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3.4 原爆被爆者への補償

2012年09月01日 | 戦後補償

『日本の戦後補償問題』、1996年執筆


 原爆被爆者に対する援護法としては、1957年3月に制定公布された「原子爆弾被爆者の医療などに関する法律」と1968年5月の「原子爆弾被害者に対する特別措置に関する法律」があった。これがいわゆる原爆二法と呼ばれるものであり、この原爆二法は日本人と外国人の区別なく、つまり内外人平等の扱いによって「被爆者健康手帳」を交付させるという点で、前述の恩給法や戦傷病者戦没者遺族等援護法とは性格を異にしている。 「被爆者健康手帳」とは、その所持者が原爆による被害者であることを証明する、一種の身分証明書である。「原爆被害者に対する特別措置に関する法律」第三条では、「被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は、その居住地の都道府県知事(その居住地が広島市又は長崎市であるときは、当該市の長とする。以下同じ)に申請しなければならない」としたうえで「被爆者健康手長に関し、必要な事項は、政令で定める」と規定している。1957年5月の厚生省衛生局長通知によると、手帳交付申請にあたっては当時の罹災証明書などを持参するか、もしそれがない場合は2人以上の証明書を、それもない場合には本人の申述書および誓約書を提出すべき(97)とされており、基本的には外国人被爆者も日本人被爆者と同様、手帳を取得できるようになっている。それでも現実には行政上の手続きの問題により、外国人被爆者への手帳交付はきわめて厳しい条件のもとおこなわれざるをえず(98)、内外人平等といっても「その居住地の都道府県知事」への申請であり、日本国外に出ていった人々への配慮はされていなかった。もちろん日本側のそのような配慮欠如は許されるべきものではない。
 先般から繰り返し述べているとおり、日韓両国は1965年の協定の締結により請求権問題を「完全かつ最終的に解決」した。このことは両国政府が認めているところでもあり、法的にも条文を読んで字のごとくである。ゆえに原爆被害者問題についても、日本政府は「日韓協定によってすでに解決済み」という立場をとってきている(99)。
 しかし原爆被害者への援護法の適用範囲に関しては、他の問題と同様に同協定の効力を主張することはできないだろう思われる。在韓被爆者については1968年10月、「韓国被爆者救援日韓会議」が在被爆者が治療のため来日した際の被爆者手帳の交付運動を展開することなどを決議しており(100)、1978年には不法入国して原爆被爆者健康手帳の交付を要求した在韓被爆者に対し、最高裁判所は「外国人でも日本国内にいる限り救済すべきであり、それが現行の原爆関係二法の精神である」との判決を言い渡した(101)。この最高裁の判断は、日韓協定による請求権問題の解決をそれはそれとして認めたうえで、原爆に二法に関しては在韓被爆者への救済措置の妥当性をある程度認めるべきであるというものであった。
 1995年7月1日、新しく「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(被爆者援護法)」が施行された。同法は従来の原爆二法を一本化し、国の責任において総合的な援護対策を講じることをその目的として制定されたものである。もちろん被爆者手帳の手続きについては、これまで通り「都道府県知事は、申請に基づき、被爆者健康手帳を交付するものとすること」と規定しており、その適用対象から外国人を特別に除外するといった措置はなされていない。ゆえに1978年の在韓被爆者に対する最高裁の判断は、そのままこの法律にも適用できるのであり、日韓協定の有効性は主張されえない。
 ところで同法にもとづく一連の措置は、日本の戦争責任に根拠をおく国家補償ではないという議論がある。法案調整当時の野党や被爆者を中心とする勢力が、援護法の前文に「国家補償」の表現を盛り込むことを強く求めていたところに、その主張は端的にあらわれているといってよい。
 1980年12月に原爆被爆者対策基本問題懇談会が出した「原爆被爆者対策の基本理念及び基本的在り方について」は、以下のように報告している。

 「国家補償の見地に立って考えるというのは、今次の戦争の開始及び遂行に関して国の不法行為責任を肯認するとか、(中略)アメリカ合衆国に対して有する損害賠償請求権の平和条約による放棄に対する代償請求権を肯認するという意味ではなく、(中略)原爆被爆者が受けた放射線による健康損害すなわち「特別犠牲」について、その原因行為の違法性、故意、過失の有無などにかかわりなく、結果責任(危険責任といってもよい)として、戦争被害に相応する「相当の補償」を認めるべきだという趣旨である。(中略)原爆被爆者に対する対策は、結局は、国民の租税負担によって賄われることになるのであるが、(中略)「特別の犠牲」というべきものであるからといって、他の戦争被害者に対する対策に比し著しい不均衡が生ずるようであっては、その対策は容易に国民的合意を得がたく、かつまた、それは社会的公正を確保するゆえんでもない。(中略)なお、一部に被爆者対策の内容は、旧軍人軍属などに対する援護策との間に均衡のとれたものとすべきであるという声がある。(中略)旧軍人軍属などに対する援護策は国と特殊の法律関係にあった者に対する国の施策として実施されているもので原爆被爆者を直ちにこれと同一視するわけにはいかない」(102)。

 すなわち今日、「原爆放射線による健康上の障害」により、なんらかの救済問題が必要とされているので、国がそのための対策を講じなければならないという責任については認めるが、その原因をつくりだした戦争責任については肯認するものではないというのである(103)。さらに原爆被爆者に対して、恩給法のような国家補償がなされない理由として、原爆被爆者には軍人軍属のような国との法律関係がなかった点をあげている。
 このため被害者援護法の前文においても、給付は国家補償賠償としておこなわれるものではなく、ただ「国の責任」においてなされるものであると記された。このような「国家補償に基づく援護法」が達成されなかった理由としては、原爆被害者には国との身分関係がなかった(身分関係論)、一般戦災者と原爆被害者との補償均衡(均衡論)、法律論として、戦争によって国民が被った「一般の犠牲」についての救済の道はない(受認論)などがあげられる(104)。
 しかし1978年3月30日の最高裁判所の判決は、原爆医療法について以下のように指摘している。

 「原爆医療法は、(中略)いわゆる社会保障法としての他の公的医療給付立法と同様の性格をもつものであるということができる。しかしながら(中略)原爆医療法は、このような特殊の戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済をはかるという一面を有するものであり、その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあることは、これを否定することができないのである」(105)。

 たしかに被爆者援護法の前文に「国家補償」は明記されなかったが、その精神はこの原爆医療法を受け継いでおり、その意味で原爆援護法は「実質的に国家補償的配慮が制度の根底にある」ということができる。
 それゆえに被爆者援護法は、実質的には国家補償的役割を果たしている法律なのであり、日韓関係のなかでの原爆被爆者問題は、今後も日本政府が戦後補償問題として取り扱っていかなければならない重要な課題であるということができる。

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