でした。
更新楽しみにしております。