常識について思うこと

考えていることを書き連ねたブログ

3.2 旧軍人・軍属への補償

2012年09月01日 | 戦後補償

『日本の戦後補償問題』、1996年執筆


 1946年2月に決定された、「恩給法の特例に関する件」によって、十度の戦傷病者を除いて軍人恩給が廃止された。そもそも恩給法は、戦前である1923年4月に制定されたものであるが、戦後、アメリカの占領当局が出した「恩給及び恵与」において、「軍人又はその遺族であることにより、一般の困窮者と差別して優遇されるという制度は好ましくない」という理由で、廃止が指示されていた。その結果、1946年2月、恩給法は廃止に追い込まれたのである。これには、日本非軍事主義化というアメリカ占領当局の方針が大きく作用していた(68)。
 しかし、1951年9月のサンフランシスコ平和条約の調印直後の10月、「戦傷病者及び戦没者遺族などの処置に関する打合会の設置に関する件」が閣議決定され、翌年の4月30日、「国家補償の精神に基づき、軍人軍属であった者又はこれらの者の遺族を援護すること」を目的とした「戦傷病者戦没者遺族等援護法」(以下、援護法とよぶ)が公布された。さらに軍人恩給については、恩給法特別審議会が設置され、その建議をもとに1953年8月1日、軍人恩給が復活することとなった。
 ここに旧軍人・軍属に対する戦後補償がスタートしたのだが、朝鮮・台湾などの旧植民地出身の軍人・軍属はその対象から排除されていた。その根拠は、両方に共通してみられる国籍条項にあった。
 1952年4月19日、「平和条約の発効に伴う朝鮮人台湾人等に関する国籍及び戸籍事務の処理について」と題する法務府民事局長通達が出された。それによれば、朝鮮・台湾出身者の日本国籍は「朝鮮及び台湾は、条約の発効の日から日本国の領土から分離すること」になるので、これに伴いすべて喪失するとされていた。これに関連して援護法では、本則で「日本の国籍を失ったもの(とき)」は、障害年金や遺族年金などを受ける「権利が消滅する」と定め、さらに附則二項は「戸籍法の適用を受けない者(旧植民地出身者を指す)については、当分の間、この法律を適用しない」とした(69)。恩給法においても、「恩給権消滅事由」として「国籍を失ひたるとき」が定められており、日本国籍を失った旧植民地出身者の受給権は認めないとされている(70)。
 国籍条項をめぐって問題となるのは、戦争にかり出された旧植民地出身者が、政府のいう「国との使用関係のあった者」にもかかわらず、なぜ国籍を理由に戦後補償から排除されるのかという点である(71)。
 中嶋忠次氏は、恩給がどのような理由で給付されるのかという議論のなかで、「経済上の取得能力減損の補填であるという説」をあげ、恩給とは「恩給公務員が公務を執行するために失った経済上の取得能力を補う目的で使用者たる国が恩給を給する」ものであるという立場を紹介し、日本の行政解釈もこれを是認していると指摘している(72)。このような議論において、国籍の喪失を、恩給給付の対象排除の理由として論じることはできない。
 援護法にも、「戸籍法の適用を受けない者」を排除する規定があるが、そもそも旧植民地出身者が軍属としてかり出されたときに「戸籍法の適用」を受けていなかった者をさして、「戸籍法の適用を受けない」ことを理由に補償対象から外すことは合理的であるとはいえない。この点は援護法をはじめとする国籍条項の問題の核心でもある(73)。
 この問題を考えるうえでのよい参考材料としては、セネガル人元フランス人兵士による国連の国際人権規約委員会への申し立てと、同委員会の判定の例があげられる。フランスは、旧植民地出身者にも同様に年金などを支給していたが、1975年からセネガル人などの年金額を据え置いたため、これを国際人権規約違反だとし、セネガル人元フランス兵から同委員会に訴えがなされた。これに対し1989年4月、同委員会が出した回答は「国籍の変更それ自体によって、異なる取り扱いが充分に正当化されると見なすことはできない。なぜなら、フランス人退役軍人とセネガル人元フランス兵が同じように提供した役務こそが、年金支給の根拠だからである」というものであった(74)。
 この回答の意味はきわめて明快である。すなわちフランスがなすべきその支給は、当時の兵士が提供した役務にこそ根拠があるのであり、それ以降の兵士個人のフランス国籍の変更等は、年金支給の如何にはなんら影響を及ぼすものではないということである。
 日本ではこの国籍と給付対象との問題について、たとえば厚生省が援護法をめぐって次のような立場を明らかにしている。

 「援護法31条には「日本の国籍を失ったときは遺族年金又は遺族給与金を受ける権利が消滅する」旨が規定されているが、この規定は個人の意思に関係なく国家相互の条約等の一方的な権力によって国籍を変更させられた場合には適用されるべきではなく、個人の意思に基づく(外国への)帰化等の方法によって(日本の)国籍を失った場合にのみ適用されるものと解する。従って、これらの者は同法が適用されることとなるが、これらの者に対しては日本の戸籍法が適用されないので、附則二項(戸籍条項)の規定により、同法の適用からはずされているにすぎず、日本に帰化することによって、日本の戸籍法の適用を受けるに至れば援護法の適用を受けることになる」(75)

 厚生省は、旧日本植民地の分離独立という特殊な事情に配慮し、日本国籍の喪失を、自らの意思によるものとそうでないものに分けて理解し、自らの意思によらない国籍の喪失については、帰化を条件に、給付対象からの排除理由にしないことをあきらかにしたのである。
 また恩給法についても「(日本国籍を喪失すれば、恩給を受ける権利は消滅し、再び日本国籍を取得しても受給権は回復しないが)平和条約の発効により、本人の意思とは無関係に日本の国籍を喪失した韓国人等の場合には、日韓特別とりきめ「請求権協定」の効力の発生の日、すなわち昭和40年12月18日に帰化して日本の国籍を取得すれば、平和条約発効のときに遡って恩給が受けられるような特別の取り扱いがなされています」と帰化した旧植民地出身者に対しては給付をおこなっていることがあきらかにされた(76)。つまり裏を返せば、旧植民地出身者が受給するためには、日本への帰化が必要だったのである。
 先に述べたとおり、給付の根拠が日本軍人・軍属としての役務にある限りにおいては、国籍条項をもってその対象範囲を規定することの合理性は認められない。旧植民地出身者は、日本に帰化しなければその対象となりえないというのは、やはり問題ある措置であるといわざるをえないだろう。
 しかしここで注目すべきは、恩給法についてのコメントにみられるように、日韓間の「財産及び請求権・経済協力に関する協定」の効力発生の期日をある基準にしている点である。
 協定の締結は文字どおり「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題」が、「完全かつ最終的に解決された」ことを意味している。すなわち、日本政府に課せられた韓国籍を有する者に対する給付義務については、同協定の発効をもって、日本政府から韓国政府に移転されているのである。
 協定締結後の1966年2月19日、韓国においては「請求権資金の運用及び管理に関する法律」が制定され、1945年8月15日までの日本国に対する民間請求権は、この法律に定める請求権資金のなかから補償されなければならないとされた。続いて1971年には「対日民間請求権申告に関する法律」、1974年には「対日民間請求権補償に関する法律」などが次々と制定され、日本国により軍人・軍属として召集または徴用されたものに関する補償申告についても受け付けがなされた(77)。
 当初の国籍条項は、旧植民地の分離独立というような事態を想定しておらず、平和条約の発効による旧植民地出身者の「自分の意思によらない(日本)国籍消滅」は、国籍条項の存在意義を危うくした。しかしその後の日韓協定の締結によって、この問題はかなりの部分解消され、国籍条項の存在意義についてもその妥当性が主張しうるようになったといってよい。
 しかしながら、この協定の第2条2は「一方の締約国の国民で、1947年8月15日からこの協定の署名の日までの間に他方の締約国に居住したことがある者の財産、権利及び利益」には影響を及ぼさないとしている。当然のことながら、これでは在日韓国人の受給権利については、協定によって解決されたことにならない。
 第二次大戦で重傷を負った元日本軍属の在日韓国人が起こした訴訟に対して1995年10月11日大阪地裁は、「日本人の戦傷病者らに比べ差別の程度は重大で、在日韓国人を適用対象外とする扱いは法の下の平等を定めた憲法十四条に違反する疑いがある」とする一方、援助法にもとづく「援護内容については立法政策に属する問題」として、障害年金の請求や1000万円の慰謝料の要求などについては棄却した。判決は、協定締結をもって在日韓国人が援護法の適用対象外とすることの合理性は認められないとしながらも、「具体的な援護の程度、内容は政治的裁量に委ねられる」と述べ、年金請求の却下処分の取り消しや国家賠償の請求は理由がないと結論づけたのである(78)。
 しかしすでに述べたように、旧植民地出身者に対する恩給、障害年金などの本来的な給付義務は日本政府にあるのである。日本政府が韓国政府に移転したとみなされる給付義務は「財産及び請求権・経済協力に関する協定」によって定められているものに限られるのであり、その枠外に置かれているものに関しては、国籍条項の適用は著しく合理性を欠く。この判決では「請求に理由なし」との結論をもって請求権の却下がなされたが、在日韓国人のこの種の請求は本来正当なものであり、逆にそれを消滅させるに十分な理由がない限り、この給付は当然なされるべきであると考えなければならない。

 3.1 日韓基本条約の意義 << >> 3.3 従軍慰安婦への補償 
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 3.3 従軍慰安婦への補償 | トップ | 3.1 日韓基本条約の意義 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

戦後補償」カテゴリの最新記事