通信システムは、極めて高度に発達してきています。併せて非常に多岐に渡るソフトウェアが、それらのネットワークを通じて利用されるようになり、また端末の小型化や多様化も急速に進んできました。こうしたネットワークの発達とは裏腹に、コンピューター全体におけるメンテナンスやセキュリティーの問題は、日増しに深刻化してきています。
これまでコンピューター業界をリードしてきた企業群から提供されているパソコンの仕組みは、限界を見せつつあります。とくに、近年において顕著なのは、ソフトウェア(OS)とハードウェア(CPU)の性能差の拡大です。これにより、コンピューターの利用においては、メンテナンスやセキュリティーの問題のみならず、処理速度や消費電力(とくに携帯型端末では顕著)といった、新しい問題が引き起こされるようになってきました。
こうした問題は、コンピューターをそれ単体として発展させてきた既存業界の功績である一方、ネットワークの発達や端末の多様化が進む中で、今後解決されなければならないものです。そして、その解は従来の「重い端末」から「軽い端末」への転換であると考えます。コンピューターを「軽い端末」にすることで、ユーザーはメンテナンスやセキュリティー等について意識することなく、利用できるようになります。さらに、多様な端末形態にも対応し、電子機器の利便性向上が期待できます。
真剣にユビキタス社会の実現を目指すのであれば、散在するそれぞれのコンピューターに対するメンテナンスやセキュリティーに係るコストを考慮しなければならず、それは従来の「重い端末」では、極めて困難であると言わざるを得ません。逆に、こうしたコンピューターシステムを整えることができれば、「軽い端末」と化したコンピューターは、通信ネットワークを取り込みつつ、広くさまざまなデバイスに組み込まれていくことになります。
例えば、カーナビゲーションシステムであれば、地図情報の更新はもちろん、最新の渋滞情報や近隣の店舗情報等について、メンテナンスすることなく、手軽に利用できることになります。ミュージックプレイヤーやデジタルカメラ等の場合、それらで扱う音楽や画像ファイルについて、ストレージサービスとリンクさせることで、バックアップ機能等の利用はもちろんのこと、コミュニティーサービスと連携させ、公開設定機能等を使うことで、ユーザー同士が共有して楽しむといった利用も可能となります。単純にパソコンの例で言えば、パソコンをほぼメールとウェブ閲覧にしか利用しないというユーザーの場合、これまでのように過剰にスペックが高い機器を購入することなく、手軽にインターネットを利用できる環境を提供することができるようになります。当然、モバイルワークで、コンピューターを利用する企業等においては、紛失や盗難に伴うリスクを大きく軽減する効果を得られます。
ここで言及しているような、新しいコンピューターシステムを実現するには、どこでも繋がるネットワークが必要であり、それには無線通信システムが、極めて重要な役割を果たすだろうと言えます。そうした意味で、今後の電波利用においては、そのような新しいコンピューターシステムの構築を十分に考慮するべきであると考えます。
ところで、そうしたコンピューターシステムを構築するにあたっては、①ビジネスモデル/業界の壁、②海外展開への道筋、③コアシステムの開発等の課題をクリアしていかなければなりません。
①ビジネスモデル/業界の壁
新しいコンピューターシステムにおいては、これまでのコンピューター(端末やサーバー)とネットワークが融合することになると考えられます(「シン・クライアントの潜在力」参照)。現在、広く普及しているコンピューターは、スタンドアローン型でリーズナブルなパフォーマンスを実現できるパソコンを中心に発達してきました。一方のネットワークは、電話や携帯電話をはじめとした音声通信を中心に発達した後、近年のブロードバンド化の進展により、パソコン同士を繋ぐようになってきました。こうした経緯からも明らかなように、それぞれが異なる業界として発達してきており、各々独立したビジネスモデルが成立してきたのです。
しかし、将来的に、これまでのコンピューターとネットワークが融合し、ひとつのコンピューターシステムとして機能するという場合、既存のビジネスモデルでは、それは成立し得ず、双方の業界の垣根を越えた全く新しいビジネスモデルが必要となります。これは、新しいアプリケーションやサービスにおいて、ビジネスとして成立させるための仕組みであると考えられますが、これまでのところ、こうした仕組みで大きく成功していると認められているところの多くは、広告モデルをその軸に据えており、直接的な料金回収を通じて、ビジネスとして成立していないところに、大きな問題があると思われます。
②海外展開への道筋
コンピューターとは、いわゆるパソコンのみならず、ミュージックプレイヤーやデジタルカメラ、電子辞書等の家電製品はもちろん、自動車のナビゲーションシステムや各種制御装置等を含む、あらゆる電子機器に組み込まれる、文字通り産業インフラとして機能すべきものです。そして、それは世界に向けて展開されるべきものでなければなりません。そうした意味で、日本が新しいコンピューターシステムを作っていくうえでは、それを輸出産業として成り立たせるための道筋を立てていく必要があります。
これまでのスタンドアローンのコンピューターは、ネットワークなしに機能するため、それ単体で海外に持ち出しても、まったく問題なく動作します。これに対して、新しいネットワーク融合型のコンピューターは、通信インフラを前提に機能するため、それ単体は輸出の対象とはなり得ず、必ず並行して、通信インフラの構築を行っていかなければなりません。こうした海外展開への道筋については企業、あるいは業界を挙げた努力はもちろんのこと、国家としてのリーダーシップが必要になるものと思われます。
③コアシステムの開発
新しいコンピューターシステムである「軽い端末」を、従来のパソコンベースで実現し、サービス提供している会社もあります。ただし、そうしたサービスを大規模に展開している会社の場合、ビジネスモデル自体を通信ネットワークと融合させているわけではなく、従来のコンピューターと通信ネットワークの仕組みを流用し、あくまでも擬似的に「軽い端末」を実現させているだけであるところに限界があります。
コンピューター事業が通信事業と融合するということは、事業者がサービスを提供する上で、通信事業者のように、ユーザーの認証と課金が行えるということでもあります。このことは、提供するサービスに対して、細かな課金を行えるということを意味しており、これを通じて、直接的にアプリケーションやサービスの市場を活性化させることを可能にします。インターネットのオープン性を活用する場合、こうした直接的な課金システムを整備した上で、広くプログラマーにアプリケーション開発をしてもらえる環境を整えることが肝要になってきます。
これに対して、ネットワークを融合させていない、既存の「軽い端末」のビジネスモデルでは、ユーザーの認証や課金を行えず、広告モデルを中心に事業を展開していかざるを得ません。またアプリケーションやサービスの開発体制については、インターネットのオープン性を活かしきれず、原則として企業が雇用したプログラマー等によるアプリケーション開発しか期待できないため、マーケットの規模としても、アプリケーションのクオリティにおいても、高い拡張性を確保できなくなります。インターネットの本質は、そのオープン性にあり、アプリケーションやサービスを開発したり、提供したりする上で、従来の閉じられた提供モデルから、如何に開かれた提供モデルに転換できるかが、大きなポイントになります。
こうした問題点を踏まえ、新しいコンピューターシステムを構築する上では、通信ネットワーク事業を取り込む重要性、インターネットのオープン性を活用できるコアシステムがなければなりません。
無線通信ネットワークの高速化、大容量化が進む中で、ますます通信ネットワーク上で、動画を含む大容量コンテンツの視聴が可能になってくることが予想されます。さらに、上記のような、新しいコンピューターシステムは、非常に多様な端末形態を実現できるため、いわゆるテレビのような受像機、あるいはそれに接続して利用するようなコンピューターを実現することも可能にします。
こうした通信ネットワークの発達は、そうした動画等のコンテンツのみならず、新しいコンピューターシステムを支えるアプリケーションやソフトウェアについても、著作権の問題を深刻化させることになります。従来のメディアシステムにおける例を挙げれば、コンテンツの著作権は、それを市場に送り込むまでに関係する組織や個人が、複雑に関わり合っています。それらを管理、整理することは、従来のDBシステムで十分に可能でした。これは、従来のDBシステムが、基本的にテーブル構造に依拠した2次元的な構造をしていることとも関係していると思われます。つまり、上図からも明らかなように、著作権の関係は、基本的に一本の線(1次元)の集合体(2次元)であり、それを整理するのには、原則として2次元的なDBシステムで事足りるということです。
しかし、インターネットの本質は3次元です(「次世代インターネット」参照)。そのことを理解し、それに沿ったDBシステムがなければ、インターネットのオープン性を活かしたコンピューターやメディアシステムの構築は難しいと思われます。
視聴者が直接、著作物を扱うようになり、そこに自由な創作活動が行われるようになると、従来のDBシステムで、それらの著作権を整理することは非常に困難です。このことは結果として、著作権者が、本来得るべき著作権料を回収できなくなることを意味しており、最終的にこうしたオープンな市場が立ち上がらないことに繋がってしまいます。この問題の深刻性は、従来のメディアシステムにおける著作物に限らず、新しいコンピューターシステムにおけるアプリケーションやソフトウェアの開発や流通においても、共通して言えることです。
従来、「ウェブ(くもの巣)」という概念で始まったインターネットですが、それは(くもの巣の)中心点があって、はじめて成り立つ概念です。著作権の関係で言えば、著作物を制作した側と、著作物を利用する側がはっきり分かれているという関係において、ウェブの概念は、単一のものとして機能します。しかし、インターネットの発達に伴い、そのオープン性(参加型の特性)が、顕著になるに従い、著作物の利用者は、単に利用者だけの振る舞いをすることがなくなり、著作物の制作者としての顔を持つようになります。
このことによって、それまで単一の「ウェブ」として捉えられていたインターネットは、複数の「ウェブ」の集合体となり、2次元のDBシステムでの補足ができなくなるわけです。つまり、「ウェブ」という2次元の集合体は、あくまでも3次元的な概念で捉えられなければならないということです。幸いにして、こうしたDBシステムを構築するための基礎技術はできあがっています。今後、新しいコンピューターやメディアシステムを実現する上では、こうした技術を大いに活用して、次世代コンピューターのコアシステムとして機能するように、開発を進めていかなければならなくなるでしょう。