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1.3 加害責任と補償責任

2012年09月01日 | 戦後補償

『日本の戦後補償問題』、1996年執筆


 ドイツの戦後処理に関する法律は、主に国民の戦争被害負担に関連したものと、ナチス権力の不法行為に対する国家責任に基づくものとのふたつに大別される。具体的には戦争犠牲者援護法、負担調整法、帰還者法、捕虜補償法などが前者に属し、連邦補償法、連邦返済法、ユダヤ人賠償条約(ルクセンブルク協定)、一般戦後処理法などが後者にあたる(12)。
 ドイツの唱える「過去の克服」が、ナチスの責任追及とナチスによって被害を受けた人々への補償を支えるものとして使われるようになったことを考えれば、後者のナチス関連の補償を規定している法律が、戦後のドイツの戦後補償にとってより重要な地位を占めていたことは容易に想像できる(13)。そしてそのなかでも、とくに重要な役割を果たしてきたのが「連邦補償法」であった。
 同法は1953年、「連邦補充法」として制定され出発し、1956年に改正され「連邦補償法」となり、ナチスの政治的迫害の犠牲者を補償の対象とした。その前文は以下の通りである。

 「ナチズムに対する政治的敵対関係を理由に、または人種、信仰、または世界観を理由にナチスの暴力的支配の下で迫害された人々の身に不正が起きたこと。信念から、または信仰または良心のためにナチスの暴力支配に対してなされた抵抗は、ドイツの民族と国家の繁栄にとって功績であったこと。民主的、宗教的、経済的組織も、ナチスの暴力支配によって、違法に損なわれたこと、上記の事実を認め、連邦議会は、連邦参議院の賛同を得て以下の法を議決した」

 「連邦補償法」の精神は、こうしたナチズムの犯罪性の積極的な受認と、人道的見地からの補償への取り組みにあった。「連邦補償法」にみられるドイツのこうした戦後補償への積極的姿勢は、正当に評価されるべきである。
 しかし一方で、この前文において見落としてはならない点がひとつある。「ナチスの暴力支配に対してなされた抵抗は、ドイツの民族と国家の繁栄にとって功績であった」という一節がまさにそれである。ここでドイツ民族、国家はナチスと相反する存在として位置付けられているという点である。ドイツの犯罪責任はあくまでナチスに帰結するものであり、戦後のドイツの一般国民、あるいはドイツ連邦共和国政府の加害責任を認めているものではないのである(14)。
 ルクセンブルク協定の前文は、「ナチスの暴力的支配の間に、ユダヤ民族に名状しがたい犯罪が行われたこと。ドイツ連邦共和国政府は、1951年9月27日の連邦議会での声明でこの行為による物的損害をドイツの給付能力の限度内で補償する意思を表明したこと。そして、イスラエル国家は、ドイツと旧ドイツ支配下の領域から、それほど多くの根無し草となり、資産を失ったユダヤ人難民を定住させるという重荷を負ったので、ドイツ連邦共和国に対してこれによって生じた編入費用の一部弁済の請求権を有するとしたこと。以上の点を考慮して、イスラエル国家とドイツ連邦共和国は、以下の協定締結に成功した」と語ってる。
 ここで登場する1951年の9月27日の政府声明でも、「ドイツ民族は、ユダヤ人に対する犯罪を大多数が嫌悪し、犯罪に関与しなかった」という表現が含まれている(15)。
 これらは、ドイツ連邦共和国政府とドイツ国民のナチス関連の責任を否定しようとするものであり、これにより補償責任と加害責任を明確に区分しようとしたのである。
 ドイツ企業の過去に対する取り組みにも、同じようなことがみてとれる。戦後、ドイツ企業とユダヤ人会議との間で締結された協定には、「補償」という言葉が使われておらず、「道徳的または法的義務の確認なく」という文言が明記された。
 これは一見、ドイツ企業は支払義務がないのにもかかわらず、戦後処理に積極的に取り組んでいるという印象を与える。もちろん、そうした肯定的な評価とは別に、ドイツ企業の措置は真に反省を込めたものではなく、人道主義的ジェスチュアであるとか、あるいは自社のイメージアップをねらったパフォーマンスであるといった批判的な指摘もある(16)。
 しかしこれについては、ドイツ企業の取り組みと、ナチズムに対する政府の保証との共通性に注目すべきであると考える。過去の不法行為に対して人道的な措置としての支払には応じるが、その行為に対する補償の法的義務については受認しないという点がまさにそれである(17)。こうした姿勢には、”自らには罪がない”ことを前提にするという、ナチズムに対するドイツ政府と企業との間の共通性が見てとれるのである。
 ドイツの戦後補償は、「過去の克服」のため人道的立場からこれまで積極的に推し進められてきた。この点については十分評価されなければならない。しかし同時に、過去の悪行を悪行として認め、罪の償いの義務を負いながらも、その罪はあくまでも当事者であるナチスに帰結するという考え方がその根底に流れていることを見落としてはならない。
 ドイツの補償理念は「戦争被害者に国の責任として償い」、「内外の被害者に対して真摯な謝罪」をすることにあった(18)。しかしこれは、ナチズムの残虐性に依拠して生まれたのである。一方でドイツの場合、ナチスゆえに罪との決別が容易に行われたことも事実であり、この点で日本のケースとの異質性が指摘できる。日本との異質性については、章を改めて述べたい。

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